フェリー

 ここは宵闇迫る六甲アイランドのフェリーターミナル。美山ツーリングがロングツーリングの今年の最後と思ってたけど、じゃじゃ~ん。なんと、なんと九州ツーリングに出発だ。それもだぞ、なんとフェリーでお泊り付きなんだ。


 九州ならまだ暖かいだろうし、それより何よりフェリーに乗るのなんて生まれて初めてなんだ。これでテンションが上がらないバイク女子などいないと思う。フェリーを使ったお泊りツーリングはユーチューブでも何度も見てたけど、自分が行けるなんてまさに夢の実現だ。


 十九時五十分出航だって聞いて、その十分ぐらい前に行けば良いと思ってたのだけど、フェリーというか船は出航前に乗り込んでおかないとならいのよね。これは電車やバスだって同じだけど、


「飛行機に近い感覚かな」


 なるほど! と言いたいけど飛行になんて乗ったことはない。でも瞬の例えぐらいはわかる。飛行機ってまず空港に行って搭乗手続きが必要だったはず。そこから手荷物検査とか、大きな荷物があれば預けたりするはず。つまり出発時刻のギリギリに空港に駆け込んでもアウトだ。


 フェリーなら飛行機以上に厄介だものね。歩いて乗り込む乗客はまだしも、トラックとか、クルマとか、もちろんバイクだって積み込むもの。それが乗り込む時間が必要だから、出航時刻の一時間前にはフェリー乗り場で待機する必要があるんだろ。


 だから十六時半ぐらいから待機しているのだけど、目の前に見えるフェリーを見てるだけでワクワクが止まらない。このフェリーも昔から知ってるのは知ってるんだ。派手にCMやってたもの。


 あの太陽みたいなマークのフェリーに本当に乗れると思うだけで誰だってワクワクするに決まってるじゃない。だけど瞬はこれぐらい乗り慣れてるよね。


「フェリーに乗ったのはバイクに乗り始めてからだよ。会社員時代は出張と言っても、飛行機か新幹線、せいぜい電車ぐらいだったからね」


 そうなるか。それにしてもさすがに大きな船だな。そりゃ、一万一千トンだからと言いたいところだけど、これって船の何を計ってるのだろう。数字が大きいほど船も大きいのだけはわかるけど。


「あれは一般的には排水量と言って・・・」


 船って水の上に浮いてるのだけど、沈んでいると言うか水の中にある部分があるのぐらいは知ってる。これをどうも船によって排水されたってするみたいで、その排水された水の量が何トンで現わされるだって。理屈はともかく目の前のフェリーの存在感は迫力がある。


 待つことしばしで乗り込みが始まった。やがてマナミたちの順番が来た。目の前に船に架かっている橋があり、トラックとか乗り込んでいたからバイクもそこからだと思ってたのだけど、橋の下を潜って船尾の方に誘導されたんだ。


 船の床って鉄板だから滑りそうで怖かったけどなんとか船内に。このフロアかと思ったら下の階に誘導され、さらに下の階に誘導された、おいおい、何階建てになってるのかと思ったよ。


 無事駐輪できたから船内に。荷物を抱えて船室に向かうのだけど、なんと、なんと、エレベーターがあるのにビックリした。船の中だよ。エレベーターの中のフロア案内を見ると、この船は七階建で、一階から四階が駐車場、五階から七階が船室になってるみたいだ。


 まずは五階に上がったんだけどなんてゴージャスなんだ。五階から七階まで吹き抜けの階段があって床はカーペットが敷かれてる。内装だってチープさのカケラも無いじゃない。これってクイーンエリザベス号並とか。


「さすがにその手の豪華客船には乗ったことないけど」


 たぶんマナミも豪華客船なんて乗ることないだろうな。どこかで乗りたい気分だけはあるけど、世界一周なんて何日かかるんだよ。そんな長期の休みがホイホイ取れる訳ないし、旅費だって破産するほどかかるはず。


 それとさぁ、いくら豪華客船と言っても限られた船内じゃない。そこでずっといるのはツマラナイ気もする。そりゃ、あれこれアミューズメント施設は充実してるだろうけど、マナミはバイク女子なんだよ。


 バイク女子の最大の楽しみはツーリングってこと。ツーリングの楽しみもあれこれ個人差はあるだろうけど、共通しているのは自分でバイクを運転操縦して風を感じて走りたいなんだ。


「旅行にはリゾート型と周遊型があるけど、バイク乗りは周遊型だよな」


 そうなのよ。同じところにじっといるリゾート型はバイク女子に似合わないの。とにかくバイク女子はバイクで動いているのが楽しいもの。


「バイク乗りは何もしない贅沢は退屈なだけだものな」


 瞬の意見に全面同意だ。そりゃ、バイク乗りだって休憩の時にボケっとすることもあるけど、たいがいは休憩時間だって動いてる。ご飯を食べたり、ジュースを買ったり、生理現象の解消も重要だ。


 それよりもマナミは瞬にお任せにしちゃってるけど、ここはどこで、これからどう走るをずっと考えてるんだ。これは道順もあるし、道の様子だってある。これから峠道とかだったら気合を入れるし、市街地走行なら逆の意味で気合を入れたりもある。


 でもね、豪華客船とフェリーは違うのよ。そりゃ、豪華客船と似てる部分はあるけど、フェリーと聞くだけでバイク女子の血が騒ぐ。


「フェリーぐらいの時間だったら、まだ見ぬ地への憧れをかきたててくれるね」


 その通り。バイク乗りだって船旅が好きなのは多いし、プチでも客船気分も楽しめる。だいたいだよ、神戸から九州なんてフェリーがないと行けないじゃない。


「中型バイクで高速で行くにも遠いよな」


 山陽道か中国道の二択になるだろうけど、


「ざっとだけど五百キロぐらいのはず」


 何時間かかることやらだ。モンキーなんか高速走れないから下道だぞ。一日で行けるはずもないから何泊必要かって話だ。それが行きも帰りもあるんだぞ。そんな事やらかしたら生きて帰れるかレベルになる。


 それに料金だって割安だ。そこそこするけど、まずモンキーじゃ、早朝スタートの一泊二日でも九州上陸するのが関の山。途中で一泊すると思えばホテル代だと余裕で思える。その上だぞバイクだって運んでくれる。


「新幹線や飛行機じゃ出来ない芸当だからな」


 乗船するときに部屋のルームキーをもらってるけど、この部屋番号なら七階だな。ここもエレベーターを使わせてもらって、部屋はここだな、さてさて今夜のお部屋はどんなのかな。フェリーだから寝れれば文句はない。


 入って見ると目に飛び込んできたのは二つのベッド。ツインルームってやつだな。こっちにはソファとか応接セット的なものまであって、トイレも洗面所もお風呂まであるじゃないの。まるでホテルだ。それもスウィートルームってやつじゃない。


「こっちに来てごらん」


 部屋の外にも出られるのか。こ、これってもしかして専用バルコニーってやつなの。こっちにチェアーとテーブルもあるから、ここで一杯楽しんだりも出来るのか。なんてリッチなんだ。


「まずご飯にしよう」


 賛成。乗船時刻が乗船時刻だったからお腹もペコペコだ。レストランは五階にあるのだけどバイキングスタイルだ。トレイを取って、お刺身でしょ、筑前煮でしょ、パンプキンサラダでしょ、ニシンのエスカベッシュでしょ、手捏ねハンバーグでしょ・・・載せきれないよ。テーブルについてビールで、


「カンパ~イ」


 なんか新婚旅行をやってる気分になってきた。初婚の時は有馬温泉だったけどね。パクパク飲んで、食べて、缶ビールを買って部屋に戻って来た。さて次はお風呂だ。部屋にもあるけど展望大浴場に入らないと。


 大浴場は六階にあるのだけどここも広いな。というか空いてるな。たぶんそうなるはずだと瞬も言ってた。理由は単純でフェリーの利用客は男性が多いからだって。これは男女差別でもなんでもなくてフェリーの利用客の主力がトラック運転手になるからだそう。


 女性の運転手だってもちろんいるけど、やはり多いのは男性だ。これは運転だけなら男も女も関係ないけど、荷物の積み下ろしも運転手がやる必要があるところが多いからだそう。力仕事になるから女性にはハードルが高いよな。


 それはともかく、ゆったり浸かって、しっかり洗っておかないと。ただ展望大浴場と言いながら外が真っ暗で見えないのが残念だ。部屋に戻って再びビールで、


「カンパ~イ」


 バルコニーで一杯とシャレこみたかったけど、さすがに夜風は冷えるのよね。今回のツーリングはフェリーだからテンションが上がってるのはもちろんだけど、付き合ってからずっと謎だったどうしてマナミが惚れられたがわかったのも大きい。


 あれはまさか、まさかのトンデモ理由だったけど、トンデモ過ぎて逆に納得してしまったかも。もう瞬を信じるから聞いても良いよね。あの女はなんだったんだ。

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