ループ小説、そして夜は明ける

ループ小説、そして夜は明ける

作者 萩津茜

https://kakuyomu.jp/works/16818093084163647390


 老人、鈴木秀和が死を迎えようとしている時、超自然的存在「ガヤ」から人生をやり直す機会を与えられる。高校一年生の八月一日に戻った鈴木は、幼馴染の斎藤香菜を事故から救うことに成功する。しかしその後の記憶は曖昧で、ループしているような感覚を持つ。香菜との中学時代の思い出や彼女の精神的問題が回想される中、老人となった主人公は自身の人生の意味を問いながら、ガヤに与えられた最後の一年を自伝執筆に費やし、死後、遺稿が残される話。


 現代ファンタジー。

 ミステリー要素あり。

 人生をループする独創的な設定と、人生の意味を問う深い思索が印象的。時間と記憶、人生の価値というテーマを扱いながら、個人的な物語を通して探求していく意欲作。

 回想を用いて過去と現在を行き来する構成は興味深い。


 導入と結末は三人称、老人の鈴木秀和視点で書かれた文体。本編は高校一年の鈴木秀和の一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。過去と現在をループしている。


 女性神話とメロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の老人、鈴木秀和が過去のトラウマに悩まされながら死を迎えようとしている。超自然的な存在「ガヤ」が現れ、人生をやり直す機会を与える。老人は高校一年生の八月一日に戻ることを決意する。

 主人公は、幼馴染の斎藤香菜の葬儀に参列した後、旧友の三郎と帰り道で会話をする。人生をループしているような感覚を持ち、過去の記憶が曖昧。香菜を事故から救った記憶は鮮明だが、それ以降の記憶がほとんどない。自宅に戻った主人公は、祖父母から譲り受けた山荘のような家で孤独な生活を送っている。内面的な葛藤と回想をし、老人となった主人公は眠りにつく。

 小鳥のさえずりで目覚める。玄関に現れた斎藤香菜との対話を通じて、過去の回想へと移り、中学生時代の香菜との関係から、彼女の精神的な問題や自殺願望が明らかになる。主人公は香菜の唯一の理解者として彼女を支えようとするが、十分な助けを提供できないもどかしさを感じる。

 主人公は、ガヤという存在との契約で人生をループしていた。目的は斎藤香菜を事故から救うことだった。香菜を救った後、老人は一人暮らしをしている。ガヤが香菜の姿で現れ、老人に残り一年の猶予が与えられ、主人公に自身の人生を小説にすることを提案。今回のループが最後であると告げられる。老人は承諾し執筆することで人生と向き合い、死を迎える直前に香菜の心情を知る。香菜は主人公のことを思いやっていたものの、自身の運命から逃れられなかったことが明かされる。主人公の死後、彼の書いた小説が遺稿として発見される。

 

 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場 はじまり 

 老人が過去のトラウマに悩まされながら死を迎えようとする中、超自然的な存在「ガヤ」が現れ、人生をやり直す機会を与える。

 二場 目的の説明 

 老人は高校一年生の八月一日に戻ることを決意し、斎藤香菜を事故から救うことが主な目的となる。

 二幕三場 最初の課題 

 主人公「僕」は香菜の葬儀後、人生をループしているような感覚を持ち、過去の記憶が曖昧になっている。

 四場 重い課題 

「僕」は孤独な生活を送りながら、内面的な葛藤と回想に苛まれる。

 五場 状況の再整備、転換点 

「僕」が小鳥のさえずりで目覚め、玄関に現れた斎藤香菜との対話を通じて過去を回想する。

 六場 最大の課題 

 中学生時代の香菜との関係が明らかになり、彼女の精神的な問題や自殺願望に対して「僕」が十分な助けを提供できないもどかしさを感じる。

 三幕七場 最後の課題、ドンデン返し 

 老人は香菜を事故から救った後、ガヤが香菜の姿で現れ、残り一年の人生を小説にすることを提案する。

 八場 結末、エピローグ 

 老人は小説の執筆。最期に香菜の心情を知り、自身の人生の意味を問いながら死を迎える。


 ガヤの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 本作は、ループをして物語られている。

 老人である主人公が三人称で書かれているのは、表であり建前や客観性を、十代の高校生は内面であり本音を表している。

 客観的に現実を描き、主観的に記憶、心を描く作りとなっていのだろう。


 遠景で「夜、老人は酷くうなされていた」と示し、近景で「日の出とともに冷や汗を拭いながら目覚めても、未だうなされていた」と説明。心情で「夢は鮮明に老人の脳裏に染み付いている」と語る。

 悪夢を見て、朝になっても引きずっているのだ。

 それは夢ではなく、遠い記憶。

 何十回、何百回と再生してきたとある。

 主人公はのちに、ループしていたことがわかるので、夢という形でループしてきたことを暗示しているのか、これからループしていくことをほのめかしているかのどちらかだろう。

 しかも、老人鈴木秀和が高校一年生の夏、幼馴染の斎藤香菜が事故に巻き込まれ死んだ出来事があり、主人公は往生間際になってトラウマとして苦しんでいる。

 可愛そうなところに共感を抱く。

 人は死を迎えるとき、様々な後悔の念を抱くという。主人公の場合は、幼馴染の死なのだ。


「窓から寝室を仄明らめる光が、彼の頬の水滴に反射した。窓際の花瓶をふと見ると、かつて生けられていたものは、すっかり木製台の面を塵で覆い、茎すら瓶の縁に凭れている。老人は口内に不快な感触をおぼえた。――苦みのような、繊維のような。部屋を見渡せば、光の粒子が流れ落ちていた。よほど、埃は積もっている」

 描写がいい。

 この様子から、しばらく寝ていたことに気づいていく。

 先に説明描写をして感想を加えることで、主人公の心情とともに読者に納得させていく。

 

 主人公は声に答え、「僕の、身を、案じてくれたあんたは――ああ、さては使徒であるな。さて、僕はもう死ぬのだな」というと、「残念、神様は生憎不在、というより元々居なくてね。私は使徒ではない、謂わば傍観者だよ。君を、この先に導くという意味では、使徒と似たものかもしれない。何せ、君は死ぬ、というかもう既に死んでいる。ほら、部屋を見廻してごらん」

 主人公は、声の主に「ガヤ……聖書か」といっている。

「そうだなー、二十パーセント正解。君は、私がずっとこの本に宿っていた、と言ったね。たしかに、今はこの本を媒体として、君と接触している。けれど、今だけだ。普段は、君の想像可能な視野よりもずっと遠くから傍観していたんだ。君が、この世界に意識を抱いた瞬間からね」 


 ガヤは新約聖書に登場する人物で、初期キリスト教会において重要な役割を果たした信者の一人。ガヤはラテン語の名前で、「喜ぶ」という意味を持つと言われている。

 また、ペルシャ神話においてガヤは特別な存在で、ゾロアスター教の文献に見られ、「死者の神」「不死の存在」として知られ、宇宙の創造と秩序に関与しているという。ガヤ・マレタンは『人生』といふ意味があり、主人公をループさせ、のちに自伝の小説を書かせることを考えると、ガヤという名前は非常に意味があると考える。


 すでに死んでいると教えられ、「僕には他人に自慢できる徳がない。生き恥を晒し続けて、いっそ首を括ろうかと――いや、天国がないのだったら、無意味だ。――これで、よかったんだろうな」とする主人公に、

「だったら、君の人生は、満足のいくものだったのかな」と問いかける。

「あれえ、作家として随分稼いでいたじゃないか。勿論、文豪としての名声もある。肝心の万年筆は、インクが枯れたままみたいだけれど。社畜より、楽しい人生じゃないかい?」 

 主人公は作家だとわかる。


「そうだよ、君の今の不幸感はねえ、あらゆるパターンの中でも頭一つ抜けているんだよねえ。面白いのは、そんな君が、この世界で執筆した作品たちだよ。朗らかで多幸的な恋愛系ライトノベル。あれは駄目でしょー。読者はもれなく、君をそういう人だと認識していたよ。君のどこに、そんな気力を生む源泉があるものか、なんて頭を悩ませたなー。観ている側としては」

 ラノベ作家だったらしい。


「そんなあ、言わないでよ。なあ、私はただのガヤじゃあないんだぜ。ほら、君のお仲間がさ、転生ものとか書いていただろう。私は、君にそれと似た体験をさせてあげることができるのさ。リスタート? ループ? まあ、つまり、君は特定の目的のために人生のやり直しをすることができる。言葉のとおり、誕生から大往生――大往生できるかは分からないけれど、もう一回、いや何度でも、君の目的が達せられるまで挑戦できる」  

「それは、君次第さ。一つ補足すると、君が指定さえすれば、開始地点は任意の時間的位置になる。当然、このまま消滅したっていい。でも、もしかしたら、君の挙げたイベントを、君にとってより良い方向に持っていけば、少なくとも今よりは満足のいく人生を体験できるんじゃないかなーと思ったりもするんだよねえ」


 主人公はループを選び、「僕が高校一年生だった時の、八月一日に戻しておくれ」という。

 どうせなら、事故が起きる前日に戻って、事故を事前に食い止める発想をしても良かったのではと考えてしまう。


 その後ループするのではなく、晩秋に主人公は、斎藤さんの式場からの帰り、旧友の三郎と話しながら歩いている。死んだ後どうするのかを問い、「多分、儂が考える間もなく、地上の何かに転生しているんじゃないかな。あー、願わくば、猫にでもして下されば、神さま仏さまー」と話している。

「もうこの歳だ。縋るものがないと、とても正気では居られんよ」といった三郎と別れて見送り、その後の行く末を知らないという。

 主人公の背景や人間関係をもう少し詳しく描かれていると、わかりやすくなるのではと考える。


「不思議なことに、前世の記憶らしいものを時折脳裏に宿すが、想像の域を出ない。頭蓋の中の情景など、幾らでも構築できる。予想不可な事故から香菜を救えたのも、単なる奇跡だったのだろう。自動車の真っ赤なヘッドライト、小池に落ちる色とりどりの火の玉、群衆と虫の声。僕は浴衣姿の香菜を抱いて、ひんやりとしたアスファルトの上にへたり込んでいる。鮮明で嫌味な夏のある情景は、いつでも引き出せる」

 どうやら、彼女を助けることができたのか。

 だが、「香菜を事故から助けた夏祭りの日より後の今までの記憶が全くというほど無い。基本的な社会生活習慣や人間関係なんかははっきりとしているから、記憶喪失とは違うのだろう。記憶が無い、というのは語弊があるかもしれない。――時間が経つのが早すぎた」とある。

 つまり、彼女を助けた後、気づけば彼女の葬儀に出席し、その帰りに旧友の三郎と歩いて帰ったことしか覚えていないのだろう。


「斎藤香菜の逝去から三日。夏祭りの事故をきっかけに、忌み思われてから世間話すらしなくなった、幼馴染。なのに、香菜の訃報が届いたとき、嵐が去ったような、束の間の休息を味わった」

 主人公は彼女を助けたが、忌み思われ、疎遠になったらしい。

 彼女の死に、なにかがあることを伺わせている。

 興味がそそられる。


 長い文は十行以上続くところもある。句読点を用いた一文は長くない、短文と長文を組み合わせテンポよくし、感情を揺さぶっているところもある。登場人物の性格がわかる会話文の多用。

 一人称視点と三人称視点の混在で語られ、内省的な描写。心理描写が豊富。

 詳細な描写と内面の掘り下げがあり、と哲学的な問いかけと対話がなされていく。過去回想と現在が交錯する非線形的な時間構造、現在と過去の往来、人生をループしていく。

 比喩表現や詩的で象徴的な描写が多用されている。

 

 老人の心理描写が丁寧であり、超自然的要素と現実の融合、時間のループという斬新な設定とガヤという謎めいた存在の導入、ループものの新しい解釈、人生の意味や運命についての深い考察などが盛り込まれているところに斬新さがある。

 主人公の内面描写が繊細で深みがあり、時間のループという複雑なテーマを、個人的な物語に落とし込んでいるところが実にい。日常的な風景描写と哲学的な思索が上手く融合している

 過去と現在を行き来する構成による物語の深みが興味を引く。

 主人公と香菜の複雑な関係性が丁寧に描写され、精神的な問題を抱える人物の描写が繊細。心理的な緊張感の表現に、最後の展開が意外性があり、読者に考えさせる余地を残している。


 五感の描写について。

 視覚は部屋の埃や月光、「白い天井」「麗らかな空」「林に射す闇」「群青で飽和した際限のない天井」「茜色が射していた」「夏の行楽客は一斉に空を見上げた」「真っ赤なヘッドライトが明滅する」などが描写。

 聴覚は蝉の鳴き声や戸の軋み、「虫や鳥の声」「自動車の軋轢」「小鳥の囀り」「ドン。――トン、トン、トン」「カラスの咆哮、風の轟き」など。

 触覚は冷や汗や体の軽さ、「冷たい風」「ひんやりとしたアスファルト」「裸足で木の床板を踏む音」「両手をカップで塞いで」

など。

 味覚は「ブラックコーヒー」「この芳香は、酸味が強そうだね」など。

 嗅覚は「コーヒーの芳香」


 主人公の弱みは、過去の記憶に囚われ、現在の生活に適応できていない様子が伺える。また、人生の目的や方向性を見失っている。記憶の曖昧さと不確かさ、孤独感と社会からの隔絶、過去への執着と未来への不安もみられる。

 香菜の問題に対して、適切な対応ができない責任感と無力さの狭間で苦悩する姿が印象的。特に香菜との関係においてコミュニケーション能力の欠如もみられる。

 社会や人間関係に対する懐疑的な態度や、過去にとらわれて前に進めないのは自己肯定感の低さと自己否定的からであり、自分の人生の価値を見出せない現れだろう。


 目覚めて、少女――斎藤香菜が現れる。

 そのあと、回想がはじまる。

「ねえ、ひでー、私、死にたいな」

 笑顔で言われたという。 

「僕が彼女の世話をしないといけない理由。斎藤香菜は突発的にヒステリーを起こすことがあった。実はこのことは、僕だけが知っていた、彼女の精神障害だった。幼少期から親の繋がりで香菜と関わることが多かったが、彼女は僕の前で幾度もパニックを起こした。突然、窓から飛び降りようとしたり、画用紙をバラバラに破いたり、僕に殴りかかったり。小さな僕の目にもその異常性は明らかであったようで、自分なりに色々と調べて、それが精神障害であることを知った」

「当時の僕は何を考えたのか、大人には香菜の言動を全く知らせなかった。――これが、僕一人で香菜の世話をしなくてはならなくなった理由」

 彼女の親は知らないのかしらん。

 医者にみてもらったわけでもないのだろう。

 主人公が自分で調べ、精神障害だと知って、誰にも言わずに面倒を見てきたらしい。


「今でも、みんな嫌なんだ。ひでーの前で、時々見せちゃうような衝動を隠して、自分を着飾ったまま人と付き合ってきた。ひでーも知っていると思う、毎日私の傍にやって来る人たちがいるでしょ? 人間の一面だけを理解した気になって、私を囃し立ててくる人たち。クラスメイトを見ていると、人間って、小説で読むほど高尚じゃないんだなって、幻滅するの。でも私も、ひでーも、人間である限りは社会と関わるか、死しかない。社会と関わらないと、地位も金も援助も得られない。金がないと、生きてはいけない。そんな事を考えていると――私がこれからを生きるイメージができなかった。だから、この世界から逃げ出したくなったの」

 主人公のあだ名がユニーク。

 ひでーとは、つまり酷いの砕けた言い方に思える。

 さり気なくディスっている感じがしないでもない。

 社会と関われないから、死ぬしかない。

 シンプルながら、説得力がある。

 しかも彼女は高尚である。

 

「でも、そうだなあ、そんな感じかもね。死ぬなら一人は嫌だ。でも、有象無象と生きるのも嫌だ。未だ、撞着している。――これからも、ひでーにはお世話になりそうだね」

 小説の読み過ぎとしながら、主人公と一緒に死んでほしかったのかもしれない。 


 眼の前の彼女はガヤであり、「それは――失敬な。この女性の姿は、私のオリジナルだよ。ほら、可愛いでしょ」といいだす。

「香菜は、ガヤ、お前だったのか」

「んー、大体正解。この子は私が丁寧に作り上げたからね。でも、君の人生を裏切るようなことはしていないよ」

「どういうことだ、人生を裏切るようなことはしていないって」

「私が自ら斎藤香菜を使役していた訳じゃない。彼女に魂を形成して、それに委託していた。ほら、彼女は普通の人間さ」

 ガヤが作ったから、入り込めるということかしらん。

 

 ガヤは主人公が広い家に一人きりで暮らしているのは、「斎藤香菜に拒絶されたのがきっかけだよね?」と指摘する。

 夏祭りのとき、彼女自身で何処かへ去り、間一髪というところで、香菜を道路の脇に救い出す。

「浴衣姿の彼女を両手で固く抱え、自動車の真っ赤なヘッドライトが明滅するのをぼんやりと眺めている。香菜は直後、意識がはっきりしなかった。ただ、それも僅かなことで、徐ろに眼を開いて、辺りをキョロキョロ見廻す。それから――青ざめて、泣き出して、物一つ言わず僕を押し退けて、逃げるように群衆の中へ駆け込んでいった」

 以降、二人は疎遠になり、主人公は香菜に忌み思われたと思って、萎縮してきた。

 ガヤは「私には、斎藤香菜が君を拒絶した理由がわからないんだよ。私は残念ながら、人の心を窺うことはできないんだ。そこで、ね、君に、彼女が君のことを拒絶したときの心中を調べてもらいたいんだ」といい、寿命はあと一年残っていると伝える。

 残り一年で一生を小説にすることで、ループしてきた断片的な記憶を整理すれば、心情が読み取れると進めてくる。

 非常に面白い考え。

「君がループできているのは、私と契約したお陰。その契約は、君が斎藤香菜を事故から助けるために人生をループする、というものだ。つ、ま、り、既に君の目的は達せられている。だったらもう潔く死を迎えるしかないよ」 

 そんな契約だったのか。


「ねえ、老人さん。このまま適当に死んじゃっていいんですかー? この世界に何か一つでも遺したくないですか? そうでもしないと、君が存在したことを、みんな忘れるよ」 

 ガヤは優しい。

 冒頭の主人公は死ぬ間際にトラウマを抱えて苦しんでいた。

 ループさせて断片的な記憶を持たせ、作家として自伝を書かせることで整理し、斎藤香菜の心情を読み取るとともに主人公のトラウマも癒そうとしている。

 ガヤの正体や目的をより明確にすると、深く読み込めるのではと考える。傍観者であったガヤは、彼女がなにをもって拒絶したのか知りたくて、わざわざ主人公にループさせたのかしらん。

 他にも別な思惑があったのだろうか。


 主人公の精神は千年以上、ループすることで生きていたらしい。

 毎回高校一年の夏に戻り、彼女を救いだせるまで十回以上はやり直しては、老人になり、また高校生に戻って老人に、という生き方をリピートしていたのだろう。

 時間軸を、よりはっきりされると整理しやすくなる。おそらく主人公の、ループで曖昧になっている感覚を読み手にも味あわせたいのかもしれない。


「結局、原稿も、断筆してしまった」

 書き終えることができなかった、ということだろうか。

「香菜、心残りは貴方だけだ。貴方が、月並みに人生を歩めればそれでよかったんだ。貴方の心情を、僕は知り得なかった。さようならも言い出せない。神は居なくても、運命はあった。自分で定めた運命に抗った、馬鹿な僕は、惨めに果てる。これは――自滅だ」

 心残りを抱えて終りを迎えてしまう。

 なんども悲しい。

 でも「老人の耳に、囁く声は届いている」

「優しくて、唯一生きていてほしい人の、迷惑になりたくなかった。ごめんなさい。私は、死ぬしかなかった人です。貴方は――ひでーは、生きるしかなかった人です」

 彼女は絶望しながら生きる道しかなかったのだ。一緒にいれば迷惑になるし、他の人達が普通に感じる楽しみも味わえないと思ったのだろう。

 でも主人公はちがう。彼女自身ができない、まっとうな生き方、人生を生きてほしくて、主人公を遠ざけたのだ。

 

 最後の情景が綺麗。それでいて、開放と祝福を感じ、寂しさの中に希望の余韻が残る。


 読後。主人公の書いた小説のタイトルかもしれない、とタイトルを読みながら思った。

 そもそもこの物語こそが、主人公が書いた自伝的な小説なのではとさえ、読み終えて思えてくる。

 ガヤという超常的な存在によってループする独創的で斬新な設定と哲学的なところは興味深かった。老人の心理描写は秀逸でも、物語の展開はやや難しい。

 主人公の心情や、香菜の抱える問題にも引き込まれるものの、展開がわかりにくく、読み進めるのに労力を必要とした。

 それでも、人生の意味や運命について考えさせられる作品だった。小説を書くことで心情を理解しようとする試みは面白い。いままでとは異なる見方、視点を加えることで、新たに気づくこともある。

 死を前にした者の多くは後悔の念を抱く。その後悔を希望に変える手段が自伝なのかもしれない。そんなことも、ふと思った。

 それにしても、高校生がこういうものを書くのかと恐れ入る。



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