第2話
そのとき、なにかガラスがひび割れて砕ける音が聞こえてきた。
「きゃっ。なに?」
鈴は悲鳴を上げると、窓を見た。しかし、窓ガラスは割れていなかった。
兄は恐る恐る音のした棚の方へ顔を向けた。
そこには魂の水晶と呼ばれる、対になる人物の状態によって色が変化するという代物が置かれている。それは世界に四つしか存在せず、その四つ全てが
その四つのうち一つが砕けた。この水晶が砕けたとき、対となる人物の命が尽きているはずだと父は説明してくれていた。実験が出来ないから試せていないが、そう作ったとも。
ということは、家族四人のうち誰かが死んだということを意味している。そして割れているのは、父の物だった。
「父さん?」
兄の顔はみるみるうちに青ざめていく。
まさか、父さんが死んだ?
水晶を信じるなら、そう思わざるを得なかった。父の作った物を疑いたくないという思いと、誤作動であってほしいという思いが交錯した。
「え?」
しかし鈴はなにが起こったのか分からず、兄を見てキョトンとしていた。
すると玄関の方から大きな音が聞こえてきた。母は玄関を開ける際、ドアチェーンを掛けて開けていた。大きな音は、来訪者が玄関をこじ開けたときにドアチェーンが壊れる音だった。
兄は鈴を強く抱きしめた。
「お兄ちゃん?」
急に抱きしめられて戸惑う鈴の目には、いつもの優しい兄の姿は映っていなかった。その表情からただならぬ事が起こっているのは理解できたが、それが何なのかは全く分からなかった。
そして兄の視線の先を見ようとした時だ。
「鈴! 雷太! 逃げてっ!」
母の叫ぶ声が聞こえてきた。その声に兄が我に返った。
水晶の真偽を確かめている暇は無い。ただ一つ確かなのは、ここから逃げなければならないということだけだ。
「鈴、逃げるぞ」
「逃げる?」
兄は返答することなく鈴を抱き上げると、奥の物置部屋へ向かって走り出した。
物置の扉を開けて中に入ると、母が来るのを待った。しかし最初に見えたのは母の姿ではなかった。反射的に扉を閉めて鍵を掛けた。大した時間稼ぎにはならないだろうが、それで十分だ。
鍵を掛けるのとほぼ同時にドンッと扉に体当たりをする音が聞こえた。続けてノブが回されてガチャガチャと音を立てたが、扉は開かない。
今のうちに逃げなければ。
兄はそう思うと物置の奥へと進み、恐怖で震える鈴を床に降ろした。そしてしゃがみ込むと、床の隠し扉を開いた。
その先には地下に降りる為のハシゴが掛かっている。扉が開いたことがスイッチとなり、明かりが点いてハシゴを照らした。
「鈴、降りるんだ」
「お母さんは?」
食卓を飛び出たとき、母の悲鳴ともう一度水晶の砕ける音が兄の耳には聞こえてきていた。受け入れたくはないが、きっとそういうことなのだろう。迷っている暇は無い。
兄は軽く首を振ると、「降りなさい」と強く言った。
鈴は泣きそうな顔でもう一度お母さんは? と言おうとしたが、物置部屋の扉がドオンと大きな音を立てて部屋が揺れたため、ビクッと身体を縮めた。
「鈴!」
普段温厚な兄の怒ったような声に、鈴は身体をすくめてうずくまってしまった。
兄は鈴を無理矢理立たせようとするが、鈴は抵抗するように身体を縮めて動こうとしない。それでも無理矢理鈴の脇の下に手を入れて持ち上げた。
「やっ」
嫌がる鈴を無視して、そのまま強引に床下に降ろした。
「ハシゴを掴んで、下に降りるんだ」
「やあっ! お母さーん!」
「このまま下に落とすぞ!」
「ひっ」
普段の優しい兄からは想像もつかない怒声を浴びせられた鈴は静かになり、初めて兄を怖いと思い、半泣きになった。
「ハシゴを降りるんだ」
少しだけいつもの優しい兄を感じ、鈴はそれでも恐る恐る頷いて怖々とハシゴを掴んで足を掛けた。
「離すぞ。ゆっくりでいいから降りるんだ」
鈴はもう一度頷くと、ハシゴを降り始めた。続けて兄がハシゴを降り始めたとき、物置部屋の扉が大きな音を立てて吹き飛んだ。こじ開けて壊したというよりは、とても強い力で破壊したようだ。
吹っ飛んだ扉で棚の荷物が盛大に崩れてきて兄の上に降り注いだが、間一髪床の扉を閉めた後だった。扉の上には荷物が折り重なり、ただでさえ見つけにくい扉が輪を掛けて見つけにくくなった。
兄は急いで扉の
「鈴?」
鈴は先ほどの荷崩れの音に驚き、ハシゴにしがみ付いていた。
「大丈夫だよ。だからゆっくり降りるんだ」
鈴はコクンと頷くと、ゆっくり降り始める。ハシゴは五メートルほどで下に着いた。
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