世界の樹

世界の樹

作者 ふぶき

https://kakuyomu.jp/works/16818093083270273874


 近未来の東京に巨大な「世界樹」が存在する世界。比留間光希は世界樹保全委員会の職員で、世界樹のツアーガイドを務めている。世界樹には冥界と現世を繋ぐ役割と、亡くなった人の一生が記された本を管理する役割がある。世界樹の本の収容率が限界に近づくと古い本の情報を放出する光葉雪が起きる。光希は六年前におきた連続殺人事件で家族を失った過去を引きずっており、光葉雪という現象が起こる日、世界樹の中に入り、犯人の本を探し出そうとする。しかし、同じく被害者の家族である上司の緑川進に止められ、復讐の無意味さを諭される。光葉雪の現象に兄の姿を一瞬見て別れを告げる。光希は過去を受け入れ、前を向いて歩み出す決意をする話。


 現代ファンタジー。

 光希が亡くなった兄の死を受け入れられず、世界樹で過去を変えようとする物語。

 世界樹という独創的な世界観と、主人公の心理描写が丁寧に描かれている。ファンタジー要素と現実の問題を上手く組み合わせていて、非常に興味を引かれた。


 主人公は、世界樹保全委員会管理部所属の比留間光希。一人称、オレで書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在過去未来の順に書かれている。主人公にとって泣ける話、「喪失→絶望→救済」の順になっている。


 女性神話とメロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。

 新宿区の中心に、東京スカイツリーを凌ぐほどの巨大な樹「世界樹」が存在する世界。世界樹は単なる樹木ではなく、冥界と現世を繋ぐ役割と、亡くなった人々の人生が記された本を管理する役割を持っている。

 主人公の比留間光希は、世界樹保全委員会管理部に所属し、世界樹のツアーガイドを務めている。彼は中学生たちに世界樹の歴史や役割について説明し、特に「光葉雪」という現象が世界樹の本の管理と深く関わっていることを明かす。

 光葉雪は、世界樹の本の収容率が九十パーセントを超えると発生する現象で、葉の形をした光が雪のように降り注ぐ。この光の葉一枚一枚に、世界樹で管理されていた本の情報が含まれており、古い情報を消去して新しい本のための空間を作り出す役割がある。

 光希がツアーガイドの仕事を終えて新宿区地下の世界樹保全委員会管理部に戻り、上司の緑川進と近づいている光葉雪について話す。会話の中で、世界には「小樹」と「大樹」という二種類の世界樹が存在し、それぞれ異なる役割を持っていることが明かされる。各地にある世界樹は「小樹」で、全ての世界樹の親である「大樹」が存在。大樹は各地の世界樹から送られてくる本を永久に管理する役割を持っているが、その存在は一般には知られていないという。

 光希の態度には何か違和感があった。

 六年前。中学二年生だった光希は、誕生日に帰省する兄を楽しみにしていたが、帰宅すると家族三人の遺体を発見。これが連続殺人事件の一部であることが後に判明する。悲しみに暮れる光希は、兄の遺品整理中に「世界の樹」という本を見つける。そこには世界樹の本に人々の魂と一生が記録されているという記述があり、光希は犯人を見つけられるのではないかと希望を抱く。しかし、警察は世界樹の本を読むことは法律で禁止されていると説明され、光希の希望は打ち砕かれる。絶望の中、光希は「自分がやるしかない」と決意するも、悲しみや怒りではなく、虚しさだけが込められていた。

 七月五日、光葉雪の日。光希は世界樹の内部に潜入。そこで上司の進に止められる。実は彼も、六年前の事件で姉を亡くしていたことが明かされる。進は過去は変えられないと悟っており、光希の行動が間違っていることを諭す。

 光希は自分の本当の気持ち、家族と一緒にいたかったという単純な願いに気づく。そして光希の兄の本が光の粒子に変わる瞬間、兄の姿が現れる。兄は光希を慰め、見守り続けることを約束して消えていく。

 先ほどの不思議な体験で泣いた後、前を向いて生きる決意をした光希は帰ろうと提案。地下通路を歩く中、進は光希の行動を上に報告すべきか悩む。世界樹への不法侵入という罪は免れない。だが光希は、違反行為の重大さを理解しており、逮捕は免れないと冷静に受け止めており、進に自分を憐れんで報告しないということはしないでほしいと伝える。

 地上への階段が見えてくると、光希は進が言ってくれた「こんなことは間違っている」という言葉を思い出す。家族を亡くしてから六年間、誰もこのような言葉をかけてくれなかったことに気づく。過去は変えられないが、自分のために怒ってくれる人がいたことに気づけて良かったと感じ、彼は迷いのない足取りで階段を上り、真っ暗な夜空に向かって進んでいく。かつて孤独と恐怖に満ちた少年はもういない。光のように前進する青年へと成長した光希がいた。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場 状況の説明、はじまり 

 新宿区の中心に巨大な世界樹が存在する世界。主人公の比留間光希は世界樹保全委員会管理部に所属し、ツアーガイドを務めている。世界樹は冥界と現世を繋ぎ、亡くなった人々の人生が記された本を管理する役割を持つ。

 二場 目的の説明 

 光希は中学生たちに世界樹の歴史や役割について説明する。特に「光葉雪」という現象が世界樹の本の管理と深く関わっていることを明かす。光葉雪は世界樹の本の収容率が九十パーセントを超えると発生し、古い情報を消去して新しい本のための空間を作り出す。

 二幕三場 最初の課題 

 光希が上司の緑川進と近づいている光葉雪について話す。会話の中で、「小樹」と「大樹」という二種類の世界樹の存在が明かされる。大樹は各地の世界樹から送られてくる本を永久に管理する役割を持つが、一般には知られていない。

 四場 重い課題 

 六年前、中学二年生だった光希は家族三人の遺体を発見。連続殺人事件の一部と判明する。兄の遺品から「世界の樹」という本を見つけ、世界樹の本に人々の魂と一生が記録されていることを知る。犯人を見つけられるのではないかと希望を抱くが、警察に阻止される。

 五場 状況の再整備、転換点 

 光希は「自分がやるしかない」と決意するが、その決意には悲しみや怒りではなく、虚しさだけが込められていた。

 六場 最大の課題 

 光葉雪の日、光希は世界樹の内部に潜入するが、上司の進に止められる。進も六年前の事件で姉を亡くしていたことが明かされる。進は過去は変えられないと悟っており、光希の行動が間違っていることを諭す。

 第三幕

 七場 最後の課題、ドンデン返し 

 光希は自分の本当の気持ち、家族と一緒にいたかったという単純な願いに気づく。兄の本が光の粒子に変わる瞬間、兄の姿が現れ、光希を慰め、見守り続けることを約束して消えていく。

 八場 結末、エピローグ 

 光希は前を向いて生きる決意をし、進と共に地下通路を歩く。世界樹への不法侵入という罪は免れないが、光希は冷静に受け止める。家族を亡くしてから初めて、自分のために怒ってくれる人がいたことに気づき、迷いのない足取りで階段を上り、真っ暗な夜空に向かって進んでいく。かつての孤独と恐怖に満ちた少年は、光のように前進する青年へと成長した。


 世界樹の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。


 導入のナレーションが印象深い書き出し。

 遠景で「ニ〇✕✕年 新宿区――都内の中心にそれは存在していた――」と示し、近景でどこになにがあるノアを具体的に説明し、心情で「人々はそれをこう呼んでいた――世界樹――と」語る。

 舞台を読者に示し、好奇心を与えている。

 興味をそそられる書き出しはいい。

 本編でも遠景で「五月十三日」いつの出来事化を示し、近景で主人王がどういう人物なのか、なにをしているのかを説明。心情で、「中学生とはいえまだ子ども、それを数十人相手するのは子どもが苦手なオレにはきついと感じていた。それもあともう少しで終わると自分に言い聞かせながら、オレは口を開く」とある。

 主人公は子供が嫌い。もしくは苦手。

 相手は中学生なのだ。

 読み進めていくと、中学の時に連続殺人事件に巻き込まれて家族を失っていることが明かされるので、つらい出来事を思い出されるから、子供を毛嫌いしてしまう。

 初見ではわからないので、子供が苦手で大変そう、可愛そうだなと思い共感を抱く。


 ガイドをしながら、世界樹のことを読者にもわかりやすく説明し、世界観を伝えていくやり方は上手い。物語も進むし、世界観もわかる。それでいて、主人公の物語にも関わっていくからだ。


「前置きが長くなりましたが、人口が多い国に世界樹が一本だけだと、本の収容限界が早まってしまいます。だからそれを緩和するために、世界樹がニ本配置されているんです」

 二本以上あれば、本の収容はそれだけ多くなり、収容限界が早まることはないのでは、と思える。だからもっと生えていてもいいのではと考えてしまう。

 また、「二本配置」とある。

 勝手に生えてきたのではなく、誰かが世界樹を生やしているということかしらん。紀元前から存在しているのなら、その近辺に東京スカイツリーや高層ビルを立ち並べ、交通網を敷く現在の都市を作るのは難しい気がする。

 皇居みたいに、その場所に踏み込まないようなエリアを設けて、今日まできたのだろうか。江戸時代、どのような町作りを形成していたのだろう。第二次大戦時はどうやって乗り越えたのだろう。そちらにも非常に興味が沸く。


「そう、光葉雪は毎回不定期に起こる現象ですが、実は本の収容率が九割を超えると起こるものなんです」「光葉雪は名前の通り、葉の形をした光が雪のように降る現象です。そして光葉雪で降る葉は全て、世界樹で生み出されています。さらに、その葉一枚一枚に世界樹で管理されていた本の情報が含まれているんです」 

 葉の形をした光が雪のように降る現象とあるので、葉っぱが本、ではないのだろう。

 葉っぱが光って、それが降ってくるのかしらん。


「これは余談ですが、光葉雪は一部の人たちの間ではこう呼ばれています。――死者と対話できる日、と」

 そう説明して、

「その謎はきっと、ニヶ月後に起こるとされている光葉雪を不思議で面白いものにしてくれますよ。なので今回の光葉雪ではぜひ、今までとは違った視点で眺めてみてください

 ガイドを終えるとともに話を一旦区切るところは、読者も追体験でツアーに参加して、どういうことだろうと思わされる感じがして、興味を持って読み進めていける。

 上手い引きだ、


 上司を下の名前で呼ぶのは珍しい。

 また、主人公も下の名前で呼ばれている。

 普通は名字だし、のちに上司の緑川進も連続殺人事件の被害者だとわかるときに、名字に話が出てくる。

 緑川進という名前は、五話でしか出てこない。

 彼も被害者だったということが明かされる展開に印象を持たせるために、名前を伏せようと思い、下の名前で呼び合っているのかしらん。あるいは、職場が下の名前で呼び合う決まりになっているのか。


「各地にある全ての世界樹の親、それが大樹。同じ世界樹でも大樹、小樹と進さんが言い分けていたのは、ニつの世界樹の役割が異なることからきている」

 世界樹が複数あることがわかる。

 小樹と大樹があり、各地の世界樹から送られ、大樹は本を永久に管理すること。

 ガイドで光葉雪の説明をしていたのは、小樹のことだったのかしらん。光葉雪が降る現象は、大樹への移送ということでいいのだろうか。


 大樹にはすべての本、つまり人類の英知の記録が残されている。それを読み解くことで、多くの歴史の謎も解明できると思われる。秘匿するよりも、有効に使えるのではと考えられる。

 この考えが、この後語られていく主人公に起こった出来事とも関わってくるので、興味を持って読み進めていける。

 六年前、主人公になにが起きたのか。

 中学二年生なので、現在二十となる。


 文体がいい。

 中学二年生らしさを感じられる。

 出来事が端的に描かれているのもいい。

 兄の部屋で、世界樹の本を読んで知る場面が描かれている。

 紀元前から存在するのならば、学校の歴史でも習っているはず。そもそもツアーガイドがあるのだから、関連書籍も既出しているだろう。

「世界樹の中にある大量の本には、死者の魂の一部が刻まれていて、その人の一生を鮮明に書き記している」と気づいて、(……これが本当なら、兄ちゃんたちをやった犯人をすぐにつかまえられるんじゃ……)と思い至る流れなら問題ないし、盛り上がると思う。

 学校ではくわしく習わないとしても、ツアーガードで話すことくらいなら、ネットで調べても得られるのではと考えられる。その辺りは、どうなっているのだろう。

 

「君の言っていることはわかるが、それは、それだけはダメなんだよ。どんな理由があろうと、世界樹の本を読むことは法律で禁止されている」 

「いいかい? 世界樹の本は、個々の人生の結晶なんだ。人が生きた時間は最も価値があって、それぞれのプライバシーや権利の象徴なんだ。だからその内容を容易く公開してはいけないんだよ」

 これまで、多くの未解決事件があった。被害者ならば同じことを思うはず。

 これまでの人類の経験が本になっているなら、兆は超えるかもしれない。「記録上では紀元前ニ、三〇〇〇年前となっていますが、世界樹が正確にいつの時代からあるのかはまだ明らかになっていません」としているのは、把握できていないからだと考えると、それ以前もある可能性があるし、ひょっとしたら他の生物の記録もふくまれているかもしれない。

 そう考えて「世界樹の本を読むことは法律で禁止されている」のは、あまりに数が多すぎて、管理できていないからだと推測する。図書館は分類基準を設けて配置され、探しやすいよう管理されている。

 でも世界樹は、おそらくそうではなく、それこそ亡くなった順番に本になっているのだろう。しかも、どこにどのように大樹に収められるのか、まだ人類は解明できていないのだろう。だから、一般人には触れないよう、立ち入りを禁止する法律を設けていると邪推する。

 このあたりが作中で具体的にわかると、主人公が、(どうしたら犯人を見つけられる?)(どうすれば世界樹の本を見れる?)(……何をしたら、この、どうしようもない感情が晴れるの⁉️)と葛藤する場面がより重みを増し、上司の緑川進が諌める展開にも説得力が出てくる気もする。くわえて、兄と巡り合う展開も、奇跡として受け取れて、感動の高ぶりが強くなると思う。


 計画を決行するときの、「光のように進んでいた少年の姿はもうどこにもいない。そこにいるのは、ただ進むことを恐れ、立ち止まっている――独りの幼い青年だった」の表現が良い。

 見た目は大きくなったけれど、中身は傷心の子供のままという表現。また、ラストの「かつて、孤独と恐怖に塗まみれていた少年オレはもうどこにもいない。そこには、光のように進む青年がいた」とも対になっていて、いいまとめになっている。

 とくに、前半は世界観の謎要素が原因で受け身的だった主jんこうが、反転攻勢の回想を経て、積極的にドラマを動かしていく後半の書き出しとしては、ドキドキやワクワクも読み手は感じられる。


 長い文は数行で改行。句読点を用いた一文は長すぎることはない。長い一文は、落ち着きや重々しさ、説明、弱さなどを表現している。短文と長文を組み合わせテンポよくし、感情を揺さぶっているところもある。ときに口語的。登場人物の性格がわかる会話文。短い文章と会話を多用し、テンポよく読める文体を採用している。

 一人称視点で、光希の内面描写が豊か。過去と現在を行き来する構成で、光希の心の変化を効果的に描いている。

 簡潔で読みやすく、会話を通じて情報を伝える手法が効果的。回想と現在の場面が交錯し、主人公の心情変化を効果的に表現している。

 世界樹や光葉雪という独特の設定が魅力的で、物語に深みを与えている。ガイドの会話を通じた自然な情報提供、主人公の内面に秘密を匂わせる伏線が含まれているところが良い。

 主人公の心情変化が丁寧に描かれており、読者の共感を得やすい。悲劇から始まり、希望を見出そうとする主人公の姿が印象的に書かれているのもいい。

 光葉雪という幻想的な現象を用いて、現実と非現実を巧みに融合させている。進さんというメンター的キャラクターが、物語に深みを与えているところが、実に良かった。

 五感の描写について。

 視覚は、世界樹の巨大さや世界樹の内部の様子、光葉雪の美しさが描かれている。「眩まばゆさを失わない太陽」「大量の血」など。特に光の描写が印象的。光の粒や白い光などの表現が頻繁に使われ、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 聴覚は、都会の喧騒や時計の音。パトカーのサイレンの音、テレビから流れる音など。兄の声や進さんとの会話が重要な役割を果たしている。

 触覚は、服の袖を強く握るなど、主人公の心情を触覚的な描写で表現している。兄の手が光希の頬に触れる場面が感動的。

 嗅覚、味覚はない。

 嗅覚や味覚の描写を加えると、より臨場感が増すかもしれない。たとえば世界樹の匂いや触感、光葉雪の音などをより詳細に描くと、存在していることをより実感できる。

 さらに、世界樹の社会的影響や光葉雪のシステムについて、もう少し詳細な説明があるといい。


 主人公の弱みとして、子どもが苦手。原因は、過去のトラウマを抱えているからであり、六年前に起こった連続殺人事件の被害に遭って、家族を失った悲しみから抜け出せないことから感情的になりやすく、冷静な判断が難しい。

 光希の最大の弱みは、過去にとらわれ続けていること。家族や兄の死を受け入れられず、現実から目を背けている点が彼の成長を妨げている。結果、過去にとらわれ、前に進めず復讐心に囚われてしまい、非現実的な解決策を求めてしまう。


「ここは世界樹内部へと繋がる地下通路。大人三人が並んでもゆったり歩けるほどに広い横幅と高さ。地下の無機質さを照らすはずの白昼色の電球は、光が弱まり辺りは薄暗くなっていた」

 世界樹の根や幹に穴を開けているのかしらん。あるいは、虚のような部分があり、そこから中に入れるのかもしれない。

 

『今日の日没と同時に始まる光葉雪は、実に七年ぶりにもなるということで街では――』「いくら本が光の粒となって世界樹大樹へ運ばれ始めたとはいえ、世界樹小樹には過去七年分の亡くなった人の本が管理されていた。そんな、膨大の一言では表せないほどある本の中から、目当ての一冊を探すなど不可能に近かった」

 光葉雪は、七年に一度起きるらしい。

 管理会社に勤めているなら、知っているだろう。

 待ちわびたに違いない。

 ただ気になるのは、最初は小樹に収められているのだから、光葉雪が起こる以前に、小樹へ立ち入って探そうとは思わなかったのかしらん。世界樹の中に入れるのは大樹だけで、小樹は中に入れる穴がない。そもそも二つには大きさの差もあるだろう。その辺りのサイズ感も描かれていると良かったかなと考える。


「突然、ニつの光の粒が他の粒を引き連れてオレの目の前へ来た。まるで意志があるようにニつの粒はオレの周りをグルグル回る。なんなんだこれ……、と思ったのも束の間、ニつの粒はある方向へ真っすぐ飛んでいった。さっきからの謎の動きに疑問を抱きながら後を追う」

 おそらく、主人公の亡くなった両親なのでは、と想像する。


「よくやくオレは粒たちに追いつく。息が整っていないまま、粒たちと同じほうへ顔を向けた。そして目を見開く。『比留間 一輝』それは、オレがずっと探し続けていたものだった」

 本に名前、タイトルが書かれているらしい。

 だったら、世界樹図書司書を設けて、分類分けして管理してもいい気がする。


 上司の緑川進に止められる。「光希、たとえその本を使って家族の仇を討っても、お前の家族は戻ってこないぞ」「おれも……六年前に大切な人を奪われたから。だからお前がこれからしようとしていることも、何となく……」


 さらに「六年前の、あの連続殺人事件の被害者は計四人。その内の三人はオレの家族。あと一人は、最初の被害者だったその人は、進さんの姉だった」と明らかになる。

 ニュースで朝倉さんに続いて、主人公の家族が殺されたと報道されていた。ただ、被害者は四人だったことがはじめてわかる。

 しかも、犯人はいまもってわからない。

 強盗目的で不法侵入して殺人に及んだのか、金品目的だったのか、動機もわからない。

 脇役や光希の過去や家族との思い出を、もう少し具体的に描くと、感情移入しやすくなるのではと考える。


 主人公が諭されて、改心する流れはいいなと思う。

 一人で抱えていたことで、視野が狭くなっていた。同じ境遇の緑川進と話し、諭されることで、冷静になって客観的に状況を受け止めることができた。主人公が二十歳という年齢だったことも幸いしたかもしれない。

 十代で中学生くらいだったら、なんでなんだよと喚き散らし、猪突に走った行動をするだろう。

 年齢に見合った人物描写、行動が描けているところが実にいい。


 兄と再会するのは、まさに奇跡である。

 物語に奇跡は一度しか書いてはいけない。だからこそ、予想外の再会の場面は、主人公とともに読者も驚きと興奮、感動を覚える。

『俺も、もっとずっと光希と、家族と一緒にいたかったよ。……もう、叶うことはないけど、それでも俺は光希のこと、ずっと見守っているから』

 ガイドで、『光葉雪は一部の人たちの間ではこう呼ばれています。――死者と対話できる日、と』自分が話したことが、自分に返ってくるところは、身につまされて、グッと来る。

 光希と進の関係性をもう少し掘り下げると、二人の絆がより強く感じられるのではと考える。あっさりしている印象がある。

 光希の家族、両親や伯父伯母についても、もう少し追加すると、光希の孤独感がより際立ったかもしれない。


 違反の処遇について、「……一応言っときますけど、オレを憐れんで上に報告しないなんて真似、しないでくださいよ、先輩」といえるのは、成長を感じる。

(過去人の死は変えられない。過去あやまちは変わらない。……でも、オレのために怒ってくれる人がいたことに気づけて、本当に良かった)

 状況描写も、長い一本道の先に階段が見えて地上へと出ていく。

 長いトンネルを抜けた先に、明るい未来を感じさせるラストは、実に感動的だった。


 読後。世界樹のイメージが、ゲームのドラゴンクエストに登場するアイテムが浮かび、なにかしらが復活する物語なのかと思って読み進めてきたので、主人公の悲しみや葛藤を乗り越えて成長していく作品で、子供の頃の光り輝いていた主人公に復活したラストは、非常に読後感がよかった。

 兄との再会シーンは特に印象的だった。実によく、心に残る場面となっている。ファンタジー要素も適度に盛り込まれて、現実離れした設定でありながらも説得力のある展開。世界観の説明や脇役の描写にもう少し力を入れると、より奥行きある作品になる期待がある。心に残る感動的な物語であった。

 

 世界樹とは、インド・ヨーロッパ、シベリア、ネイティブアメリカンなどの宗教や神話に登場する、世界が一本の大樹で成り立っているという概念、モチーフ。

 世界樹は天を支え、天界と地上、さらに根や幹を通して地下世界もしくは冥界に通じているという。

 世界の中心に立つ樹というイメージは世界中で見られるが、中でも最も巨大で有名なものは、世界を支えるトネリコの巨木『ユグドラシル』。スカンジナビアの『エッダ』、いわゆる「北欧神話」に描かれ、天界へと葉を伸ばし、人間界を幹に抱き、死者の国へと根を張る、世界樹とも訳される「樹」。

 神々や巨人、小人や人間などの暮らす九つの世界を支える「ユグドラシル」の下で営まれる主神「オーディン」と神々達が織り成す世界の創生と戦いの歴史。その果てに訪れる「ラグナロク(神々の黄昏)」と呼ばれる神々の滅亡と新たな再生が描かれる神話は、自然界の循環を投影した「死と再生」の物語。

 本作では、そんな世界樹のイメージを参考に用いて、素敵な作品に仕上げている。

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