第15話 睨み合い
結局屋敷に着いて来たビクターを応接室に通して、この後本邸の冬支度の手伝いに戻るヘルマンドを見送った。
応接室に向かいながら私はエルシドに釘を刺す。
「ビクターをあまり煽らないでちょうだい」
「……アイツ次第だな」
何が気に入らないのか、クレッセン領に来てからは周囲と上手くやっていたはずのエルシドに首を傾げる。
「アレと、結婚するのか?」
「今のところ、全くそのつもりはないわね」
エルシドに問われて考えるも、どうにもビクターを受け入れることは出来なさそうだ。
「政略という意味ならそれもあるんじゃないのか?」
エルシドに首を横に振って答える。
「ビクターの子爵家とうちじゃあ政略にならないのよ、うちに益が全くないんですもの」
仮に婿入りされても、王都で騎士団を目指すわけでもなく、文官家でありながら座学が滅法弱いからと剣術に逃げていたビクターを学園時代に見ている。
体格に恵まれていたから王都の令息相手であればそこそこ通じても、魔物が相手になるクレッセンでは役に立たない、魔物は手心なんて加えてくれないのだし。
座学がダメだから経営なんて無理だしね。
そうエルシドに伝えれば「そうか」とまだ納得していないような顔付きをされた。
そうこうしているうちに応接室に着いてしまい、エルシドとの話は中断された。
「何の用?」
「冷たいな、昨日の話の続きをしに来たんだ」
にこやかなビクターとは対照的な私が苦い顔をしながらため息を吐いた。
「今は冬支度の時期で忙しいのよ」
暗に迷惑だと貴族的な言い回しでビクターに伝えるが、当人は「なら俺が手伝おうか」と言い出す始末。
「力ならあるぞ、そんなヒョロい奴より役に立つはずだ」
その言葉に背後のエルシドがクスリと笑った、正直私も笑いそうになった。
恐らくビクターの中ではまだ王都に居た頃のレイアードというイメージが強いのだろう。
実際は今年の魔物討伐期間に加えて騎士団の訓練にも参加しているエルシドは以前と比べものにはならない程鍛えている。
更に村の手伝いで農作業にまで手を貸しているので、今模擬試合なんかしたらエルシドが圧勝とまではいかなくても、勝てるだろうと思われる。
エルシドもまた魔物相手やダンジョンでの実践経験を得て自信をつけている、王都に居た頃の中身のない自信じゃない間違いなく積み上げた実績による自信だ。
私たちの睨み合いが続き、ビクターが先に口を開いた。
「リアは俺の何が気に入らないんだ、学園では仲良くやっていただろう?」
眉尻を下げたビクターは精悍な見た目と相まって大型犬のような愛らしさが、なくはない。
「そもそも政略的な旨味がないのよ」
「まあ、うちは代々王宮に文官として士官している家系だしな」
そうでしょう、と納得させるように含ませる。
「しかし、俺も学園ではそれなりにモテていたし、見た目は悪くないと思う!」
グッと拳を握り私に訴えかける、確かに言い寄る子女は少なくなかった。
関係を疑われて絡まれたこともあった、なんか思い出したら腹が立って来たわね。
「そもそも煩いし暑苦しいのよ」
段々返答を考えるのが面倒になり、ついほろりと口をついて本音が出てしまった。
「え?うるさ……暑、苦しい……?」
これでもかと衝撃を受けたような顔をしてガックリと項垂れるビクターに耐えきれなかったのか、ブッと吹き出す気配が背後からした。
「そもそも王都で育ったビクターにはクレッセンの暮らしは無理よ」
そう告げた私に背後のエルシドを指差してビクターが食い下がる。
「だ、だが!王都どころか王宮で育ったレイアードだってやっていけているじゃないか!なら俺だって……」
「俺はレイアードではないがな」
ふんっと顎をあげてエルシドがビクターを見下ろす、それをキッと睨み上げたビクターにエルシドが続ける。
「今はエルシドだ、アベリアがくれた名がある」
「は?」
ぶんっと音がしそうな勢いでビクターが私を見る。
「アベリアから俺だけが貰った名だ」
「ぐっ」
何故か悔しそうに顔を歪めたビクターが立ち上がる。
「けけ決闘を申し込む!!お前が負けたらその名は返上しろ!」
だから、そういう暑苦しいところが苦手なのよ、と呆れた私の背後からエルシドが動いた。
数歩ずれてビクターの前に行くとエルシドが「受けてたとう」とふるふると怒りに震えているビクターを見下ろしながら告げた。
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