第9話 新生活の準備
ダンジョンの偵察に向かう騎士団一行を見送り、私は商会の店長から受け取った書類を執務室に広げます。
設計図に描かれた間取りを確認しながら、近い理想の家を選別していきます。
我が家は男爵家でしかなく、嫡男の弟がクレッセン男爵位を継ぐことが決まっているので、学園を卒業した今私は家を出ることになっています、独り立ちですね。
男爵令嬢という部分は変わらないのだけれど伝統として卒業してすぐに結婚するか、家を出るというしきたりがあるんです。
小さな家門あるあるですね、三男や四男になれば学園に通う間にそのまま家を出されることも多く、私もそろそろ本腰を入れなければなりません。
それに誰を連れて行くかも考える必要があります。
現在挙手しているのは侍女のマリアと馬番のルカ、騎士団の一人で私の護衛を度々してくれているコニーの三名。
購入する屋敷はあまり大きくするつもりはないけれど、メイドは何人か雇わなければならないし、執事がいりますね。
ルカに任せるにはまだ幼いですし、ここの人事は要相談になるわね。
あれこれと書き出しているうちに日が暮れ始めました。
騒々しさに顔を上げます。
どうやら偵察隊がダンジョンから帰還した様子、まだ庭先に居るようなのでマリアが呼びに来る前に迎えの準備をします。
階段を降りてエントランスに降りてすぐ扉が開きました。
「今帰った」
「お帰りなさいまし」
お母さまを筆頭にお父さまとエルシドを出迎えます。
「怪我は?」
「ない」
目視する限り目立った怪我はなさそうでホッと息をした。
少しだけいつもより逞しく見えるのは、多少なりとも自信がついたからかしら。
汚れを落としに行くのを見送り晩餐の準備を手伝います。
「さぁ、美味しいものを用意しなくちゃね」
私たちの分だけではなく、騎士団の分もあります。
お母さまが張り切って厨房へ向かい私は食堂と騎士団側の食堂の準備です。
テーブルに所狭しと並んだ料理を口に運びながらお父さまがエルシドの武勇伝を語っています。
「いやあ、凄かったぞ?足を取られた団員を背に三体の魔物を相手に一歩も引かなかったからなぁ、騎士たちは少し扱かなきゃならんかな」
あまりに褒めるので向かい側に座るエルシドが顔を赤くして俯いてしまっている。
「アベリア、エルシド君を騎士団にくれんか?」
なんか言い出しましたがちょうど良いですね。
「お父さま、例の件で相談があるのですが」
「んあ?ああ、そうかそろそろお前も家を出るんだな」
その言葉に弾かれたようにエルシドが顔を上げて私をジッと見ました。
「しきたりっていうか、うちみたいな下位貴族で爵位を継がない場合は大体学園卒業に合わせて家を出るもんなんだ」
お父さまがエルシドに説明をしてくれました。
「出ると言っても新しい家は村の近くに建てるのだけどね」
「で、相談とは?」
お父さまが話を戻しました。
「一応先に希望を貰っているのがマリアとコニーとルカなんだけど、そうなると執事か侍従が居ないのよ」
はぁとため息を吐いた所でエルシドが椅子を倒す勢いで立ち上がりました。
「俺を置いて行く気か?!」
掴みかからん勢いのまま、ぐるりとテーブルを回って私の側まで走ってきました。
「お前が拾ったんだから、責任は取れよ!」
えええ……。
縋り付くように私の肩を掴む手に手を乗せて宥めるようにポンポンと軽く叩きます。
見開いた目がじわりと潤んでいるのが、小動物のようでうっかりトキメキそうになりますが、芽生えそうな何かに蓋をしました。
「そこは相談かなって、先にお父さまが言ったように騎士団に入るのもありだと思うし」
「嫌だ、連れて行け」
我儘か。
と思うものの、肩を掴むエルシドの手が震えています。
「なら、執事の仕事を覚えてみるか?」
エルシドに助け船を出したのはお父さまでした。
「やる!」
エルシドはパッと希望に顔色を良くしてお父さまの提案に即答しました。
「なら家が完成するまではダンジョンの掃除と執事業の勉強だな、アベリアもこれでお前の相談は解決だろう?」
そうだけどもイマイチ腑に落ちないが、既にやる気になっているエルシドを見れば反対も言えず、私は黙って頷いた。
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