第16話 ビクターの思い

 カッとなってしまい勢いのまま決闘を申し込んでしまったが、結局明日の午後からクレッセン騎士団の演練場を借りての模擬試合とされた。

 とはいえ学園時代は多少儀礼的に剣を握ってはいたらしい元王子を何度か見かけたことはある。

 型はそれなりに見れたが、腕の方は全くと言っていいほど使えなかった。

 あれからクレッセン騎士団で多少鍛えたところで一年にも満たないのだから、少なくとも学園に入る前から家庭教師を呼んで鍛えてきた俺の敵ではないはず。

 みっともなく負かせて無様を晒させればリアの目も覚めるはずだ。

 俺は与えられたクレッセン本邸の客間のベッドに寝転がった。


 俺がアベリアと初めて会ったのは俺たちが十歳の時だ。

 五年後に王国の貴族の子であれば必ず通う学園にあがるため、遠い田舎の男爵領から夫人に連れられ子どもたちの社交デビューをするために王都に上がって来た。

 デビューの茶会の前に母の友人だとクレッセン男爵夫人が我が子爵家へとやって来た。

 陽の光にキラキラと溶けそうな黄の強い金髪をふわふわと揺らし、意志の強そうなエメラルドの瞳に目が奪われた。

 会う前まではいくら母に「可愛いお嬢さんなのよ」と言われても所詮田舎貴族の娘、王都で育った垢抜けた女の子たちの方が可愛いだろうと思っていた。

 子どもにしては綺麗なカテーシーで父母に挨拶するアベリアを口を開けて見ていたせいで母に背中を叩かれたのだが、それを目を丸くして見た後クスクスと笑う笑顔に俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。

 その年はアベリアに付き添い彼女が参加する茶会に必ず着いて行った、うっかり他の誰かに目をつけられては敵わない。

 牽制するようにアベリアの後ろから睨みを効かせれば、男爵家や同じ子爵家の子息どもは黙らせることが出来た。

 それでも伯爵家なんかの子息まで止めることは出来ず、歯痒さが募る。

 俺は護衛よろしくアベリアの側から絶対に離れなかった。

 「アベリア嬢、是非二人でお話がしたいのだけど」

 「二人で、ですか?」

 いつだったか、何処かの伯爵家の次男がアベリアを誘いながらアベリアに付き従う俺を睨んだ。

 「アベリア嬢はまだ婚約をしていないと聞いたのだけど、僕にもチャンスが欲しいんだ」

 そんな事を言いながらアベリアの手を取った伯爵令息に掴みかかりそうになっていた俺を止めたのはアベリアの言葉だった。

 「婚約はしていませんが、私はクレッセンから出るつもりもないのですよ」

 クレッセンから出るつもりがない、それはどういう意味だ?

 俺も伯爵令息も首を傾げるとあの可愛い笑顔でアベリアはクスクスと笑った。

 「結婚するなら一緒にクレッセンに住んでくれる人がいいですね、王都では見つかりそうにないですが」

 そうクスクスと笑うアベリアは俺たちより大人びて見えた。

 

 俺はクレッセン領のことはよく知らない、母に聞いたが理解できたのはかなりの田舎だということだけだった。

 そんな、何もないところより王都の方がずっと楽しいはずだ。

 そう思った俺は先ずアベリアに王都の良さを知ってもらおうと茶会の日以外はあちこちと王都を連れ回した。

 流行りのカフェや貴族街の商会、整備された公園は子どもの目にも整然とした美しさがある。

 そうして王都の良いところを見ればきっとクレッセン領の田舎より賑わった王都に惹かれるはずだと。

 浅はかな考えは当のアベリアから一蹴された。

 「ビクター、私同年代の子女と仲良くしたいの」

 そう言ってアベリアは翌年から俺を置いて茶会に出るようになった。


 母同士が仲良くしていたおかげで俺とアベリアの交流が途切れることはなかった。

 学園に入学する頃になるとアベリアはあまり表情を変えることも少なくなった。

 「彼女の淑女教育の賜物ね」と母はクレッセン男爵夫人がアベリアに淑女らしく振る舞うように教育したと思ったようだが、五年の付き合いのある俺はアベリアが退屈しているだけに見えていた。

 学園入学後はアベリアの世話役として母から頼まれたのを大義名分に、何かとアベリアと行動を共にしていた。

 相変わらず王都の良さを知ってもらうためにあちこち連れ回した。

 その頃になると文官を目指すには俺の能力が向いていないと悟ったこともあり小さい頃からやっていた剣術を本格的にやり始めた。

 騎士団を持つクレッセン領のアベリアだから、腕っぷしは良いなら良い方が良いに決まっている。

 頭角を現すようにメキメキと上達するほど自信になり、俺はこの頃からアベリアに求婚を始めた。

 だが、一度も色良い返事を貰えないまま卒業となってしまった。

 母から子爵家を継ぐ俺に与えられた時間は学園卒業まで、それ以降は両親が決めた結婚相手を宛てがわれる。

 焦っていた、だが結局最後までアベリアは俺の求婚に答えてはくれなかった。

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