第4話

 俺たち横浜桜美中の女子バレーボールチームは全中の地区予選、ブロック予選を突破して全国大会への出場を決めた。


 でも男子はアキラというエースを欠いて、予選を突破できなかった。アキラはもう自分がプレーすることはなくて、後輩指導に全力を尽くしているって感じだった。


 アキラの目の状態がどうなのかは、分からなかった。見た目はいつもと何も変わらなかったから。

 

 全国大会に出場する直前の休日だった。俺たちはいつものように二人でデートした。

 その日は江の島の海岸で、二人とも水着で砂浜に寝転んで空を見ていた。


 空を見上げて、俺がぽつんと言った。

「俺たちって他人にはどう見えてるんだろうな?」

 男同士?ホモ?普通のカップルに見えているとは思えない。


「俺はサナと一緒にいると、男としての沽券が削られていくような気がする」

「コケン?ってなんだ?」

「さあ、知らねーけど……女の子みんなお前のことばっか見てるじゃん。男の俺なんて無視だし」

「そうか?」

「そーだよ」


「サナ。全中、三連覇しろよ。前代未聞の記録だぜ」

「あったりめーじゃん。俺を誰だと思ってんだよ」

「お前、やっぱすげーわ」


「なあ、アキラ。その後、目はどうなんだ?」

 アキラは大きなため息をついた。

「もう右目はほとんど見えない。もしかしたらこのまま左目も見えなくなるんじゃないかって。夜眠れなくて、目が見えない世界ってどんなだろうなって考えるんだ。俺……怖いんだ」


 アキラが俺と繋いでいた手に力を籠める。その手が震えているのが分かった。

 原因は分かったのか?って質問はついにで出来なかった。俺のせいだとはっきり言われることが怖かった。


「サナ、俺と結婚してくれないか?」

「……え?」

「サナが俺の側にいてくれたら、俺、目が見えなくなっても生きていける気がするんだ」

「……」

「もちろんすぐってことじゃない。約束だけでもしてくれたら……」

「ごめん……無理だよ」

 俺は泣きたくなった。


「俺、心は男なんだぜ。恋人とか結婚とかできるわけないじゃん!」

「でもさ、その代わり俺ずっとアキラの側にいるよ。アキラの目になるよ。だから……」

 お願いだからそんなこと言うなよ……その言葉はもう声にならなかった。

 アキラは悲しそうに微笑んで、俺をじっと見つめていた。

 

「すまねー。こんなこと言うつもりじゃなかったんだ。俺、最低だわ」

 帰ろうぜって言ってアキラは体を起こした。


「アキラ!俺ずっとお前の側にいるよ。男と女の関係にはなれないけど……俺、お前が大好きだよ。だから、生きていけないなんて言うなよ……」

 言いながら本当に涙が出てきた。


 アキラが俺に手を差し出した。

「帰ろうぜ」

 俺は顔を上げてその手をつかんだ。アキラはやっぱり悲しそうな顔をして微笑んでいた。

 それがアキラを見た最後になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る