夢月夜に想う
夢月夜に想う
作者 @Cafe_teria
https://kakuyomu.jp/works/16818093084429704995
高校三年生の夜空は、音楽室で出会った渚のピアノ演奏に心を奪われる。二人は音楽を通じて親密になり、海への憧れを共有する。ある日、渚の提案で海へ向かう電車に乗り、浜辺で楽しい時間を過ごす。渚には家庭の悩みがあり、音楽室に来なくなる。渚は自作の楽譜を親に捨てられたことを告白し、再会した二人は再び海へ向かう。翌朝、夜空は渚の冷たくなった体と共に目覚める。救急車のサイレンが近づく中、星々の問いかけに答えられないまま夜空は瞼を閉じる話。
現代ドラマ。
青春の儚さと喪失、成長を描いた鎮魂作品。
文章力は高く、心理描写が秀逸。
情感豊かな描写が印象的。
音楽と青春の甘美な雰囲気が魅力的な作品。
全体的なストーリー構成は良く考えられている。
いい話は冒頭に戻るといわれる。本作がまさにそう。
主人公は、高校三年生の山倉夜空。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在過去未来の順に書かれている。
冒頭の導入部分、現在はですます調で書かれている。本編は、だったである調で書かれている。
それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。
高校三年生の山倉夜空は、無気力な日々を送っていた。ある日、旧校舎の音楽室で松浦渚という女子生徒のピアノ演奏に出会う。渚の奏でる音楽に心を奪われた夜空は、毎日放課後に音楽室を訪れるようになる。二人は音楽を通じて親密になっていくが、受験生である現実から目を背けていた。夜空は渚の演奏に彩りを見出し、自分の人生に変化が訪れることを予感する。
夜空は放課後、音楽室でピアノを弾く「渚」のもとを訪れる。渚は毎日ドビュッシーの曲を演奏し、特に「月の光」と「海」を好んで弾く。二人は音楽を通じて親密になり、海への憧れを共有する。ある日、渚の提案で二人は海へ向かう電車に乗る。車内で渚は「デートみたい」と呟くが、言葉は小さすぎて電車の音にかき消され、夜空には聞き取れなかった。
夜空と渚という少女が電車に乗って海辺へ向かう。車内で金平糖を食べながら会話を楽しむ。浜辺に着くと二人は裸足で海に入り、砂浜で綺麗なものを探す。夜空はオレンジ色のシーグラスを見つけ、渚は海月の骨を発見する。二人は見つけたものを交換し、雲と海月の共通点について話し合う。帰る時間が近づく中、渚は帰りたくない気持ちを抱え、夜空はその思いを受け入れる。最終的に、二人は砂浜で横になり、沈まない太陽の下で心地よい眠りにつく。
夜空は、音楽室で出会った渚と親密な関係を築く。二人は海辺で過ごす時間を共有し、互いの音楽への情熱を語り合う。二人は音楽への情熱を共有し、海辺で過ごす時間を大切にする。しかし、渚は厳しい家庭環境に悩んでいる。二人は海辺で過ごす時間を共有し、互いの気持ちを理解し合っていく。
ある日、渚が音楽室に来なくなる。夜空は渚の曲を必死に練習し、十一日後に再会。渚は自作の楽譜を親に捨てられたことを告白し、二人は再び海辺へ向かう。
海辺で渚は自分の気持ちを打ち明け、夜空も渚への思いを伝え、二人は海に入っていき、「夢月夜」と名付けた曲の中で深く沈んでいく。
朝日が輝く浜辺で夜空は目覚める。隣にいるはずの渚の体温は消え、冷たくなっている。遠くから誰かが「そこの二人!大丈夫か!?」と呼びかけ、救急車のサイレンが近づいてくる。
夜空は返事をする気力もなく、目を閉じて暗闇に身を横たえ、星々の問いかけにも答えられなかった。
三幕八場の構成になっている。
一幕一場 はじまり
高校三年生の山倉夜空は無気力な日々を送っていたが、ある日旧校舎の音楽室で松浦渚という女子生徒のピアノ演奏に出会う。渚の奏でる音楽に心を奪われた夜空は、毎日放課後に音楽室を訪れるようになる。
二場 目的の説明
夜空は放課後、音楽室で渚のピアノ演奏を聴く。渚は主にドビュッシーの曲、特に「月の光」と「海」を好んで弾く。二人は音楽を通じて親密になり、海への憧れを共有する。
二幕三場 最初の課題
渚の提案で二人は海へ向かう電車に乗る。車内で渚は「デートみたい」と呟き、何か重要な言葉を伝えようとするが、夜空には聞き取れない。
四場 重い課題
海辺に着いた二人は、裸足で海に入り、砂浜で美しいものを探す。夜空はオレンジ色のシーグラス、渚は海月の骨を見つける。二人は見つけたものを交換し、雲と海月の共通点について語り合う。
五場 状況の再整備、転換点
夜空と渚は音楽への情熱を共有しながら、海辺で過ごす時間を大切にする。しかし、渚は厳しい家庭環境に悩んでいることが明らかになる。
六場 最大の課題
ある日、渚が音楽室に来なくなる。夜空は渚の曲を必死に練習し、十一日後に再会する。渚は自作の楽譜を親に捨てられたことを告白し、二人は再び海辺へ向かう。
三幕七場 最後の課題、ドンデン返し
海辺で渚は自分の気持ちを打ち明け、夜空も渚への思いを伝える。二人は海に入っていき、「夢月夜」と名付けた曲の中で深く沈んでいく。
八場 結末、エピローグ
朝日が輝く浜辺で夜空は目覚める。隣にいるはずの渚の体温は消え、冷たくなっている。遠くから誰かが呼びかけ、救急車のサイレンが近づいてくる。夜空は返事をする気力もなく、目を閉じて暗闇に身を横たえ、星々の問いかけにも答えられなかった。
甘い恋の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。
独白で、現在から過去を振り返って語る書き出し。
遠景で「それは、信じがたいほど甘い恋でした」と示し、近景で「一夏の記憶は、今も私の心に縛り付いて離れようとしてくれません」と説明。心情で「一日たりともあの時の感情が忘れられないんです」と語る。
どんな恋をしたのか。
興味を持ちながら、人間味を感じて共感を抱く。
主人公は自発的ではなく受け身で、大人しく、「きっと世間的には面白くない子だったに違いありません」と語っている。
そんな子が、高校三年生のある日、人生が彩りであふれる出来事が起きる。恋をしたのだ。
「時々、私はあの日の海と共に幼い私達が弾くピアノの音色が聞こえてきます。最後の夏に聴いた音が、焼き付いて離れないんです。私の時間は、あれから一秒も進まなくなってしまいました」
ここまでが導入。
現在の主人公が、客観的に過去を振り返っているのだ。
本編とは文体が変わるのも、客観的と主観を意識してのことかもしれない。
本編の主人公は、おそらく大人。
結末をいってしまうと、海に入った二人は気づいたら浜辺にいて、友達は冷たくなっている。主人公は目を閉じてしまい、その後どうなったのかわかりにくいけれども、冒頭で過去回想をしているということは、主人公だけが生き残ってしまったという悲しい話なのだ。
長い文は五行くらいで改行。句読点を用いた一文は、長過ぎることはない。短い文と長い文がリズミカルに織り交ぜられ、全体として読みやすい。短い文章が多用されているため、テンポよく物語が進行し、緊張感を生み出している。また、現在と過去の場面を交互に描写することで、時間の流れや記憶の重みを巧みに表現している。
一人称視点で語られ、豊かな内面描写が特徴である。特に、繊細な心情描写が際立ち、主人公の感情に深く共感できる。
情景描写と心理描写のバランスが取れており、物語の世界観がリアルに感じられる。
比喩表現には音楽に関するものが多く、音楽や自然が巧みに比喩として使用されている。専門的な音楽知識も織り込まれており、音楽への深い理解と愛情が感じられる。詩的な表現や象徴的な描写も多く見られ、作品は単なる物語以上の深みを持つ。
全体として、豊かな内面描写と情景描写のバランスを保ちながら、リズミカルな文体と音楽的な比喩を駆使して魅了される。
内面と外界の描写のバランスが良く、伏線や象徴的な表現が効果的に使用されている。独特なモチーフ、金平糖や海月の骨が作品に深みを与えている。
主人公の内面描写は丁寧で繊細であり、心情が伝わりやすい。主人公と渚の関係性の変化が自然に描かれており、音楽を通じた心の変化も繊細に表現されている。
音楽を通じた心の変化や青春の儚さ、喪失感が巧みに表現されており、読者の心に深く響く作品となっているところがいい。
五感を駆使した豊かな描写が臨場感を生み出し、旧校舎や音楽室、季節感などの表現が巧みである。音楽と自然の描写も豊かで、情感溢れる文章となっている。
五感描写について。
視覚は、白と黒の星々が夜空に交差し、濁った光を地上に落としている、夕焼けの空、砂浜の輝き、雲の様子、星空や海の描写、ピアノの鍵盤など。
聴覚は、彼女の白い指が滑らかに鍵盤を押して、私が聞いた美しい音楽が蘇った、ピアノの音色、電車の音、波の音、車内放送、渚の歌声など。
触覚は、生暖かい風が頬を撫でた、そよ風の感触、砂の感触、冷たい海水、手を繋ぐ温もり。
嗅覚は、ツンと鼻の奥に突き刺さる空気に嫌気が差してくる、音楽室の埃っぽい匂い、潮の香りなど。
味覚は、幸せな味のする演奏だ、メロンパンの味、金平糖の甘さ、ファミリーレストランでの食事。
主人公の弱みは、いくつかに分けられる。性格や行動面においては、無気力で受動的な性格が目立つ。自発的に行動することが少なく、臆病で直接的なコミュニケーションを避ける傾向がある。現実逃避的な傾向も見られ、これが彼の行動を制限している。
対人関係の面では、友人関係が希薄であり、家族との関係も薄い。渚への依存心が強く、彼女の要求を断れない。
精神的な弱みとしては、将来への不安や目標の欠如。自己表現に不安を抱えており、自分の気持ちや考えをうまく伝えることができない。
さらに、注意力や集中力の面でも問題がある。考え事をすると周りが見えなくなり、渚の言葉を聞き逃してしまうことがある。注意力の欠如は、日常生活や人間関係に悪影響を及ぼしている。
情報不足による弱みもある。具体的には、渚の連絡先を知らないため、彼女とのコミュニケーションが困難になっている。
これらの弱みは、物語の展開や自身の成長に大きな影響を与える要素となっている。
ドビッシーの音楽鑑賞文を書いている場面からはじまる。
主人公は、眠気から真っ白。「基本どの授業でも居眠りをしているので、教師の間で寝てばかりいる駄生徒として認識されているからこその目線だろう」とある。
だけれども、冒頭で主人公は自分のことを「私は元来、何でも言うことを聞いて大人しくしているような性質でした。波風を立て無いように誰彼構わず機嫌を取って、怒りもせずただニコニコと微笑んでいる」と表現されている。
人物像と合わない。
何でもいうことだけを聞いているおとなしい性格なら、授業中に寝てばかりとはならないだろう。
大人になったとき、思い出が美化されていることを表してているのか、人物設定のミスなのか。それともなにか別な理由があるのかしらん。
受験に向かって努力するときに、主人公は赤の他人のように振る舞うようにできるという。
「今までの人生だってそうだった。大海原を波に乗ってたった一人で旅している。海に浮かぶ海月のように、意志を持たずに過ごしてきたも同然だ。自分のやれる範囲内のことをやれるだけ。必要とされること以上の変化を求めずに生きてきた」
必要以上のこともしていないような気がする。
主人公が思っている必要以上と、他人や周囲、世間一般的に思っている必要以上がすでに異なっているのだろう。
たとえば世間が五十を必要とするとき、主人公の中では十くらいだと思っている。そうしたズレがあるのかもしれない。
だから、主人公としては周りのいうことを聞いて行動する子だったと振り返るも、読者である第三者から見ると、そうでもないよねというふうに思えるのかもしれない。
問題は、そういうキャラクターを描きたいのかどうか。
先生も寝てしまうところは面白い。
「月の光はループ再生になっているのか、同じメロディが再度流れ始めた。生徒が不思議そうな顔で教師の方を見つめている」
鑑賞文を書かせているので、ループになっていてもいい気がする。
主人公は寝てしまい、「目を覚ました時には、教室にいる人は少なかった。帰りのホームルームから時間が経っていることは明らかだ」誰も起こさず、そのままホームルームが終わるとは。生徒どころか担任も薄情である。
下校する前に運動部からボールを取るよういわれ、拾って渡し、公園に立ち寄って子供たちと遊ぶ。そのまま寝てしまい、日が沈んで帰宅し、「家に帰ると、晩御飯はダイニングテーブルの上にラップされて置いてあった。ご飯はすっかり固まってしまっている。親はすでに晩御飯を食べ終わったようで、リビングでくつろいでいた。こちらを少しも見ないところを考えるに、今日は虫の居所が悪そうだ」と、冷たい親子関係。
主人公の半日の生活は必要なのかしらん。
どんな主人公なのかを読者に伝えるために心理描写と動きをもっと示している部分に関してはできがいいのだけれども、物語の展開としては緩慢で、引き込む力強さに欠ける気がする。
昨日の教訓から寝るのをやめてホームルームを終え、公園に行ってせがまれると疲れるからと、別の暇つぶしに旧校舎へ向かうとある。主人公は、部活も入らず、勉強もせず、なにがしたいのかがよくわからない。
音に導かれて階段を上がっていき、古い教室にたどり着く。
「意識しなければ誰も訪れない辺境の地は、知らぬ間に桃源郷へと姿を変えていた」作中で使われている表現は詩的。
「音を封印している重石をこじ開けていく。錆びついた金属が嫌な不協和音を立てた」
こういうところもいいし、
「扉が開ききった途端、音楽が私を包み込んだ。音の重圧に倒れそうになる。柔らかな日に照らし出された若葉が、生き生きとした活力を取り戻していくように体にエネルギーが満ちていく。私の必要としていた彩りはここに存在した」
叙情的で、強烈な衝撃を受けた感じが上手く表現されていて、作品世界の特徴をよく描き出しているところ。実に素敵。
曲が終わった後、
「どうしてここが分かったの?」
と相手の子は聞いている。
音が聞こえていたということは、完全なる防音設備が整っている部屋ではないだろう。音が聞こえれば、誰かが弾いていることはわかる。
それとも、別のことが聞きたかったのか。
主人公と彼女は顔なじみかしらん。
でも、二人は初めてあった様子。
誰にも気づかれないと思っていたのかもしれない。
「松浦渚。渚で良いよ。夜空って高三でしょ?」
渚は、主人公のことを知っているのかもしれない。だから、「どうしてここが分かったの?」と聞いたのかも。ひょっとすると同じクラスかしらん。渚の人物像をより具体的に描写すると、伝わりやすくなると感じる。
受験生としての葛藤をより深く掘り下げてもいいかもしれない。
「家に帰る足取りが軽い。帰り道が幸福で溢れ出している。明るい夜道を歩いた。金平糖のように色とりどりの星々が夜空に瞬く。宝石箱でも見ているようだ。星が純粋な光を取り戻し、地上に落とす」
なんだかメルフェンチックな感じ。主人公の明るい気持ちが伝わってくる。
主人公の親は、どうして子供に無関心なのかしらん。ご飯の用意はしてあるけれども。
「渚の表情に一瞬陰りが浮かんだ。しかし直ぐ様誤魔化すような嘘らしい笑顔を見せた。戸惑って揺れる瞳を、私は見逃せなかった」渚にはなにかしらあるのだろう。
太宰治の本について「特に。親に押し付けられたから、読んでいただけだよ」としながら、「そう言えば、今日太宰治の誕生日だ」と話す。
押し付けられた割には詳しい。渚の私物だろう。
伏線的な意味合いがあるいちがいない。今後の展開を暗示している。渚の過去や家庭環境についての情報が増えていくと、謎が明らかになっていくかもしれない。
「横を通り過ぎるなだらかな流れが風となって私の短い髪を撫でた。廊下の窓から茜色の空に浮かんだ雲が目に入った。紅く染まった雲が揺蕩っている。空を穏やかに流れる雲はまるで海の中に揺られる海月のように見えた」と主人公が曲に浸り、渚から「夜空、海に行きたいね」といわれる。
海、ドビッシーの曲。これもまた今後の展開を示唆しているのだろう。
「幸せの花が教室中に咲き乱れて、二人だけの美しい世界を彩った。夕暮れが暗い闇に包まれ星達の舞台が始まるまで、渚は長い長い海の物語を語って聞かせた。私は物語の中にある一粒の水滴となって、海という巨大な群衆の中で異国を旅し続けた」心の情景が素敵。
海の曲を弾いているのは、海に行きたいからだと明かされる。
「これから悪い事をするんだぞとでも言いたげな顔で笑みを作った。連られて私の顔にも笑顔が浮かぶ。光に照らされて宝石のような埃が、ケサランパサランのようだった」
情景を説明し、感想をそえる。主人公の表現が独特て詩的だから、空想的な世界観に包まれていくように感じていまう。
「ゆらり揺れる電車の景色がハヤブサのように飛び去っていく」
速く流れていくのだろう。
「何だかデートみたいだね」
主人公は聞き逃してしまう。二度はいってくれない。
渚は満足している。
「夜空、金平糖食べない?」
渚から進められる。いつぞや、空の星を金平糖にしたときのことを思い出す。渚のピアノを聞いて帰るときの、主人公の明るい気持ちが現れていた。
一緒に食べるのは、そのときの気持ちを追体験していくのをあらわしているのかもしれない。
海に入ったあとの情景描写が「適当にその場を歩き回った。時々打ち寄せる波が足首を濡らした。照りつける太陽が砂浜を宝石の庭へと変えていく」と表現されてから、二人できれいなもの探しをはじめる。
二人が見つけるのは、宝石なのだ。
主人公は渚を我儘と思い、「恐らく甘やかされて育ったものだろう。幸せな家族に褒めて伸ばされてきた証拠だ」と想像する。はたしてどうかしらん。渚の過去や家庭環境についての情報を増やすと、いろいろわかってくるだろう。
渚と連絡しようとして、「スマホを取り出して、すぐにまたポケットの中に戻した。渚の連絡先を私は知らなかった」とある。
スマホを使いこなす子ではないのかもしれないし、友達がいないから連絡を取り合うことになれていないのかもしれない。
渚の背景や二人の関係性をもう少し明確に描かれていると、わかりやすくなるとカンガル。
主人公はオレンジのシーグラス、渚は海月の骨を見つけ、贈り合う。金平糖といい、渚のピアノから思い浮かべたものを、主人公はもらっている気がする。
二人は帰らず砂浜で寝てしまう。深い夜、目が覚めて星空を見て、「ふと、今ここで死んでも良いと思った。渚という大切な友達を表現するために、死という安っぽい表現を用いてでも表していたかった」とある。主人公が死を望むのはなぜだろう。
主人公の背景や家庭環境についての情報が描かれていると、よりわかるのではと考える。
「こんなに綺麗な星空を見ていると、歌い出したくなってしまうね」渚は歌う。自作の曲だから題名はないとし、「どうせ誰にも聞いてもらえないような曲だったから、君に聞いてもらえただけで十分」という。その理由は内緒としか答えない。
主人公の名前の由来が書かれている。
「よぞら」ではなく「よそら」だという。
「親が出生届出す時に、振り仮名間違えたんだって。だから『よぞら』じゃなくて『よそら』」
「私、親が厳しくてね。進路とか結構言われるんだけど、夜空はどう?」
渚の問いに対して、「私は全然かな。興味ないみたい」という。
ネグレクト、育児放棄みたいなものかしらん。そもそも主人公は、どうやって高校を選んだのだろう。自分でなにかしたいことはなかったのか。
勉強や運動、何かしらの職業につきたいといった質問には、人は答えることができる。でも、「どう生きたらいいですか」「なにをしたらいいですか」という問いには閉口してしまう。
小説も同じで、文章の飽き方や技術、テクニックは教えることはできても、作品のこだわりやウリは、作者自身が見つけるしかない。誰かが教え、与えるものではないのだ。
「『お互いに大変だね』渚の言葉の音に、ほんの少しの羨ましさが混じっていた」
渚はやりたいことがあるけれど、親によってできないことに苦しみを感じているのだろう。主人公は親に束縛されていないので、羨ましいと思ったと推測。
二人の食事の様子から、すでに寂しさが漂っている。食べたら帰ろうと、二人共思っているだろう。いままでは二人の世界に浸っていたけれど、お腹が空いたという食欲から現実に引き戻されたからだ。
「最寄りまで乗って、一人きりの夜道を歩いた。あんなに輝いていた星々の光も今は濁った色になっていた」主人公の沈んだ気持ちが伝わってくる。
「次の日、廃れたグランドピアノに似つかない可愛らしいメモが置かれていた。ごめんねと達筆な字で書かれたメモは、一目で渚の書いたものだと理解した」
二人共、連絡交換していないのだろう。
「この日を境に、渚は音楽室に現れなくなった。渚のクラスは知らなかったが、探せば会う事は容易に違いない。ただ、私の中にある渚に悪い事を言ってしまったかもしれないという自身に対しての疑惑が、その行為をする事を止めていた」
いったい、どんなことを指しているのかしらん。
「私は臆病で、渚に会って話せば済む事をやらなかった。代わりに、渚と初めて会ったときに渚が弾いていた曲の練習を音楽室でするようになった。確証は何も無かったけれど、弾いていれば渚に会える気がしていた。けれど、それは渚と話し合う事を拒否した小心者の行動だと自分が一番分かりきっていた」
会いたいのに会えないと思い込み、会う努力もせず、かわりに在りし日の面影にひたるようにピアノを引く。逃げているように思える。
でも、メロディが形になった十一日、渚が現れている。
主人公の思いが通じたのかもしれない。
逃げているようで、必死に戦っていたのだ。
会いたい人に会う、その一心で練習したのだろう。
「前に海月と雲が似ているって、君と話したよね」
「うん、話した」
「どっちも青く澄み渡った世界に浮かんでいるからって」
「そうだね」
「海月が空を流れて、雲が海に揺られる世界も、そう悪くないのかもしれないね」
これが、渚に悪いことをいってしまったことだったのだ。
以前、「雲は空に漂っている。海月も海に漂っている。どっちも意思がないまま青い世界に浮かんでいる」と渚がいったとき、主人公は「詩的だね」と表面的な答えを返して、真意を汲み取ろうともしなかった。
雲は夜空、海月は渚の比喩なのだ。
二人共、意思がないまま状況に流されるように生きている。自分たちは似てない? と聞いたのだ。
今回、主人公は渚の話を聞いた上で、親に無視されるより構われる生き方と、親に縛られるよりやりたいことやらせてもらえる生き方だったら、そう悪くもないかもしれないねと、渚の気持ちを汲んだことを口にしたのだ。
「渚はおもむろに呟くと、それきり黙り込んでしまった。どういう事と尋ねても、きっと今の渚は何も言わないに違いない」
渚には、主人公の気持ちが伝わったから、頷いて黙ったのだ。
嬉しかったかもしれない。
「そのうち、進路の話になったの。私は夜空が言ってくれた通り、本当はピアニストになりたい。だけどね、親は理解してくれなくて。音楽じゃなくて教育に進むようにってうるさいんだよ。親の気持ちも分かってあげたいんだけど、やっぱり無理なの」
保育士の先生、あるいは音楽教師という道もあるのではと考える。ピアノ演奏は必須なので、ピアノには触れる。
演奏者の道も、いまは一つではない。
音楽はお金がかかる。そうした現実面からも、教育に進むようにと親はいっているのかもしれない。
「私、自作の曲を作ってたでしょ?」「あれ、楽譜も書いてたんだけど捨てられちゃったんだ」これは親がよろしくない。「わざとじゃなくて、書類と混じってたから間違っちゃったらしいんだけど」
産みの苦しみが分かる人には、勝手に捨てられた辛さは響くだろう。
海月の骨のところで、「海月の骨は脆いから、大切にしなよ。大事なものなんだから。気づいたら、泡沫の夢のように消え去ってしまうよ」渚の口調が、これまでとちがう。
なんだか、人魚姫の話を思い出す。
今後の展開を暗示しているかのようだ。
「私ね、渚の音が本当に好きで好きで仕方がない。私の世界を色付けてくれたのは、渚の音以外にないんだよ」
このときの渚の表情の描写がいい「驚いた表情を見せたあと、ふわふわと飛んでいきそうな幼い子供の声で笑った」主人公は幻想的で詩的な表現をする。得意と言ってもいい。
「今夜は月が綺麗だね」
「月はずっと綺麗だったよ。これからも」
これこそ、互いに告白をしているのかもしれない。
「固く握っていた手が解けそうになるのを感じる。温かさが手を離れようとして、間に冷たい海が割り込んでくる。私がこのまま浜へと戻れば、無事に家に帰り着くことは容易な事だろう。けれど、繋ぐ手から渚の不安を私は受け取ってしまっていた」
主人公は渚とともに海へ、深く入っていく。
「遠い昔、誰かが海の底にも都はあると言った。この波の下に都があるとするならば、どんな所なんだろう。都というぐらいだから、華やかで見たことがない彩りで飾られているはずだ。私と渚がそこに辿り着く事が出来たのなら、二人で過ごすのも案外悪くないかもしれない」
入水するのを、主人公らしい独特な表現で描かれているところがいい。
「渚のお陰で何度も聞いたドビュッシーの旋律が心を満たした。ゆっくりと、幕が下りていく」
ドビュッシーは海の比喩だとすると、押し寄せる波に飲まれるように海の中へと沈んでいくさまを表している。
表現はいい。
「隣の暖かさはとうの昔に消え去っていた。暖かさなんて初めから存在していなかったのではないかと錯覚してしまう程に冷たい」
おそらく死んでいる。
もしくは意識不明の可能性も考えられる。
「繋いでいた手は鎖となり絡み合って解けない。大罪をしでかした事は明白だった」
つまり、直ぐ側にいるということ。
問題が一つ。
生き残ったのは誰かということ。
いままで物語は夜空視点の一人称で書かれてきたので、目を覚ましたのは夜空だと思うのは自然だけれども、
「夜空の影は一つもなく、眩しい太陽の光が辺りを照らしていた」
情景描写として、素直にとっていいものなのか。
夜空の死を暗示しているのでは、と勘ぐってしまう。
また、「私は恐ろしい呪いにかけられた。あの時の言葉は今も耳に反響して、ピアニストにならないなんて口が避けても言えなかった」とある。
親のいうとおりにピアニストの道を諦めるのが嫌だったから死のうとしたのだ。もし夜空が死んで渚が生き残っていたら、このままピアニストにならず親の言いなりになるなんて生き方はできないだろう。
でも、「もし言葉通り砂浜に戻ったら、朝がくることはなかったのかもしれない。ずっと夜のままで過ごせたかもしれないのに」とある。「私がこのまま浜へと戻れば、無事に家に帰り着くことは容易な事だろう」と思っていたのは夜空なのだ。
だから、生き残ったのは夜空かもしれない。
渚の死を受けて、彼女の夢だったピアニストになろうという思いを抱いてもおかしくない。
「目を開けているのも辛くなって、瞼を閉じ、暗闇の中に身を横たえる。私は光の中よりも闇の中の方が生きやすいらしかった」
名前から考えても、やはり夜空かもしれない。
最後の締めくくりが、詩的で情感がこもっている。夜から朝への移り変わりは、主人公の心境の変化と新たな現実への直面を象徴的に表現している。渚の死(または意識不明の状態)が示され、夜空が一人で現実に向き合わざるを得ない状況が描かれている。
「夜の名残が囁いて、消えかかった星々が問いを投げかける」 「星が明けた先に何があるのか」
渚とともに過ごした明けない幸せな夜が明けてしまったその先、これからの人生になにがあるのか。どんな人生が待ち受けているのか。主人公をはじめ誰も知らない。読者の想像に委ねられているかもしれない。
読後。冒頭に戻って読み直す。主人公はいまもなお、高校三年生のあの夏の日の出来事を忘れずに、悔いているのだろうか。
「私はあまりにも大きな罪を背負いました。あっという間に過ぎ去ってしまった時間に音を乗せて、幼い私達に向けて鎮魂歌を奏でるのが贖罪になると、今は感じていたいのです」
きっとピアニストになって、贖罪の気持ちを込めて弾き続けているのかもしれない。
青春の儚さと喪失感を巧みに表現されていて、音楽と自然を通じて主人公の内面を描く手法が効果的。太宰治が出されていたので、心中ものだと察することはできて、わかりやすい一面はあった。たた、結末がどうなるかまではわからなかったので、意表をつかれた。
二人の関係性や情景描写が魅力的で、海の場面は夏の一日を追体験しているような感覚が楽しめたし、繊細な心情描写と美しい自然描写に引き込まれた。
全体として、感性豊かな文章力と独特の世界観がよかった。
綺麗で素敵なのだけれども、読後は物悲しかった。
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