ゴースト・ライト

ゴースト・ライト

作者 @qwegat

https://kakuyomu.jp/works/16818023211864735017


 主人公は父の遺産であるラブレター生成機を使って代筆仕事をしている。ある日、出力した一行「2194匹のサンマによる忍者式自己批判の日々ですね」をきっかけに同僚の彼女と意味を考え、機械に頼るのではなく自分でラブレターを書いて気持ちを伝えようとする話。


 現代ドラマ

 SF要素がある。

 機械と人間の感情の対比がうまく、ラブレターを生成する描写が詳細で興深い。

 今後ますます発展していくだろうAIの時代を生きるにあたって、活かせる教訓が作品に込められていると感じる。


 主人公は恋文機械代筆業をしている男性。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプと、メロドラマと同じ中心軌道に沿って描かれている。

 主人公が父親が発明した数々の品物の中で、唯一「発明品」と呼べるものがラブレター生成機であり、主人公はそれを使って恋文機械代筆業をしている。

 便箋の束を整え、機械にセットし、顧客から送られてきたテキストデータを入力。顧客は、自分の情報や相手の情報、そしてラブレターに込めたい感情などを詳細に記載した注文書を送ってくる。生成機はその情報をもとに、最適なラブレターを生成。

 主人公はプライバシーポリシーとして、「従業員は〈顧客〉の入力および出力についてなるべく認識しないよう最大限努力する」「入手した個人情報はラブレターの代筆以外に使用せず然るべき手段で処分する」というルールを設定。生成されたラブレターを見ないよう努めているが、時折一部が目に入ってしまう。顧客のプライバシーを守るために最大限の努力をしていても、生成されたラブレターの内容に興味を持つこともある

 ある日、主人公は機械から出力された一枚の便箋に「2194匹のサンマによる忍者式自己批判の日々ですね」という奇妙なメッセージが書かれているのを発見。このメッセージが何を意味するのか、主人公は理解できなかった。

 主人公は、恋文機械代筆業を辞めた。口コミで広がりすぎた事業は、ラブレターを機械に代筆させるなんてと、受け取る側からの批判が強まっており、引き際だと感じたからだ。

 その後、主人公はバイトの同僚とカフェで、昔話として『2194匹のサンマ』エピソードについて話しをする。

 故障を疑ったが、インジケータは正常であり、他のラブレターも正常に生成されていることから、故障ではないと答えると、

「『2194匹サンマ』がラブレターとして最高の効果を発揮するような恋情関係が、確かに存在していたってことだよね?」彼女はこの奇妙なメッセージに興味を持ち、二人でその意味を考える。

 会話の中で、主人公は同僚との関係が深まることに気づき、彼女の柔らかな視点に触れ、自分の感情に対する理解が深まっていく。

 主人公が再びラブレター生成機を使って彼女との関係をより良くしようとするも、彼は途中で立ち止まり、機械に頼ることが本当に正しいのか疑問を抱く。葛藤が深まる中、自分の思いを言葉にする重要性を感じ、機械を使わずに自分の力でラブレターを書くことを決意するとラブレター生成機を物置に戻し、舞い上がる埃を見つめながら扉を閉め、扉に落ちる自身おかげを見ながら、書き出しをなににするのか考え始めるのだった。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場 状況の説明、はじまり

 主人公の父が発明した「ラブレター生成機」の紹介。父の遺産であるこの機械を使って生計を立てている。

 二場 目的の説明

 主人公がラブレター生成機を使って顧客のラブレターを作成する日常。顧客の注文に基づいてラブレターを生成プロセスを説明。

 二幕三場 最初の課題

 主人公がラブレター生成機の出力を見ないように努力しているが、つい見てしまう。特に短いラブレターが出力され、その内容に驚く。

 四場 重い課題

 主人公がラブレター生成機を使うことをやめる決意をする。ラブレター生成機の使用が批判されるようになり、事業を閉じることを決めた。

 五場 状況の再整備、転換点

 主人公がカフェで同僚と、ラブレター生成機の奇妙な出力について話し合う。

 六場 最大の課題

 主人公がラブレター生成機を再び使うかどうか、彼女との関係をどうするか考える。

 三幕七場 最後の課題、ドンデン返し

 主人公がラブレター生成機を使わずに、自分の言葉で彼女に気持ちを伝えることを決意。

 八場 結末、エピローグ

- 主人公がラブレター生成機を物置にしまい込む。

- 自分の言葉で彼女に気持ちを伝えるための準備を始める。


 起承転結で考えると、

「起」は、父の発明品である「ラブレター生成機」の紹介と、それを使って生計を立てる主人公の生活。

「承」は、 機械が出力した奇妙なラブレターをきっかけに、主人公がその意味を探る。

「転」は、主人公が機械に頼らず、自分の言葉で愛を伝えることの重要性に気づく。

「結」は、主人公が機械を使わず、自分の言葉で愛を伝える決意を固める。

 承部分は長く、転結は終りの部分に集約されている作りになっているのがわかる。

 

 ラブレター生成機の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 大半が、主人公のモノローグで書かれている。

 遠景は父が作り出した発明品という呼び名にふさわしいものは「〈ラブレター生成機〉ただ一つ」だと示し、近景で、発明の言葉に明という字が含まれているからだと説明。心情では、発明品とはポジティブなことで、前進させる存在だと語る。

 ラブレター生成機はポジティブな代物だったのだ。

 

 父が残した発明品の他には、「ティッシュ箱擬人化機」「チーズ少年漫画に例え機」「音楽聞き機」などがある。

 ティッシュ箱を擬人化するとはどういう機械かしらん。擬人化したら、実際にティッシュ箱が動くのだろうか。

 チーズを少年漫画に例えるのも同様で、「このチーズは努力がある」とか「こちらのチーズは友情を感じる」とか、「食べれば勝利する」みたいなことかしらん。音楽聞き機は、人間の代わりに音楽を聞いて、どういう音楽だったのかを判断するものと想像する。

 ラブレター生成機にしても、チャットGPTのようになにかしらの質問に対して答えをつけるような、そんな発明を父親はしていたのがわかる。


 役立つものがラブレター生成機だけで、主人公の財布は潤ったとある。こういうところは、羨ましく感じ、共感を抱くだろう。


「〈注文書〉には、文体上の指示のほかに、〈顧客〉が置かれている現状を記すことになっている。顧客自身についてなら、例えば年齢とか趣味とか職業とか。ラブレターという媒体を鑑みれば、当然送り相手――〈顧客〉の想い人の情報も必要だ。年齢とか趣味とか職業とかだけじゃなく、〈顧客〉がどういう経緯で想い人と出会ったのかとか、なぜ想う人が想い人なのかとか、もっと些細などうでもいいエピソードまで。入力する文脈情報が多ければ多いほど、〈生成機〉が出力するラブレターは高精度のものになる」

 発明品に限らず、代筆するのなら依頼主や贈る相手のことを知るのは大切だ。


「プライバシーポリシーもあって中身は確認していない」

 個人情報の扱いは徹底している。

 制作する主人公が知らないのなら、悪用される恐れもあるのでは、と考えられる。たとえば、脅迫状とか相手を貶める告発文とか。

 その辺りの確認はどうなっているのかしらん。


「ここまでで最も大きかったやつには一千万文字くらいの書き込みがなされていた」

 単純に、四百字詰め原稿用紙換算枚数にすると、二万五千枚。

 一日に十枚ずつ書くなら七年ほどかかる。倍にしても、三年半かかる計算。毎日百枚なら二百五十日で書ける。

 それを書いている間に、相手の人は他にいい人を見つけて付き合って結ばれている可能性もあるのではと、余計なことを考えてしまう。


「ゆっくり吐き出されてはあっけなくトレイに落ちていく便箋たち」

 手紙をプリントアウトした後、折りたたんでは便箋にいれて封を閉じるまで全自動でやってくれるらしい。

 折りたたんでは封筒に入れるのは難しいので、その部分だけでも十分な発明な気がする。


 長い文は五行以上で改行。長い地の文の間に会話を挟むなどをしている。句読点を用いた一文は長過ぎることはない。短文と長文を組み合わせ、テンポよくし、感情を揺さぶるところもある。長めの一文は落ち着きや説明、重々しさを表していると思われる。

 落ち着いた語り口で、細部にわたる描写が特徴的。特に、機械の動作や周囲の環境描写が丁寧に描かれている。

 ラブレターを事業にしていたとき、従業員は主人公一人だけだったと推測される。他の人がでてこないのはもちろん、自分語りのモノローグが多い。話す相手がいないから、独り言を呟いていたと思われるから。

 機械と人間の感情の対比が巧みに描かれており、機械的な作業と人間の感情の微妙な違いが浮き彫りにされているのが特徴。

 機械の動作や環境描写が非常に詳細で、鮮明な想像をさせているところがいい。

 機械に頼ることと、自分の言葉で愛を伝えることの対比が深く描かれており、読者に考えさせる要素がある。

 五感の描写として、

 視覚は、機械の動作や埃の舞い上がる様子など、視覚的な描写が豊富。彼女とカフェでいるときの、ロックグラスの様子や、彼女の表情など、飲み物の液面に浮かぶ彼女の様子など描写が豊か。

 聴覚は、機械の動作音や紙の音、カフェでの会話の音など、聴覚的な描写も効果的に使われている。

 触覚は、便箋の感触や機械の冷たさ、紙を揃える感覚など、など、触覚的な描写もある。。

 嗅覚は、物置の古めかしい匂いなど。

 味覚は、炭酸飲料の味など、味覚的な描写もある。


 主人公の弱みとしては依存。機械に頼りすぎていることが、主人公の大きな弱み。機械を扱ってきたからだろう、自分の言葉で愛を伝えることに対する自信のなさが描かれている。

 ラブレターを生成する過程は詳しく描かれていてわかりやすいけれども、主人公以外のキャラクター、彼女の描写なども少ないので、もう少し深堀りサれると、物語に厚みがでてくる気がする。

 代筆業を辞めた主人公はバイトをしているらしいけれども、どこでそんなバイトをしているのか。

 彼女はバイトの同僚らしいが、容姿も含めてどういった人なのか。

 カフェとあるけれども、どの様なカフェだろう。時間は? たとえば、お酒が飲めるカフェかもしれない。すると場面は夜の可能性もある。昼間と夜では雰囲気もかわってくる。


 カフェの、彼女や主人公の感情の描写が実に効果的に書かれていているのがすばらしい。

「グラスの中身は控えめに揺れてもいたから、描き出される彼女の顔は、複雑に歪み具合を変えていった。液面で極端に引き伸ばされた唇の赤色がさらに動く」

 液体に映った姿を見ているということは、間接的であり、直接みれない。主人公の奥手なところを感じさせている。

「視線が合う。その辺を舞う埃でもグラスの水面でもなく、彼女自身の瞳と合う。炭酸の爆発がまだ舌と喉を焼いていて、なにか初めてその感覚を体験するみたいに錯覚しそうになる」

 こういう内面の変化の表現は実にいい。

 一緒に考えようと答えを出すとき、彼女をまっすぐ見ている。二人の気持ちが通じ合っていると思わせてくれる。

 ここで、「その辺を舞う埃」をさり気なく出しておいて、あとで生成機の扉を閉めるときの、「埃たちが人生で見た中で一番の舞踏を見せているのがわかった。彼らは竜巻のように捻じれて歪んで躍動し、あるいは細まっていく日光の線に何とか触れようと必死にもがいているようにも見えた。でも無駄だった」擬人化的な比喩で描かれているところは効果的で、オチにもなっている。


 奇妙なラブレターの意味を探る過程が、もう少し具体的に描かれていると、興味を引きやすくなる。

 せっかく不思議なラブレターの話題がでてきたのに、女性に興味を持たせる道具、悪く言えばナンパに使われていて、謎を解くことを主題にしていない。

 描きたかったのは、自分の気持ちを伝えるラブレターを、便利な機械に代筆させるのは「僕の恋にも彼女の恋にも失礼」だと気づき、自分で書いて彼女に思いを伝えようとすることだったからだろう。

 

 読後。タイトルの「ゴースト・ライト」は三つの意味が考えられる。

 一つは、他人の名義で文章を書くこと。

 二つ目は天文学の分野で、太陽系を取り囲む極めて淡い光のこと。こちらはまだ解明されておらず宇宙の謎の一つとして研究されている。

 三つ目は、劇場や舞台が使用されていない時に点灯される一つの電球のこと。この光には「舞台の活気がお客さんと一緒に出ていってしまうことを防ぐため」「劇場に住み着いた霊やゴーストのために灯すもの」という目的がある。

 この三つの意味が、本作にも関係している。

 一つ目に対応しているのは、父親の発明をつかって主人公が行ってきたラブレターの代筆していたこと。

 二つ目に対応しているのは、生成機の書いた「2194匹のサンマによる忍者式自己批判の日々ですね」という謎の一行。どういう意味なのか、謎である。

 三つ目に対応しているのは、主人公が自分でラブレターを書く決意をして扉を閉めるとき、埃が渦を巻いている様子が生き物のように描かれていて、まるでラブレターはゴーストが書いていたのではと感じらた。

 主人公が扉を閉じた行為は、まるで封印するみたいだった。

 実に作品にあったタイトルだ、と感じ入った。

 それに、便利なものがあるからといって頼りすぎはよくないことを、本作は教訓として教えてくれていると思う。

 今後、ますますAIが発展し、活用の場が増えるだろう。だからといって、必ずしも正しい答えを出すとは限らない。AIは所詮、機械計算であり、データの組み合わせに過ぎない。便利は不便利。大事なことは機械に頼らず、自分で考え、行動することを忘れないようにしたい。

 


 

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