ゴッホになった男
ゴッホになった男
作者 梶田向省
https://kakuyomu.jp/works/16818093084696124303
ある日、漫画家の岡田と担当編集者の上村が来店し、岡田が親戚の子供のために漫画を描くべきか悩んでいる話を聞く。上村はファンサービスや人気についての考え方を語り反対するが、岡田は過去の経験からファンサービスの重要性を感じ、最終的に岡田は疎遠だった従兄弟の息子のために漫画を描く決意を固める。
カフェのマスターである水谷が客の会話を盗み聞きしながら進行します。水谷は「罪と罰」を読んでいるふりをしながら、客の会話を楽しむのが日課だった。後日、岡田は長編漫画を親戚に送るが、その結果、連載が打ち切られてしまう。十年後、岡田は「岡田ゴッホ」として死後に評価される漫画家となり、彼の作品は世間で高く評価されるようになる。水谷は、岡田の死とその後の評価に対する複雑な感情を抱く話。
数字は漢数字等は気にしない。
現代ドラマ。
売れない漫画家が死後に評価されるまでの過程と、彼を取り巻く人々の視点を通して描かれた作品。岡田のファンサービス精神が、後に大きな影響を与える様子が印象的。
キャラクターのやり取りが非常に魅力的で、本作のウリでもある。 岡田の過去のエピソードが感動的だった。
三人称、漫画家の岡田視点、カフェのマスター水谷視点、神視点で書かれた文体。前半は岡田、後半は水谷の視点で物語が進む。
それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。
漫画家の岡田は、担当編集者の上村とカフェで会う。上村は遅刻し、無礼な態度で岡田に接するが、岡田は慣れているため、軽快な話題で会話を始める。上村はファンサービスや人気についての持論を展開し、岡田は自身の過去のサイン会の経験を思い出す。
岡田は中学生の頃、無名の漫画家のサイン会に参加し、その漫画家が特別にイラストを描いてくれたことに感動した。この経験が岡田の漫画家になるきっかけとなった。岡田は上村の話を聞きながら、ファンサービスの重要性を再認識し、疎遠だった従兄弟の息子のために漫画を描く決意を固める。
上村は岡田の決意に対して否定的な意見を述べるが、岡田は自分の信念を貫くことを決意する。最終的に、岡田は従兄弟の息子のために漫画を描くことを決め、上村との会話は仕事の話に戻る。
カフェのマスターである水谷は、客の会話を盗み聞きしながら人間観察を楽しむのが日課。彼は「罪と罰」を読んでいるふりをしながら、客の会話に耳を傾ける。ある日、カフェに中年の女性二人と小学生の男児が来店し、特別席に座ります。彼女たちは、漫画家の岡田が従兄弟の息子のために描いた漫画について話し始める。
女性たちは、岡田が長編漫画を描いて送ってきたことに驚き、その結果、岡田の連載が打ち切られたのではないかと推測する。水谷はその会話を聞きながら、ひと月ほど前に来店した岡田と編集者の会話を思い出す。編集者は岡田に対して、親戚の子供のために漫画を描くことに反対していたが、岡田は何か思うところがあり、最終的に漫画を描くことを決意したようだった。
十年後、カフェに来た女子たちが「岡田ゴッホ」と口にするのを聞く水谷。岡田の漫画は彼の死後に評価され、称賛されるようになったことを知り、死を悼みつつも彼の作品が評価されたことを喜ぶ。女子の一人が、「彼氏が『彼をゴッホにしたのは俺だ、なんてずっと繰り返してるの』」と話すのを聞いて水谷は、あの日、目を輝かせて岡田の大長編を読んでいた子供を思い出すのだった。
三幕八場の構成になっている。
一幕一場の状況の説明、はじまり
岡田と上村の会話。上村の遅刻や態度に対する岡田の不満。
二場の目的の説明
上村が岡田に、ファンサービスや人気についての持論を展開。
二幕三場の最初の課題
岡田が自身の過去のサイン会の経験を思い出し、ファンサービスの重要性を再認識。
四場の重い課題
岡田が従兄弟の息子のために漫画を描く決意を固め、上村と仕事の話に戻る。
五場の状況の再整備、転換点
水谷のカフェでの生活と彼の人間観察の趣味が描かれる。
六場の最大の課題
漫画家岡田のエピソードが語られ、彼の行動とその影響が明らかになる。
三幕七場の最後の課題、ドンデン返し
岡田の漫画が親戚の子供に大きな影響を与えたことが示される。
八場の結末、エピローグ
岡田の死後の評価が語られ、彼の作品が称賛されるようになる。
ゴッホの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。
動きのある書き出しからはじまるのがいい。
遠景で「チリリン、と鐘の音がして(聴覚)入り口を見ると、上村が店に入ってきた(視覚)」と示し、近景で「気取った歩き方で店内を進んできて岡田の向かいに座る(視覚)。オーダーを取りに来たマスターにキャラメルマキアートを注文(聴覚)して、ようやく岡田に向き直った(視覚)」と説明。
会話を挟んで、心情「自称敏腕編集者は声をひそめて聞いてきた。当然のように遅刻を決めて漫画家を待たせた上で、弁解の一言も挨拶もない。人間としてどうなのか」と前半で状況を説明し、後半で感想を心の中で呟く。
こうすることで、読み手に岡田の気持ちが届く。
さらに続く。
「服装もどうなのか。貴様の会社は部屋着で出勤することが許されているのか?」
カフェの店主の水谷が、さりげなく描写されている。
「スキンヘッドで目つき悪いって、もうまんまヤクザですよね」
のちに女性客がきたときに、
「目つき悪いし、ハゲてるでしょ? なんていうの……昔さ、絶対カタギじゃなかった感じよね」
といわれ、さらに後、
「ハゲてるし目つきトンガッてるじゃん? 今は白ひげが逆に仙人みたいな雰囲気になってるけど、昔はさ、柄悪かったよね、絶対」
女子高生らにも言われている。
わかりやすい特徴をとらえながら、後半の水谷視点で描かれていく流れは、無理なく自然に読み進めていける。
「?」「!」の話から、自分の漫画の売れ行きへ話題を持っていく流れは、上手いと思った。
上村と岡田の会話が並ぶところで、どちらの台詞かわかりにくいところがある。
「岡田さんは、もしかして、人気を出したいとか、フィーバーを巻き起こしたいとか、思ってるかもしれませんけどね。流行なんて、ちっぽけなもんですよ?」
「クラスに、体格が良くて喧嘩が強いので、発言力の強い、男子が一人はいますよね。たいてい愚かしい」
おそらくどちらも上村のセリフ。
上村の動きや表情がたまに描かれているので、会話文の間に上村の動きを挟めば、読み手が迷わなくなるのではと考える。たとえば座っている姿勢とか、手の動き、身振り手振り、頬杖をついたり腕を組んだり、足を組んだり。
岡田の内面描写が豊富だが、上村の内面を描くとキャラクターに深みが増す。内面を書くために、動きや仕草をももう少し描くといい気がした。
そもそも本作は会話が中心のため、テンポがやや遅く感じる部分がある。テンポを上げるためにも、会話の間に地の文で、登場人物の動きなどを描くといいのではと考える。
『それで、その子の誕生日が近いから、俺にマンガを描いてくれと言うんだ。何も立派なものじゃなくていいから、十ページくらいの読み切りを。って』上村を伺うと、腕を組んで、顔をしかめている、ように見えた」
腕を組むのときは、自分の発言を隠したり、相手の意見を受け入れないという姿勢の現れなので、このときの上村は岡田の意見に賛成していないのがわかる。
全体的に人物描写が上手い。
「『ご自分の忙しさが分かってらっしゃるんですか? 意外に世の中、底辺近くにいる人間のほうがよっぽど忙しいんでね、本誌の連載、増刊号の読み切り、単行本の表紙、たくさん溜まってるんですよ、仕事』『軽いイラストとか、サインならまだしも、読み切りを描けなんて、図々しいことこの上ないですよ』上村は肩をいからせて机の縁を握りしめている」編集の仕事は、作者に作品を描かせることなので、他のことに掛かりっきりになって連載に穴を開けさせるわけにはいかない。
開いたページは、誰かの作品で埋めなくてはいけない。都合よく代わりの作品があればいいけれど、編集としても大変になる。
力付くでもやめさせたいけど、店の中でもあるので、自制しているのだろう。そのへんは、大人だ。
上村の持論を補強する具体的なエピソードがあれば、説得力が増すかもしれない。
ファンサービスから、中学時代の回想をする流れは、無駄なくスムーズで、どのような場面での出来事だったのかがスッと入ってくる書き方がされていて、非常によかった。
また、回想から現実に戻ってくるところも、
「長いスライドショーを終えて現実に引き戻された岡田は、とりあえず、目の前の上村に向かって、こう言った。『そんなもんじゃない? いや、ファンサービスって、そういうもんだよ』」
状況が目に浮かぶ。
回想の書き方が上手いと言わざるえない。
キャラメルマキアートが来て、話が中断。
「あの、岡田さん、そろそろ……仕事の話をしませんか?」
「目的を忘れてたな」
いままでのは雑談だったのだ。
ちなみに、ここまででが岡田視点。
後半は、キャラメルマキアートを作った店主の水谷視点で語られる。なので、運んできたのは水谷だろう。
バトンタッチする感じで、視点が変わるのも、スムーズ。
長い文は五行ほどで改行。句読点を用いた一文は長すぎない。短文と長文を組み合わせテンポよくし、感情を揺さぶっている。ときに口語的。登場人物の性格がわかる会話文。シンプルで読みやすい。会話を中心に展開される軽妙な文体。岡田の内面描写が豊富で、彼の感情や考えが細かく描かれている。キャラクターの性格や感情がよく伝わる。
上村の皮肉混じりの発言や岡田の内面の葛藤がリアルに描かれており、読者に共感を呼ぶ。人間観察を通じてキャラクターの内面が描かれる。過去と現在が交錯する構成が魅力的。
岡田と上村、水谷のキャラクターが立っており、やり取りが生き生きと描かれている。
ファンサービスや人気についての考え方が深く掘り下げられており、読者に考えさせる内容となっている。また、評価されない才能や、他者への影響力がテーマとして深く描かれているところもいい。
岡田の過去のサイン会のエピソードが感動的で、物語に深みを与えていたのもよかった。
五感描写について。
視覚は、店内の様子、上村の服装、岡田の表情、サイン会の風景、カフェの雰囲気や客の様子が詳細に描かれている。
聴覚は、上村の声のトーン、岡田の心の声、カフェの環境音、水谷の優れた聴力を通じて、客同士の会話が生き生きと伝わる。カフェの環境音がリアルにが描写されている。
触覚は、岡田がドリップコーヒーを飲むシーンや、漫画家がサインを描く動作、を持つ手の感触やカフェの家具の質感など。
嗅覚は、カフェのコーヒーの香りや、キャラメルマキアートの甘い香り、カモミールティーやコーヒーの香りなど。
が描写されています。
味覚 岡田がドリップコーヒーを飲むシーンでコーヒーの味、カフェで提供される飲み物の味が描写されている。
主人公の弱みとして、岡田は自身の作品の人気に対して不安を抱いており、自己評価が低い。上村の意見に対して過剰に反応し、自分の考えを見失いがち。また、自分の作品が評価されないことに苦しむ。
水谷は、外見に対する偏見に悩み、過去の出来事に囚われがちなところがある。
水谷のことが説明される。
「子供の頃からパッとしない水谷だったが、唯一の長所が『聴力』だった」
「水谷の一日の楽しみは、本を読んでいるふりをしながら客同士の会話を聞き、その人物の生い立ち、価値観、信念、その他諸々……それらを想像することだった。平たく言えば人間観察だ。特にこの位置にいると、眼前の席の会話がよく聞こえる。そこには上質なソファーを設置してあるので客がよく座る」
岡田と上村も、彼の前のソファーに座って話していたとわかる。
店内の様子が見えてきたところで、「現在、上質なソファーの特別席には、三人連れが陣取っている。中年の女二人と、小学生と思われる男児が一人。男児はレポート用紙の束のようなものを手に持って熱心に目を通している」別の客が座っている場面が描かれている。
中年女性から、いわれなき中傷の言葉を受ける。
「目つき悪いし、ハゲてるでしょ? なんていうの……昔さ、絶対カタギじゃなかった感じよね」
「ちょっと、聞こえるって」
「大丈夫、何か読んでるみたいだし、こっちなんか気にしちゃいないって」
紋切り型ではあるが、たしかにこういう女性はいるよね、という特徴が描かれているので、苦も無く読み進めていける。
そもそも、ハゲはともかく、目付きが悪いのは盗み聞きしているからだろう。目は口ほどに物を言う。意識を耳に集中させると、目にも現れるのだろう。
読んでいるアイテム、『罪と罰』がいい味を出している。道具として読んだり閉じたり、水谷の心情を表している。盗み聞きをするのはまさに罪と罰。そして、本作のラストでも、オチとして使われている。実にアイテム選びと使い方が上手い、と感心する。
「あの、旦那さんの従兄弟の漫画家さんに、ケイちゃんの誕生日プレゼントを頼んだって言ってたじゃない」
隣で原稿を読んでいる子供がケイちゃんなのだろう。のちに「彼をゴッホにしたのは俺だ、なんてずっと繰り返してるの」と彼女に言われる彼氏だ。
アイテムの使い方で上手いのが、カモミールティー。
「カモミールティーの注文は珍しい。水谷の記憶が正しい限り、開店当初から両手で数えられるどころか、片手で事足りるほどの注文しか来ていない」
滅多に出ない。
カフェに来たら、珈琲や紅茶などを頼むのが一般的。ハーブティーを扱っている店ならともかく、なかなか注文しないだろう。
あまり注文されないからこそ、久しぶりに注文されることで、前回の中年女性客から、かなり歳月が経過したことを感じさせることができる。そもそも、あれから何年経ったのかという説明は、女子の会話から「十年くらい前に来店した中年女性の二人連れのうちの一人が、カモミールティーを飲んでいた」と思い出すことで、そんんなに経過したのかと実感する。
でも当時、ケイちゃんは中学受験を控えていたので小学六年生だと思われる。十二歳ごろだ。
「特別席に座っているのはティーンエイジャー終盤といった年頃の二人連れ」とある。ティーンエイジャーは十三歳から十九歳まで。
なので、彼女たちは十九歳。大学一年生。
十年経過しているならば、彼女の彼氏であるケイちゃんは二十二歳。二人は大学で知り合ったのだろう。
後半、会話シーンが多く水谷は聞いているだけなので、動きのある描写を増やしてテンポを良くしてもいいかもしれない。
「彼は今世紀を代表する漫画家になるであろう。すでに、唯一無二のレジェンドの地位を確立している。我々の称賛の声を彼の耳に入れることができないのが残念である」「作品が生前に日の目を浴びなかったなかったことから、彼は、かの偉大な画家にちなんで、『岡田ゴッホ』と呼ばれている」
どんな漫画を描いていたのかしらん。興味が湧く。
「彼女らは、水谷が気にかけていた漫画家の、当時連載していたマンガが打ち切りになったという情報を落としていってくれた」
二百枚以上の漫画は、単行本一冊のレベル。それだけのものを書こうとすると、数か月かかるのではと想像する。本誌連載をそっちのけでやってしまったら、打ち切りにもなるだろう。
やりすぎだと思う。
ファンサービスはサービス。主があってこそ、はじめてサービスができるのだ。サービスを主にしては本末転倒である。
連載をなくしたあとは、読み切りをいくつか描いていたかもしれないが生活は難しいだろう。それらが祟って、死期を早めたのかもしれない。
「岡田の作品が世の中で脚光を浴びたことに対する慶賀の思いと、彼の死に対する虚無感と、二つの相反する感情が入り混じるという奇妙な感覚を水谷は体験した。バニラアイスを添えたアップルパイのようだ」
カフェらしい比喩がいい。
寒暖な感情が渦巻いているのだろう。ただ、どちらもおいしく、相乗効果でさらに甘美になる。岡田の死後、評価されたことを喜んでいるように感じる。
そもそも水谷は、岡田の漫画を読んでいたように思えない。漫画は読んでいなかったけど、知っている人が死後とはいえ評価されてよかったという感じなのだろう。
目に美しい光を宿して岡田の大長編を読んでいた子供ケイちゃんは、小学生の時にもらった大長編の漫画を読んで、岡田のファンになったのだろう。岡田のことを本当に喜び、その死を悲しんだのは彼だけだったかもしれない。
第三者である水谷は、さきほど感じが喜びと悲しみに比べたら雲泥の差がある。むしろ、盗み聞きをしてきたことから罪悪感さえ抱いているかもしれない。
だから最後、「水谷は『罪と罰』を閉じ」ることで、自身の罪と罰を感じ入ったのではないか、と想像する。
カフェという日常的な舞台を通じて、漫画家の葛藤と評価の問題を描いた興味深い作品。岡田と上村のやり取りが面白く、岡田の過去のサイン会のエピソードは感動的で心に残ったし、ファンサービスや人気についても、考えさせられた。
読後。タイトルはそういうことだったのか、と納得しながら同時に、物悲しくなる。
ラスト、水谷は『罪と罰』の本を閉じる。同時に読者も読み終わることで、読者は水谷の立ち位置だったと思い至る。第三者として、客の会話を盗み聞きしている立場だったのだ。
亡くなったことに悲しく思い、評価されて嬉しく感じるも、店主の水谷同様、どんな漫画を描いていたか知らない。話を聞いていたなら、岡田という漫画を調べて読んでみようとすればいいのに、水谷はそうしていない。
知らない有名な人が亡くなったニュースをみて、そうなんだ、へえすごいねと思って、次の関心あるニュースに目を向け忘れてしまうことがないだろうか。そんな感覚を、読後に思い出す。
できることなら、生前に評価してあげて欲しい。
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