第17話 意地っ張りども
無駄に広い演習場は敷物を広げた騎士団のメンツや本邸の使用人で賑わっていた。
冬の入りにしては暖かな陽射しに恵まれた今日は絶好の観戦日和。
本邸の料理人たちが用意した豪華な食事と隣の領地が力を入れている上等なワインが振る舞われ、さながら祭りの様相を呈している。
大して娯楽もないような辺境にある田舎領地、若い騎士団員が時折喧嘩騒ぎや決闘騒ぎを起こすのはガス抜きにもなっていて、こういう催しは今回に限った話ではない。
私とて私が景品代わりになってなければ皆と楽しむのだが、今回は溜息しか出ない。
そもそもビクターは何故そんなにエルシドに食ってかかるのか。
そんな疑問を口にすれば父母や弟のヘルマンドにマリアやメイドのアンやベス、当事者でもあるエルシドにまで残念な目で見られたのは解せない。
準備に向かうエルシドに声をかける。
「ちゃんと手加減してあげてよ」
「……善処する」
口角を僅かにあげたエルシドが答えた。
ぐるりと見渡せば比較的若い使用人はビクターを応援しているようだ。
騎士団の面々や我が家でも古参の使用人たちはエルシドに味方しているように見える。
演習場の中央で睨み合いをしている二人を見ていればヘルマンドが声をかけてきた。
「エル兄さんは若いメイドや下働きの女性には冷たいですからね」
「そうなの?」
初耳である。
私の屋敷ではマリアやアンにベス、コニーなんかも若い女性になるのだがエルシドは上手くやっていると思っていた。
そんな私にマリアが呆れたように溜息を吐く。
「彼、私たちとは最低限の会話しかしませんよ」
「そう、なんだ?」
全く知らない事実だ。
「騎士団ではそれなりに交流があるようですが」
コニーの言葉に首を傾げた。
「今の騎士団は男性しかいませんし」
どうやら女性とはあまり話さないのだと、初めて知る事実に私は内心驚いていた。
私が知るエルシドになる前のエルシド、レイアード=ハウゼン第一王子は婚約者が居ながらも例の婚約破棄の原因になった男爵令嬢だけでなく、周囲にたくさんの女子生徒を侍らせて誰とでも上っ面の笑みを浮かべながらそれなりに付き合っている姿だけだった。
そういえば確かにクレッセンに来てからそういう光景は見ていない。
そんなことを考えているうちに、演習場では試合が開始された。
開始の合図と同時かそれより僅かに早く刀身の長い幅広の長剣を上段に構え飛び出したのはビクターだ。
振り下ろされた刃を後ろに一歩下がってエルシドが避ける、下から払うように振り下ろされた剣を弾かれたビクターがタタラを踏んで後ろに下がった。
怯むことなくビクターが何度も切り掛かるのを飄々とエルシドが躱していく。
「くそっ!避けるな!」
ビクターが怒鳴りながら横薙ぎに払った剣をエルシドが片手で受けると隙だらけの腹に前蹴りを入れた。
「ねえコニー?騎士的にこういう差がある場合って長引かせるのと瞬殺されるのとどちらが嫌なものなの?」
何時もならエルシドが立つ私の斜め後ろに立つ赤茶の髪を短く刈り込んだ女性騎士である護衛のコニーに聞いてみる。
「ああ、どうでしょう相手にも寄りますね」
「今回の場合は?」
「どっちも苦痛でしょうね、そもそも負けるわけにはいかないでしょうから」
苦笑いを溢しながらコニーが前方で打ち合う二人を見ながら言った。
手数はビクターが上だが、状況は誰が見てもエルシドに軍配があがるだろう。
「まあエルシドも隙がないわけではないですから」
不意に会話に入って来た低い声に振り返る。
「あら、ジーバ隊長にガレス団長まで?」
一見熊かと思うほどの体躯に白い髭を蓄えたガレス騎士団長と細身ながら鋭い威圧感のある我が騎士団の女性人気ナンバーワンと呼び声高いジーバ隊長がそこに居た。
「まあ私たちが鍛えたエルシドが負けることはないですけどね」
ハハハと声を立てて笑うガレス団長にジーバ隊長も満更でもなさそうだ。
ジーバ隊はエルシドが世話になっている隊でもある、ダンジョンや討伐で一緒に組んでいるジーバ隊長の戦い方をエルシドが好んで教えを乞うているらしい。
「くそお!俺は勝ってアベリアを王都に連れて帰るんだ!邪魔を!するな!」
ビクターの雄叫びにエルシドと私がピクリと肩を震わせた。
「エル!勝ちなさい」
チラッとエルシドが私を見たのを確認して私が声を張り上げる。
「了解」
ニィッと笑ったエルシドがそれまで受け身で居た態度を一変させて、二振り三振りと細身の長剣を振るう。
ガンッと一際高い音が鳴りビクターの手から長剣が弾き飛ばされ尻餅を付いたビクターの喉元にエルシドの長剣の切先が向けられた。
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