俺の夏と、棒アイス。
俺の夏と、棒アイス。
作者 浅井京
https://kakuyomu.jp/works/16818093082031513194
高校バスケットボール部のインターハイ県予選準決勝で敗北した主人公は、試合後のミーティングで焦燥感を抱えながらも冷静を装う。旧キャプテンの中村と過去の思い出を振り返り、悔しさを共有しつつ前向きな決意を固める。公園での回想や仲間との再会を経て、主人公はバスケ部での経験がかけがえのないものであったことを再確認し、新たな一歩を踏み出す決意を固める話。
数字は漢数字等は気にしない。
現代ドラマ。
青春時代の友情や成長、別れの切なさを描いた感動ストーリー。
まさに、青春の一瞬を切り取った瑞々しい描写が魅力的。
感情描写が丁寧で、主人公の内面の葛藤がリアル。
主人公と中村の関係性が物語の核とし、仲間たちとの絆が丁寧に描かれているところが非常にいい。
主人公は、高校バスケットボール部の副キャプテンだった冷静エース。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。
男性神話の中心軌道に沿って書かれている。
高校バスケットボール部のインターハイ県予選準決勝の試合終了のブザーが鳴り響き、主人公とそのチームメイトたちは涙を流しながら敗北を受け入れる。次期キャプテンである二年生の井上が感謝の言葉を述べる中、主人公は冷静さを保ちながらも心の中で複雑な感情を抱える。
試合後、三年生たちはそれぞれの思いを語り、監督に感謝の言葉を伝える。主人公もその一人で、冷静に言葉を並べながらも内心では焦燥感に苛まれている。ミーティングが終わり、旧キャプテンの中村と共に部室を出た主人公は、二人で学校を歩きながら過去の思い出を振り返る。
中村との会話の中で、主人公は自分のプレーに対する後悔や悔しさを吐露する。特に試合中のミスや慎重すぎたプレーが心に引っかかっていることを打ち明ける。中村はそんな主人公を慰め、悔しさを共有しながらも前向きな言葉をかける。
二人は部活終わりによく寄ったコンビニに立ち寄り、ソーダ味の棒アイスを買って外で食べる。アイスを食べながら、主人公は自分の感情を整理し、悔しさを再確認。中村の言葉に励まされながら、主人公は少しずつ前を向く決意を固め、涙を流しながらも中村と共に公園に向かう。
主人公と中村は、公園で過去の出来事を振り返る。特に、二年生の合宿直後に平が部活を辞めたいと告白した日のことを思い出す。平を説得するために皆で集まり、話し合ったことが鮮明に蘇る。主人公も一緒に辞めようかと一瞬考えたが、結局は平を宥める側に回った。
中村はバスケを続ける意志を持ち、勉強に専念することを決めている主人公は彼の強さと意志の強さに感銘を受ける。二人は互いの選択を尊重しつつも、別れの寂しさを感じる。
主人公は中村からの連絡を受け、久しぶりに部活の練習に参加し、仲間たちと楽しい時間を過ごす。バスケの楽しさを再確認し、仲間たちとの絆を再認識。練習後、主人公は仲間たちに感謝の言葉、頼りない先輩だったことを謝りつつも皆のために考えていたことを伝え涙を流しながら別れを告げる。仲間たちも涙を流しながら、主人公の言葉を受け入れる。
主人公が一人で帰る道中、感傷的な気持ちに浸り、これからの生活に対する不安や寂しさを感じつつも、バスケ部での経験が自分にとってかけがえのないものであったことを再確認し、これからの人生に向けて新たな一歩を踏み出す決意を固めるのだった。
三幕八場の構成になっている。
一幕一場の状況の説明、はじまり
インターハイ県予選準決勝で敗北し、主人公とチームメイトたちは涙を流しながら敗北を受け入れる。
二場の目的の説明
三年生たちは監督に感謝の言葉を伝え、主人公は冷静に言葉を並べながらも内心では焦燥感に苛まれる。
二幕三場の最初の課題
旧キャプテンの中村と共に学校を歩きながら、主人公は自分のプレーに対する後悔や悔しさを打ち明ける。
四場の重い課題
部活終わりによく寄ったコンビニでアイスを食べながら、主人公は自分の感情を整理し、悔しさを再確認する。
五場の状況の再整備、転換点
公園で過去の出来事を振り返り、特に平が部活を辞めたいと告白した日のことを思い出す。
六場の最大の課題
中村はバスケを続ける意志を示し、主人公は彼の強さに感銘を受ける。二人は互いの選択を尊重しつつも、別れの寂しさを感じる。
三幕七場の最後の課題、ドンデン返し
主人公は久しぶりに部活の練習に参加し、仲間たちと楽しい時間を過ごす。バスケの楽しさを再確認する。
八場の結末、エピローグ
練習後、主人公は仲間たちに感謝の言葉を伝え、涙を流しながら別れを告げる。帰り道、バスケ部での経験が自分にとってかけがえのないものであったことを再確認し、新たな一歩を踏み出す決意を固める。
予選準決勝敗退の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。
試合が終わる場面からの書き出し。
遠景で「けたたましいブザー音がアリーナ全体に響き渡る」と聴覚で示し、近景で「見事な四点プレー」と説明。心情で「残り二秒で、俺たちの夏は終わった」と語る。
冒頭で試合が終わり、敗退が決定したことが伝わる。
主人公は負けたのだ。可愛そうだなという思うところに、共感を抱く。
次期キャプテンの二年PG井上が、泣きながら三年生に感謝の言葉を語る。
「そんな終わりを拒否するように、三年も後輩たちも溢れる涙を必死に拭っていた」状況を説明し、「俺はどこか取り残されたような気持ちで、井上の言葉に耳を傾ける」主人公の状態を説明したあとで、心情「悲しくないわけじゃないのに、俺の顔には全くと言っていいほど雫が溢れる気配がなかった。むしろ、俺たちを見る監督の顔色が気になるくらいには、冷静を保っていた」と感想をそえる書き方から、読み手に落とし込むように、主人公の気持ちが伝わってくる。
卒業を迎えたとき、どういう状態になるのか、四つに分類できるという。「泣く」「感慨にふける」「開放感に浸る」「拗ねる」もちろん、順番に襲ってくることもあれば、複数の感情を抱くこともあるだろうし、一つだけの人もいるだろう。
主人公は、「感慨にふける」「開放感に浸る」かしらん。
だから、泣かないのが悪いわけではない。
主人公は副キャプテンをいう地位なので、常に一歩引いたところからみていたのかもしれない。みんなにかける言葉はサバサバしているように感じられる。
「俺は今日で終わりだけど、他の三年はみんな残るからウインターカップまでに色々教われよ」
主人公だけが、ここで引退らしい。みんなとの思いの違いも、そのせいもあるのかもしれない。
「一度背筋を伸ばしてから、監督の方へ体を向けてお辞儀をする」
抑えるべきところは抑えている。
「改めて、三年間ありがとうございました」といいながら、「丁寧に、丁寧に、言葉を吐き出した」とあり、主人公の性格がよくわかる。きちんとしている。みっともなく泣いたり取り乱したりすることもない。でもそのことに対して、「澄んでいるのに霧深い情緒の矛盾が気持ち悪くて、みんなの興奮に乗り切れない自分の存在を塗り消してしまいたかった」と、みんなとはちがう反応をする自分を否定したい気持ちを抱いている。
みんなと一緒にいるのに、主人公だけが一人、孤独なのだ。こういうところにも、共感する。
本作には、主人公の名前が出てこない。「冷静エース」「エース」「副キャプテン」役職についている人は、日頃から部長とかキャプテンとか言われるものだから、自然と受け入れられる。ただ、辞めたあとは肩書もなくなるので、やがて呼ばれなくなる寂しさを描きたいためにも、主人公の名前が出てこないのだと考える。
ヤケ練の説明がおもしろい。
「公式戦で悔いの残る負け方をした後に、学校に戻って自棄のようにボールに触ることが恒例行事」「みんな真面目に練習はしているけれど、結局のところ練習後に部メン全員で行く監督奢りのラーメンを楽しみにしてる奴だって多いはずだ、俺のように」くすっと笑ってしまう。
「癖で来週も来そうな自分が怖い」
「お前ならやりそう」
引退した後、また部活に来てしまうのではと思うところは共感する。
これまでの引退を振り返るくだりも、引退したからこそ思い出せることだなと頷ける。
とくに、「それなのにあの時どれほどの感情が滞在していたのかを思い出すことは出来ない。思い出せるのは、悲しかったという事実だけ。人間は記憶を美化しがちだと言うが、美化と名付けて忘れてしまうのは、何となく寂しい」思い出の劣化とはちがうけれども、事実だけが残っていく感じが、実にうまく表現されていていい。
部活帰りにコンビニに寄ってアイスを食べる、そんなことを思い出して、主人公がどんどん鑑賞に浸っていく。この時間もまた、大人になったときに、そんなこともあったなと思い出す出来事になっていくかもしれない。
長い文は十行以上続くところもある。句読点を用いた一文は長過ぎることはない。短文と長文を組み合わせテンポよくし、感情を揺さぶっている。ときに口語的。登場人物の性格がわかる会話文が多く、生き生きと描かれている。一人称視点で描かれており、主人公の内面の葛藤や感情が詳細に描写されている。
試合後の感情の揺れ動きや、仲間との絆が丁寧に描かれている。特に、主人公と中村の会話がリアルで共感を呼ぶ。バスケ部での出来事や仲間たちとの絆が中心に描かれており、青春の一瞬を切り取ったような瑞々しい描写が特徴。
主人公の内面の葛藤や悔しさがリアルに描かれており、また仲間たちとの絆も丁寧で、共感しやすい。
とにかくリアリティーであること。
部活での出来事や仲間たちとのやり取りが現実的で、実際に部活を経験したことがある読者には響くだろう。
キャラクターの魅力として、主人公と中村の関係性、二人の絆が感じられるところもよかった。
試合後の疲れやアイスの冷たさ、公園の風景や体育館の雰囲気、汗の感触など、五感に訴える描写が豊富で、物語の世界に没入しやすい。
視覚は、試合終了のブザー音や四点プレーの場面、涙を流すチームメイトたちの姿、コンビニの光景、公園の風景や体育館の様子、仲間たちの表情などが詳細に描かれている。汗を拭ったり涙を流したりするなど、視覚的な描写が豊富。
聴覚は、ブザー音、井上の涙声、中村の笑い声、アイスを食べる音、ブランコの金属音や仲間たちの声、体育館での掛け声など、音に関する描写が多く、臨場感がある。
触覚は、アイスの冷たさ、寒風がショルダーについたキーホルダーを揺らす感覚、涙のしょっぱさ、汗の感触や風の冷たさ、ボールのザラつきなど。
嗅覚は、コンビニの冷たい空気や部活後の汗の匂い、公園の草の匂いなど。
味覚は、 ソーダ味のアイスの味が描かれている。
中村との語りや主人公の内面の葛藤と感情がよく描かれていて、五感に訴える描写が豊富だが、視覚や聴覚に偏りがちかもしれない。嗅覚や味覚、触覚の描写を増やと、さらなる臨場感が生まれると考える。
主人公の弱みは感情の抑制。自分の感情を抑え込む傾向があり、周囲との温度差を感じることがある。また、自分のプレーに対する後悔や悔しさを強く感じており、自己評価が低い。その結果、主人公は自分に自信が持てず、部活を辞めることに対しても葛藤。この弱みが物語の中で成長の要素として描かれている。
「んで、エースくんは一体何をそんなに思い詰めてるわけ」
キャプテンだった中村には、主人公の気持ちがわかるらしい。
「そんな分かりやすかった?」
「普段とちげぇってのが正直なとこじゃねーの」
冷静エースは、普段の呼び名ではなかったのかもしれない。いつもは副キャプテン、もしくはエースだったのかも。
「第二クオーターの中盤、入れなきゃいけないカットインを外した」
吐露していく主人公。
このときの「空白を埋めるように、ほんのり溶け始めた棒アイスに齧り付く。頭の奥の方がキーンと傷んで、心臓の奥がキュっと締まる」アイス頭痛とともに、心臓が締め付けられるのを組み合わすところが上手いなと思う。
心臓を締め付けられるといっても、読者は心筋梗塞の経験はないだろうから、胸が痛いやモヤモヤしている、不快感、ズキッとしたような比喩的なものを表している。つまり、どういう痛みなのか想像しにくい。そこに実際に経験したことがあるであろう、アイス頭痛を加えることで、痛みを感じやすくしている。
「第四もフォーファールもらってから、“俺が降りたら誰が埋めるんだろう”とか要らないことばっか考えて慎重になりすぎた」
「慎重つったってお前は元々豪快なタイプじゃないだろ」
「丁寧なプレーと慎重なプレーは違う。いつもなら無理にでも決めに行くところで今日の俺は日和った。だから決めきれなかった」
この後の情景描写、「溶けたアイスがぽたぽたとコンクリートに落ちる。さっきまで鮮やかな青色を発していたそれが地面では黒いシミになって、そんな当たり前のことすら虚しく思えてくる」主人公の気持ち、悲しさや悔しさが伝わってくる。
「なんだ、ちゃんと悔しいんじゃんお前」
主人公ではなく、他人に指摘してもらうことで自分の気持ちが、そうなんだとわかることで、自分のモヤモヤした感情に名前がつけられて腑に落ちていく。この流れのおかげで、読者にも追体験できる。作者は読者に、主人公の気持ちを伝わるように意識して書かれているのがよく分かる。
「悔しい、本当に悔しい」主人公は口にする。ここでやっと、悔しいと感じられる。
世の中に、悲しいや悔しいを知るには、自分でその感情を体感しなくてはいけない。本作はそこを丁寧に描いている。これがウリであろう。
二人で会話しながら、どんな試合だったのかにも触れていき、読者にも情景を見せていく。
「試合終盤、二年エース森川の必死のディフェンスはフリースローとなって返ってきた。この試合の最終プレーとなった四点を引き起こしたのは森川で、もちろんチームメイトは誰一人として森川を責めてなんかいないけど、森川は元々必要以上に気負いやすいタイプだから、余計に思い詰めていそうで少し、心配になる」
説明して感情をそえる。主人公がどんなふうに後輩を思っているのかも伝わってくる。
「フリースローが入ってしまったときの森川の表情。多分、俺はしばらくあの顔を忘れることが出来ない。絶望、というのだろう。後悔とか焦りとかそんな感情より先にただ漠然とした終わりだけを自覚する瞬間。見覚えがあった」
目に浮かぶようである。
先輩二人は、「『ありゃしばらく引きずるだろうけどそれも経験だろ』お前もそうだった。中村は悪戯っぽくにやりと口角を上げた。
『それもそうか』」自分たちも通ってきた道だと語るところは、引退していくんだなと、しみじみと感じさせられる。
「もし」を考え出している。あのときああすれば、という後悔の後、「決勝くらい連れてってやりたかったな」と呟いて、ここでようやく主人公は泣くのだ。
アイスを食べながら自分の内面にある感情に気づき、中村に「なんだ、ちゃんと悔しいんじゃんお前」と外側から言われることで、未清算の小さな殻を破る瞬間、卒啄が起きることで殻が破られ、感情が表に出やすくなっていく。
「遅せぇよ」と言われても仕方ない。
主人公が意思決定する瞬間、「公園寄ろうぜ」といって前半が終わる。後半は、理性的ではなく感情的読んでくださいと伝えている。ここからは、積極的に主人公がドラマを動かしていく。
主人公の感情が表に出るようになったから、いつものたまり場である公園にきて、同期の平が辞めることをいいだしたときに引き止めたことを語り出せる。
公園は主人公にとって胸の奥にある心、だから、普段言いにくいことも表に出てくるのだ。
だから説得していたとき、「俺も一緒にやめようかな。なんて戯言を飲み込んで、俺も同じように宥めた。その時の俺がどうしようもなく辞めたかった訳ではない。けれどブランクに陥った平を前に自信がなくなって、一緒に逃げてしまおうかと思った」ことが出てくるのだ。
「そんな平もウインターカップまで残るんだろ?」と呟いた後の「 錆びついたブランコに腰をかけて、少しだけ漕ぐ。流れる風が気持ち良くて、尚更アイツらを呼びたくなる」描写がいい。主人公の心が少し揺れているのがわかる。
この揺れがあったから、あとで、みんなと練習に混ざって楽しい時間を過ごすことができるのだろう。
「コイツのように本気で部活に生きてる奴もいれば、俺みたいに何となくで続ける奴もいる。平は真面目だから向き合う為に辞めようとして、結局は辞めない方向で踏ん切りをつけた。中途半端を嫌う奴は一定数いる。コイツも平も多分そっち側。何かを成し遂げる奴らは、大概そっち側の奴だ」
主人公はなんとなく続けていたのだ。
「ウインターカップは形にしろよ」言葉にして、自分の穴埋めを気にし、練習に出るべきだったと今更ながら思う。
ということは、みんなのことを考えていなかったのだろう。自分のことだけを考えて、辞めると決めたのかもしれない。
「俺はお前と勝ちたかった」中村は、冬まで一緒にやろうと引き止めてに来たのだろう。でも「残りゃいいのに」という。
主人公のことを見てきているので、中村は自分とは性格はちがうとわかっているだろう。強くいっても意味がないとわかっているから、尊重するように、寂しさを表して呟くのだろう。
主人公は中村の言葉を「質素で、でも熱のある言葉だった」と語っている。主人公のような性格の人間には、こういう言い方が一番胸に届くのだろう。
「これから勉強に専念すんの?」
「部活辞めたからそれくらいしかやることない」
「そりゃそうか」
「お前はバスケ続けるんだろ?」
「俺はお前と違って器用にこなせるタイプじゃねぇしな」
主人公は器用にこなせるタイプだと、中村は思っていたのだろう。
実際はどうなだろう。
主人公のあとは、中村の内面が語られていく。
器用ではなく、続けたいのが正直なところだという。
「チームを一つにまとめながら次のPGを育てて、次当たる高校の傾向と対策持ってきて。監督と一緒になって練習メニュー考えたり、後輩の個人練習に付き合ってやったり。それでいて最後まで残って自主練して、弱音なんて吐かずに気張って。勉強面は割とギリギリなときもあったけれど単位を落としたことはないし、バスケを中心に信じられないほど器用で、ずっとすごい奴だった」
たしかに、中村は十分器用だ。
「去年のキャプテンもその前のキャプテンだってすごい人だったけれど、やっぱり俺らのキャプテンはコイツだけだ。少なくとも俺のキャプテンは生涯、コイツだけだろう。それくらい異質なほどコイツは完璧だった。俺はあまり“完璧”という言葉が好きではないけれど、そんなことが些細に思えるくらいには行動が完成していた」
認めていたのが凄くわかる。主人公に「俺はお前の監督頼まれて来てんだからいいんだよ」といってやってきただけのことはある。
「俺にはバスケだけを続ける自信なんかないし、俺にとってバスケは好きなもの以上にはならない。これから俺はそれなりに勉強してありきたりな大学に入って、きっとつまらない大学生になる。それでも、この時間はかけがえのないものだったと胸を張って言いたい。キツかった練習も嫌になった負け試合も全部、無駄ではなかったと、意味があったと、俺だけは確信していたい。俺は、部活を全力でやっていたと謳うことが憚られるくらいには手を抜いていたけれど、それでもあの時間は限りなく大切な時間だった」
部活や続けてきたことを辞めるとき、誰もが胸に去来する思いのような気がして、非常に実感として胸に響き、考えさせられる。
「泣き虫エースめ」
二人して泣きながら笑い、「俺は大人なんだと取り繕ったけど、本当は一緒に大泣きしたかった。悔しいって輪になりたかった。俺はバスケが好きだ。コイツらとやるバスケが大好きだった。みんなで勝ちたかった。インターハイに行きたかった。俺らのバスケをもっともっと上の舞台で色んな人に魅せたかった」ようやく主人公は素直になれたのだ。
中村は、このために主人公に声をかけ、みんなとの練習をしなかったのだとしみじみ思える。共に励んだ仲間として、送りたかったのだろう。
「最後のフリースローを夢に見るし、自分のプレーを後悔すると思う。でも、それでいい。俺の中のバスケは数日で忘れられるほど優しいものじゃないんだ。コイツらと続けたバスケを俺は誇りに思うし、これからも大事に抱えていく。それが俺のバスケだから」
楽しい日々を過ごしてきたのが、本当によく伝わってくる。胸を張っていえるくらい、主人公の人生そのものだったのだ。
ここで終わっても良かったけれども、「中村からの“部室にタオル忘れてんぞ”という連絡。仕方ないな、とつれない返信をして、まんまと部室へ足を運ぶ俺の心は嬉々としていてた」からは、予想外な出来事だけれども、主人公にとっては嬉しい誤算みたいなもので、「気分転換にでも練習相手してけよ、と甘美な誘いに乗って久々にショルダーバックへバッシュを入れた」と、嬉しそう。
「最近は家と予備校の往復を繰り返し、暇さえあれば参考書と睨めっこの日々を送っている。本来の高校三年生はこうあるべきなのかもしれないけれど、ずっと馬鹿みたいに部活をしていた分、動かないことがもどかしくて仕方なかった」
受験生の日常は、いままで体を動かしてきた反動もあって、じっとしているのは苦痛で、退屈なのだ。
「“パス”とか“走れ”とか“シュート”とか、そんな掛け声が聞こえて、たった数ヶ月のはずなのに懐かしさが込み上げる。大きな笛の音が鳴り響いて、今かと影から覗いてみれば各自タオルで滴る汗を拭っていて、それはもうキラキラと光を発していた」
主人公の高揚している感じがよく伝わってくる。
懐かしさも込み上げているに違いない。
中村になまっていないなと言われ、体力が落ちたといいつつ、「実際は、毎日欠かさず筋トレはしてるし、気分転換と名付けて走ったりもしてるけれど、当たり前に言わないでおく」と伏せている。
受験には体力もいるし、部活をやめたからといって、いままでしてきたことは体に染み付いているだろうから継続していたのだろう。
「『頼りない先輩でほんとごめん。けどみんなのためにって考えてたのはほんとだから。今まで、ついてきてくれてありがとう』泣きそうになって、井上が泣いた。なんでお前が泣くんだよって笑って、俺らも泣いた。不思議なくらい悲しくない涙だった。当たり前のように頬を伝う水滴で、視界が歪んでからやっと泣いている事実に気づいた位にはどこも痛くならなかった」
みんなとどんなプレーをしたのかは描かれていない。その場にいたみんなは、笑ったりないたりしていただろう。主人公と中村以外のキャラクターの描写が少ないため、もう少し他のキャラクターにもスポットを当てると、彼らの行動や言動に説得力が増し、物語に厚みが出ると考える。
一人で帰るときの、「今はもう喪失感より寂寥感でいっぱいで、気持ちが悪かった。気持ち悪いのにどこか心地よくて、どこまででも飛んでいけそうなくらいに全てが軽く感じた。もうあの試合の傷みを思い出せないように、学校が始まる頃には今日の全ても色褪せていく。そうやって俺たちは大人になるのだろうか。やっぱり、そう簡単に忘れてしまうのは少しだけ寂しい」ほんとうに終わった感が出ていて、ようやく開放感に浸っている。
最後の「少し薄暗くなった空気は、まだまだ熱を持っていた。首を伝った汗を乱暴に拭って吐き出す。『帰ったらイディオムでも覚えるかな』」からは、悲しさではなく清々しさ、自分なりの落とし前をつけたようにも思える。カギカッコはなくてもいいのでは、と考えてみるも、言葉にしたほうが距離感が出るので、このラストがよかった。
読後。タイトルを読みながら、主人公のバスケに夢中になった日々が終わったんだと実感がこもって、実にいい。終わったあとはいつも棒アイスを食べていた。きっと、この先も棒アイスを食べる度に、この日のことを思い出すだろう。そんなことが浮かんでくるような、タイトルだ。
悔しさや葛藤、試合後のアイスを食べながらの会話シーンが印象的で青春の一瞬を切り取ったような感覚を味わえる。
全体的に感情移入しやすく、心に残る作品だ。
いいね、実にいい。
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