白昼夢

白昼夢

作者 笹護翁

https://kakuyomu.jp/works/16818093082940086025


 高校三年生の石宮が学校の備品を壊し、厳しい体育教師の國塚から逃げ、旧校舎で出会った女子生徒は映画研究部の部員。彼女に匿われるうちに関係が深まり、共に映画を見て過ごす時間が増える中で彼女への好意を自覚する。突然彼女が消え、国塚から三十五年前に亡くなった綾木明音だったと判明。主人公は彼女との約束を守り、「自分に刺さる映画」を探し続けみつける話。


 現代ファンタジー。

 ホラー、ミステリー要素あり。

 高校生の恋愛を題材にした王道的な青春ストーリー。

 映画研究部という新鮮味のある設定。過去の亡霊との出会った青年の、愛と青春、映画の力を描いた心温まる作品。

 読者に高校時代の淡い恋愛感情を思い起こさせる、ノスタルジックな雰囲気のある青春ファンタジーだ。

 主人公と女子部員のやりとりが自然で、主人公の心理描写も丁寧。読んでいて温かい気持ちになる。映画に関する話題も興味深く、ミステリー要素もあり、一本の青春映画を見るような素敵な作品だった。


 主人公は、男子高校三年生の石宮。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。恋愛ものなので、出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の順に書かれている。結末は卒業。

 一応ホラーではある。ホラーは怖いミステリーとはいえ、本作は怖くない。


 男性神話とメロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。

 男子高校三年生の石宮が学校の備品を壊してしまい、体育科の恐ろしい教師・國塚に追われる。逃げ込んだ旧校舎の裏で、一人の女子生徒に出会う。彼女は明るく美しい存在で、主人公は彼女に強く惹かれていく。

 この女子生徒は映画研究部の部員で、普段は一人で活動している様子。彼女は主人公を匿い、二人の距離が急速に縮まる。主人公は彼女と過ごす時間を重ねるうちに、彼女の魅力に引き込まれ、毎日のように旧校舎を訪れるようになる。しかし、鬼塚の執拗な追跡が続く中、主人公は友人たちから不審がられます。彼は彼女との関係を隠しつつも、心の中では彼女への思いが募っていく。

 主人公は、用務員の九尾山さんに謝罪と感謝を述べた後、彼女のいる部室に向かう。部室に入ると、彼女は明るく迎えてくれたが、主人公は鬼塚にやられたことを告げる。彼女はその話を楽しそうに聞き、主人公の髪型についても冗談を交えながら反応する。

 彼女は棚から古いディスクを探し始め、二人で映画を観ることになる。部室の掃除を手伝ったことで、二人のスペースが広がり、風通しも良くなったことに満足感を覚える主人公。彼女との会話は途切れることなく続き、映画研究部の活動についても話し合う。

 彼女が鬼塚の由来について語り始め、昔の不良グループ「地獄境」のリーダーが國塚であったことや、その名前の由来について詳しく説明する。その話題は盛り上がり、彼女の知識に感心する主人公。彼女との距離感が近づく中で、主人公は彼女への好意を自覚し始める。

 映画が始まると、ホラー映画の場面に驚きつつも、彼女の笑い声に心が和む。彼女は怖がっている主人公をからかいながらも、一緒に映画を楽しむ姿勢を崩さない。映画終了後、彼女が以前観たことがある作品だとつぶやくと、主人公は次回のおすすめ映画を持参する約束をする。

最後には、彼女との手の温もりを感じながら映画に集中できず、心臓が高鳴る瞬間を迎える。主人公は自分の気持ちを認め、「彼女が好きだ」と強く思うのであった。

 主人公は夏休みを迎え、これまでの学校生活とは異なる新しい体験をしている。彼は赤点を取ったことがなく、夏休み中に学校に行くことはないが、今年は映画研究部に所属し、毎日映画を観る日々を送っている。彼のルーティンは、午前中に二本、午後に三本の映画を観ることである。

 彼は映画選びの基準について友人と話すが、友人は「適当」と答える。主人公は名作を選んで観ることが多かったが、友人によれば、映画は選ばなければほとんどが駄作であるという。彼女は名作と自分に刺さる作品の違いを説明し、自分に刺さる作品との出会いが感動を生むと語る。

映画鑑賞の合間に、彼女から「最近かっこよくなった」と言われた主人公は驚きつつも嬉しさを感じる。彼女の大きな黒い瞳に見つめられ、心臓が高鳴る。彼は自分の外見に気を使っていたことを思い出し、その反応に戸惑いながらも嬉しい気持ちを抱く。

 その後、彼は自販機で麦茶を買うために体育館へ向かう途中、バスケ部の顧問である國塚と遭遇する。國塚は不良グループのリーダーだった過去を持ち、教師になった理由について責任感を語る。主人公は意外にも深い話に驚きつつも、彼との会話から何か学び取ろうとしている。

 主人公はぬるくなった麦茶を片手に部室へ戻り、この夏休みの特別な経験と新たな友人関係の深まりを感じながら、自分自身の成長を実感するのであった。

 彼女は部室で段ボールを整理している。背伸びしている姿は、まるで新しいディスクを探し出そうとしているかのようだ。しかし、段ボールは重く、彼女の手から滑り落ちそうになる。「おい、危な――」と声をかけた瞬間、段ボールは落ちかけたが、間一髪で支えられた。手を伸ばしたのは自分だったと気づき、慌てて手を離す。

 彼女は笑いながら、「センパイ、チャラそうなのに女慣れしてないんだね?」と言う。彼女の無邪気な笑顔に、彼は心臓が高鳴る。会話が進む中、彼女は映画を見ようと誘ってくるが、その距離感に彼は戸惑う。

 数日後、彼女の様子が少し変わった。手を絡めてくる彼女に対し、彼は冷静に距離を置こうとするが、その反応に混乱する。彼女との関係が進展しているのか、それとも何か別の意図があるのか分からず、彼は不安になる。

 ある日、旧校舎から出たところで國塚と遭遇する。突然、「旧校舎は立ち入り禁止だろう?」と言われ、彼は驚愕する。急いで部室に戻ると、そこには以前のような彼女の姿はなく、部室は埃まみれで無人だった。彼女との思い出が夢だったのか現実だったのか分からなくなる。 

 國塚から聞いた話では、彼女は三十五年前に亡くなった少女であり、その存在が過去の幻影だったことを知る。彼は絶望し、その場に泣き崩れる。夏の日差しの中で思い出すのは、彼女との約束や楽しい時間だった。

 季節は流れ、彼は「自分に刺さる映画」を見つけるまで毎日来るという彼女との約束を守り、旧校舎に通い続ける。ある冬の日、ついに見た映画が心に響き、涙が止まらなくなる。それは彼女との思い出を強く感じさせる作品だった。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場 状況の説明、はじまり

 高校生の主人公が学校の備品を壊し、厳しい体育教師・國塚から逃げる途中、旧校舎で謎の美少女と出会う。

 二場 目的の説明

 美少女に魅了された主人公は、毎日のように旧校舎に通うようになる。

 二幕三場 最初の課題

 主人公の変化に友人たちが気づき始める。

 四場 重い課題

 映画研究部の部室で女子部員と二人きりで活動し、掃除や映画鑑賞を通じて関係が深まる中、主人公は恋愛感情に気づく。

 五場 状況の再整備、転換点

 夏休みに入り、主人公は毎日部室で映画を見て過ごし、女子部員との映画についての議論を楽しむ。

 六場 最大の課題 

 女子部員から容姿を褒められて動揺した主人公が、飲み物を買いに行く際にバスケ部顧問の國塚先生と出会い、先生の過去と教師になった理由を知る。

 三幕七場 最後の課題、ドンデン返し

 ある日突然、女子高生が消え、実は三十五年前に亡くなった人物だったことが判明する。

 八場 結末、エピローグ

 主人公は彼女との約束を守り、自分に刺さる映画を探し続けては見つけ、涙する。


 映画の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。


 遠景で「蒸し暑く白い夏だった」と示し、近景で「蝉がシュイシュイと鳴いていて、勉学に勤しむ学生の思考の邪魔をするように頭の中を埋め尽くす」心情で「もっとっも、俺は蝉が邪魔と思うほど勉強なんてしないのだが」と語る。

 本作は幽霊が出てくるファンタジーであり、恋愛ものでもあるが、ミステリーでもある。

 一行目から、読者をミスリードしているところがいい。

「蒸し暑く白い夏」「蝉がシュイシュイと鳴いて」とあるので、季節は夏だと思い込む。そのあとで、「たっぷり水分を含んだ重ったるい風が走る俺の肺に余計な水分を持ち込むせいで、すぐに息が上がってしまって、足におもりでもついてる気分だ」空気が湿っている、湿度が高い。

 日本の夏は高温多湿で蒸し暑いから不思議ではないのだけれども、のちに、備品を壊して逃げて、彼女と出会って歳月が過ぎていたと思ったら、過ぎていなかったというどんでん返しが起き、六月二十一日だと出てくる。

 暦の上では夏と表現できるし、最近は初夏から夏の暑さを感じることも多いので間違っていない。ただ、蝉はどうなのだろうというところでモヤッとする。

「旧校舎とフェンスの間の小さな空間には木が一本生えているだけの草木が伸び荒れた空き地だ。蝉の音と車のエンジン音が相まって耳を狂わせ、人から考える力を奪い、今すぐこの場から立ち去れと急かすような五月蠅さだった」

 この時点ですでに、主人公は日常から非日常へと入り込んでしまっていることを表しているのだ。

「五月の蠅のような煩わしさをかねつつ、下手なバンドの無駄に長いライブのような気分が悪くなる雑音と、花火が爆ぜる音が連続でなっているかのような耳の鼓膜を穿つ刺激音からなる騒音。耳をそらそうにもそらせない、最悪な蝉のライブ会場がそこにあった」

 蝉のうるささを比喩で表現されている。

 これを読むと、車のエンジン音もだけれども、よほどの鳴いているのがわかる。

 その表現に、「五月の蠅のような煩わしさをかねつつ」とある。

 うるさいは、漢字で「五月蝿い」と書くので、それをほどいての表現だとはおもうけれども、わざわざ作者がそれをするのは明確な意図があってのことだと考える。

 初見で読んだとき、季節は五月ごろなのではと思い、なぜセミが鳴いているのかがよくわからなかった。

 学校の備品を壊して逃げている主人公なので、この備品を壊したことが原因で、日常から非日常へ入り込んでしまったのだろうと思いながら読んでいった。


「学校で一番恐ろしいとされる体育科の國塚先生――通称・鬼塚 に壊した瞬間を見られたせい」GTOですか、とふと浮かぶ。


「俺は荒い息をまき散らしながらシャツをまくり上げて汗を拭き、校舎の小さな陰に座り込む。太陽が真上にある白日には影もなければ陽だまりもない。太陽の強すぎる日差しのせいで、辺りの色が褪せて白くみえる」「拭き損ねた額の汗が眦の横を通って頬を伝い、やがて顎まで到達すると、もったいぶるように雫を作って、間もなく地面のアスファルトの上に落ちて丸い跡をつくった。だが次の瞬間にはその跡は蒸発して消え、鼠色の跡は薄灰色のアスファルトの色に戻った。あたりが白くて、汗の消え方もあまりに早すぎるせいで、時でも止まっているかのように錯覚する」

 よほどの暑さだとわかる。熱中症で倒れないか心配だ。


「まるで白昼の悪夢のようだ」すでにタイトル回収的なことしているのかしらん。


「声とともに突然つむじを指でうりうりと押される感覚がして」

 この表現が良い。具体的で実際にされている感覚を読んでいても覚える。

 

 彼女の容姿を比喩で表現している。

「例えるならば、それは花壇から外れた町中の通学路の道端で、コンクリートのひび割れた隙間から己を見ろと主張するように力強く咲く鮮色の花のように」

 長いし、わかりにくい。

「通学路にみられるコンクリートのひび割れた隙間から、私を見なさいと力強く咲く鮮色の花のように」としてはどうだろう。指示語や、ようにを重ねられると、わかりにくくなる。

「または夜、濃紺色の空で夜闇を照らす月よりも、多くの写真家がレンズに収めたがる夏の天ノ川よりも、それに勝ることを自覚しているように黄金に大きく輝き誇る明けの明星のように」も同様。

「または、夜闇を照らす月や天ノ川よりも勝る、明けの明星のように」

 作者が思い描いているものを読者に想像してもらうために、比喩を用いているはず。伝わりやすく書かなくて混乱させてしまう。

 また、比喩を用いればわかりやすくなるとも限らないので、使い方に磨きをかけると、より作品が良くなると想像する。

「黒曜石のように深みある黒の瞳は、鏡のように俺を映し出した」

「鈴を転がすような繊細な声の持ち主だった」

 この主人公は、なかなかメルフェンチックで博学な印象を覚える。

 そういうキャラクターなら問題ない。備品を壊して逃げ回ったり、彼女とのがさつな話し方などを読むと、違和感を覚える。

 がさつに見えて中身は繊細という、ギャップある主人公かもしれない。


「男女の身長差のベストは十二センチらしい。今、なぜそう言われるのかがわかった気がした。頭を撫でるにもハグするにも適していて、何より上目遣いが一番可愛く写る。彼女の、少し大きめの服も良い。彼シャツというのの良さとはこれか。とにかくあざとい」

 主人公は、いろいろなことを知っている。

「もともときれいな顔をしているし、これは相当可愛いかもしれない。あざとい女子はあまり好きじゃなかったが、彼女はあまりにも自然すぎた。あざとさというのは自分を可愛く盛るようなものだと思うが、彼女の場合はそれが素であるかのように感じられる」

 この辺りの文章が、主人公が相手を意識している感じが出ていてニヤニヤしてしまう。


「しかし彼女の魅力はそれこそ底なし沼のようだった。わかりやすく例えるならば、エナジードリンクだ。一度飲んで効果が切れたとき、また飲みたくなってしまう。そしてその『もう一本』に手を出したら、お終いだ。飲む頻度は上がりだす」

 ここの比喩は凄いわかりやすい。キャラにもあっている感じ。


「彼女のところに通い始めてからすでに二週間ほど経っている。彼女と会ったのが六月末。七月に入ってさらに日差しは強くなるが、慣れてくればそれほど気にならない」

 備品を壊して逃げ、彼女に出会ったの六月末だとわかる。

 それよりも、「お前最近帰んの早くね?」「それな?カラオケとかメシとか、ほぼ毎日誘ってきてたのに、最近全くじゃん」と、よくつるむ友人から声をかけられている。

 のちに、彼女が消えたときは六月二十一日だとわかり、歳月がたっていないことに気づく。

 だから、よくつるむ友人との会話もまた、夢だったのだ。だから、相手の容姿などがくわしく書かれていないのだろう。


 國塚に見つかって、職員室へ向かう二人。「職員室だ。片づけは終わってしまったから、せめて用務員の九尾山さんにはお礼を言いに行くぞ」

 この場面は現実なのか、夢なのか。

 のちに、彼女が消えたあと國塚に見つかる場面があるので、この場面も夢なのかもしれない。


 長い文は五行くらいで改行。句読点を用いた一文は長くない。短文と長文を組み合わせテンポよくし、感情を揺さぶっているところもある。ときに口語的。登場人物の性格がわかる会話文を多用し、臨場感を出している。会話と心理描写のバランスが良く取れており、軽快な文体で読みやすく、高校生らしい口調が使われている。

 一人称視点で描かれており、主人公の内面描写が豊富。比喩表現や擬音語を多用し、臨場感のある描写が特徴的。現在と過去の場面が交錯する構成になっている。

 情景描写が細やかで、蝉の鳴き声や暑さなど、夏の情景描写が生き生きと描かれているところがいい。

 ミステリアスな雰囲気と日常的な学校生活のコントラストが効果的。主人公と女子部員の関係性が自然に描かれ、映画研究部という設定を活かし、映画に関する話題を効果的に盛り込みながら主人公の心情変化が丁寧で、恋愛感情の芽生えが説得力を持つところが実にいい。

 國塚先生の意外な一面が効果的に描かれている

 現実と幻想の境界線を曖昧にし惹きつける展開、映画を通じた人間の成長を描いているのもよかった。


 五感の描写について。 

 視覚は、白く見える景色、美少女の姿、ボサボサの髪、古いディスク、血まみれの女性の映像、女子の黒い瞳、セミロングの髪、白く濁ったガラス、蒼く透き通る空など。

 聴覚は蝉の鳴き声、車のエンジン音、映画の音、女子部員の笑い声、セミの鳴き声、野球の金属バットの音、「蝉がシュイシュイと鳴いているなど。

 触覚は蒸し暑さ、汗の感覚、女子部員の冷たく細い指、ソファーの感触、 暑さ、汗、冷たい麦茶、肌をジリジリと焼く日差し、冷たい手の感覚など。

 嗅覚は埃っぽい匂い、麦茶の香ばしい香りなど。

 味覚は麦茶の味、温いつばをごくりと飲み込むなど。

 もう少し嗅覚や味覚の描写を加えることで、より臨場感のある表現になるのだが、彼女と映画を見ている世界は白昼夢、つまり夢なので生を感じさせる味覚や嗅覚は描きにくいと考える。また、映画を扱っていることも、描きにくさの原因になっているかもしれない。


 主人公の弱みは、衝動的な行動(備品を壊す)をとり、また美少女に簡単に魅了されてしまい、友人たちに嘘をつくこと。

 映画に関する知識や経験が乏しく、ホラー映画が苦手。おまけに恋愛経験が少なく、女子との接し方に不慣れなため、女子に対して緊張しやすく、気持ちを素直に伝えられない。原因は、自信が不足しており、過去に問題行動があった可能性がある。

 彼女との出来事に対して、現実と幻想の区別がつかなくなっており、過去にとらわれているところも弱みといえる。


「彼女と出会って一週間ほどで、部室はすべて片付けた。お陰で部屋は二人いても狭いとも思わない程度のスペースが空いたし、風通しも良くなった。嬉しそうに目を輝かせた彼女のあの表情は、やった甲斐があったと満足できるものだった」

 主人公が一人でやったのかしらん。彼女は掃除が苦手だと言っていたので、そうにちがいない。

 映画研究部の活動内容をより具体的に描くことで、部活動の雰囲気がさらに伝わるかもしれない。


 彼女から鬼塚のあだ名の由来が語られる。

「昔はこの地域に『地獄境』っていう有名な不良グループがあったんだけど、それのリーダーが國塚だったの。下の名前の『菴茉アンリ』をもじって昔は『亜生高の閻魔』とか言われてたんだけど、なにがあったのか不良卒業どころか高校の教師になって帰ってきてさぁ」「アンリ?」「そうだよ。『菴』に、『茉』ね。誰かが間違えてエンマって読んだんだよ」

「境目超えた者をどこまでも追ってくる当時の國塚を知ってる人が、生徒のためと言ってどこまでも追ってくる國塚を、ついに境目超えて追ってくるようになった狂鬼だと揶揄したのが始まりだよ」

 境界を超えてどこまでも追ってくる。

 つまり、主人公と彼女との白昼夢の空間の中でも、國塚は入ってこれると説明しているのだろう。ということは、職員室につれていかれて「用務員の九尾山さんに謝罪と感謝を述べ」たのは、夢ではないのかもしれない。

 

 彼女は三十五年前になくなっているので、持っている映画は一九七〇年代や八〇年代の作品なのではと想像する。

 

 彼女に手を握られるとき、「抵抗するよりも早く、彼女の冷たく細い指が俺の手に絡んだ。彼女はニヤリと悪戯じみた表情を浮かべる。彼女と目が合ってようやく、振り向いてしまっていたことに気が付く」手が冷たいのは伏線だったのかしらん。

 それよも、「ふと、俺のことが好きなのではないだろうか、という危険な思考に至ってしまう。そういう浮ついた考えは八割外れ、漢の勘違いに終わって恥ずかしい黒歴史に変わるものだ」主人公が彼女に対して意識していくところに目がいってしまう。

 そして彼女のことが好きなのだという展開。こういうところにさり気なく忍ばせるのは、上手い。

 ホラー映画というのが良かったのだろう。

 吊り橋効果的なことが、主人公にも働いたのかもしれない。そもそも、特異な出会いをしたときから主人公は意識しているので、ホラー映画が後押ししたというのはあったと思う。


「夏休み中に学校に来たことはない。赤点を取れば強制的に夏休みも学校に行かなければならないが、俺はこれでも赤点は取ったことがない。俺は素行がいいわけではないが、授業には出てるし、成績も悪くないのだ」

 これまでの主人公の比喩からも、素行が悪いだけの問題児ではないのは伺えていた。前半にもちいられていた比喩は、主人公のキャラクターを良く表しているものだったのだ。

 主人公の過去や性格をもう少し掘り下げても、いいのではと考える。


「彼女によれば基本的に映画は選ばなければ十本中九本が駄作で、運が良ければ一本がようやく名作らしい。運が悪ければ、十本どころか、二十本見てすべてが駄作ということもある。実際、今がそれだ。夏休みに入って十五本見たが、駄作続きである」

 みているのは、B級C級映画ばかりなのかもしれない。

 創作する側にとっては駄作をみた方がいい。

 駄作をどうしたら面白くできるのか、自分ならどうアレンジするかという姿勢が、創作に向かわせるという。

 彼女は、「そりゃあ、選んだら名作は見つかるけど、自分に刺さる作品とは出会えないからね」自分に刺さる作品を探すためにあれこれ見ているという。


「『名作』と『自分に刺さる作品』は違うよ? 『名作』は、多くの共感を呼び、それによって感動や笑いを生む作品で、全体的評価は高い。一方で駄作は共感性に欠けるものが多い。共感できる人が少ないせいで、全体的評価は低い。要するに、客を選ぶのが駄作で、客を選ばないのが名作。駄作は客を選ぶ分、刺さる人にはとことん深く刺さる」

「彼女はなぜそれほど映画が好きなのか。彼女は、刺さる作品と出会えた時の感動が好きだと言った。では、刺さる作品とは何なのか」

 主人公は、彼女に聞かなかったのだろうか。どういう作品が刺さる映画なのかと。少なくとも、彼女にとって刺さった映画を聞いても良かったのでは。


 飲み物を買いに出て、外の様子の描写がいい。

「肌がジリジリと焼けていく。暑いというより熱く、熱いというより痛かった。少し歩いただけで、ドバっと汗がにじみ出る。シャツが肌に張り付いて気持ち悪い。運動場では野球部が他校のチームと練習試合をしているようだった。金属バットが、カキーンッと音を立て、ボールを遠くまで飛ばしていた。それに伴って選手が走る。こんな暑い中、よくやってられる。運動場の脇を通ってたどり着いた体育館では、バスケ部のドリブルのリズム感ある振動と、シューズの地面と擦れる甲高い音が聞こえてきた」

 はじめに主人公の体感で暑さを描く触感、視線を運動に向けて視感、バットで打つ音やバスケのドリブルという聴覚と、主人公から意識を遠くに向けていく。

 せまい部室から外へ出た開放感、広さをも感じさせている。

 このあと、國塚に会う。

 おそらく彼女が見せる白昼夢のエリアがあって、さきほどの主人公の意識が外へと広がっていく描写は、エリア外に出ていくのを表現しているのかもしれない。


「あー……まあ、俺は当時、不良グループのリーダーだったんだが、俺の統制が甘かったせいで問題が起きたんだよ。教師になったのは責任だ。そしてもう同じことが起きないようにするためでもある。子供には、悪いことを悪いと叱り、反省しない奴には反省させる大人が必要だ」

 しっかりした考えをお持ちの先生である。

 年をとっても尚、暴走行為をする元不良の人たちも、彼を見習ってもらいたいものである。


 彼女は三十五年前になくなっている。映画研究部も同じ頃にあったと考えると、家庭用ビデオデッキが普及した頃。ディスクがなかったわけではないけれども、備品は当時のものか、現代のものなのか気になる。


「俺は視線を彼女の顔から下に下げていく。手が、彼女の細い腰を掴んでいた。ゴツゴツした男の手。――誰の手だ……? 思考が停止する。いや、頭が回りすぎてむしろ止まっていたというほうが正しいに違いない。――あ、違う、これ、俺の手、か」

 この場面、笑ってしまう。

 とっさの行動が、主人公自身理解していない感じがよく描けている。反射で動いてしまったのだ。理解していく部分も、動きで示していくように書かれているところがいい。


「俺、汗まみれなんだけど?」

「うん」

「だから、その、あんまり引っ付かないほうが……」

「そっか」 

 場所は旧校舎なので、エアコンは入っていないと考えられる。

 暑いのに気にしないのに違和感を覚える主人公。でも、「何を考えているのかはよくわからない。分かっているのは、あざとくて、悪戯好きで、掃除が苦手で、人との距離感がバグっていて、映画が好きで。あと少しドジっ子だったりするのはさっき知ったこと」それよりも、彼女を知りたい気持ちが強い。

「彼女のことをもっと知りたいと思う。だが、知るのはなぜか少し怖かった」

 そう思った後、

「センパイが自分に刺さる映画見つけるまでは毎日ここに来てよ、絶対。約束して?」

「え? は、はい、約束します……」

 遺言みたいなことをいってから数日、さらに彼女が近づいてくる。

 トイレにいくといって、外に出て國塚に「ガラスの件はひとまず置いておくとして、どうやって入ったかは知らんが……旧校舎は立ち入り禁止だろう?」のあとで状況描写がいい。


「時が止まった――違う。音が消えた。蝉の声が消えたのだ。シュイシュイと言う騒音のような蝉の鳴き声は消え、野球部の掛け声だけが目の前の運動場に響き渡っていた」

 蝉の音だけが消える。距離を感じる聴覚で描いて、

「肌をジリジリと焼く日差しは衰え、目を開けていてもまぶしくない。というか、先ほどまで影だったはずのこの場所は、いつの間にか日向になっていた」

 体感である触覚で描き、カメラワークでズームされていくように主人公に向けられて、現実に気付かされる。

 

 部屋に入ったら、掃除する前に戻っている。

 まさに、夢でも見ていたかのような現場。しかも彼女はいない。

 

 日にちを聞き、八月六日だと思っていたのに、六月二十一日だといわれる。おそらく、彼女がなくなったのが、八月六日なのだろう。


「綾木明音。三十五年前、十七歳で亡くなっている」

「当時の不良のバイクに轢かれ、事故で死んだ」  

 この事故がきっかけで、國塚は教師になろうと思ったのだろう。


 主人公は旧校舎に通い、映画を見続ける。「彼女との約束なのだ。俺が自分に刺さる映画見つけるまでは毎日ここに来る約束」

 三百五十二本目の駄作をみて、「涙があふれでる。刺さるのだ。今まで見てきたどんな映画よりもずっと。この先、この記憶が褪せることはない」「名作でもない。むしろ駄作。とんでもない駄作だ。彼女との出会いがなければ、この映画は何があっても見ることはなかっただろう。そんな作品。だが打ち震えるようなしびれが体を襲った。映画で泣くのは初めてじゃない。だがこの映画は、名作とは少し違う。何に感動するのかは全く分からない。ただただ、ぼろぼろと大粒の雫がこぼれ出るばかりだった」

 主人公は、彼女のいった映画の価値、なにを求めていたのか知り、自分に刺さる映画を見つけて終わる。

 映画の内容についてもう少し具体的に描写されていると、読者も追体験できる気がする。


 作中には、主人公が見つけた「自分に刺さる映画」の具体的な内容は描写されていないが、映画を通じて、亡くなった彼女が追い求めていたものを理解させる作品であったのだろう。

 彼女と一緒に過ごした日々に感じた経験や感情と強く共鳴し、深い感動を引き起こしたのだろう。

 それこそ、幽霊の彼女と恋をして別れる話だったのかもしれないし、女子高生が事故に遭って亡くなってしまう作品かもしれない。

 どんな作品だったかは読者に委ねられているけれども、本作を読み、それぞれの経験や感性と照らしあわせて胸に響いてくる作品だったといえるだろう。


 読後。タイトルどおり、不思議な雰囲気に引き込まれる作品だった。まさに、夢のような話。悲しくはあったけれども、決して悪夢ではない。

 彼女が幽霊だったから、ホラー映画を見ていたのかと納得した。

 ホラーは怖いミステリーなので、本作はミステリーだと暗示もしているのだ。

 夏の高校生活を生き生きと描いた青春小説でもあり、映画談義や先生との会話も興味深く、ミステリアスな展開もあり、主人公の心情に共感しつつ、物語の真相にも興味をそそられる。映画を通じた人間の成長という主題も興味深かった。

 映画を通した気づき、教訓も得られるのもよかった。

 本作は、独特の魅力を持つ青春ファンタジー小説である。




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