碧い星とシャングリラ
碧い星とシャングリラ
作者ひつゆ
https://kakuyomu.jp/works/16818093081305140091
宇野北斗も百年の冬眠から目覚め、理想郷とよばれる惑星シャングリラに到着する。他の移住者たちが事故で亡くなっていることに絶望する。唯一の生存者である天川七星と出会い、二人で新生活を始める。日々の労働や会話を通じて、二人は互いの過去や移住の理由を語り合う。しかし、隕石落下により酸素ボンベが破壊され、残り一か月の命となる。最後の日、二人は遠くまで歩き、予想外の発見をする。緑豊かな森を抜けると、美しい海が広がっていた。そこで彼らは実は地球にいたことに気づく。
他の人を探すも見つからず、残されていたタブレットから、人類が別の惑星シャングリラに移住したと知る。地球の美しさに感動しつつ、シャングリラを見てみたい思いが芽生える。十年かけて宇宙船とコールドスリープ技術を完成させ、二人はシャングリラへ出発する。
惑星シャングリラに住む少女・綺羅が、地球からやってきた宇宙飛行士の宇野と七星に出会う。地球の話を聞いて憧れを抱くが、宇野と七星は彼女にシャングリラこそが彼女の理想郷であり、シャングリラを素晴らしい星にする役割があることを伝え、宇野と七星は地球に帰還する話。
SF。
ミステリー要素あり。
地球から新たな惑星「シャングリラ」へ移住した主人公の宇野北斗と、十五歳の少年天川七星の生活を描いた物語。
キャラクターの対比が効果的で、独創的なアイデアとどんでん返し、哲学的な問いかけは魅力がある。環境問題や人間の本質、故郷の意味や大切さを子供向けに分かりやすく伝えている点は非常に良かった。
主人公は、宇野北斗。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。「File7」は三人称、綺羅視点で書かれた文体。
男性神話の中心軌道に沿って書かれている。
宇野北斗は移住計画の一環で宇宙船に乗り、冷凍睡眠から目覚めた。理想郷と呼ばれる惑星シャングリラに到着したが、目覚めた北斗を待っていたのは、他の移住者たちの死体が散乱する凄惨な光景だった。絶望的な状況の中、北斗は唯一の生存者を探して歩き回り、十四歳の少年・天川七星と出会う。二人は互いの存在に安堵し、涙を流して抱き合う。
北斗と七星の新生活が始まる。二人は農業実験や開拓作業に従事しながら、日々を過ごしていく。ある夜、星空を見上げながら、二人はシャングリラに来た理由を語り合う。北斗は単調な地球での生活に飽き、子供の頃の宇宙への憧れを思い出して来たことを明かす。一方、七星は理想郷と呼ばれる星に一刻も早く行きたかったと語った。二人は厳しい現実を受け入れつつも、この新しい世界で刹那の人生を楽しむことを決意する。
主人公と七星は、地球を離れてシャングリラで新しい生活を始めて約一年後、隕石の衝突により酸素ボンベが破壊され、残り一か月の命となる。。最後の日、二人は遠くまで歩く。そこで予想外の光景、青々とした森林や広がる海をみる。彼らがいた場所はシャングリラという理想郷ではなく、地球だと知る。酸素ボンベが切れかけたとき、二人は恐る恐るマスクを外し、新鮮な地球の空気を吸い込むのだった。
街を歩き回る中、二人は人間が全くいないことに気づく。コンビニで見つけたタブレットから、五十年前に人類が地球を捨ててシャングリラに移住したことを知る。
宇野は地球の美しさを再認識し、ここに留まりたいと感じる。一方、七星は理想郷シャングリラを見たいという夢を捨てきれない。そこで、シャングリラに行って地球に戻ってくる衷案が生まれる。十年かけて、二人は宇宙船とコールドスリープの技術を完成させる。彼らは地球を出発し、美しい青い地球を眺めながら長い眠りにつく。
綺羅という少女は、特別な日になる予感を抱いて目覚めた。昨夜、おとぎ話のような夢を見た影響で心が躍る。窓を開けると、久しぶりの雨が降っていることに気づき、嬉しくなった綺羅は、服が濡れるのも気にせず庭へ飛び出す。冷たい雨粒に包まれながら楽しむ彼女は、丘へと駆け上がる。
丘の頂上から街を見下ろすと、雨上がりの街が美しく輝いていることに感動する。しかし、その時、後ろから大きな物音が聞こえ、恐る恐る森の中へ近づくと、二人の大人(宇野と七星)が争っている声を耳にする。彼らは綺羅に気づき、驚いた様子で彼女を見つめる。綺羅は挨拶をし、二人が未来人か宇宙人か尋ねると、彼らは地球から来たことを明かす。
宇野と七星は綺羅にシャングリラについて質問し、彼女は動物や海について答える。やがて、綺羅は地球に行きたいと願い出すが、宇野は技術的な問題や家族との別れを理由にそれを断る。しかし、二人は綺羅にシャングリラこそが彼女の理想郷であり、自分の手でその理想郷を作り上げていくべきだと教える。
綺羅はその言葉に勇気づけられ、自分の星を大切にすることを決意。「シャングリラがとっても良い星だってみんなに思ってもらえるように、わたし、がんばるね!」と宣言し、力強く未来を見据える。
宇野と七星が地球へ帰還。彼らは美しい故郷である地球を再確認し、美しい自然の中で静寂と幸せを感じる。たしかにあの日思い描いた理想郷だと宇野は思うのであった。
三幕八場の構成になっている。
一幕一場の状況の説明、はじまり
宇野北斗は移住計画の一環で宇宙船に乗り、冷凍睡眠から目覚める。彼が目を覚ましたのは、理想郷と呼ばれる惑星シャングリラであるが、周囲には他の移住者たちの死体が散乱しており、絶望的な状況が広がっている。
二場の目的の説明
北斗はこの悲惨な状況から唯一の生存者を探すことを決意し、歩き回る中で十四歳の少年・天川七星と出会う。二人は互いに安堵し、支え合うことを誓う。
二幕三場の最初の課題
北斗と七星は新生活を始め、農業実験や開拓作業に従事する中で、日々の生活を築いていく。しかし、彼らは過酷な環境と孤独感に直面し続ける。新しい世界で生き延びるために協力し合う。
四場の重い課題
ある夜、星空を見上げながら二人はシャングリラに来た理由を語り合う。北斗は地球での単調な生活に飽きていたことを明かし、一方七星は理想郷への憧れを語る。彼らは厳しい現実を受け入れつつも、この新しい世界で人生を楽しむ決意を固める。
五場の状況の再整備、転換点
約一年後、隕石の衝突によって酸素ボンベが破壊され、残された命は一か月となる。二人は絶望的な状況から脱出するため、新たな希望を見出す。最後の日、彼らは遠くまで歩き続け、美しい自然に囲まれた場所に辿り着く。そこで彼らは、自分たちが理想郷シャングリラではなく地球にいることに気づく。
六場の最大の課題
酸素ボンベが切れかけた時、二人は恐る恐るマスクを外し、新鮮な地球の空気を吸い込む。街を歩きながら、人間が全くいないことに気づき、五十年前に人類が地球を捨ててシャングリラへ移住したことを知る。
七場の最後の課題
宇野は地球の美しさを再認識し、この地に留まりたいと感じる。一方、七星は理想郷シャングリラへの夢を捨てきれず、二人は再び宇宙船とコールドスリープ技術を完成させる決意を固める。
その後、宇野と七星はシャングリラで綺羅という少女と出会う。綺羅はシャングリラについて語り、動物や海について話す中で、自分も地球に行きたいと願い出る。しかし、宇野は技術的な問題や家族との別れを理由にそれを断る。二人は綺羅に、自分自身で理想郷を作り上げていくべきだと教え、彼女は自分の星を大切にする決意を固める。
八場の結末、エピローグ
宇野と七星が地球へ帰還。彼らは美しい故郷である地球を再確認し、美しい自然の中で静寂と幸せを感じる。たしかにあの日思い描いた理想郷だと宇野は思うのであった。
理想郷の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。
遠景で、「ずんとした衝撃で目を覚ますと、ガラス越しに満天の星空が見えた」と触覚と視覚で示し、近景で「今まで見たことがないほどに、星、星、星」と視界に見えたものを説明。心情で「ただ圧倒されて、ああ、綺麗だということしかわからなかった」と語る。
主人公になにかがおきた。
それでいて、星が見える。
地上なのか、宇宙なのか。どこにいるのかはまだわからない。
わからないながら、「あの中に地球もあるんだろうか」とあり、宇宙にいると思っているのがわかる。
そして、百年も冬眠して、理想郷と呼ばれる惑星シャングリラにやってきたと語られる。
「環境が悪化した地球から移住しようと、五年前くらいに日本人の宇宙飛行士がシャングリラに降り立った。そこで次は一般人を三十人ほど送り込んで実験や開拓を行い、最終的には全人類がシャングリラで暮らせるようにしたいらしい」
主人公は、これに参加したのがわかる。
凄いなと思えるところに、共感を抱く。
「直接酸素マスクを通して吸う空気は、なんだか変な感じだった。あー……早くも地球に帰りたくなってきた。……もうすでに、おいしい空気もきれいな海も、地球にはないんだけどな」
地球が悪化している様子が垣間見える。
「まあでも、じきに全人類来るらしいし。ほかの移住者との生活もなんだかんだ楽しいかもしれないし。……よし。俺は一人じゃないんだ」とおもって、カプセルを出ると、他のカプセルは割れていて、「周りを見渡すと、小さいころ絵本で見た地獄のような、なんとまあ凄惨な風景が広がっていた」と生き残りが自分だけという状況。通信もできない。
一人きりで可愛そうだと共感を抱く。
そのあと生き残りの少年と出会い、二人で泣きじゃくる。
冒頭の短い間に、幸不幸がテンポよく起きている。辛い状況が続くと読み進めていけない。辛い状況の中に希望を見せる書き方は上手いと思う。エンターテイメント作品で、読者層は十代の若者を意識して書かれているのでは、と考えられる。
自己紹介をして、これからのことを話し合い、新生活をはじめる。二人のやり取りから、頼りない大人としっかりした子供という関係がわかり、それでいて辛い状況なのに楽しく読めるところはいい。
「ねぇ、あれって何? あの辺にある星」
「あれじゃわかんないですよ。……あの明るい三つの星が、夏の大三角形です。わかりますか?」
「懐かし~。学校で習ったな。ええと、ベガと……デルタみたいな……」
「……色々と大丈夫ですか。はくちょう座のデネブ、わし座のアルタイル、こと座のベガです。日本だと梅雨の時期と被っているのであまり見えないんですよね。ベガが織姫、アルタイルが彦星です。七夕伝説ってそもそもは――」
ここでモヤッとする。
惑星シャングリラがどこにあるのかわからないけれども、移住に百年も冬眠しているのだ。仮にロケットが光の速さまで速度が出せたとすると、二百光年離れた場所にあることとなる。惑星シャングリラに来たら、当然、みえる星空も変わるはず。
懐かしいという感想は抱けないのではと考える。
シャングリラは太陽系から遠くないところにあるのか、地球に戻ってきたのか。そんな予想が浮かぶ。
何気ない伏線が入っているのがいい。
二人の動機が、それぞれの性格も現れていて、納得してしまう。とくに年齢、世代からくる考え方を上手く取り入れているのが興味深かった。
少年も大人も、ここではない何処かへ憧れを持って旅立ってきたのだけれども、夢と打算、対比がよく現れている。
しかも、綺麗な星空の情景をみながらの語らいは、言葉も弾んで、互いが覚えた共感は読者の共感ともなる。
「悲観的になっていた自分が馬鹿みたいだ。不意に笑いがこぼれた。広大な空の下、俺たちは無力だ。こんなわけのわからない星から一生出られやしない。だけどちっぽけな存在なりに、刹那の人生を楽しむしかない。毎日ぐっすり眠って、くだらない会話をして、星空がきれいで、それだけできっと幸せなんだ」という主人公の思いは、読者にも染みてくる。
シャングリラの環境や二人の生活、一か月間の心境の変化などももう少し描きながら、地球との通信の可能性を模索したり、将来の展望について語り合ったり、地球であることの手がかりがもう少しあってもいいかもしれない。
隕石が落ちて、残りの酸素では一か月しか生きられないとわかってから、少年が「……地球にっ……帰りたいです……」「家族に、友達に、会いたいっ……あったかい白ご飯が食べたい……家の望遠鏡から星を見たい……きれいじゃなくてもいいから、透き通った青い海を見たい……ただそれだけのことが、もうできないって言うんですか……!」と感情があふれる。
なにかが壊れて、隠れていたものがあらわになる。
少年にとっての未清算の過去が、隕石落下によって、物理的にも小さな殻を破る瞬間となり、次に主人公が行動を起こすきっかけとなる。
二人は「それからの一か月間、俺たちは妙に明るく振る舞っていた。まるでこれからも、変わらぬ日常が続いていくかのように。目の前に迫りくる死と現実から、懸命に目をそらし続け」、最期の日が訪れる。
「今までで一番遠いところまで歩いてみよう」
二人が遠くまで歩いていく。
酸素ボンベがあったときは、遠くても五キロくらいまでしかいけない制限があった。今回は「最後に、理想郷らしい場所が見られたらいいなと思ったから」と歩き続けていく。
遠くに森林を見つけ、
「シャングリラにも、これだけの植物があったんだな……」
「……そんな……違う……シャングリラの植物は、葉緑体が少ないから色素が薄いんです。ここまで緑色が強いわけがない……いや、ここ百年で変わった可能性があるか……だとしても……」
「何かがおかしい。俺たちは何かにだまされていると、直観的に感じた」ところから、徐々に明らかになっていく事実。
「前を走る七星くんの背中を追って森を駆け抜ける。草が茂っていた。木の実があった。虫がいた。動物か何かが通るような物音がした」
「どうしてだろう。目にする何もかもが、どこか見覚えのあるものばかりだ。……なんで。なぜだ。今まで虫も、動物だって見たことがなかった。なのに。どうして」
この展開は、ゾクゾクする。
そして森を抜けて、「夜が明けようとしていた。昇ってきた朝日がまぶしくて、反射的に目をつむってしまう。目を開けると、そこには。海があった」状況描写で希望を感じさせて、海を見せる。
シャングリラには海がないことは、最初に書かれていたので、読者も主人公たちと同じ驚きを味わえる。
たどり着く真実。
「ここは、この星は……地球なのか」
二人は笑いあい、海を眺める。
ここの展開がいい。
きれいな情景を眺めながら、「……僕ら、馬鹿みたいですね」「はは……本当だな」と語らい、地球に未練なんてなかったはずなのに、地球だとわかるともう会えない家族や友人に会いたくなる。そして気付かされる、「地球は俺の大切な故郷だったんだ」
そのあと、警告音がなって、「胸いっぱいに、空気を吸い込む。爽やかな潮風の匂いがした」生きている実感。
読者も、しみじみと良かったと思い、彼らの思い「地球は大切な故郷だ」と読者も追体験する。
感動的なところだ。
その後、散策すると、「アスファルトの間に生えた雑草も、道で寝ている猫も、何も変わらないようだった。ただ、朽ちかけている建物は見たことがないものばかりで、百年という長い時間を実感させられた」ここの描写がいい。見慣れたものと、見慣れないものを同時に出して、時間経過を感じさせている。
くわえて、「人間は誰一人見かけることはなかった」という事実。
「正直、脳が現実を処理しきれていないのか、頭がうまく回らないんだよ」主人公の思いはリアリティーがある。あまりに衝撃的な事実を前にすると、人は考えられなくなるものだから。
それでいて、少年の不安もわかる。まだ大人に頼りたいのだ。
「『我々は西暦二✕✕✕年一月一日、理想郷と呼ばれる星、シャングリラに集団移住する運びとなった。かねてより進められてきたシャングリラ移住計画であるが、急激に悪化した地球環境を受けて実行されることとなった。プロジェクトの総括リーダーである佐上氏は』……って」
これをみて、五十年前くらいには地球には人間がいないことを把握している。
人間がいなくなり、五十年でどれほど変化したのだろう。
タブレットで確認している。ニュース記事は残っていたログで見れたのかもしれないけれども、ネットにつながるのだろうか。サーバーが使えないと検索も使えないのでは。
「結局、たくさんのものを失った俺たちの、シャングリラで事故に遭って命を落とした人たちの、その犠牲は何だったんだろう。移住計画の一端になることもできなかった。事故の教訓が伝えられたわけでもなかった。ただ多くの人間が、未来を失っただけだった。……まったく、人間っていうのは、いつまでたっても自己中心的で愚かな生き物なんだな」
状況を説明し、感想を添えている。
だから余計に、主人公の思いがしみじみと伝わってくる。
地球の良さを実感しておいてからの、
「いえ……。……たしかに、地球はとても素晴らしい星です。……だけど、僕はやっぱり、本物のシャングリラに行きたい。僕らが恋焦がれた理想郷を、この目で見てみたいんです」
少年のブレないところがいい。
やはり少年は、夢や憧れに向かってひたすらに突き進んでいく。少年作品ならでは、外せないポイントだ。
対立するかと思いきや、
「宇野さん、僕は、地球を捨てるわけでも、シャングリラで生きるわけでもありません。シャングリラに行って、また地球に還ってきたらいいじゃないですか」という発想をするところに、若さを感じる。
できるできないを論じるのではなく、やりたいかどうかで決めていく。大人の主人公にはないものだ。
こういうキャラクターの違いからも、若いって凄いと感じてしまう。
「あれから俺たちは、街にあった遺物を見ながら、宇宙船やコールドスリープの技術を完成させていった。思い出したくもないほど大変だった。非力さと無謀さを何度も味わった。まあ色々あったんだけど、なんと完成しちゃったんだな、これが」
どういうことがあったのか、どうやって作ったのか、もう少し知りたい。自分たちが使っていたコールドスリープの機械を直したのか、製造元を探したのか。ロケットはどうしたのかなど。気になる。
飛び立った後、「『『地球は、青かった……』』ぴったりそろってしまって二人して吹き出す。完全に観光客気分だ。浮かれすぎだろ。いや、こんなことをしてる場合ではない。本当に。改めて窓から地球を眺める」というところは、いっしょになって笑ってしまった。それだけ感情移入できている証だし、ワクワクする気持ちは凄いわかる。
地球の描写がいい。
長い文は五行くらいで改行。句読点を用いた一文は長くない。短文と長文を組み合わせテンポよくし、感情を揺さぶるところもある。短い文章で読みやすさを重視されている。
ときに口語的。登場人物の性格がわかる会話文を多用し、個性を出している。一人称視点で語られ、主人公の内面描写が豊富。星空の描写を通じて、物語のテーマを象徴的に表現されている。
主人公の内面を丁寧に描写し、SF要素と人間ドラマを上手く組み合わせている。綺羅に対しては、子供向けの優しい語り口で表現されている。
主人公の宇野北斗と七星の対比的な性格描写が効果的に描かれているところがいい。星空の描写を通じて、希望や夢、人生の意味を象徴的に表現している。また、会話を通じてキャラクターの成長が感じられるのもよかった。
主人公の葛藤や後悔が生々しく描かれ、故郷や人間関係の大切さを再認識させるところがいい。シャングリラだと思っていたら実は地球だったという予想外の展開は驚きと興奮を覚える。
人類不在の地球という設定が興味深い。地球の美しさと宇宙への憧れのバランスが良い。
環境保護のメッセージが込められているところや、子供視点から複雑なテーマを扱っているところも興味深い。希望に満ちたエンディングが読後感を良くしている。
五感の描写で、荒廃した地球と惑星シャングリラ、宇宙からの視点が鮮明に描かれている。
視覚は、星空の美しさや荒涼とした惑星の風景、緑の森、青い海、白い砂浜、虹、雨上がりの街、人間不在の美しい地球、朽ちかけた建物、雑草、寝ている猫、荒廃した街並み、水たまりに反射する七色の光など。視覚的描写が最も豊かで、雨上がりの虹や宇宙から見た地球の描写が印象的。
聴覚は、七星の落ち着いた声、波の音、鳥のさえずり、会話を通じて静寂な世界を表現。雨音、大人たちの会話など。会話を通じて静寂な世界を表現している。
触覚は、酸素マスクの感触、疲労感、冷たい雨粒の感触、そよ風の頬への当たり、暖かい日差しなど。
嗅覚・味覚はとくにない。
主人公の弱みとしては、諦めやすく、挑戦を避ける傾向がある。現状に不満を感じつつも、積極的に変化を求めない。二十代半ばという年齢も関係しているかもしれない。
過去の決断への後悔や地球や家族への未練、自己認識の甘さもあり、現実を受け入れるのに時間がかかるところもみられる。また、宇宙開発の知識が乏しい。生きがいと呼べるものがなかったときにシャングリラの話を聞き、子供の頃は星や宇宙が大好きでロマンを感じていたからという、投げやりな理由からシャングリラに来たから。
また綺羅は、自分の星に満足できず、地球に憧れを抱いてしまうところ。
次から、綺羅視点での話が描かれる。
シャングリラの街の様子、「山頂から街を見下ろす。街全体が祝福のシャワーを浴びたようにきらめいていた」雨上がりの状況描写が輝いて見えて、期待にみちみちている所が良い。
そこで二人に出会う。
二人の会話だけで、どちらが誰なのかがはっきりわかるところがいい。
「七星くん。おじさんたち、だってさ」
「宇野さんはともかく、僕はまだ若いんですけど」
「十年前の俺をおじさん扱いした奴は誰だ」
このやり取りが凄く面白い。物語の前半で年齢のやり取りしたことを思い出す。
動物園にキリンや象がいるらしい。そのまま連れて行ったのか。あるいは遺伝子や受精卵を持っていき、シャングリラに到着してから育てていったのだろうか。シャングリラについて、もう少し詳しく描かれていても良かったのかなと思う。
地球につれていけない理由を、技術的なことをいう宇野北斗に対して、七星の「宇野さん。そうじゃないでしょ。もし技術面がカバーできるとして、あなたは彼女を地球に連れていけるんですか」と道徳的なことを促し、「そうだ……もし君が地球に行ったとしてだよ。地球からシャングリラに行って還ってくるまでに、二百年はかかるんだ」「そう。君の家族にも、友達にも、もう会えないってことなんだよ」と感情に訴える。
それを聞いた綺羅は「おじさんたち、かわいそう」と同情される。
下手に理屈をこねて説得するよりも、論理→信用→感情の流れで諭すやり方は非常に上手い。綺羅も、連れて行ってといわなくなる。
「シャングリラが『理想郷』って呼ばれているのは知ってる? 理想郷っていうのは……幸せで夢のような場所、みたいな意味なんだけど」論理を持ち出し、
「君にとっての理想郷は、地球じゃない。シャングリラなんだ。君がその手で、理想郷を作っていくんだよ」道徳的に話し、
「大丈夫だ。俺たちだってシャングリラに来られたんだ。君もきっとなんだってできるさ」感情の訴える。
それをきいて綺羅は、
「……うん。わかった。シャングリラがとっても良い星だってみんなに思ってもらえるように、わたし、がんばるね!」と納得する。
こうして、二人の願いも、小さな女の子に伝わる。
「君がどこにいても、君の故郷は、理想郷は、シャングリラだけだ。君がシャングリラを好きだと言えるようになればいい」
「シャングリラは、君の星なんだから」
そして彼らは地球へと旅立っていく。
七星は、自分の目でシャングリラをみる夢を叶えた。綺羅に話すことで、自分たちの理想郷は地球だと再認識する。そのためだけに往復二百年かけて旅をする価値は、十分にあっただろう。
地球に戻ってきた二人は、「頬をそよ風がなでる。あたたかい日差しが降り注ぐ。静寂の中、時折自然の音がする。俺たちは、やっぱりそれだけで幸せなんだ」思い描いていた理想郷そのものだと思いながら幕を閉じる。
もう少し環境問題について触れられていてもよかったのではと考える。二人が地球に帰還すると、出発から二百年が経過していることになる。さらに森林が茂っていて、変化が見られるだろう。
それでも地球は理想郷だと描いてもいいのだけど、ラストは長々と書くものではないので、本作並みにサラッとしていたほうがやはり読後感がいい。
読後。心温まる物語で、子供たちに夢と希望を与えられる作品だと感じた。タイトルから、どんな理想郷なのかを思って読み出すと、人類不在の地球という設定が新鮮だったし、主人公たちの冒険心にも共感できた。予想外の展開にも驚かされたし、地球の美しさと宇宙への憧れのバランスは良く、興味を持って読み進めていけた。
地球の大切さを再認識させられる一方、人間の自己中心的な考えや選択の難しさも感じさせられた。
環境保護と故郷の大切さというテーマを上手く扱いながら、簡潔な文体と分かりやすいストーリー展開は若い読者、小中学生向けのSF小説として、いい作品だと思う。
読者層をあげるならば、キャラクターの深みを出すために内面描写をよりくわしく描いて世界観の構築も掘り下げて描く必要があると考える。将来性のある作品だと思う。
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