やきつき
やきつき
作者 @qwegat
https://kakuyomu.jp/works/16818093077705616808
亡くなった父と折り合いをつけるため、主人公は父との思い出の笛を再現しようとコンピューター部の先輩と共に、3Dプリンターを使って試行錯誤しながら制作、完成させる。コンピュータ部に入りたいと告白し、先輩に受け入れられる話。
現代ドラマ。
実にいい話。
伝統文化と最新技術の組み合わせ。先輩に協力してもらいながら、3Dプリンターを使った笛の製作を通じ、父の死と向き合い、コンピューター部に入ることで成長していく姿が描かれている。
笛を通じて新たなつながりを感じる。心温まる作品。
主人公は、一年生の女子。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。過去と現在が交差しながら展開する。
女性神話とメロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。
幼い頃。ソファに沈み込んでいる主人公は、父親が掲げる無骨な茶色の棒きれをよく見る。節目があり、竹でできているようだった。父親がその棒きれを回転させると、いくつもの孔が並んでいることがわかり「笛」だと教えられた。父は学者で、世界中を飛び回りながら文化や芸術を調査しており、その笛もある国の伝統文化として引き継がれてきたもので、個人的に現地の人に作ってもらったものだった。父親が笛を吹くと、主人公はその音色に魅了され、異国の風景や儀式の光景を思い浮かべる。
主人公は学校のコンピュータ室で、3Dプリンターを使って笛を再現しようとする。コンピュータ部の先輩に相談し、先輩は最初は迷惑そうにするが、主人公の提案に興味を持つ。先輩はウィキペディアで笛の特徴を調べ、シャクハチ類の一種であることを突き止める。
主人公は笛の写真を見せ笛の形状や孔の数を確認し、3Dプリンターで再現するための計画を立てる。
3Dプリンターは古い型落ち品だが、性能は現在の市販品と大差ない。先輩は最新のオープンソースソフトウェアを使ってプリンターの性能を引き出し、精度の高い笛を作ろうとする。
最初の試作品が完成し、先輩が笛を演奏するが、主人公はその音色に満足できない。何かが違うと感じる主人公に対し、先輩は音階の問題だと指摘し、次の試作に取り掛かる。
数週間にわたり、二人は放課後のコンピュータ室で試作を続ける。現実にある笛の3Dモデルをいくつか作り、音色が似ているものを改造。特製の倍音構成操作プログラムだかで穴の位置や吹き穴の形状をカスタマイズし、旋律がしっくり来る。
民族楽器には、その地域における伝統音楽の作法上の兼ね合いか、普段触れているものとは別のドレミファソラシドを採用しているケースが多いという。先輩は音階を元に楽器が作られた地域まで絞り出すことを目論んでいたが、変則的すぎて断念した。
先輩は遺伝的アルゴリズムを使って笛の形状を最適化。再利用可能なフィラメントなため、笛を作っては数音だけ奏でてすぐ溶かすを繰り返し、主人公の評価を元に更に精度を高めていく。
試作四十二号で、主人公は父の演奏を思い出させる音色を感じ、完成に近いと確信。試作四十三号が完成する。先輩がその笛を演奏すると、主人公は瞼の裏に異国の風景や儀式の光景が浮かび上がるような感覚を覚えるが、父の姿は見えない。
主人公は父の死に折り合いをつけるために笛を作り続けていたことに気づく。そして先輩に「私、コンピュータ部に入りたいです」と告白。「……なんだ、まだ入ってなかったのか」先輩は呆れたように笑いながらも、その申し出を受け入れるのだった。
三幕八場の構成になっている。
一幕一場の状況の説明、はじまり
主人公がソファに座り、無骨な茶色の棒きれを見つめる。その棒きれの認識を深めていき、最終的にそれが笛であることを知る。
二場の目的の説明
主人公は、コンピュータ室で先輩に出会い、3Dプリンターを使って笛を再現する提案をする。しかし、先輩の反応は冷たく、主人公は不安を抱える。が、先輩は提案に興味を示す。
二幕三場の最初の課題
主人公は、学者だった父が持ってきた笛に興味を持ち、笛の背景や文化を教えられ、その音色に魅了される。
四場の重い課題
主人公は思い出を話すと、シャクハチの一種だと知った先輩は笛について調べ始める。一枚だけある写真を元に、一度3Dプリントしてみることに。
#### 五場の状況の再整備、転換点
完成した笛を吹く先輩。なにかがちがうという主人公。先輩は次の制作に取り掛かる。
六場の最大の課題
何週間も試作した笛をテストするが、音色に満足できない。だが、音色に近い笛が完成する。先輩は「音階」の問題に気づく。民族楽器には、一般的に知られているものとは別のドレミファソラシドを採用しているケースが多いという。
三幕七場の最後の課題、ドンデン返し
十四号の時に先輩は、より良い音色を求めるための新たなアプローチ「遺伝的アルゴリズムでいく」と提案し、プログラムを書く。主人公は、自分の直感が重要であることに気づき、先輩との共作が新たな展開を迎える。試作四十二号の笛の音を聞いたとき、明日には完成すると思った主人公。
「また、面白い道具を持ってきてよ」出かける父の背中を見送ったことを思い出す。
八場の結末、エピローグ
完成した笛は音色だけでなく、文化的背景をも表現するものとなる。主人公は父との思い出を振り返り、折り合いを付ける。コンピューター部の入部を申し出ると、先輩に受け入れられる。
笛の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。
冒頭は過去回想からはじまっている。
遠景で「それは無骨な茶色の棒きれだった」と主人公の思考を示し、近景で「というのが、私の第一印象だ」と説明。心情で、主人公がどこにいてなにを見ているのかを詳しく描き、「『無骨な茶色の棒きれだ』という認識をとりあえず確立した私は、次に細部に目を向けた」と語る。
主人公がなんだろうと興味を持ったものを、徐々に描いていくことで、読者も追体験して共感を抱いていく。
主人公の目を通して見ているものを説明しては、「いや――きっと竹だろう、と私は思った」と感想を述べることで、読み手はなるほどと感じ、光景が目に浮かんでいく。
状況描写の書き方がいい。
「よく見ればその棒きれは、無骨な割にはなめらかだった。窓枠をくぐって訪れた太陽光が茶色に上塗りした白色の光沢は、ざらついた粗い竹材にはありえないような、むしろ澄み渡った湖の水面に浮かぶような印象を私に与えた」
モヤッとする。
棒きれの表面はなめらかだったことを描きたいのなら、「よく見ればその棒きれは、無骨な割にはなめらかだった」の一行だけで事足りる。どのように滑らかなのかを言い表したいのだろうけれど、むしろ比喩がわかりにくくなっている気がする。
「窓枠をくぐって訪れた太陽光に上塗りされ、茶色の棒きれは白色に光沢をみせている。無骨な割に、澄み切った湖面のような滑らかだ」みたいな感じかしらん。
「棒きれの手触りを想像した私の右手に、以前母の買い物についていったときに青果売り場で触った、みずみずしい紅のりんごがすとんと落ちて、すぐに消えた」
手に笛を持ったときの、主人公のイメージを表現していると思われる。実際には笛をもっていないのだろう。
父が持っている様子から重さを想像し、自分の手の上に置いたとき、以前成果売り場で触ったリンゴを思い出し、「これくらいかな?」と思ったということだろう。わかるようでわかりにくく、モヤッとする。
「『これは?』無骨というほど無骨でない気もしてきた棒きれを摘まんだまま、無骨も無骨な父の手指が、回転した」
これは、と尋ねたのは主人公だと思う。
一行の中に無骨が並びすぎて目が滑りそう。
主人公はソファーにいて、父は向かいのソファーに座っているかもしれないが、離れているのだろう。
その父が笛を持っていて、回転して見せているのだけれども、主人公の主観が混ざっていてわかりにくいかもしれない。
窓枠をくぐって訪れた太陽光に上塗りされ、茶色の棒きれは白色に光沢をみせている。無骨な割に、澄み切った湖面のように滑らか。無骨というほどでもない気がしてきた。
父は、細長い節のある指で、笛を回転させる。手首を軸に返された右手は、掌底に走る無数の土色の皺を私の視界から奪い去り、代わりに手の甲に走る皺をみせた。とうぜん、棒きれも同時に回転する。というより――単に、裏返る。
軽やかに回す動きから、以前母の買い物についていったときに青果売り場で掴んだみずみずしい紅のりんごが浮かび、あれくらいかなと手を握る。
「それは?」
「笛だよ」
長い文は十行近くで改行するものもある。句読点を用いた一文は、長すぎない。短文と長文を組み合わせテンポよく、感情を揺さぶってくるところもある。シンプルで親しみやすい文体が特徴。具体的な描写を通じて感情が伝わりやすい。台詞と内面の描写のバランスが良く、キャラクターの心情がしっかり表現されている。
笛という象徴的なアイテムを通じて、文化や音楽の重要性を掘り下げている点がいい。主人公と先輩の関係の成長がリアルで、共感を呼ぶところも素晴らしい。
五感の描写では、音の描写が特に豊かで、笛の音色や響きを具体的に想像できる。視覚的な要素(笛の外見や作業空間の描写)もあり、読者がその場にいるような臨場感を持たせている。状況描写が実にいい。
視覚は、棒きれの色や木目のディテールが詳細に描写され、視覚的なイメージが強調されている。コンピュータ室の光景や、先輩の動作が視覚的に生き生きと描かれている。
聴覚は、笛の音が具体的に描写され、演奏時の音色やリズムが感覚的に伝わる。コンピュータ室の機械音や、3Dプリンターの動作音が背景として音の印象を強めている。
触覚は、笛の手触りや、過去の体験(りんごの感触など)が描写され、物体の感覚が意識される。先輩が笛を持つ時の動作も、触覚的なイメージを与えている。
嗅覚、味覚は特にない。
主人公の弱み。初めは笛に対する自信がなく、他者とのコミュニケーションにも苦手意識がある。この内面の葛藤が物語をより深くしている。
亡くなった父との折り合いをつけるために、笛の制作をしようと思い至ったからだろう。元々内向的だったかもしれないし、父が亡くなってから人との関わり合いを避けるようになったとも考えられる。
個人的に作ってもらった笛ならば、父の私物だと思う。博物館に寄贈されたわけではないと思うのだが、自宅にはないのかしらん。
紛失したのか、あるいは火葬したとき棺の中に入れられたのかもしれない。
主人公は、寂しさから父を感じられるものが欲しかった。笛の思い出くらいしか、父と話したことはなかったのかもしれない。
笛に関する文化的背景や技術的な詳細、主人公と父についてもう少し掘り下げられていると、より深い理解と没入感が得られるかもしれない。
主人公はオタク友達から、先輩の話を聞いてやってきたらしい。その友達について背景や補足があると、物語に厚みが増すかもしれない。たとえばコンピューター部の部員とか。
先輩との関係が描かれる中での軽いコメディ要素が心地よい。
最初は不満そうな対応だった。
だが、「それはそれとして、君がした提案はなかなか興味深い」といい、「『3Dプリンターで楽器を再現したい』? 確かに……笛のような固定された構造だけで音を出すタイプの楽器なら、十分に実現できるアイデアだ。興味深い」
主人公に椅子を出して「座りなよ一年、詳しく聞きたい」という変わり身は、読んでいても面白く、先輩ではないけれども興味を持って主人公の話を聞きたいと思えてくる。
先輩の説明する場面に過去回想を用いるところも、いいなと思う。
音楽を聞いているときの想像が素敵。
この中でさりげなく「幼い脳の中ではそうだった」と書かれていて、笛の思い出は幼い頃だとわかる。
父が亡くなったのはいつ頃なのかしらん。
主人公が高校生なのか、中学生なのかもわからないので断定するのは難しいが、中学生なら、小学生の時に父を亡くしたのだろうと想像する。中学になって、3Dプリンターをつかって小物を使う先輩の話を聞いて、頼みに行ったのかもしれない。
主人公が高校生だった場合なら、似たような感じだろうけれど、亡くなったのは中学のときかもしれない。
制作する場面の、音がいい。
それまでは状況描写や心情、回想など、しっかりと書かれていてからの、「ぴいぴいががが、ぴいががが。ぴががが、ががが、ぴぴぴぴいががが。ががが、ぴ、ががが。ぴ。沈黙。ぴがががががぴががぴいぴががぴぴぴびいびいびびがががぴ。ういん」という書き方にギャップを感じつつも、状況をうまく表しており、インパクトもある。
笛の制作過程が特に魅力的で、音楽や文化についての興味も引かれる。
試作一号が出来上がったとき、物語の三分の二まで進んでいたことに気づかないくらい、制作に挑戦していく主人公たちに感情移入がし、物語に引き込まれていた。おまけに後半ラストまでのテンポが良い。
「四十二号を聞いたとき、明日には完成するなと思った」のあとに、父を見送る回想を挟んでから、先輩が笛を吹く。かつて父が吹いたのと同じように。音の描写が生き生きとしていて、実際に笛の音を聞いているかのような感覚を味わえる。作品全体が、視覚だけでなく聴覚や触覚が豊かに描かれているから、物語の世界に没入できるのだろう。
父を見送る回想は、折り合いをつけ、前に進んでいくことを暗示させての挿入だと思う。
回想を描くのは難しいといわれる。ストーリーがアクセルなら、回想はブレーキだから。読者は物語の続きを読みたいのだ。
本作では、冒頭や先輩との説明、主人公の内面の成長という場面で描き、ストーリーに絡めて使っているため、ブレーキを強く踏んでいる印象はなく、軽く速度を落としながらも前進しているように読み進めていける。使い所が上手い。
ラストも、長々としていない。笛が完成し、コンピュータ部の入部を告白。先輩は受理するという、スッキリしている。
とくに「呆れたようなからかうような表情でそういって、無意味に椅子を回らせるのだった」と、先輩がちょっと嬉しそうに感じている様子を状況描写で描いて見せて終わっているところが凄くいい。
椅子は、先輩の象徴なのだ。
椅子の動きで、先輩の心の動きが描かれてきているので、読後感がよかった。
読み終えて、タイトルを見る。焼き付けのことだろう。
焼き付けられたような光沢のあった笛。3Dプリンターでの制作。父との思い出に残るほどの強い印象。父が亡くなったことも、主人公の心に強く残っていた。先輩と増えを作り、新たな体験が強く焼き付けられ、主人公は成長し、前に進もうとしていく。実に良く、作品全体を表している。
笛が奏でる音楽が、記憶を呼び覚ますところもよかった。心に残る音楽は、誰にもあるだろう。あのとき聞いた曲をもう一度と思っても、どんな曲だったのか思い出せなかったり、巡り会えなかったりする。本作は先輩と協力して作り、出会うことができた。
音楽に会えても、父親に会える訳ではないのだ。
友情や伝統文化の重要性に気づかされる内容でもあるし、自己成長の過程から、読者自身の成長にもつながる気づきを与えてくれる。
印象的な作品で、音楽の持つ力をも再確認させられる良作である。
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