第14話 初めてのお買い物
本邸にビクターが居ようが居るまいが、冬支度は必要なわけで。
屋敷は朝から慌ただしい、早朝の本邸にあるクレッセン騎士団の練習に参加したエルシドも初めての冬支度に忙しなく働いている。
王都より温暖なクレッセン領に雪は積もるほど降ったりしないけれど、全く降らないわけではない。
盆地になる村付近は兎も角周りの山の一部には雪が薄く積もる山もある。
また一部の畑ではこの寒い時期だからこそ植える作物もあり、実のところ邸の冬支度に加えて村や畑の作業も増えるこの時期は子どもたちの手も借り出される忙しさだったりする。
「そう言えばエルの外套も作らなきゃならないわね」
「王都よりは暖かいんだろ?」
「王都よりはってだけで半端に寒いのは変わらないし外套や手袋と、泥濘を歩けるブーツもいるわね、後で商会に行きましょう」
パンと手を打ってそう言えば、エルシドが気まずそうな顔を見せた。
「一応もう給金は出てるし自分で買う……」
そう言って私の申し出を断るエルシドにムッとしながら、私が更に言葉を重ねる。
「必要なものだから私が買うわ、そういえば給金を渡してから初めての買い物よね?それなら尚更冬着なんかじゃなくエルが欲しいものを買えばいいのよ」
すぐに出かけることをマリアに伝えて村へ行く準備をする、現在エルが着ている外套はクレッセン騎士団でエルが世話になっている隊の隊長、ジーバから貰ったお下がりで細身のエルには少し大きい。
商会に着き幾つか外套のデザインを見せてもらう。
生地を選び二着の外套を発注して手袋とブーツも見せて貰うが、エルに好みを聞いても「アベリアに任せる」としか言わない。
どうやら王子だった頃も身につけるものは自分で選んだりしなかったらしく、わからないという。
「じゃあこっちの黒とこっちの茶ならどっちがいい?」
そう聞けば暫く悩んで黒を指差した。
「その刺繍、アベリアの色だろう」
そう言われて改めて見てみればアクセントに入った手首の辺りに緑の蔦と草に黄色い花が刺繍してある。
「それがいい」
ふいっと顔を背けながらエルシドが選んだ手袋とブーツをその場で買おうとしたところ、店主がそっと女性ものの黒の手袋を差し出して来た。
銀の蔦と草に空色の花が刺繍してある。
「それは俺が買おう」
いつの間にか背後に立っていたエルシドが私の頭越しに店主へ銀貨を渡すと手袋を受け取り、私に渡した。
「お揃いみたいになっちゃうんだけど、それよりエルは自分のものを買いなさいよ」
手袋を受け取りながらエルシドを見上げれば、不安げな瞳にぶつかった。
「気に入らない、か?」
「ううん、ありがとう」
そう言う以外に言葉が見つからず、礼を言えば普段無愛想な顔が柔らかい笑みを浮かべた。
何となく恥ずかしくなりながら私たちは買ったばかりの手袋を嵌めて屋敷に向かい村を出た。
村から屋敷に向かう細道に向かいから見覚えのあるシルエットを見つけて私は村に取って返したくなった。
私たちを見つけたのだろうシルエットが走ってくる、その後ろからもう一人が見えた。
「リア!今屋敷に行ったら村に出かけたと聞いて迎えに行く途中だったんだ」
ビクターが笑顔を見せながら近づいてくるのを私はため息を溢して足を止めた。
「姉さま、あれ?手袋もしかしてお揃いですか?」
無邪気な声色で目敏く手袋を指摘した弟のヘルマンドに答えたのはエルシドだった。
「ああ、さっき商会に行って買ったんだ」
「もしかして、姉さまにプレゼントですか?」
ヘルマンドの瞳がキラキラと輝いている。
「俺はそのつもりだ」
そんなヘルマンドとエルシドをビクターが睨みつけている。
私はここから立ち去りたい。
ビクターの視線に気付いたエルシドがフッと小さな笑いを漏らした。
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