第12話 珍客

 災害は忘れた頃にやってくるとかいうけど、コレは災害に匹敵するんじゃないかな。

 開いた扉の先にはあの頃よりさらにガタイが良くなったビクターが目を釣り上げて顔を真っ赤にしながら仁王立ちしているし、そんなビクターを私の後ろから横柄に目根付けるエルシドが左の口角をあげてふんっと鼻を鳴らしている。

 逃げていいかな?


 事の始まりは本邸に来客が来たという知らせを朝早くから受けたこと。

 知らせに来た使用人に客人の名前を尋ねたが要領を得ない、連絡係として客人を見る前に走らされたようだった。

 しかも来客は貴族だと言う。

 私の客だと言うのだが、先触れもなく来客の心当たりもない私は首を傾げた。

 「誰かしら?」

 「誰か来るのか?」

 騒ぎを聞きつけたエルシドが階段を降りて来た。

 「あら、おはよう」

 「ん、おはよう」

 すっかり板についたモーニングコートを土台にしたクレッセン家の執事服を身につけたエルシドが私の後ろに立った。

 「本邸に訪ねて来たらしいんだけど」

 「本邸に?知り合いや仕事関連にはここの新居の披露目の時に連絡したんじゃなかったか?」

 エルシドの言う通り、クレッセン家では学園を卒業後は独立して家を出る慣わしになっていて、付き合いのある仕事に関わる人や友人には新居に越した連絡をしている。

 独立はしたけれど、クレッセンの人間に変わりはないので庇護下にあるのは今までと同じ、ただ本邸からも独立後は一人前として扱われるので、まあ大人になりましたってことなのだけど。

 端的に言えば財布が分かれるんだよね、田舎男爵家ならではなのかもしれないけれど、嫡男はどうにか結婚出来るけれどそれ以外は難しい、嫁に来てもらうにしろ婿に来てもらうにしろ。

 田舎男爵家の娘を態々嫁にもらう家も少ない、そうなると身内だけで家がパンクしかねないし、唯一嫁を迎えた嫡男とそれ以外が揉めた過去もあり、家を出て独立するということに落ち着いたらしい。

 「まだ早朝なのに……」

 私は慌てて起こされたため肩にかけたショールの下はまだ寝衣のままなのだけど。


 戸惑う私たちに馬の嘶きが聞こえ、荒々しく馬車の扉が開かれると同時に、駆け出して来た姿を目にした私は唖然とした。

 「リア!出迎えてくれたの……か……は?」

 使いに走らされた使用人を押し除け扉の前に立ったビクターが私の背後に目を向けて見開いた。

 「……レイ…アード殿下?は?」

 「あー」

 王都に居るはずのビクターがここに居るのもよくわからないし、出迎えてないし、エルシドのことを説明するのも面倒だ。

 「何故、元第一王子がここにいる?」

 エルシドを認識するなり激昂して顔を赤く険しくしたビクターが唸るように問うのをエルシドが鼻で笑った。

 「何故、追放されたお前がリアの屋敷に居るんだ?それにその格好は何だ?」

 ビクターが矢継ぎ早に問う言葉にエルシドは答えない、変わらず私の斜め後ろに控えて片口端を上げて笑っている。

 私はため息を吐いてビクターを見上げた。

 「先ず出迎えてないし、先触れもなく早朝に訪ねてくるのは失礼だわ」

 そう私が言えばビクターが頭を掻きながら「すまん」と短い謝罪を口にする。

 「あと彼のことは貴方に一切関係ないからその質問に答える必要もないわ」

 何にしろ面倒だと内心を隠しもせず突き放すように言ってから隠れて様子を見ていたマリアにお茶の用意を頼んで応接室に通しておくように頼むとエルシドを連れて部屋に帰ろうと階段を登りだした私の腕をビクターが捉えた。

 「待てって」

 「気安く触るな」

 ビクターに答えたのはエルシドで、エルシドはビクターの手を乱雑に払うと私の背を押しながら階段を登って行った。


 

 

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