第3話
俺、その日は暇で、ぶらぶら本屋めぐりしてたんだ。そしたら偶然アキラを見かけてな。あいつ女の子といっしょに歩いてて、ちょっと年上っぽいんだけどすげー美人でさ。
あのやろー、デートか、いつの間に彼女なんか作りやがったんだって、後をつけて行ったわけだ。
楽しそうに笑いながら彼女と話してるあいつを見てたら、こいつでも女の子と話せるんだってちょっと意外に思ったんだけど、なんかムカついて、明日学校で締め上げてやるかとか考えてた。
そしたら二人ともでっかい総合病院に入って行った。俺、嫌な感じがして病院の中まで付いて行ったんだ。そしたら眼科を受診することが分かった。
どっちが病人なのか分からないけど、俺はアキラが患者なんじゃないかって直感的に思ったんだ。
直感ってことはないか、そう思う根拠があったんだ。
前に教室でアキラとプロレスごっこしてじゃれあってたんだけど、あいつの方が背も高くて筋力もあって。中3くらいになるとやっぱり男と女の差って嫌でも分かってくるだろ。
だから俺が本気でかかっていっても全然かなわなくて。知り合ってから付き合い長いから、それが悔しくて「くそー」って感じで苦し紛れに左パンチを出したんだ。そんなの絶対当たるわけない、軽くいなされるって分かってたんだけど。
そしたら何でかそのパンチがあいつの顔面にクリーンヒットしちゃって。アキラのやつ、後ろの机にぶつかってそのまま机ごとひっくり返ってな。
俺、びっくりして、あわてて抱き起して、めっちゃ謝ったよ。そしたら、
「サナ、お前なあ、ちょっとは手加減しろよ。女のパンチじゃねーぞ、今の」
って言いやがるから、売り言葉に買い言葉って言うだろ、俺もムッとしてつい、
「俺、女じゃねーもん」って言っちまった。俺が悪いのに。
「スカート履いてるくせに」とか言いやがるから、こっちも収まりがつかなくなって、
「好きで履いてるわけじゃねーし」
そう言ってスカートの裾をつかんで、ちょっと持ち上げてやったんだ。
アキラのやつ、これやるとめっちゃあせって真っ赤になるの知ってるんだ。かわいいやつだぜ。こうなったらこっちのもんだ。
「バ、バカ!やめろって!お前はそれでも女か!!」
「なんだよー、なに赤くなってんだよー」
「うるさい!俺、顔洗ってくるぞ」
俺のパンチが当たったアキラの右目が腫れていた。やっぱ悪かったなって気持ちもあって、
「ああ、俺もついて行ってやるよ」
「いらねーよ」
「まあまあ、照れんなよ」
「誰が照れるかー!」
まあ、なんてことがあったんだ。
そのちょっと後のことなんだけど、部活中に俺が打ったスパイクがブロックした手に当たってコートの外に飛んで行ったんだ。
ちょうどそこにアキラがいて、こっちを向いてたから当然ボールをよけると思ったら、顔面に当たっちゃてさ。
「わははは、アキラ!ナイス、顔面レシーブ!!」
なんて言ってからかったことがあったんだけど、後で考えたらあんなボールが避けられないはずないんだ。
それにあいつ、この頃ミスが多い。特に右へ移動してスパイクするときやクイックのミス、一番多いのがレシーブミスだ。
監督から注意される回数も増えてる。以前のあいつなら考えられないことだ。
「アキラ、たるんでっぞ!彼女のことばっか考えてんじゃねーぞ!!」
なんて言ってからかったけど、もしかしてアキラのやつ、目が悪いんじゃないのかって考えたんだ。そうならあの病院の一件とも辻褄が合う。
もしかして、アキラの目が悪くなったのは、俺があの時右目に入れちまったパンチのせいじゃないかってそこまで考えて俺、愕然とした。
そんなんで俺も練習に集中できなくなっちゃって、二人で監督にこっぴどく叱られたんだ。
二人で……そうだ、二人でちゃんと話をしよう。そう決めた。だからその日練習が終わってすぐ、俺はアキラに、
「アキラ、明日暇か?デートしねーか?」
って誘ってみた。周りのやつらがびっくりした顔してこっちを見てる。
アキラのやつ、デートなんて言ったら嫌がるかなって思ったんだけど、
「いいぜ。俺もお前に話したいことがあるんだ」
って軽く受けてくれた。
休みの日に二人で遊びに行くって別に初めてのことじゃなくて、これまでにも何回もあったから、デートって言ったところで特に緊張することはなかった。たぶんアキラもそうだったと思う。デートって言うのはまあ、言葉のあやだ。
行き先はデートコースとしてはべたべたの遊園地。俺たちは普通に『デート』した。
二人でホットドッグ食って、ジェラート食って、絶叫マシーンではしゃぎまくった。
でも、言うべきことは言わなきゃいけない。
「なあ、アキラ。話があるんだ」
「ああ……」
「お前、目が悪いんじゃないのか?」
「……やっぱサナには隠せねーな」
「前に病院に行くとこ見ちゃったんだ。お前らの後つけて眼科に入るとこ見たんだ」
「そうか」
「それにしてもきれいな彼女だな。お前やるじゃん。いつの間にだよ」
「バカ。あれは姉ちゃんだよ」
「あ、そうなのか?」
「ああ、そうだよ」
「誰かに言いふらしてねーだろうな」
言いふらしてやろうと思っていた。でも眼科を受診すると分かったとき、そんなことはすっかり忘れていた。
「そんなことする訳ねーだろ、俺をなんだと思ってんだ?」
アキラは疑い深げに俺を見ている。
「で、どうなんだよ。悪いのか?」
「右目の視力がどんどん下がってる」
「それって治るんだろ?」
「原因はまだ分からない。MRIとって調べてるとこなんだ」
「俺のせい、だよな」
「え!?」
「俺がアキラを殴ったのが原因なんだろ?あのとき俺のパンチがアキラの右目に当たったからこんなことになったんだろ?」
「バカ。関係ねーよそんなの」
「でも……」
「それに原因はまだ分からないって言っただろ」
「でも……」
「この話はこれで終わりだ。次、俺の話を聞く番な」
これで終わっていいのか?よくない。でもアキラの話ってなんだろう。
「俺、バレー辞めるわ。もう限界みたいだし。それを言っときたかった」
「そんな!じゃあ、俺も辞める!!」
「バカ言うなよ。それに今すぐって訳じゃない。全中が終わってからだよ。3年はどうせ引退だしな」
「それで、もうバレーはしないつもりなのか?」
「この目じゃ無理だ。それよりさ、お前に頼みがあるんだ」
「何だよ、俺にできることならなんでも聞いてやるよ」
「俺とつきあってくれないか?」
「はあ!?つきあうって、もうとっくにつきあってんじゃん」
「恋人同士として、つきあって欲しい」
「それは……ごめん。無理だよ」
「できることは何でもするって言ったんじゃなかったっけ?」
「だから、それは俺にはできねーよ。女じゃないし」
「お前、女だよな?」
「確かに体は女だけど、心は男なんだよ。トランスジェンダーって分かるか?」
「自分の性認識と実際の性別が一致しないってやつか?」
「そう。だから俺がお前とつきあうってことは、感覚的にはホモ?みたいな感じがするんだ」
「へえ……まあ、そう難しく考えんなよ。今まで通りつきあってくれれば、とりあえずいいんじゃねーか?」
「いいのか?そんなんで」
「まあ……段々と慣れてくれれば」
「……分かった。つきあうよ」
俺はアキラの申し出を受けた。でも、だからといって、俺たちの付き合いに特に変わったことはなかった。これまで通り一緒に遊んで、はしゃぎまわる。
ただ、二人でデートするとき、アキラは俺と手を繋ぎたがった。それくらいならなんとか俺にもできる。
女として求められたらどうしようって思ってたから、俺は正直ほっとした。
でもアキラの気持ちを聞いてしまって、俺もちょっと微妙にアキラを男として意識するようになったのも確かだった。
それにアキラの右目の視力が悪くなった責任がやっぱり自分にあるような気がして、罪悪感を感じなかったと言えば嘘になる。
そのことでアキラに負い目を感じたのも、やはり確かなことだった。
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