第2話

 俺は小さいころから自分が女だって自覚は全然なかった。


 小さい頃は体だって男も女もたいして変わらないから、そんな俺でも別段おかしいと思われたことはなかった。

 男言葉を使う活発な女の子っていう『子供』に分類すればよかったのだ。


 でも成長して『子供』の分類に当てはまらなくなるぐらいの年齢になると、大人たちは俺に口うるさく小言を言うようになった。

「男の子みたいなことするな」

「言葉使いがおかしい」

「女の子らしくしろ」

 と。


 よく覚えているのは小学校3年生のときだったな。俺たち男子の間でスカートめくりが流行ったんだ。もちろん俺も参加した。大好きな女の子がいてさ、その子ばっかり追いかけ回してスカートをめくってた。その子が「キャー」とか「エッチ!」とか言うのがたまんなくてさ。


「えー……サナちゃん、結構サイテー」


 男って、つい好きな女の子をいじめちゃうもんなんだよな。

 そしたら女子が先生に言いつけやがってよ、スカートめくりした男子全員が職員室に呼び出されたんだ。

 そのとき担任だった女の先生が俺に言ったんだ。

「サナちゃんは女の子なんだから、女の子が嫌がること分かるでしょ?どうして女の子が嫌がるって分かってて、そんなことを男子といっしょになってやるの?」ってさ。

 俺、びっくりしたんだ。だって俺はその子が嫌がってるって全然思わなかったんだ。

 その時、俺ってやっぱり女じゃないんだって思った。俺って周りの大人からそんな風に見られてるんだって分かったんだ。


 まあ、叱られて反省した訳でもないんだけど、嫌がってるんだったらやめとこうと思って、その子を追いかけ回すのやめたんだ。


 そしたら、ある日その子が俺の席に来て、

「来見くん、最近どうしてスカートめくりしないの?」

 って聞くんだ。だから、

「笹川さんが嫌がってるらしいから、やめとこうと思ってさ」

 って答えたら、その子、笹川さんっていう名前だったんだけど、真っ赤になって、

「私、別に嫌がってないよ」

 って言って、それから、

「私、来見くんのこと好き」

 って言うんだ。

 女って分かんねーなって思った。


 先生はスカートめくったら女の子は嫌がるって言うのに、当の本人は嫌がってなくて俺のこと好きって言うしさ。

 どっちが本当なんだよって話だよ。


「来見くんって呼ばれてたんだ」

「ああ、まあ、あだ名みたいなもんだな。俺が下の名前で呼ばれるのを嫌がるってことはみんな知ってたしな」

「その後、その笹川さんって子とはどうなったん?」


 しばらく付き合ってたんだ。でも小3のガキだろ、付き合うってどうしたらいのか分からなくてさ。


 彼女の方がやたらと積極的で、いっしょに帰ろうとか、私の家で一緒に宿題しようとか、日曜日に映画見に行こうとか、色々誘ってくれるんだけど。


 一緒にいてもあんまり楽しくないんだよな。男子と一緒に遊んでる方が楽しいし。

 映画とか別に見たいと思わなかったし、二時間もあんな暗いところでじっとしてるなんて、ほとんど拷問としか思えなかったぜ。


 ちょうどその頃、男子に誘われてジュニアバレーボールのチームに入ってさ。これがめっちゃ楽しくてのめり込んじゃったんだ。

 

「俺、最初、バレーボールってシューティングゲームみたいに、スパイク打って相手にぶつけて倒したら勝ちだって思ってたんだ。だから相手の顔めがけてバンバンスパイク打ってたんだ。ゾンビって頭が弱点じゃん、そこ狙うのが一番効果的だって思たんだよな」


「あはは、サナちゃんらしい……あーははは!」

「ノリ、うけ過ぎだって……」


 俺が入った地域のジュニアチームって男女別にチームが別れてたんだけど、それぞれから選抜した男女混合チームってのもあってさ。


 俺は当然、男子チームに入るつもりで入会したんだけど女子チームに入れられちゃってさ。

 コーチにめっちゃ文句言ったんだ。


 最初は相手にしてもらえなかったんだけど、女子チームに俺が入ったら俺だけ飛び抜けてんだよ。俺がスパイク打ったら誰もとれないからラリーにならないんだよな。


 これじゃ女子チームの練習にならないし、俺の力も発揮できないって思ってくれたみたいで。それから練習は男子に混じってやるようになったんだ。


 けど、試合はやっぱり女子チームで出るから、女子チームのコンビネーションも覚えなくちゃいけないっていうんで、両方のチームの練習に参加したから、人の倍くらい練習することになったんだけど、子供の頃って化け物みたいに体力あるから全然へーきだった。

 

「それは子供だからじゃなくて、サナちゃんだからだよ。普通はできないって。やっぱトランスフォーマーだ」


 けど、その時からうちのジュニア女子チーム、めちゃくちゃ強いって評判になって。県下の大会は総なめにしたし。でも全国では勝てなかった。俺まだ小3だったし、背もちっこかったからな。


 その頃から思ってたんだ。ブロード攻撃のとき右端から打つときは右手で、左端から打つときは左手で打てたら攻撃の幅が広がって、相手もブロックしずらいだろうなって。


 だから俺、右足でも左足でも踏み切れて、右手でも左手でもどっちでも同じようにスパイク打てるように、人の倍練習したんだ。


 男子チームの練習と、女子チームの練習と、混合チームの練習と、個人的に左右どっちでも打てる練習とで、人の3、4倍は練習したぜ。


 最初、そんな練習してるの俺だけだった。でも小5のときだったな。俺の練習に付き合ってくれるやつが出てきたんだ。


 そいつは、その後、男子チームのエースになったし、いっしょに混合チームに選ばれてジュニアで全国制覇したんだ。


 二人であーだこーだ言いあいながら色々工夫して練習して、楽しかったぜ。

 それまでずっと一人だったけど、二人だと練習の幅が広がるし。一方がトスを上げてもう一方がスパイク打つとか、コンビネーションの練習もできるし。それで俺のレベルもめっちゃ上がった。


「私も知ってるよ、その頃のサナちゃん。『横浜っ子マリーンレディース』の絶対エース、来見サナって、私たちの間でも有名だったし、みんなのあこがれだった。いつか自分もあんな風にすごいプレーヤーになりたいって、その頃はみんな思ってた」


 俺たちはすっかり意気投合して、いつもいっしょにじゃれあってたな。正直、その頃は男も女も関係ないって思ったよ。


 お互い下の名前で呼び合って。俺は下の名前で呼ばれるの大嫌いだったんだけど、そいつは俺のこと『サナ』って呼んだし、俺はそいつを『アキラ』って呼んだ。不思議なことに、アキラには下に名前で呼ばれても全然嫌な感じがしなかった。


「その人が『アキラ』なんだね」

 

 横浜桜美(おうび)って言う横浜で一番バレーボールが強いって言われてた中学に入って、中1、中2と俺たちは男女それぞれのチームでエースアタッカーとして全国制覇に貢献したんだ。


「テレビで決勝見たよ。めっちゃ興奮したのを覚えてる。中1のときは横浜桜美、対、大阪松栄。中2のときは横浜桜美、対、岡山誠実だったよね。私たちは県大会の予選で負けちゃって出られなかったけど」


 もちろん中3でも優勝は間違いなしだったし、高校は超強豪校にいっしょに行って、インターハイやU18、世界大会、ワールドカップ、オリンピックって、世界をぶいぶい言わせようぜって二人で笑いながら話してたんだ。

 冗談じゃなくて、俺たちだったらできるって、その頃俺たちは本気で思ってた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る