けやきの夜明け

けやきの夜明け

作者 森谷はなね

https://kakuyomu.jp/works/16818093084547148094


 中学二年生の秋、欅恵蓮は急性低音障害型感音難聴と診断される。母親はショックを受けるが、恵蓮は冷静に受け止めるも学校へ行かなくなる。幼馴染の和馬に難聴のことを打ち明けると、和馬も起立性調節障害という病気を抱えていると告白。和馬の強さに触発され、恵蓮は友達に難聴のことを話すと、友達からの温かい反応に救われ、再び学校に戻る決意をする話。


 数字は漢数字云々は気にしない。

 現代ドラマ。

 児童文学のヤングアダルトのジャンル。

 リアリティのある描写と共感を呼ぶテーマ、キャラクターの成長や友情の描写が魅力的な作品。

 構成が非常によくできている。

 キャラが立っていて、和馬とのやり取りが自然でスムーズ。

 難聴を通じ、友情や家族との絆、成長が描かれていて、読者にも考えさせるところが良かった。


 主人公は中学二年生の欅恵蓮。一人称、わたしで書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 男性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 中学二年生の秋、主人公の欅恵蓮は急性低音障害型感音難聴と診断される。母親はショックを受けるが、恵蓮は冷静に受け止め、治療に専念することを決意する。診察後、幼馴染の和馬にメッセージを送り、難聴になったことを伝える。

 家に帰った恵蓮は、次第に不安に襲われ、学校に行かなくなる。母親も心労で倒れてしまい、恵蓮は自分のせいで家族を不幸にしてしまったと感じる。そんな中、和馬から会いたいとメッセージが届き、二人は再会する。

 和馬もまた、起立性調節障害という病気に悩まされており、学校に行けない日々が続いていた。和馬は親の悪口を言われたことに対して戦い、学校に戻る決意をする。和馬の強さに触発された恵蓮も、自分の病気と向き合い、友達に打ち明ける決意をする。

 恵蓮は友達に難聴のことを話し、友達からの温かい言葉に救われる。母親も無事に退院し、恵蓮は再び学校に通うことができるようになる。久しぶりに登校した恵蓮は、和馬と再会し、彼の笑顔に迎えられる。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場 状況の説明、はじまり

 主人公の恵蓮が中学2年生の秋に急性低音障害型感音難聴と診断される。診察室での母親の反応と医師の説明が描かれる。

 二場 目的の説明

 恵蓮が難聴の診断を受け入れ、治療に専念する決意をする。幼馴染の和馬にメッセージで難聴のことを伝える。

 二幕三場 最初の課題

 恵蓮が学校での聴力の変化に気づき、友達や先生の反応に不安を感じる。学校に行かなくなる。

 四場 重い課題

 恵蓮の母親がストレスで倒れ、入院する。恵蓮は自分のせいで母親が倒れたと感じ、罪悪感に苛まれる。

 五場 状況の再整備、転換点

 和馬との再会で、和馬も起立性調節障害という病気を抱えていることを知る。和馬の言葉に励まされ、恵蓮は自分も勇気を出してみる決意をする。

 六場 最大の課題

 恵蓮が友達に難聴のことを打ち明けるかどうか悩む。和馬のアドバイスを受け、友達を信じて打ち明ける決意をする。

 三幕七場 最後の課題、ドンデン返し

 恵蓮が友達に難聴のことを打ち明けると、友達からの温かい反応を受ける。友達の支えにより、恵蓮は再び学校に行く勇気を持つ。

 八場 結末、エピローグ

 恵蓮が学校に復帰し、和馬や友達と再会する。恵蓮は自分の病気と向き合いながらも、前向きに生きる決意を新たにする。


 世界から声が消えた謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 

 YA文学は、十二歳から十八歳の中高生を主な対象とし、思春期特有の悩みや成長、アイデンティティの探求を描くジャンルである。高度な語彙や表現を使用し、読者に深い共感を与えることを目指す。主人公の心理描写が詳細で、読者に近い感覚で描かれるのが特徴である。読者に近い視点で描写されるため、臨場感のある心理描写が特徴であり、思春期特有の敏感さや傷つきやすさを表現し、読者の自立心を尊重しつつ、寄り添う形で物語が展開される。

 本作は主人公が中学生であり、思春期の悩みや成長がテーマとなっているため、ヤングアダルト小説として位置づけられる。


 遠景で「中二の秋、わたしの世界から声が消えていった」と大きく状況を示し、近景で「難聴、ですか」とセリフで説明確認し、心情で「真っ白で無機質な診察室に、呆然としたお母さんの声が溶けて消えた」と語る。

 主人公が難聴になってかわいそうと思い、共感を抱く。

 急性低音障害型感音難聴は、低音域の音が聞こえにくくなる難聴。原因は不明だが、一般的に予後が良好な疾患であり、適切な治療を受ければ治る可能性が高い。

 突発性難聴と比較すると治りやすい。多くの場合、数日から二週間前後で症状は消失。治療効果は比較的良好で、治癒改善率は八十パーセント以上とされている。


 主人公は「生まれてから一度もインフルエンザにかかったことも風邪で寝込んだこともなく、アレルギーも好き嫌いもない」というほど健康な子が、難聴となったことで、母親はショックを受けている。このあと倒れてしまうくらい、娘のことを大切に思っている母親なのだ。

 父親は現在単身赴任中。頼れる人がいないから、自分がしっかりしなくてはと気負いすぎて、心労がたたったのだろう。

 親に愛されている存在であるところも、共感を抱く。


「……これからどうしようかな。どうすればいいんだろうな。胸の中をぐるぐる、不安定に動き回る黒い生き物が棲みついた」

 不安や心配といった抽象的な感情を「黒い生き物」として具体化する比喩表現、隠喩がわかりやすく効果を出している。

 やもやする感情を想像しやすく、追体験もでき、物語に深く誘ってくれている。


 はじめは、大丈夫だった主人公も、

「難聴になったのは、お母さんのせいじゃないのに。誰も悪くないはずなのに。わたしのせいで、家族を不幸にしてしまった。その罪悪感で、わたしは眠れない日々が続いている」

 不安が募り、ますます共感していく。


 長い文は数行で改行。句読点を用いた一文は長くない。読点を使わっていない長い一文は、落ち着きや重々しさ、説明といった表現に用いている。

 冗長的なやり取りを簡潔に表現することで、読みやすくなる。

「形だけの答えに、女医ははげましの笑顔を浮かべてパソコンのモニターに向き直った」

 長すぎる文は理解しにくさを産むので、分割して読みやすくしたほうがいい。

「その時、その場にいた男性の医師に筆談で説明してもらった。お母さんが倒れたのは、どうやら心労――ストレスが原因らしかった」

 和馬の感情が伝わりにくい部分があるので、「和馬は優しく微笑んだ。その笑顔に、私は少しだけ心が軽くなった」説明をしたあと、感情をそえることで内面がより描ける。

 そのあとで、「粗暴な男子だけど、たまにこういう顔を見せる和馬のギャップに呻きそうになる」と具体的に説明していくと、読み手により伝わっていく。


「思った」など、一人称で思うという表現は控えたほうがいい。

 地の文に書かれていることは、主人公が考えたり思ったりしていることだから、いちいち書く必要はない。

 ただし、ここぞという場面では強調として使っていい。

 また、読者層に合わせた使い方が望ましい。

 本作は中学二年生が主人公なので、小学生も読むことを想定していると考えられる。その場合、削りすぎないほうがいいかもしれない。カクヨム甲子園に応募する作品としてはどうなのだろう。

 今後、作品を書くときに参考にしてください。


 短文と長文を組み合わせてテンポよくし、感情を揺さぶっているところがある。ときに口語的。

 一人称視点で、主人公の内面描写が豊富。感情の揺れ動きが細かく描かれており、共感しやすいところが特徴。

 診察室の描写や母親の反応、主人公の内面の葛藤などが非常にリアルに描かれている。「真っ白で無機質な診察室に、呆然としたお母さんの声が溶けて消えた」など、読者は主人公の感情に共感しやすい。

 主人公の心の動きや葛藤が丁寧に描かれていて、「……これからどうしようかな。どうすればいいんだろうな。胸の中をぐるぐる、不安定に動き回る黒い生き物が棲みついた」主人公の気持ちに寄り添いやすい。

 登場人物同士の会話が自然で、「『ねぇ、和馬なにしてるの』『なにってなに』『今、家?』『そうだけど』『なんで? 寝坊?』『違うけど、そんなところ』『どっちよ』」実際にありそうなチャットやり取りが描かれているので、現実味を感じる。

「ふはっと笑いが溢れた。ここ1週間ではじめて笑ったかもしれない。」など、主人公の感情の変化が細かく描かれており、変化を追体験できる。

 主人公の不安や葛藤がリアルに描かれているところがいい。

 さらに主人公と和馬の友情が丁寧に描かれていて、「和馬の言葉で頭の中がクリアになっていく。思考のもやが晴れていくのを感じた」彼らの絆に感動を覚えていく。

 和馬の強さと優しさが際立ち、『俺、来週から学校戻るよ。目的は果たしたし、前に比べると体調もだいぶ安定してきたし』主人公と和馬の成長が描かれており、「和馬はいつの間に、こんなに大人になったのだろう」彼らの成長を見守る楽しさがある。

 病気と向き合う強さ、友達の大切さが伝わる。

『友達にどう思われるのか不安なら、一回全力でそいつらを信じてみればいい。恵蓮が全力で頼って悪く言うような相手なら、それは友達とは言えないだろ』

 和馬から勇気をもらった主人公は、友達に難聴であることを伝え、友達からは心配された。難聴というテーマは、多くの人が共感できるものであり、主人公の苦悩や成長が描かれている点が魅力的。

 希望や前向きなメッセージも込められており、「もう迷わない。これでこそ、わたしだ」読者に勇気を与えてくれるところも良かった。


 五感描写について、視覚は、診察室の白く無機質な様子、母親の青白い顔、和馬の焦茶の短髪や高身長、冬の冷たい風や初雪、校舎の懐かしさなどが描写されている。

 聴覚は、難聴による聞き取りづらさ、和馬の低い声や高い声、静かな家の中、廊下や階段で響く足音などが描写されている。

 触覚は、冷えた指先に広がる温かいミルクココアの感触、制服の冷たさ、母親の冷たい手などが描写されている。

 嗅覚、味覚はとくにない。

 比喩表現が多く見られる。

 隠喩は、「漠然とした不安が津波のように襲ってきた」「胸の中をぐるぐる、不安定に動き回る黒い生き物が棲みついた」「棘となってわたしの心を締めつけた」

 直喩は、「ホラーコンテンツで自分より怖がっている人がいると冷静になるあの現象」「雪の世界に閉じ込められたようにしんと静まりかえっていた」

 擬音語や擬態語は、「とぼとぼという擬音がとても似合う歩き方」「ふわあぁ……とあくびをもらす」

 これらの描写や表現が、物語の情景や登場人物の感情を豊かに伝えている。


 主人公、欅恵蓮の弱みは、難聴。中学二年生の秋に急性低音障害型感音難聴を発症し、低音が聞こえにくくなる。 難聴が原因で友達やクラスメイトからどう思われるか、どんな反応をされるのかを恐れている。聞こえづらくなっていく不安よりも、周囲の人間に難聴だと知られることを恐れている。

 正確には、話したことによって誤解が生じたり、偏見を持たれることを恐れている。つまり、周囲の目を気にしすぎて、自分自身を大切にできていない自己評価の低さ、という弱さがある。


 ちなみに、聞こえなくなったらという不安を抱いているのは母親である。二つの悩みを抱え込めば現実味がでるかもしれないが、伝えたいことがぼやける可能性が高い。

 だから、聞こえなくなる不安を母親が担い、周囲との関わり合い、他人の目を気にするという難聴でない人でも悩みになる弱みを主人公が引き受け、どう克服していくかに焦点を絞って描いているのだろう。


 和馬の起立性調節障害は、自律神経の不調により、朝起きられなくなったり、立ち上がった時にめまいや気持ち悪さを感じる病気。十代に多く見られる。


 主人公は、メッセージアプリで幼馴染の和馬に難聴のことを打ち明け、彼からの励ましやアドバイスを受けることで、少しずつ自分を受け入れる勇気を持つようになっていく。

「やればできるとかじゃないから、無理してまでやらなくてもいい。なにもできなくても、病気と闘っていても、恵蓮は恵蓮だから」

「絶対、他人の軸に振り回されるなよ」

 和馬がいったことは、普遍的で大事なことである。

 誰かの望むとおりに生きなくてもいい、いつも自分がやりたいことをまっすぐ見つめて進んで欲しい。

「久しぶりに見た和馬は堂々として大人びた姿で、どこか遠い人のように感じた。――でもわたし、絶対置いていかれないから」

 主人公の強い決意を感じられて良い。

「病気と環境を克服した和馬にも、大好きな友達にも、難聴にならなかった世界線のわたしにも」

 世界線って、シュタインズ・ゲートですかとツッコミが浮かぶも、気にしない。


 三人の友達へ難聴のことを打ち明け、友達からの温かい反応を受けて、自分が思っていたよりも周囲に受け入れられていることを実感。

 和馬の言葉や友達の支えを通じて、自分自身を大切にし、母親も元気になり、他人の目を気にしすぎずに生きることの大切さを学んでいく。前向きに生きる力を取り戻した主人公。ラストは希望に満ちている。

「おかえり」と迎える和馬が良かった。

 

 和馬との対話が多いため、他のキャラクターとの対話も増やすとバランスが良くなると思う。友達のチャットのやり取りを出してもいい。そうすると、前半部分で、友達を出しておく必要がある。

「下へスクロールして、ピン留めされた送信先の中からひとつの相手を見つけて開く。粋がったフォークギターのアイコンに『和馬』の名前」とあるので、このときに、友達のアイコンも並んでいるはず。ここを描写しておけば、ラストで友達三人のやり取りを書ける。

 単身赴任をしている父親も、心配しているはず。父親からのチャットも届いていてもよかったかもしれない。母親経由で知らせてもいい。他人を気にしすぎず、それでいて周囲の人達の助けがあって前に進んでいくという感じにまとめることもできるのではと考える。


 読後。けやきの夜明けとは、二人のことを指していたことがわかる。主人公と和馬は、どちらの名字も「けやき」だったのだ。

 ヒノキにくらべると、けやきは大きく太くまっすぐには育たない。短く曲がって、柱には使えない。でも固い木。まるで主人公と和馬みたいだ。二人なら、これからも強く前を向いて進んでいける気がする。

 全体として、感動的で心温まる物語。

 多くの読者も共感を呼ぶだろう。 

 文体が読みやすく、物語の進行がスムーズだったので、一気に読み進めることができた。対話が多く、テンポも良かった。

 難聴という現実的な問題を扱っており、リアリティがある。感情や五感の描写、比喩を用いることで、主人公の困難や葛藤、経験を読者は追体験できる。

 和馬とのやり取りが心温まるもので、言葉で主人公を支えるシーンが印象的。彼はカッコいい。困難を乗り越えて成長していく姿に、希望と勇気をもらえたし、読後感が良かった。

 実にいい出来。

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