第13話 プロポーズ
マリアに手伝ってもらい手早く着替えて階下の応接室に入ると、ソファに座りながら両膝に肘を立てて手に顎を乗せたビクターが睨むように私の斜め後ろに立っているエルシドを見た。
私がローテーブルを挟んで向かい側に座ればエルシドは私の斜め後ろに立って目を閉じた。
そのエルシドから目を逸らさず苛々とビクターが低く唸る。
「俺はリアに話がある」
ビクターの言葉にエルシドは反応せず目を閉じたままだ。
その態度が気に入らないのかビクターのこめかみに青筋が浮かんだ。
「下がれと言ってるんだ」
「ビクター」
私がビクターを非難するように声をあげようとした所でエルシドが口を開いた。
「俺はアベリアのものだから、アベリア以外の言葉に従う理由はないな」
まあ、確かにそうなんだけど、それは火に油じゃないかな。
「は?平民に成り下がった元王子さまは貴族と平民の立場の違いもわからなくなったのか?」
ビクターの言葉に苛立ちを覚える私とは逆に背後のエルシドから冷えた空気を感じた。
「ビクター、そもそも何の用なの?」
「ああ、リアに話があって」
私が声をかけるとビクターは笑みを浮かべ私に視線を移した。
「その話は、こんな非常識な時間に先触れすら出さず訪問するほどのことなくの?」
「ぐっ、いやそれは」
少し言い淀んだビクターがダークブラウンの髪を掻き上げて、この国では珍しくない濃いアンバーの瞳を私に真っ直ぐ向けた。
「リア、二人で話したい」
「なら今どうぞ?」
別にエルシドがここに居てもビクターには関係ないので二人で居るのと変わらない筈と、話を促すがビクターは複雑そうに眉尻を下げるし、背後のエルシドからはため息が聞こえた。
「アベリア」
エルシドがため息をさらに重ねて私を呼んだ。
「何?」
「ソイツが何をしに来たのか本当にわからないのか?」
何の話だとエルシドを振り返れば呆れたような、可哀想なものを見る目とぶつかった。
「エルはわかるの?」
「大体想像はつく」
その会話にビクターが不思議そうな顔をしたが、それよりもとビクターがエルシドを見た。
「わかっているなら下がってくれないか」
「わかっているから下がらないんだがな」
私を置いてエルシドとビクターが睨み合う。
歯軋りでもしそうなほど顔を歪めてエルシドを睨みつけたビクターが深く深呼吸をして「リア」と私に向き直り背筋を伸ばした。
「俺と結婚しよう」
「え?断るわよ」
何を言い出したんだとキョトンとしながらも即座に返した私の背後でぶっと吹き出すエルシドの気配を感じ、背後に目を向けながら睨むとエルシドは澄ました顔で知らぬふりを決め込んだ。
「ビクター、私はクレッセンを出る気はないのよ、知ってるでしょう?」
「俺が婿に入るんなら」
「貴方が平民になれるの?無理よ」
王都で何があったのかわからないけれど、王都の子爵家で育ったビクターにクレッセンの生活は無理だろうと、にべもなく断るけれど、ビクターはそれでもと食い下がる。
「子爵家は弟たちも居る、別に俺が継がなくてもいいんだ」
「嫡男としての教育を受けたのはビクターだけでしょう」
「領地を持たない子爵家の嫡男教育なんてそう多くはない」
いくら断っても食い下がるビクターに私がため息を溢した。
正直なところ、ビクターに恋愛感情もなければ政略的な意味でも領地を持たない士官家系の子爵家では利点もない、ビクターがどう思っているかは知らないけれど私からすれば母の友人の息子、ただそれだけなのだけど。
確かに学園に通っている頃から矢鱈距離が近かったけれど、叔母さまから友人の娘だから守ってあげてと言われているからと理由にされれば学園の友人たちも何も言えなかった。
四六時中ビクターが側にいたせいで学園で互いに利害のある相手を見つけられなかったのだけれど。
「なあ、暫く俺もここに泊まっちゃあいけないか?ソイツが泊まってるんなら……」
「エルは泊まってるんじゃなくて一緒に住んでるのよ」
「は?」
「おい!ばか!」
ビクターの提案を無視しエルシドの部分に反論したところで二人からツッコミが入った。
「お前ね、それじゃあ誤解されたるだろ…あ、いや、誤解させたほうがいいのか?」
諭すようなエルシドの話ぶりから後半は小さくなって聞こえなかったけれど誤解?とビクターを見れば、真っ赤になった顔でふるふると震えている。
「一緒に、住んでいる?は?」
「ええ」
侍女のマリアに雑務を担当するルカ、護衛としてコニーやメイドのアンとベスも一緒にこの屋敷に住んでいるが別に話す必要はないだろう。
庭師のベンと護衛のもう一人であるギースは通いだけれど。
執事兼側近のエルシドが屋敷に住んでいるのはおかしいことじゃない。
ビクターが何を怒っているのかわからないまま話は平行線に終わり、ビクターは暫くクレッセンの本邸に滞在することになった。
冬支度に忙しい時期に迷惑なと思いながら。
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