君に幸あれ

君に幸あれ

作者 ひつゆ

https://kakuyomu.jp/works/16818093082527994878


 二十八歳の紫苑は、高校時代からの親友・日鞠の突然の結婚報告に複雑な感情を抱く。日鞠の結婚式では、紫苑は友人代表としてスピーチを行うが、内心では日鞠への想いに苦しむ。結婚から約一年後、日鞠が交通事故で亡くなる。深い悲しみに暮れる紫苑は、日鞠のパートナーだった楓奈と出会い、共に日鞠の思い出を語り合う。一周忌の日、紫苑は楓奈と共に墓参りをし、日鞠への本当の気持ちに気づく。二人は日鞠のいない世界を生きていく決意をする話。


 現代ドラマ。

 百合もの。同性婚。

 愛と喪失、成長をテーマに、心理描写の優れた作品。

 構成がしっかりしていて、感情の機微を丁寧に描いている。

 日常描写と心理描写のバランスが良く、読みやすい。

 大人の人物像が描けているところが、なにより素晴らしい。


 主人公は松葉紫苑。一人称、あたしで書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。泣ける話の、喪失→絶望→救済の流れに準じている。


 それぞれの人物の思いを知りながらも結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプと、女性神話、メロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。

 二十八歳の紫苑は、高校時代からの親友・日鞠から突然の電話を受ける。日鞠は結婚することを告げ、紫苑は驚きと戸惑いを感じる。日鞠の結婚相手は楓奈という女性で、職場の後輩だという。紫苑は日鞠の幸せを心から願いつつも、複雑な感情に苛まれる。日鞠との関係が変化することへの不安や、自分が日鞠にとってそれほど重要な存在ではなかったのではないかという疑念に悩む。結婚式での友人代表スピーチを頼まれ、紫苑は親友としての役割を果たそうと決意する。電話が終わった後、紫苑は一人で自分の感情と向き合い、日鞠との友情の意味を考え直す。

 紫苑は親友の日鞠の結婚式に出席する。式場に入ると居心地の悪さを感じるが、日鞠のウェディングドレス姿を見て心を奪われる。日鞠の美しさに圧倒され、自分の感情に気づく。日鞠が通り過ぎる際、一瞬目が合い世界が一変する。式が進む中、日鞠への想いに苦しむ。日鞠の相手である楓奈を見て、自分が手を伸ばさなかったことを後悔する。最後に楓奈と目が合い、その眩しさに圧倒される

 結婚式の二次会で、紫苑は親友の日鞠の姿を目にする。日鞠は薄いピンク色のドレスを着ており、紫苑はその美しさに心を奪われる。日鞠が紫苑のもとに来ると、紫苑は緊張して上手く会話ができない。日鞠の夫である楓奈が現れ、三人で会話をするが、紫苑は自分が二人の関係の外側にいることを痛感する。紫苑は日鞠への想いを抑えつつ、二人の幸せを見守ることしかできないと悟る。日鞠が去っていく姿を見送りながら、紫苑は伸ばしかけた手をそっと引っ込める

 高校時代からの親友・日鞠の結婚式で、松葉紫苑がスピーチを行う。紫苑は高校1年生の頃に日鞠と出会い、その明るい性格に惹かれて親友となった。二人で様々な思い出を作り、かけがえのない存在となる。しかし、日鞠の結婚報告に紫苑は複雑な感情を抱く。それでも親友としての立場を貫き、心からの祝福の言葉を贈る。式の中で紫苑は日鞠への想いと、新郎の楓奈への期待を語り、二人の幸せを願う。スピーチを終えた紫苑は、未練を断ち切ろうとしながらも、複雑な心境を抱えたまま式を見守る。

 紫苑は、親友の日鞠の結婚式から約1年が経過した。結婚後、日鞠との関係に違和感を覚え、徐々に距離を置くようになった。日鞠への複雑な感情に気づきながらも、それを否定し続けた。ある日、日鞠が交通事故で亡くなったという知らせを受ける。深い悲しみに襲われた紫苑は、自分と日鞠との関係を振り返り、後悔と自責の念に苛まれる。葬儀に参列できず、自分が日鞠にとって「他人」になってしまったことを痛感する。

 紫苑は、親友の日鞠を交通事故で亡くした。深い悲しみに沈む中、事故現場に花を供えに行く。そこで日鞠のパートナーだった楓奈と出会う。二人は週に一度、事故現場で会うようになり、お互いの知らない日鞠の思い出を語り合う。紫苑は楓奈に高校時代の日鞠の写真を見せ、楓奈は紫苑を日鞠との思い出の詰まった家に招く。時間が経つにつれ、楓奈は徐々に悲しみを乗り越えていくが、紫苑は日鞠の死を受け入れられずにいた。最後に紫苑は、自分と楓奈が何も分かり合えていなかったことに気づく

 紫苑は、親友の日鞠を亡くして1年が経った。一周忌の日、紫苑は日鞠の婚約者だった楓奈と共に墓参りに訪れる。紫苑は日鞠の死を受け入れられず、楓奈に死を誘う。しかし楓奈の涙と言葉に触れ、紫苑は自分の感情と向き合う。楓奈から日鞠が紫苑のことを好きだったと聞かされ、紫苑は自分の本当の気持ちに気づく。二人は日鞠への思いを込めて花束を捧げ、日鞠のいない世界を生きていく決意をする。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場 はじまり 

 二十九歳の紫苑が高校時代からの親友・日鞠から突然の電話を受け、日鞠の結婚を知らされる。紫苑は驚きと戸惑いを感じながらも、親友としての役割を果たそうと決意する。

 二場 目的の説明 

 紫苑は日鞠の結婚式に出席し、友人代表スピーチを行うことになる。日鞠への複雑な感情を抱えながらも、親友の幸せを心から願おうとする。

 二幕三場 最初の課題 

 結婚式当日、紫苑は式場で居心地の悪さを感じる。しかし、日鞠のウェディングドレス姿を見て心を奪われ、自分の本当の感情に気づき始める。

 四場 重い課題 

 式が進む中、紫苑は日鞄への想いに苦しむ。日鞄の相手である楓奈を見て、自分が手を伸ばさなかったことを後悔する。

 五場 状況の再整備、転換点 

 二次会で、紫苑は日鞄と楓奈と会話をする。自分が二人の関係の外側にいることを痛感し、日鞄への想いを抑えつつ、二人の幸せを見守ることしかできないと悟る。

 六場 最大の課題 

 紫苑は結婚式でスピーチを行い、日鞄との思い出や楓奈への期待を語る。複雑な心境を抱えながらも、心からの祝福の言葉を贈る。

 三幕七場 最後の課題、ドンデン返し 

 結婚から約一年後、日鞄が交通事故で亡くなったという知らせを受ける。紫苑は深い悲しみに襲われ、自分と日鞄との関係を振り返る。

 八場 結末、エピローグ

 日鞄の一周忌に、紫苑は楓奈と共に墓参りに訪れる。楓奈との対話を通じて、紫苑は自分の本当の気持ちに気づく。二人は日鞄への思いを込めて花束を捧げ、日鞄のいない世界を生きていく決意をする。


 日鞠の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 遠景で日鞠の電話の声、近景でスマホを当ててベランダに出る。心情で「外で電話なんて、なんだかセンチメタルな気分になる」と想う主人公。

 冒頭から動きのある場面からの書き出しがいい。

 主人公の日常を切り取ったような、これからなにかがはじまる予感めいたものも感じさせている。


「百万ドルの夜景とは言い難い、どこか濁っているような空を見上げる。薄明るいネオンの中に星はひとつだけ見えた」

 状況描写が、主人公の心情を表している。

 綺麗とはいい難い景色だけど、そんな中に星が一つ。

 どこか濁っている空は彼女が取り巻く世界で、電話の相手が希望の星、みたいなところかしらん。

 

 高校生からの友人からの電話のやり取りから、微笑ましさを感じ、興味を抱く。

 相手は改まり、主人公は砕けている。状況描写では「冷たい風が身を包む。長い髪の毛が風に揺れて視界を奪った。春の夜は思ったより肌寒い。身震いして部屋の中に戻りベッドに腰掛けた」これから聞く内容について、予感めいたものを感じさせている。


「スマホがするりと手から滑り落ちてベッドの上で跳ねる。片手を中途半端に上げた奇妙な姿勢で、しばらく宙を見つめて呆然としていた」

 動きによる主人公の心情がよく現れている。

 またその前後で短文を効果的に用いることで、感情が揺れていることをも伝えている。前半ではその揺れを表現し、後半では腑に落ちていく様子を自分に言い聞かすように感想を述べている。

 

 過去回想を一瞬挟んで、昔の面影の日鞠を浮かべて、結婚するという現在の彼女との比較。対比を作って効果的に表している。

 このあたりの感情の揺さぶり具合、表現がすばらしい。

 おまけに、流れるような、自然な会話のやり取りで展開されていく。読みやすく、話がテンポよく進むなかで、主人公の同様だけが取り残されていく。


 主人公の内面と、電話との会話を交互にすることで、うれしそうな日鞠と、昔を思い出しては自分の世界に入っていく対照的な描き方が、主人公のショックの大きさを上手く表現している。


「あ、あとさ。紫苑、結婚式で友人代表スピーチやってよ」「いや、わたしめっちゃ仲良い友達ってそんなに多くないからね。ほら、やっぱ……親友、っていうか、心の友、ソウルメイトだから。やっぱ紫苑かな、みたいな……」

 のちに、日鞠は主人公のことが好きだと知るのだが、同性と結婚するのならば、なぜ主人公に告白しなかったのかしらん。

「やっぱ……親友、っていうか、心の友、ソウルメイトだから」だけでは伝わらないだろう。

 主人公はそう言われたから、「親友として、真っ先に言うべきだったこと」「――あたしは日鞠の、親友だから。日鞠が幸せでいられたならそれでいい」と飲み込んで、「……結婚おめでとう!」というのだ。


 そのあと反省会をしている。

「あたしは日鞠にとって――一緒に生きていこうって思えるほどの人間じゃなかった? 絶対に離したくないって思えるほど、大切な存在じゃなかった? 疎遠になったらそれは仕方ないって、諦められるほどの友達だった?」

「学校が、職場が、住んでいる場所が違うから。そうやって自然と距離が遠のいていくのを、しょうがないかって、そういうものだよねって……そうやって受け入れてきたのは、あたしも同じだ」

 恋愛を実らせたいなら、二人の距離を物理的、電子的、精神的で徹底的に縮めなくてはならない。思い合っていれば離れていても通じ合うというのは、よほどの人でない限り無理なのだ。

 

「――あたしの負けだなぁ。日鞠は――あたしよりも、楓奈のことが好きなんだ。その事実にただ落ちこんでしまう。比べるようなものでもないのに」

 おそらく、日鞠もそうだったのだと推測する。主人公と距離ができてしまったので、好きな気持はあるけれども、距離を埋められなかったのだろう。


 結婚式で、「濡れた傘を畳んで式場に入る。低気圧のせいで頭痛がひどく、なんとなく憂鬱な気分だった」状況描写、体感が最悪である。すでに心情は荒れ模様なのかしらん。


「――ただ、光があった。綺麗でかつ、どこかあどけなさが残る横顔も。伏した目の儚さも。柔らかな髪の毛も、真っ白な首筋も、細い腕も、赤くつやめく唇も」 

 ウェディングドレスの日鞠の容姿は、顔しかない。

「美しい。綺麗。魅了される。麗しい。目を奪われる。凛として。上品で、清らかで、艶やかで、優美で」

 形容詞は言葉のデコレーションという。

 ドレス姿はたしかに盛られた美しさがあるが、好きな人の晴れ姿なのだから、こだわっても良かったのではと思ってしまう。ただ、全体的に読みやすい文体で書かれているので、作品としてはバランスが取れているかもしれない。


 状況描写は少なめ、主人公の心情がメインで結婚式が描かれていく。

 楓奈の描写がされている。 

「背は少し高くて髪は短い。華奢な体に真っ白なスーツを身にまとっている。表情は冷たくて、長い前髪から覗く切れ長の目が涼やかだった」

 端的に全身の特徴、見た目を描いている。楓奈の人物像をもう少し詳しく描写してもいいのではトアンが得る。

 日鞠のドレスの色はきっと白だろうけれども、色さえ書かれていなかったし、肩を出しているのか、デザインはとか、手袋の有無などもわからなかった。顔にしか意識が行っていなかったのは、主人公の彼女に対する強い現れだったのだろう。

 お色直しえは薄いピンクのドレスになる。


 歓談の時間のやり取りはおもしろい。

「そ、それはどうも……それより、ほらほら、なんか気の利いた一言!」

「すごく綺麗で……その、めちゃくちゃ似合ってると思う」

「い、いや、そのままか!」

 それ以外になんといえばいいのだろう。

「あーもう、調子狂うって! なんか変だよ紫苑。どうした? わたしが輝きすぎなのかな?」

 ハレの席でボケるわけにもいかないので、問題ないと思う。

 それでもいつもの関係を日鞠は求めたのだろうか。彼女もどこか喜びと不安が混ざっているのかもしれない。親友の主人公の緊張を解いてほしかったのかしらん。

 周囲の様子や場の雰囲気がわかるような、声や音など、状況描写がもっとあると臨場感が出ると考える。


「思わず伸ばしかけた手を、気づかれないようそっと引っ込めた」こうした主人公のちょっとした動きを描くことで心情が伝わってくるところがいい。 


 スピーチがいい。

 真面目に読んでは、自分で「日鞠さん、だなんて変な感じがしたが」と軽く触れつつ、日鞠の様子を描く。そして、緊張が「微かに和らぐ。場の雰囲気が伝わってくる。

 話しながら、過去回想が始まる。

 過去と現在を比較するように、こんな過去があっていまの彼女たちがいると感じられ流れを踏まえて、

「――大丈夫。ちゃんと言える。言わなきゃいけないんだ。あたしは日鞠の、親友だから。『結婚おめでとう。これからも、あなたの親友でいさせてください』これ以上は望まないから――ただそれだけは、確かな未来であってほしかった」と自分の気持ちに区切りをつけるように、お祝いする。

 この場面は、主人公はよくがんばった、という感じ。スピーチの内容をもう少し具体的にすると、より説得力が増すかもしれない。


「『おふたりの末永い幸せを心から願って、私のスピーチとさせていただきます』――いつかその言葉が、本物になるといいな」

 その後の主人公が書かれるのだが、様子がおかしい。

 彼女のことを考え、気にして、自分から行動することもできず、

「あたしと日鞠はずっと親友で、日鞠は結婚していて、あたしは結婚おめでとうと言った。だから、これはただ親友が結婚してなんとなく寂しいだけ」として、「自分とも日鞠とも向き合わず、逃げるように一年を過ごしてきた」とあり、これまで同様、ますます距離をおいてしまう。

 実に複雑。

 結婚したら、相手もいるわけなので気軽に尋ねるわけにもいかなくなる。ちょっと遠慮する。同性婚とはいえ、親戚が尋ねることもあるかもしれない。

 逃げるように一年を過ごしてきたとあるけれども、まったく連絡を取ることはなかったのかしらん。そのへんがあやふやでわからない。


「――四月某日。日鞠は、帰らぬ人となった。楓奈からのメッセージで知った。交通事故だったらしい」

 物語の展開が早い。主人公同様、予想外に意表を突かれて驚かされた。結婚して一年なので。


「眠れない。苦しかった」

 このあと息苦しさと気持ち悪さを体感で描かれていてわかりやすい。十分伝わるので、「苦しかった」はなくてもいいかもしれない。そのあと、鳥の鳴き声で朝が来たことを描いているので、「眠れない」もはぶいても通じるのではと考える。


「――もう、この世界に生きる理由なんて。……急に死にたくなった」稚拙な人をなくしたとき、後を追う気持ちはよく分かる。そうしなければいけないと思うから。

 でも主人公は冷静で、客観的に物事を見れている。

「でもさ……もし、楓奈から事故のことを知らされなかったとしても。――あたしは、気づかずにそのまま生きてたよね?」

 行動してこなかった自分を、どこか許せないのだ。

 そして、家族葬で終えたことを知り、自分はお別れに行けず、他人だったという事実を突きつけられる。

 それを選んだのは自分なので、自分で自分を貶めていく感じがする。


「普通に会社で働いて、寝て、起きて……あたしの生活は、以前までの日常に戻りつつあった」

 忙しく動いているから、生きていけるのだ。

 でも、「食欲がなくなって、眠りが浅くなって、不意に涙が溢れてきて、毎日が同じような色をしていて、何を見ても心は動かなくて――世界に灰色のカーテンが降りて、心臓を失ってしまったような気分だった」精神的に病んでいることを動き、体感で表現しているところがいい。


 花を捧げに行く行動を取っている。

 動けるなら、まだ大丈夫と思えてくる。

 日鞠が死んだ場所で、「心地よい春の日だった。――今日ここで死ぬのも、いいかもしれない。ふっと晴れやかな笑みがこぼれた」は実にいい。

 死ぬにはもってこい、そう思えると、気が楽になる。そんな様子がよく書けている。

 死ぬときは好きな人の腕の中でというのは、昔からある願い。少しでも側に感じられる場所で、と思うのは自然なことだし、痛いのは嫌だとか考えて、生きるほうが楽なのかと思うのもよくある話。


 楓奈も花を飾りに来る。彼女の家には、遺骨があるだろうからそちらでいいのではと思うのだが、事故でなくなったから、一度は足を運びたいと思うのは当然だろう。


「事故現場なんて今まで行けなかったんですけど……花くらい持ってこようかなと思って――それと――私、今日死のうと思って、ここに来ました」

 主人公とおなじである。

「あたしと同じ、昏く濁った目を」

 主人公は、自分の目をみていることになる。顔を洗ったとき、化粧をしたとき、そう思ったのかもしれない。だったら、事故現場に赴く前に、身だしなみを整える描写があってもよかった。

 なぜなら、主人公は日鞠の葬式には出ていないので、事故現場にいくことは、葬式に値するから。

 喪服を着るかどうかはさておき、地味めや黒っぽい服装を選ぶかもしれない。身だしなみをするときに鏡は見るだろうから。


 自分と同じ楓奈をみたから、「あんたが死んだら、日鞠はきっと悲しむよ」といえたのだ。

 つまり、鏡を見ているのと同じ。自意識と向き合っている状態なので、先程生きるほうが楽かなと思ったから、死にそうな自分に「あんたが死んだら、日鞠はきっと悲しむよ」といえる。

 楓奈にいいながら、主人公は自分にいったのだ。


 二人で写真を見るのも、主人公にとっては、死にそうな自分を励ます行為とおなじ。死にそうだから、困っている人を助けることで自分も救われる。そういうことは実際にある。

 楓奈の存在感をもう少し出すと、三角関係の緊張感が増すだろうし、楓奈の心情をもう少し詳しく描写し、対比を明らかにしてもいいと考える。


「あたしと楓奈は毎週、花を供えに行って、ぽつぽつとお互いに知らない日鞠の話をした。欠けていた期間の思い出を埋め合わせるように」

 高校時代の思い出からはじまり、楓奈から主人公の知らない日鞠を聞き、二人で暮らしていた家にも訪れる。

「亡き人のパートナーと親友。大切な人を喪い、同じ傷を抱えた者どうしが悲しみを共有して、支え合って前を向く、そんな美しい物語」「日鞠の死を乗り越えたあたしたちは、これから新たな人生を歩んで、もしかしたら別のパートナーや親友と出会って……。

たぶん楓奈はそんな結末をのぞんでいた」「それなのに、――あたしはそんなの、絶対に耐えられなかった」という展開が訪れる。

 主人公の方が、根が深いのだ。

 日鞠を亡くした悲しみは、互いに支え合うようにしながら前を向くことで立ち直っていける。でも、主人公はそれ以前に、すきな気持ちを押し込めてしまっているので、死別の悲しみの蓋が外れ、胸に秘めていた感情があふれてしまったのだ。


 長い文は五行くらいで改行。句読点を用いた一文は長すぎない。短文と長文を組み合わせてテンポよくし、感情を揺さぶってくるところもある。

 ときに口語的で、登場人物の性格を感じられる会話文。

 一人称視点で語られ、主人公の内面を深く描写することが特徴である。過去と現在を行き来する回想的な構成が採用されており、物語に重層性を与えている。心理描写は非常に細やかで、主人公の感情の機微が繊細に表現されている。短い文章を重ねることで、緊張感や感情の高ぶりを効果的に伝えている。

また、比喩表現や擬人法が多用され、感情が生々しく表現されている。会話と地の文のバランスも良く、読みやすさを保ちながら臨場感を与えている。過去と現在の場面が交錯することで物語に奥行きが生まれ、短い文章と会話のやりとりによって感情の起伏が巧みに表現されている特徴から、主人公の内面世界に深く入り込みやすくなっている。


 主人公の複雑な心情が非常に繊細かつ丁寧に描写されているところにがいい。感情の機微や内面の変化が説得力を持って表現されており、読者は自然と主人公に共感を覚える。特に、喪失感や悲しみ、後悔、自責の念といった感情が生々しく描かれており、これによって登場人物の心理的な深みが際立っている。

 また、登場人物同士の関係性が自然に伝わるところもよかった。友情と恋愛の境界線が曖昧に描かれることで、読者の興味を引きつけている。

 結婚式という場面は、重要な転換点として機能しており、電話という設定を通じて登場人物間の距離感が巧みに表現されているのもよかった。

 さらに、高校時代の思い出が生き生きと描写されており、物語に奥行きを与えている。愛と喪失というテーマを深く掘り下げ、日鞠の美しさや紫苑の心の変化が印象的に表現されている。

 全体として、日常的な場面描写と心理描写のバランスが絶妙であり、物語世界に引き込む魅力を持っているところが実に良い。

 

 五感描写について。

 視覚は、薄明るいネオンの中に星はひとつだけ見えた、ウェディングドレスの白さ、日鞠の横顔、楓奈の涼やかな目、薄いピンク色のドレス、楓奈のグレーのスーツ、入道雲の白さ、日鞠の笑顔、わずかに開いたカーテンの隙間から光が差し込んできた、柔らかな陽光、痛々しいブレーキ痕、雨の情景、花束の色彩など。

 聴覚は、電話越しの日鞠の声は少しくぐもっていて、鐘の音、日鞠の小さな「ありがとう」の呟き、鳥の鳴き声がする、硬い足音、木がざわりと揺れる、雨音、楓奈の声など。

 触覚は、冷たい風が身を包む、ワンピースを指でつまむ感覚、日鞠が楓奈の腕を取る様子、シャツと髪が肌に張り付く感触、春風の抵抗、体ががたがたと震えだした、布団にくるまっていた、冷たい雨、楓奈の首に触れる感覚など。

 嗅覚は、雨の匂い。花の香りは暗示的。

 味覚は、ご飯が美味しくて、涙と鼻水と血の味が喉の奥で混じり合って、涙の味など。

 内的感覚では、心臓の鼓動、頬の熱さがある。

 嗅覚や味覚の描写を加えて五感をより豊かに表現してみては、と考える。とはいえ、後半の傷心状態では、生を感じられな唸っているので、描きにくいだろう。前半では表現をし、後半は抑えつつ、ラストで感じる描写を入れることで、心情の変化が表せられるかもしれない。


 主人公の弱みは、感情を素直に表現できないこと。彼女は自分の気持ちに気づくのが遅く、特に親友への恋心や未練を抱えながらも、それを言葉にすることができない。このため、彼女は心の中で葛藤し続けている。

 また、行動を起こせない優柔不断さも彼女の大きな弱みである。自信のなさや劣等感から、自己主張や行動を控えてしまう傾向があり、変化を受け入れることが難しい。過去の後悔を引きずることで、前に進むことができずにいる。

 さらに、日鞠の死を受け入れられないこと。この喪失感は彼女の日常生活に影響を与え、感情的な壁となっている。これらの弱みが重なり合い、主人公は自己肯定感を高めることや、自分自身と向き合うことが困難になっている。

  

「――私、次にここに来るのは、あと一年後にしようと思うんです」楓奈は、自分で立ち直ろうとしている。「私は、前を向いて生きていきたい」

 

 状況描写がいい。「しとしとと、春の雨が降っていた」からの、「ざあっと雨の音が大きくなる」展開。主人公の心情がよく表れている。

 

 おそらく楓奈が、「私は、前を向いて生きていきたい」といったのは、彼女には主人公が鏡の自分をみているようだったからだろう。死にそうな顔をしている自分に対して、生きないとダメだと叱咤しているのだ。

 人は自意識と向き合うのは辛い。自分しかないので、至らない部分しかみえてこない。だから悪い方にばかり考えてしまう。だから、自分と同じように困っている人を助けることで自分が救われることが起こる。主人公が楓奈を救ったように、今度は彼女に救われる番なのだ。

 紫苑の変化がやや唐突に感じるので、、もう少し段階的に心情がわかるような動きが描かれていると、物語に厚みが出せるかもしれない。


「あたしたちは同じだと思ってた。でも、あんたは違ったんだ」

 同じ人を好きになって悲しみに暮れていた部分だけが同じであって、他はちがうのだ。

 自分との違いに気づきながら、未清算の過去がこれでもかと吹き出していく。


「……私が生きてくださいって言っても、だめですか」といわれたあとの主人公の、

「なんてやつだ。自分の首を締めた女に、生きてほしいと言えるなんて。それと同時に、楓奈はそういう人間なんだと、奇妙に納得する自分もいた。……なにしろ、日鞠が選んだ人なんだから」

 ここが面白い。

 笑うところではないけれども、「なんてやつだ」と驚きと戸惑いと、怒りがないまぜになった感情、興奮しながら説明しつつ、徐々に冷静になって、あの日鞠が選んだ人なんだよなと納得していく。

 ここの書き方が実にいい。

 この段階で、主人公の負けが決まっている。


「日鞠の隣に、楓奈がいてくれてよかった。優しくて、思いやりがあって、お人好しで――本当にお似合いで、素敵な二人。――あたしの負けだなぁ」

 ここでようやく、主人公は片思いに区切りをつけられたのだ。

 いい恋していたのだと。


 最後の最後までどんでん返しがある。しかも、引張具合がいい。

「ひどく思いつめた表情の楓奈の口が、ためらうようにわずかに動く。そんな重大なことなのだろうか、と身構えようとしたときには、すでに手遅れだった。震えた声はあまりに小さくて、雨の音にかき消されそうだったのに。あたしの耳には、その言葉がはっきりと届いて――一瞬、理解が追いつかなかった。どういう意味、冗談でしょと、言いそうになった。でも、楓奈の表情と声色で、本気で言っているんだとわかった。遅れて、無防備な心臓を鷲掴みにされるような衝撃がやってくる」

 いったい、なにを彼女はいったのか。

 読者に興味を持たせてから、

「――日鞠さんは、あなたのことが、ずっと、好きだったんです」

 えーって感じの発言が飛び出す。


 両思いだと聞かされて、でも彼女はもういなくて、悲しみが溢れていう。先に自分が日鞠とはいい恋をしていたことを実感してから両思いだったことを知り、嬉しい反面、もう彼女がいない寂しさ。でも自分の気持ちには嘘偽りはなかった。

 だから、「あたし、日鞠のことが好き」とやっといえる。

 

「私も日鞠さんのことが、大好きです。出会ったときから今まで、ずっと」はりあう楓奈の姿は、パートーナーだったので当然。

 

 人を愛することについて、「相手には世界で一番幸せになってほしいと願うような、矛盾していて言葉にできない色んな感情がつまった――そんな、綺麗な花束なんじゃないですか」と花束に例える。

 そこから、バラの花言葉には色に寄っていろいろな意味があり、「黄色は『友情』『嫉妬』。青色は『一目惚れ』『不可能』。ピンクは『上品』『幸福』。オレンジは『絆』『幸多かれ』。白は『純粋』『純潔』。黒は『永遠』『決して滅びることのない愛』そして深紅の薔薇は『あなたを愛しています』」

 飾った薔薇は、『あなたを愛しています』彼女たちの、日鞠への思いである。

 ちなみに本作のサブタイトルにもバラが使われている。

「Yellow rose」は結婚する話を聞く。花言葉は「信頼、友情、嫉妬、薄らぐ愛」

「Blue rose」は結婚式。花言葉は「奇跡、夢叶う、神様からの祝福」

「Pink rose」はお色直し。花言葉は「上品、しとやか、感謝」

「Orange rose」はスピーチ。花言葉は「信頼、絆、健やか、安らぎ」

「White rose」は一年後と訃報。花言葉は「純潔、尊敬、私はあなたにふさわしい」

「Black rose」は事故現場で再会し、互いに支え合う。花言葉は「永遠の愛、あなたは私のもの、憎しみ」

「Red rose」は気持ちを口にする。花言葉は「愛情、情熱、あなたを愛しています、熱烈な恋」

 各話で、花言葉の意味がこもった内容が展開されているのがわかる。

 

 結末は客観的状況を描いている。ラストの締めがいい。

 目まぐるしい世界に生きていて、「世界中の誰もが日鞠のことを忘れても、あたしたちが忘れてやらない。日鞠を過去の人にしないために。君を愛したことを忘れないために。あたしたちは思い出を語る。この気持ちを言葉にする」「君の幸せを、ずっと願っている」

 なぜならば、「日鞠のいない世界を、今日も懸命に生きる」ために。


 読後。失恋と喪失から、いかに立ち直って生きていくのか、繊細で心に響く描写で描かれていて、希望が持てる読後感が素敵だった。相手を思い続けることで生きる糧となるのは、誰もが抱くことができるものだかこそ、納得いく。

 構成がよくて、心情描写が細かく丁寧で、登場人物の関係性が自然に伝わり、淡い恋心と諦めの感情、友情と恋愛の境界線の曖昧さ、喪失感と悲しみを上手く表現されていて、心に響く作品だった。人物描写や状況がもう少し描き、クライマックスに向けての盛り上がりがもっとあると、さらに良くなるのではと想像する。

 全体的に、感動的で印象に残る作品だった。


 二十八、二十九歳の大人が書けているところが良かった。

 作者は、自分の年令のプラスマイナス十歳までが描きやすいといわれる。年相応のキャラクター像が描かれていると感じられるから、読みやすかったと思う。

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