懐疑主義のすゝめ
懐疑主義のすゝめ
松田習
https://kakuyomu.jp/works/16818093083928980179
学生の私は飛行機内で奇妙な和服姿の男(怪人)と出会い、彼の哲学的な話に引き込まれる。怪人は睡眠を無駄とし、人生を計画的に生きることを主張する。怪人は飛行機が本当に飛んでいるかどうかを疑うような話を展開し、主人公と議論を交わす。彼の話は突飛だが、どこか説得力がある。突然、飛行機がハイジャックされ、主人公はトイレに行くために命がけの行動を取る。ギャルと怪人の協力でハイジャック犯を制圧。事件が解決し、飛行機は無事に着陸。主人公は怪人とギャルに別れを告げるが、怪人の最後の言葉に少しの謎が残る話。
三点リーダーはふたマスあける等は気にしない。
現代ドラマ。
哲学的主張が中心となり、深い考察を促す作品。
怪人とギャルのキャラクターの個性が際立ち、五感描写も豊かで、緊張感とユーモアが交錯する展開が楽しめた。
主人公は学生。一人称、私で描か。自分語りの実況中継で綴られている。
男性神話の中心軌道に沿って描かれている。
乱気流に揺れる飛行機の中で目を覚ました私は、隣に座る奇妙な男「怪人」から話しかけられる。怪人は睡眠を無駄だと考え、常に起きていることを主張する。彼は私に、飛行機が本当に飛んでいるかどうかを疑うよう促す。隣のギャルも話に加わり、飲み物に毒が盛られているかもしれないという仮説を立て、実際に飲んでみることでその仮説を検証する。
怪人の提案に従い、私とギャルはそれぞれの飲み物を飲むが、毒は入っていなかった。しかし、私は体調不良を感じ始めトイレに行こうとしたとき、怪人は「私」に、通路を挟んだ隣の黒服の男が怪しいと指摘し、彼が拳銃を持っているかもしれないと仮定する。
その直後、黒服の男が突然立ち上がり、飛行機をハイジャックしたことを宣言。機内は一気に緊張感に包まれるが、私はトイレに行く必要があり、黒服の男に許可を求める。男は拒否しますが、私は全力で黒服の男に突進し、トイレに向かって突っ走る。
黒服の男たちが発砲しないだろうと確信していた。なぜなら、狭い機内での発砲は非常に危険だから。トイレに到着し、無事に用を足した後、なぜ気分が悪くなったのかを考える。もしかしたら、飲んだコーラに毒が入っていたのかもしれないと疑う。
トイレの外で黒服の男たちがドアを蹴り続けている中、ギャルと怪人が現れ、黒服の男たちを倒してくれた。ギャルは空手で日本一位の実力者であり、彼女の助けで主人公は無事にトイレから出ることができた。
怪人とギャルと共に、主人公は操縦席を目指して走る。途中で銃を持った男たちを突き飛ばしながら、彼らは操縦室に到着。操縦室では、怪人が巧みに男たちを気絶させ、操縦を引き継ぐ。実は怪人は、遊びで旅客機を操縦したことがあるという驚きの過去を持っていた。
操縦席から見える美しい星空を眺めながら、彼らは無事に飛行機を空港に着陸させる。私とギャルと怪人はそれぞれ別れていく。最後に、怪人が私の財布を拾って戻してくれたことを告げ、札の枚数を確認するように促す。札の枚数が曖昧であることに気づき、怪人の言いたいことを理解するが、怪人はすでに姿を消していた。
三幕八場の構成になっている。
一幕一場の状況の説明、はじまり
乱気流に揺れる飛行機の中で目を覚ました「私」が、隣の怪人と出会う。
二場の目的の説明
怪人との哲学的会話がなされ、飛行機の現実を疑うよう促される。
二幕三場の最初の課題
飲み物に毒が盛られているかもしれないという仮説を立て、実際に飲んで検証する。
四場の重い課題
飛行機がハイジャックされていることが判明し、「私」がトイレに行くためにハイジャッカーに立ち向かう。
五場の状況の再整備、転換点
主人公が飛行機の中で体調を崩し、トイレに駆け込む。
六場の最大の課題
黒服の男たちに追われる中、ギャルと怪人に助けられる。
三幕七場の最後の課題、ドンデン返し
操縦席に向かい、ハイジャック犯を制圧する。
八場の結末、エピローグ
無事に空港に着陸し、三人が別れる。
怪人の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。
状況説明からの書き出しからはじまるおかげで、どこにいるのかがわかる。
遠景で、「乱気流に揺られた機内で私は目を覚ました」と示し、近景で「窓の外を見ようとしたが叶わず、代わりに自分の顔がこちらを見つめていた」と説明。心情で「夜である」と語る。
主人公は睡眠状態から起きたところなので、まだ意識は遠い。
次に窓の外の景色という現実に目を向け、映り込んでいた自分の顔という近くを見、外が暗くて鏡のように反射してみえたことを表しながら、今は夜だと読者に伝えている。
そのあとで、飛行機のどこに座っているのか、具体的に描きンガラ、隣の奇妙なファッションの男を描写していく。
おかしな客の隣に座っている主人公は、なんだか可愛そうだなと思うところで、共感を抱く。
怪人の話に対して主人公は、要約している。
否定もせず、煙たがらず、小難しくも屁理屈に思えるようなないようなのに、話し相手になっている。
バカバカしいと一蹴することも無視もできるのだが、それをしていない。人の良さを感じるところから人間味がある主人公だと思えるところからも共感できる。
ギャルが話に混ざってくる。
ただ、段落変えもなく長い文が続く。
「ギャルという少々前時代的な語を使うことに抵抗を感じるが然るに彼女はまさしくギャルである」「~不透明度四〇%に見て取れた」「~採用するには至らなかった」のあとで改行して読みやすくできないかと考える。
そうしないのは、主人公の脳内で展開されていることであり、自分自身と読者にオタク語りで説明しているのだ。
「左右の後頭部に束ね分けられたツインテールは可愛らしくその色艶は桃色珊瑚の如く輝きを放ち、シフォン・オーガンを用いたシースルールックの向こう側には清新でみずみずしい白い肌が不透明度四〇%に見て取れた」やけに詳しすぎる。
主人公の性別がよくわからなかったが、どうやら男性らしい。
怪人の話を聞いて、ギャルは「あ、エポケーゆうやつやな!」あっさり答える。
また主人公も、「まさか彼女の口からそのような哲学用語が出てくるとは思っていなかった。人間見た目では判断できないところがあるというがまさにその通りである」と驚いている。
怪人も驚き、
「ほう…! お嬢さん、現象学を心得ていらっしゃる」
「せやでー こう見えて大学では哲学科やさけな」
と返事。
知識の深さはともかく、三人は似た者同士だというのがわかる。
「その知性あふれる謙虚な態度と派手な外見とのギャップに、私の彼女に対する好意のバロメーターは上昇の一途を辿っていた」
だから、気分が悪くなったとき、
「さあ困った。何に困ったか。飛行機がハイジャックされたことにではない。トイレに行けないことが問題なのである。私の吐き気はとっくに我慢の限界へと達していた。席を立てば殺される。しかしこの場に留まれば胃の内容物を人前で晒すことになる。それも可憐なる女子大生の隣で。嗚呼、我死にたまふこと勿れ。天地万有の創造主よ、手前、小生、不肖、愚生に一体どうしろというのか。朦朧とした意識の中、私は今自分がすべきことを考えに考えた。そして意を決し、ゆっくりと立ち上がった」
と、彼女の前で吐くわけにいかないので、トイレへ駆け込むのだ。
キャビンアテンダントに飲み物を頼んだとき、怪人は毒が盛られているかもしれない、と話をしている。
しかも、毒を持った可能性にキャビンアテンダントも入れられているので、「キャビンアテンダントが三列程前に進んだのを確認してから怪人が話し始めた」のだ。
みためは奇妙な格好をしているけれども、相手に対して配慮ができる、至極真っ当な大人なのがわかる。
怪人にしろギャルにしろ、見た目の印象から決めつけはよくないことも、さりげなく描いているのだろう。
「そうだ、このギャルは私のコーラに毒をもった容疑者なのだ。頭の中で幾多にも彼女の言葉が木霊する。お兄ちゃんの番や、お兄ちゃんの番や、お兄ちゃんの番や、お兄ちゃんの番や。毒なんて入っている訳がない。しかし飲んでみないことには――」
妄想や想像は心身に影響をもたらす。
人の悩みが解決しないのは、なんとなく感じた直感の間違いを意図的に信じて間違いを鵜呑みにするから。それと同じで、毒だと思い込んで飲むことで気分が悪くなる。プラシーボ効果が働くこともある。
あとで、気持ち悪くなる主人公。
のちに(後になって冷静に考えてみれば、それはただの乗り物酔いに過ぎなかったのだがこの時の私はそのような発想が出来ない程混乱していた。)と語られている。
人によるが、酔いやすい環境で炭酸は気持ち悪くなりやすい。しかも、飲み物に毒が入っているかもしれないと想像しながら飲んだから、も影響しただろう。
「誰が何と言おうと日光東照宮の眠り猫が目を覚まそうとそれはコーラ以外の何物でもなかった。体に異変はない。あっぱれ私は恐怖の大魔王に打ち勝ったのだ」
毒が入っていようがなかろうが、コーラはコーラなのではと思ってしまう。毒が入ったような変な味はしなかった、という意味だろうけれども。
ここの自信が、のちの気分が悪くなる伏線にも思える。思わせないように、主人公の特徴ある語りがなされてきたのだろう。
特徴的な性格も、物語にうまく組み込まれているところが、よくよく考えて作られていると感じる。
長い文は十行以上続くところがある。句読点を用いた一文は、長すぎるということはない。読点のない長い一文は、落ち着きや重々しさ、説明を表している時々口語的。登場人物の性格がわかる会話文。語り手の一人称視点で進行し、内省的で哲学的な対話が多い。
怪人の奇妙なキャラクターとその哲学的な主張が物語の中心。対話を通じて読者に疑問を投げかけるスタイル。
ユーモアと緊張感が交錯する展開。キャラクターの個性が際立つ。
怪人の独特なキャラクターが魅力的、ギャルの個性も際立ち、興味を引く。
哲学的対話が多く、日常の当たり前を疑うというテーマが深く掘り下げられており、読者に考えさせる要素が強い。
ハイジャックという緊迫した状況が物語にスリルを与えている。また、緊張感とユーモアがバランスよく配置され、テンポよく読み進めていけるところも良かった。
五感を使った描写が豊かで、臨場感がある。
視覚は、怪人の奇妙な服装やギャルの派手な外見、機内の暗さや窓の外の闇、機内の様子やキャラクターの動きも詳細に描かれている。
聴覚は、乱気流の音や機内のいびき声、銃声、男たちの悲鳴やギャルの声など音の描写が豊か。
触覚は、怪人の手の感触や飲み物の冷たさ、主人公の体調不良や緊張感が伝わる描写など。
味覚は、コーラの味や毒の疑いなど。
嗅覚はない。
コーラを飲むときに、毒はないことを確認するよう嗅覚の描写を追加して、より臨場感を高めてもいいかもしれない。
主人公の弱みは内向的なこと。異性とのコミュニケーションに苦手意識があり、ギャルに話しかけるのに躊躇している。また、怪人の影響で現実を疑うようになり、混乱している。乱気流の中を飛んでいるためか、乗り物酔いによる体調不良を起こしている。ハイジャックという緊急事態に対する混乱と不安が弱みとして表現されている。
トイレに籠城した主人公を、ギャルが助ける。
「えへへ。うち空手で日本一位とってんねんねん。驚いたやろ」
人は見た目ではわからないものである。
「奥の通路には私が突き飛ばした黒服が倒れている。『…いえいえ、助けられたのは僕の方ですよ』恐ろしい。この大男たちをその華奢な体でなぎ倒したというのか。まるで物理法則に反している」
ギャルは、蘭姉ちゃんかしらん。
本作は哲学的な対話が多いせいかテンポが遅く感じられるかもしれないので、アクションシーンをもう少し増やしてバランスを取ってもいいのではと邪推する。
ハイジャック犯が多い。
ギャルが倒した三人。
そのあとで、「後方から男たちの群れが迫る。その姿はイノシシと見紛う程の気迫を持していた」とあるので、少なくとも五人くらいは近づいてきているのだろう。
コクピットにも犯人が二人いる。
十人くらいは乗っていたのでは、と思える。
しかも拳銃を持っている。
どうやって機内に持ち込んだのだろう。
ハイジャック犯を操縦席で気絶させたあと、「操縦席に座り、慣れた手つきでいくつものボタンを押しながら怪人は話し始めた」とある。
主人公と一緒になって、男をどかしたのだろうか。狭い機内で、意識を失った男を動かすのは難しい。一人どかせばいいので、なんとかできたのだろう。
「案ずるな。昔、遊びで旅客機を操縦したことがある。免許は無いが……まあ大丈夫だろう。私に任せなさい」
怪人はコナンくんだったのかもしれない。
ギャルや怪人の背景、どこに向かっていたのかなどもう少し動機の掘り下げをしたら、キャラクターに深みが出てくるのではと考える。
コクピットから、星空を見る様子が描かれている。
飛行機に乗ったとき、乗客が少なかったときサービスでコクピットに入れてもらって景色をみせてもらったことがあるけれども、乗客席の小さな窓からよりも、広く見える。「コクピットの外には万華鏡のような星空が広がっていた」の表現が素敵。
ギャルも怪人も、詳しい素性がわからず、颯爽と別れていくところはかっこよかった。主人公は彼女に好意めいたいものを抱いた割には、あっさりと別れて怪人と見送っている。それでよかったのかしらん。
怪人は物語の最後で「君が眠っている間、君のポケットから財布がこぼれ落ちていたんだ。私はそれを拾って戻しておいた」という。
財布を確認すると、確かに財布は戻っているが、札の枚数が曖昧であるため、怪人が本当に何も取らなかったのか、それとも何かを取ったのかがわからないまま。
怪人の考えや行動に対する疑念を残し、去っていく。
読者に「怪人は本当に善人だったのか?」という疑問を投げかけているのだろう。
怪人の行動や言葉には一貫して謎めいた部分があり、最後までその正体や意図が完全には明かされないため、読者に考えさせる余地を残している。
ハイジャック犯の仲間だったかもしれない。
あるいは機内で窃盗を働いていた、とも考えられる。別の事件の逃亡犯の可能性もあれば、有名な大学教授、困っている人を助けている団体の偉い人などなど。怪人の台詞は物語の余韻を深め、読者にさらなる想像を促している。
読後。なるほどと感じ入った。
本作は、「何事も信じるには、まず疑え」という教えが込められている。
怪人の奇妙なキャラクターと哲学的な主張が非常に興味深かった。現実を疑うというテーマが深く掘り下げられており、考えさせられる部分が多い。また、ハイジャックという緊迫した状況が物語にスリルを与えており、最後まで飽きずに読むことができた。最後の怪人の台詞からも考えさせられ、読後感も良かった。
懐疑主義は、物事を疑って考えることを大切にする考えのこと。
相手の言葉を鵜呑みにせず、その理由や証拠を探す。
例えば、テレビやネットで見たことが本当かどうか、他の人の意見も聞きつつ、自分で調べ考えることで、自分なりの意見や考え方を持つことができるため、間違った情報に惑わされずに済む。
たとえば、「おばあちゃんが言っていた、夜に外に出るとお化けが出る」と聞いたとする。
懐疑主義者は、「本当にお化けはいる? 誰かが見たって言ったの?」と考える。
懐疑主義は、より良く考え、学ぶための手助けになる考え方。
とくにネットで発信している人は、平気で騙しにかかってくる。鵜呑みにせず疑うこと。現代を生きるには欠かせない考え方を、本作は教えてくれている。
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