第3話 私が拾ったから私の所有物です

 竜馬をかっ飛ばして三日、馬車で寝泊まりする間も拾得物は目覚める気配もなく、そのうち熱も出してしまい持参していた薬はすっからかん。

 漸く領地の小さめな屋敷に着いた私を両親と弟が出迎えてくれました。

 「おかえり」

 「あ、ただいま、悪いけどすぐ客間を用意して、あと薬師の爺さま呼んで、ああ、馬車の中の人を客間に運んでちょうだい、荷物は後でいいわ、あらお父さままだいらしたの?」

 テキパキと指示を飛ばす私の肩をお父さまが叩きました。

 「あれは、なんだ?」

 馬車から運び出される人物を震える指でお父さまが指しました。

 「ああ、路地裏に捨てられて落ちていたから拾いました」

 ヒクリとお父さまの頬が引き攣ります。

 男爵とはいえ、一応お父さまも貴族。

 元王子の顔は知っているのでしょう、例の醜聞についても聞いている筈です、聞いてなければ減点ですね。

 「拾った?元王子殿下を?」

 ほら、やっぱり知ってました!

 さすがお父さまです!

 「ええ、拾ったので私が貰いました」

 「元の場所に返してらっしゃい」

 「だが断る!」

 「ええ……」

 くだらないやり取りをしながら邸の客間に向かい、遠巻きに見るお母さまと弟のハイネルに王都で買ったお土産を渡して自分の部屋で旅装を解き手早く普段着の簡素なドレスに着替えて客間に向かいます。

 そして広いベッドに寝かされた元王子殿下をメイドが用意してくれた清潔な服に着替えさせます。

 汚れたブラウスを脱がせると白磁の肌と言われた白く透明感のある肌が現れました。

 まあ、残念な胸筋ですね。

 いくら有事の際、前線に出ないにしろもう少し鍛えればいいのに。

 鍛えるといえばビクターね、彼の子爵家は文官家で王宮に代々出仕する慣わしなのに、騎士並みに鍛えていたわね。

 なんで?趣味なのかしら?

 昔は私と変わらないくらい華奢で可愛い印象だったビクターは、鍛えに鍛えたせいか、胸板厚く身長もぐっと伸びてしまいました。

 見た目はあの可憐な少年だったから女の子が好む容姿になって、時々私とビクターの仲を勘違いした他の令嬢に睨まれたり言い掛かりをつけられたりしました。

 まあ、お母さまと子爵夫人が仲良しなだけで、一人王都で暮らす私を心配して面倒を見てくれていただけの関係なので、すぐ誤解は解けてましたが。

 それに私、暑苦しい殿方は好みません。

 ビクターは声が大きいのよ。

 

 着替えさせるために身包みを剥いでみたものの、私を手伝うメイドが顔を背ける程に打ち身が酷い。

 あちこちがドス黒い紫に変色し相当な暴行を受けたのがわかる。

 刺されたり斬られていないけれど殴られたか蹴られたかで、裂傷も出来ている。

 どうやら血痕は裂傷から出たもののよう。

 肌が白い分痣が目立ってしまっている。

 痛みに気をつけながら丁寧に身体を拭いているうちに領地唯一の薬師である爺さまがやってきた。

 

 「こりゃあひでぇな」

 開口一番そう言うと、爺さまは傷を確認しながら眉根を寄せて蓄えた長い顎髭を弄りながら、持って来た大きな革のバッグから幾つかの薬草を煎じたものを取り出しその場で調合を始めた。

 「熱は傷が原因だろう、傷が治れば目も覚ますじゃろうて」

 薬師の爺さまに見立ててもらい、塗り薬以外に飲み薬も出してもらった。

 私は元王子の顎をガッと掴んで口を強引に開けさせると匙を使い爺さまの煎じた飲み薬を飲ませました。

 程なく薬が効いてきたのか呼吸が落ち着いて来ました。

 私はそのままベッドの横に椅子を持って来て座り込むと、お父さまに渡されたニュースペーパーを読んだ。


 『第一王子失脚』『卒業パーティーで行われた断罪劇』『次期王位継承権第一位は第二王子?』『これが元第一王子の愚かな素顔』『男爵令嬢による傾国未遂事件』

 見出しはどれもスキャンダラスに書き連ね、内容は第一王子であるレイアード殿下をこき下ろすものばかり。

 「この間までは大層に持ち上げていたのに、現金な物ね」

 私はため息混じりにニュースペーパーを閉じました。

 未だベッドで魘されている彼の姿に微かな憤りを感じたが、それはそうとしても学園時代に見かけたレイアードの姿は確かにあまり褒められたものでもなかったなと溜息を吐いた。

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