花が舞う季節に

花が舞う季節に

作者 結原シオン

https://kakuyomu.jp/works/16818093078151614607


 交通事故で恋人を失った大学生の巻野咲桜は、深い悲しみから立ち直れずにいた。ある日、公園で出会った野良犬をきっかけに少しずつ前を向き始める。一方、飼い主のおじいちゃんを突然失った犬の梅助は、新しい飼い主を探していた。偶然にも、梅助の元飼い主が咲桜の恋人の事故の加害者だったことが判明する。咲桜は梅助を引き取ることになり、互いの傷を癒しながら喪失を乗り越え、共に歩んでいく話。


 文章の書き出しはひとマス下げる等は気にしない。

 現代ドラマ。

 ミステリー要素あり。

 人と犬の絆、喪失と再生をテーマにした心温まる物語。

 丁寧な心理描写が印象的。

 構成はよく、人と犬による交互の視点は面白い試み。

 温かみのある日常描写が魅力的。


 主人公は一人と一匹。大学生の巻野咲桜。一人称、僕で書かれた文体。犬の梅助。一人称、ぼくで書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在過去未来の順に書かれている。

 

 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれないことにもどかしさを感じることで共感するタイプと、女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 大学生の巻野咲桜は、恋人の蘆谷春華を交通事故で突然失う。深い悲しみに沈む咲桜は大学にも行けなくなり、引きこもりがちになる。ある日、公園で出会った野良犬をきっかけに、少しずつ立ち直ろうとする。部屋の掃除をしていると、春華との思い出の品々や写真を見つけ、懐かしさと切なさに包まれる。そんな中、友人の杉原から電話がかかってきて、春華の事故を起こした加害者に会ってほしいと頼まれる。

 犬の梅助は、飼い主のおじいちゃんが突然帰ってこなくなり、近所のヤマオカさんに預けられる。しかし、ヤマオカさんは犬の世話に慣れておらず、梅助は体調を崩してしまう。その後、マサトくんという若者に世話をされるようになるが、おじいちゃんの行方が分からず不安な日々を過ごす。ある日、梅助はおじいちゃんを探しに外出し、公園で優しい男性に出会う。帰宅後、ミコトちゃんから「おじいちゃんとはもう一緒に暮らせない」と告げられ、新しい飼い主に会うよう頼まれる。

 巻野咲桜は、恋人の春華を交通事故で亡くして二か月が経った。ある日、親友の杉原から事故を起こした犯人に会って欲しいと頼まれる。巻野は承諾し、面会に向かう。そこで犯人が親友の三品の祖父・梅吉だと知り、驚愕する。梅吉は謝罪し、春華のことを聞きたがる。そして、梅吉が飼っていた犬・梅助の新しい飼い主を探していることを知らされる。巻野は以前公園で出会った犬が梅助だと気づき、一週間のお試し期間で引き取ることになる。梅助と再会した巻野は、あの日の出来事を犬に語り、最終的に梅助の新しい飼い主になることを決意する。

 巻野咲桜と梅助の日常生活が描かれる。二人は「一週間のお試し」から始まった同居生活を楽しんでいる。巻野咲桜は料理が得意で、毎晩梅助のために美味しい食事を作る。食事後は一緒に遊んだり、勉強を見守ったりして過ごす。ある朝、目覚めると窓辺に桜の花が舞い込んでくる。過去に大切な人を失った経験を持つ二人だが、今は互いの存在に支えられ、幸せな日々を送っている。困難を乗り越えてきた二人は、これからの人生も共に歩んでいく決意を新たにする。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場 はじまり

 大学生の巻野咲桜は、恋人の蘆谷春華を交通事故で突然失う。深い悲しみに沈み、引きこもりがちになるが、公園で出会った野良犬をきっかけに少しずつ立ち直ろうとする。

 二場 目的の説明

 咲桜は部屋の掃除中に春華との思い出の品々を見つけ、懐かしさと切なさに包まれる。そんな中、友人の杉原から春華の事故を起こした加害者に会ってほしいと頼まれる。

 二幕三場 最初の課題

 犬の梅助は、飼い主のおじいちゃんが突然帰ってこなくなり、近所のヤマオカさんに預けられるが、体調を崩してしまう。その後、マサトくんという若者に世話をされるようになる。

 四場 重い課題

 梅助はおじいちゃんの行方が分からず不安な日々を過ごす。ある日、おじいちゃんを探しに外出し、公園で優しい男性(咲桜)に出会う。

 五場 状況の再整備、転換点

 帰宅後、ミコトちゃんから「おじいちゃんとはもう一緒に暮らせない」と告げられ、新しい飼い主に会うよう頼まれる。

 六場 最大の課題

 咲桜は杉原の依頼を受け入れ、加害者との面会に向かう。そこで犯人が親友の三品の祖父・梅吉だと知り、驚愕する。梅吉は謝罪し、春華のことを聞きたがる。

 三幕七場 最後の課題、ドンデン返し

 咲桜は梅吉が飼っていた犬・梅助の新しい飼い主を探していることを知る。以前公園で出会った犬が梅助だと気づき、一週間のお試し期間で引き取ることになる。

 八場 結末、エピローグ

 咲桜と梅助は「一週間のお試し」から始まった同居生活を楽しむ。過去に大切な人を失った経験を持つ二人だが、今は互いの存在に支えられ、幸せな日々を送っている。ある朝、窓辺に桜の花が舞い込み、二人は共に歩んでいく決意を新たにする。


 事故の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 本作は、主人公が一人と一匹で構成されている。なかなか珍しく、興味深い。

 冒頭は客観的状況の説明による導入から始まっている。

 遠景で「幸せな日常は、ある日突然、音もなく壊れてしまうものだ」と示し、近景で、「自分のいる場所がなくなっちゃったり、大切な人とお別れしちゃったり。それが原因で進む道や生きる希望を見失うことだってある」と説明。心情で「でも、待っている未来はとーっても明るいって信じているから! 頑張って、前を向いて。僕たちは今日という日を踏みしめる」。これは「僕」と『ぼく』が未来を歩むための、とあるひとつの物語」と語ってはじまる。

 大事なものを失った、一人と一匹がどんなふうに前を向いて今日を踏みしめて進んでいくのか。そんな物語がはじまることを示唆している。

 それだけで、悲しいことが起きたのねと思い、共感を抱く。


『高齢者運転の自動車と衝突、女子大学生死亡』

 この一文で、ため息がでる。悲しい事故である。しかも、「僕、巻野咲桜と恋人、蘆谷春華の恋の終幕を告げた」とあり、追い打ちをかけてくる。ニュース原稿が読み上げられる中、さらに確定的になっていく。


「明後日満開になった桜を見に行こうと約束して、そこで彼女の誕生日を祝うはずだった。新調したピクニック用品や彼女の可愛らしいカンカン帽が置かれた玄関がそれを語っている」

「『二十歳になる節目だからさ、イメチェンしてお花見行く!』そして、そう言ってちょうど今日彼女は美容院に出掛けて行った。スマートフォンと睨めっこしてヘアスタイルを考えていた様子が眼裏に浮かぶ」事実の上積みが、これでもかこれでもかと悲しみを募らせていく。

 下手に主人公の心情や見た目、動きの描写をするより先に、周辺情報と事実の積み上げをしていくことで、悲しみの雰囲気を演出していく書き方は、読者に記憶を思い起こさせ、追体験させていく。

 こういう書き方は非常に上手い。


 高校からの友人、杉原雅人が声をかけてくれて、気遣ってくれる。人間味のあるいい子である。

「……そういやさ、美琴、やっぱり来られないって」 

 やっぱりとはなんだろう。

 そのことには触れられず話が進む。  

「すげぇ寂しそうに電話してきたよ。蘆谷の最期を見送れないって」

「お互い、寂しいだろうにね」

「……本当に、な」

 のちに、加害者が三品美琴の祖父だとわかる。葬儀に出られなかったのは、祖父の逮捕のことがあって、遠慮したのかしらん。それとも逮捕に関わることで用事ができたのかもしれない。

 ここでは、杉浦は知っていると思って話しており、主人公は加害者が誰なのか知らない状況で話している。それでも会話が成立している。

 娘さんを無くされたご両親は可哀想に。主人公は挨拶をしたのだろうか。その辺りは一切ない。

「同棲を始めてから春華と一緒に料理を作ってきたために『コンビニ飯』の言葉すら新鮮味を感じる」

 一緒に暮らしていたのなら、彼女の親御さんに挨拶などはしたほうがいい気がする。主人公も悲しいかもしれないが、ご家族はもっと悲しいはず。


 コンビニ弁当の塩味に驚いている。実際、そういう商品もある。


 犬にロールパンをあげている。「正直犬に人の食べ物を与えるのはまずいだろうけど、少しでも腹の足しになるならと水も一緒に満足するまで与えやった」犬にしろ、空腹には勝てない。

 

 犬に礼儀正しさを見て、自身を省みる。ここで正気を取り戻し、発奮していく展開はいいなと思う。

 

「帰宅したアパートの部屋には所々にゴミが散乱した光景と、暗く埃っぽい空気が広がっていた」

 もう少し具体的な部屋の様子を描いて、「こんな部屋」と読者も思えるといいのではと思う。


「彼女が大切にしていたネックレスやCD、アルバム、そして以前渡したペアリングのケースがあった。いつかもっとちゃんとした指輪をあげると言って、結局そのいつかは叶わずに彼女はこの世を去ってしまった」

 掃除をしたら出てきた感じを出すためにも、散らかりようの凄さを描いていたほうが良かった気がする。

 ご両親にも、思い出の品を送ってあげて欲しい。

 掃除して見つかったメモリーカードから、高校時代の写真と動画が出てきて、さらに思い出がつのっていく展開がいい。


「着信相手を確認すると杉原だった。しかし春華が亡くなってから周りとの連絡も断っていたために、出るのに少しだけ躊躇ためらってしまった」

 葬儀からあと、どれだけの時間が過ぎているのだろう。

 コンビニに行って犬に分け与え、部屋の掃除をして電話に出るまでが一日の出来事だが、時間間隔がわからない。

 コンビニでは弁当と朝食用のロールパンを買っていた。これは翌日の朝食用だったのかもしれない。

 電話がかかってきて、「ごめん、心配かけて。それで、突然電話って何かあったの? こんな深夜帯に」いつのまにか深夜になっている。時間がそれとなく分かるように、部屋が暗くなったとか、電気をつけたとかあるといいかもしれない。くらい中でひたすらスマホ画面を見続けていたのかしらん。


 犬視点の梅助で描かれている二章は漢字を少なくしている。子供っぽい文章であり、初見だと、幼い子視点で書かれている感じがある。ある意味、ミステリー要素を含んでいるといえる。

 だから、「そうして、ぼくはヤマオカさんの『うちの子』になることになった」で、おやっと驚く。


「よし梅助くん、ご飯だよ」

『ヤマオカさんこれおやつだよ? ご飯はあっちの赤い袋のやつ!』

「よしよし、たんとお食べ」

『あ、ちょっと……』 


『お散歩行かないの?ヤマオカさん』

「ん〜? おやつはさっきあげたぁよ、梅助くん」

『違うよ、お散歩! それにおやつとご飯ずっと逆だよ!?』

 このあたりのやり取りで、梅助は犬なのかと気づく。犬でない可能性もあるが、ペットだと気づく。


 脱水症状を起こしたのか、精神的なものなのか、倒れてしまい、昔のことを思い出す展開は上手い流れだと思う。

 犬だからなのか、人物描写はない。

 犬なのに、人と会話ができていると思えるほど、会話がスムーズに進んでいる。しかも「にしてもな、まさか梅吉さんが事故やっちゃうとは思わなかったよなぁ。美琴もそうだけど、あの家族はみんなしっかりしてんのに……」に反応している。


「見る気力もなかったカレンダーを今になって見てみる。おじいちゃんが帰ってこなくなったのは三月三十一日で、今日は六月の初週。そっか、もう二か月も経ってたんだ」

 賢い犬。カレンダーも理解しているとは。


 犬視点で、巻野咲桜と公園で出会っていたときのことが描かれている。ザッピングみたいで、読んでいて非常に面白い。

 

「梅助、ごめんね。おじいちゃんとはもう一緒に暮らすことができないの」

 ミコトに告げられて、刑務所に入ることになったことがわかる。

「ごめん、ごめんね。いつかはきっと、会えるから」

『嫌だよ、おじいちゃんと一緒にいたいよ!!! いつかっていつ? おじいちゃんに何があったの!? 一緒にいられないならなんでなのか教えてよ!!!』

 犬もまた、可哀想である。


 危険運転ではない場合、過失運転致死罪が適用される可能性がある。

 過失運転致死罪

 法定刑 七年以下の懲役若しくは禁錮、または百万円以下の罰金。

 運転中の不注意や判断ミスによって事故を引き起こした場合に適用される。例えば、わき見運転や速度超過、標識の見落としなどが原因で事故が発生した場合。

 被害者が死亡した場合や事故が悪質であると判断された場合は、初犯であっても実刑判決となる可能性がある。

 具体的な判決は、事故の状況や被告人の態度、被害者遺族との示談状況などを考慮して決定される。

 祖父は実刑を受けたのかもしれない。


 一章と二章の引きが、対になっている。

「事故を起こしたやつに会って欲しい」

「新しい飼い主さんに、会って欲しいんだ」

 巻野咲桜と梅助は、共に大切な人をなくしたという共通点があり、対の存在を強調しているからだろう。


 長い文は五行で改行。句読点を用いた一文は、長くはない。短文と長文を組み合わせテンポよくし、感情を揺さぶってくるところもある。ときに口語的。登場人物を感じさせる会話文。

 一人称視点が多く用いられ、主人公の内面が丁寧に描写されている。巻野咲桜と犬の視点で交互に語られ、独特な視点を提供している。

 回想シーンが効果的に使用され、過去と現在を行き来することで物語に厚みを持たせている。これにより、登場人物の背景や動機が深く理解できる。

 情景描写と心理描写のバランスが取れており、会話文が多用されることで臨場感が生まれている。地の文と会話文を適切に配置し、読者を物語に引き込む工夫がなされている。

 短い文章が多く使用され、読みやすさが重視されている。感情表現が豊かで、登場人物の心情が伝わりやすい文体も特徴である。

 犬の視点を取り入れた描写は、人間社会を新たな角度から観察する機会を提供し、物語に新鮮さを加えている。これらの要素は、それぞれの物語の魅力を高める重要な要素である。

 主人公の心情の変化が細やかに描かれている。思い出の品を通じて過去と現在を行き来する構成が効果的。友人や動物との関わりを通じて、主人公の変化を自然に表現している。

 犬の視点から人間の行動や感情を描写している点が独特。おじいちゃんとの思い出や新しい出会いなど、感動的な場面がある。

 また、人と犬の絆を丁寧に描写しているところもよく、複雑な人間関係と感情を巧みに表現している。過去と現在を行き来する構成が効果的。

 日常生活の些細な出来事を丁寧に描写し、温かみのある雰囲気を醸し出している。咲桜と梅助の関係性が自然に表現されており、読者に親近感を与える。過去の経験と現在の幸せ、そして未来への希望がうまく結びつけられているところが実に良かった。


 五感の描写について。

 視覚は、散りゆく桜、春華の綺麗な姿、目に映った知り合いの男の子の顔、黒い瞳、痩せた姿、桜の花弁が舞い込む様子、梅助の笑顔など。

 聴覚は、犬の鳴き声、スマートフォンの着信音、クゥ〜、ワンワン!、目覚まし時計の音、梅助の寝息など。

 触覚は、杉原が頭を撫でる感触、体がすごくだるい、くすぐったい、暖かい空気に包まれる感覚など。

 味覚は、コンビニ弁当のしょっぱさ、サクラくんの手料理の美味しさなど。

 嗅覚は、アパートの埃っぽい空気、すごく美味しそうな匂いが近くから漂ってきた、料理の匂いなど。

 五感の描写をさらに豊かにし、没入感を高められると考える。せっかく犬視点があるのだから、嗅覚描写をより描いてもいい気がする。


 主人公の弱みとして、咲桜は感情表現が苦手で、人付き合いが得意ではなく、喪失感から立ち直れず引きこもりがちなところ。

 なぜなら、恋人を亡くした経験から喪失感を抱えており、新しい関係性を築くことへの躊躇してしまう。

 梅助は、人間の言葉を完全には理解できないことや、おじいちゃんへの依存が強く、変化に弱いこと。梅助も同様、おじいちゃんと別れた過去の辛い経験を持っている。

 二人とも、現在の幸せな日常が突然失われることを恐れている


 三章は一章の続きからはじまる。 

 三人で刑務所にいき、ここでようやく主人公は加害者が誰かを知る。

 読者は、これまでの話の流れから、予測はついていたのでさほど驚きはないが、恋人の命を奪った犯人が友人の祖父だとわかれば驚くのは当然だ。

 葬式でのやり取りの説明がある。このあたりは親切。


「杉原と三品さんは高校時代からも仲が良く祖父母含めた家族ぐるみでの交流も多かったと春華から聞いていた。だから今回のことも杉原は三品さんを支えて代弁する立場にいたのだろうか。被害者で加害者家族の彼女を、これ以上悲しませないために」

 杉浦はいい奴。主人公は彼女のご両親の家を訪ねたことがあるのかしらん。

 キャラクターの背景や過去の出来事をもう少し詳しく描写して、理解を深めてはと考える。


「自身がどれだけの尊い人物を殺めたのか、春華がどれだけ愛された人物だったのか、それを知りたかったそうだ」

 顔なじみなだけに、辛いものがる。


 新しい犬の飼い主に、主人公が選ばれたのは、

「同棲を始めた頃の蘆谷がペット可のアパートに決めたって話してきたのを思い出してさ」「巻野くん犬飼ってた経験あるし」

 友人たちの頼みだった。

「事情はなんとなくわかったけど、急に命を預かる決心はつかないよ。それこそペット可の物件に三品さんや杉原が引っ越して暮らした方が安全安心なんじゃないの」

 そのとおりだ、と思って読んでいると、

「「物件が空いてないから頼んでる」」

 二人が声を揃えるところで、笑ってしまう。

 この場にいる誰もが辛くて、当事者である犬もまた、同じ気持ちでいる。実に切ない。


 犬の画像を見せられる。

「そっか……はい、二歳の男の子で名前は梅助。可愛い黒柴でしょ?」 二歳ということは、飼いはじめてそれほど長くないのだろう。一年くらいかもしれない。

 公園で見かけたことがあるのを思い出す主人公。

 そのあとで、

「新しい飼い主さんに、会って欲しいんだ」とミコトは梅助に話しかける流れだとわかる。

 まさしくザッピングで、編み込まれた感じで物事が展開されていく。

 

 犬と主人公の会話が成立しているのがいい。

 実際、彼らには言葉はわかっていないのかもしれない。尻尾振ったり、ワンワンいったりしているだけだろう。

 梅助視点の後、主人公視点が描かれると、「ク、クゥ〜」と鳴いて、友人二人から「真面目な話犬相手にするかよ。一回相談で聞いた時から面白かったけどさぁ」「杉原うるさい、でもまぁシュールだよねこれ。正座した成人男性が犬一匹相手に重い話してる絵面がさ」と会話から、さきいほどまでのやり取りが、どのようにされていたのかがわかる。

 セリフで説明してしまうのはどうかなとおもうけれども、読者への伝え方は悪くないと思う。


 アパートを借りるときに、彼女とのやり取りが思い出されている。これまでは悲しみを募らせるものだったけれども、「いつか彼女が思い描いていた景色は、まさにこれだったのだろうか。元気いっぱいの相手にもみくちゃにされて、でもお互いが笑っていて」楽しい思いにつながる記憶も思い出せている。だから、梅助を引き取ろうと思えたのだろう。


「ただ会うだけって言われていたこともすっかり忘れてサクラくんのお家ではしゃいだあの日から季節は巡り、ぼくたちは春を迎えた」

 あれから一年経つのだ。

「春華との同棲生活時代に鍛えた料理スキルを発揮して最高の晩ごはんにするのが僕の楽しみで、梅助が僕の手料理で幸せそうな笑顔を浮かべてくれるのが僕にとっても幸せだ。それに合わせて自分の料理のどんどんレベルアップするようになっちゃったから、もう余計に外食はしなくなるだろうな」

 当分、彼女を作ることはなさそう。

 

「大切な人の、命が散った日。見上げた先の視界に飛び込む景色。

朝の窓辺に舞うその花は、淡く、儚く煌めいていた。そして僕らの背中を押すかのように、まるで彼女がやってきたかのように。その花弁が一枚、部屋に舞い込んでくる。――大丈夫だよ。僕は今、大切な相棒が側にいるから」

 もう彼らは寂しくはなさそうだ。

 ラストは冒頭の文に続いて、「でも、そんな大変なことをぼくたちは乗り越えてきたから! この先の幸せも、苦しみも、きっと歩んでいける」という文言は、力強く前に踏み出していく一人と一匹の後ろ姿が目に浮かんでくるようだ。

 

 読後。タイトルを見ると、悲しいことがあったけれども、それを乗り越えてまた春を迎えることができたことを感じさせてくれる。

 突然大切な人を失った主人公の心情に共感し、感情移入しや

すかった。愛犬家には、共感を呼ぶところが大きい。なにより人と犬の絆が心に響く。主人公の心の変化も丁寧に描かれていて、ラストは心温まる日常描写に癒される。

 サクラくんと梅助の関係性が可愛らしく、過去の経験と現在の幸せのコントラストが印象的で、応援したくなる読後感だった。

 犬と会話が成立していたのが面白かった。

 あんなふうに通じあえていたら素敵だ。


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