Hatching of Dreamers

Hatching of Dreamers

作者 絢茄

https://kakuyomu.jp/works/16818093084711469750


 演劇部に所属する増谷光が、高校生にしてピン芸人として活躍する天才的才能を持つ同級生・弦川からコントの脚本を依頼される。増谷は自分にその才能がないと感じ断ろうとするも、弦川の強い期待や魅力に引き込まれ、奮闘することを決意。彼のスタイルを分析しながら書き上げたネタを渡す。新宿ポラーホールに呼び出された増谷は弦川のライブで自作のコントを演じ、恐怖心を克服し自分を表現する瞬間を得る話。


 数字は漢数字は気にしない。

 現代ドラマ。

 全体的に心温まる作品。夢を追うことの大切さを感じさせてくれる。主人公の成長が感動的に描かれ、引き込まれる。キャラクターの描き方が丁寧で、感情移入しやすく素晴らしい。

 

 主人公は女子高校生、増谷光。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話とメロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。

 演劇部に所属する主人公の増谷光は、ピン芸人として活躍する天才的才能を持つ同級生の弦川から「来月末に使う五分尺のコントが欲しいんだ」と頼まれる。自分に才能がないと感じ、最初はその依頼を断ろうとするが、弦川のネタ帳には何度も書き直された鉛筆の後やボツと書き殴られたページもあり、努力してないわけがないことを知り、弦川の熱意と魅力に引き込まれて奮闘する決意を固める。

 動画サイトでコントを見漁り、弦川のネタ帳を読み込み、これまでの自分の脚本を見返して試行錯誤をくり返す。なかなか思うようにいかず不安と恐れが広がるも、ペンは止めたくなかった。幾度目かの夜に台本が形になる。コンビ用の五分尺が二つ、三分のピンネタが一つ。

 弦川に書いたネタ帳を見せ、どうだったかと尋ねると「増谷さんは、僕にダメダメなネタを見せるつもりで来たの?」と聞かれる。

「及第点なら出せたと思うの」と答えれば、「じゃあ上出来。結末はまだ分からないけど、現時点では僕は君に失望してないよ。むしろその逆」と言われLINE交換する。

 ある日「新宿ポラーホール。午後六時。来て」といわれ、ネタを見せてくれると思って行き、裏口で弦川に迎えられ「あのコントはね、増谷さん。君が演じるために書いてもらったんだ」と打ち明けられる。増谷は芸人になりたくて演劇部に入ったが、一年生の最初の公演のステージで、お客さんの視線やステージの明るさ広さが怖くて立てず、自ら裏方に回ったのだった。できないと答えると、

「できるかできないかなんて関係ない。僕は、君ならできると思ったから声を掛けたんだ。……もう一度聞くよ。“やりたく”、ないの」

「……“やりたい”よ、弦川くん。私、コントやりたい……っ!」 

 前の出番を終えたコンビが横を通り過ぎて舞台は暗転、残された大道具が回収。代わりに簡素な机と椅子が搬入され、出囃子が一際大きく流れ出しステージ上が明るさを取り戻す。

 弦川のライブで増谷はステージに立ち、自作コントを披露した。弦川は天才で。綺麗で生き生きとした振る舞いも、すべてが天職だと思えた。対して自分は駆け出しのヒヨッ子、殻も割れていないかもしれないが、いいネタをたくさん書けたら「私の相方になってください」と言おうと思うのだった。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場 状況の説明、はじまり

 演劇部に所属する主人公の増谷光は、弦川からネタ帳を渡され、「来月末に使う五分尺のコントが欲しいんだ」と頼まれる。

 二場 目的の説明

増谷は彼のネタ帳を返して断ろうと思っていたが、弦川は高校生の漫才大会に一年生で優勝、アマチュア芸人の大会はほとんどタイトルを総なめし、全国放送のピン芸人の大会に準々決勝まで進出して何社もの芸能事務所からスカウトを持ちかけられる存在。全国各地でライブ出演の仕事があり、彼の姿は学校で見かけることが少なく、会えない日々が続く。

 二幕三場 最初の課題

 ようやく彼に会って断るも、「できるかできないかなんて関係ない。君が本当に“やりたく”ないんなら、もう一度このノート、返しに来て」といわれる。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場 状況の説明、はじまり

 増谷光は演劇部に所属しているが、自分に才能がないと感じている。体育館でピン芸人として活躍する同級生の弦川から「来月末に使う五分尺のコントが欲しい」と頼まれ戸惑う。

 二場 目的の説明

 増谷の心の葛藤。弦川の才能に対する憧れと不安が交錯する。

 二幕三場 最初の課題

増谷が弦川にノートを返しに行く。弦川くんの期待を受け止めきれない。

 四場 重い課題

 増谷が弦川のネタ帳を見て刺激を受け、コントを書くことを決意する。

 五場 状況の再整備、転換点 

 動画サイトでコントを見漁り、弦川のネタ帳を読み込み、これまでの自分の脚本を見返して試行錯誤を繰り返すが、なかなか思うようにいかない。不安と恐れが広がるも、ペンを止めたくない増谷。幾度目かの夜に台本が形になる。

 六場 最大の課題

 弦川に書いたネタ帳を見せ「及第点なら出せたと思うの」と答えると「じゃあ上出来」と言われ、LINEを交換する。

 三幕七場 最後の課題、ドンデン返し 

 弦川からの突然の呼び出し。舞台袖で彼女のネタと二人で披露することを聞かされ驚く。

 八場 結末、エピローグ 

 増谷は過去のトラウマから舞台に立つことを恐れつつも、弦川の言葉に勇気をもらい、彼女自身の夢に向かう決意を固める。弦川のライブで増谷はステージに立ち、自作コントを披露する。いいネタをたくさん書けたら「私の相方になってください」と言おうと決意する。


 ネタの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。


 遠景は会話文からはじまり、近景で場所を示しながら、聞き間違えたんだと呟く。心情では、「ほら、さっきまで音響もいじってたし。だってそうじゃなきゃ弦川くんが、よりにもよって私に、ネタ台本なんて頼むわけない」と語る。

 ネタ台本といえば、お笑いの台本だと察することができる。

「……むり。無理無理、できないよ弦川くん。私、ただの演劇部員だし、それも裏方……私じゃ力不足だよ」

 突然のことで、主人公は戸惑っている。

 演劇部員だからといって、台本が書けるとは限らない。

 しかもコント。

 文章で笑わせるのは難しい。おまけに書いたこともなければなおさら。困窮する主人公に、共感を抱く。


「照明も焚いていないステージの上はかなり暗いのに、その目のハイライトは消えていない」

 目の描写がいい。

 目は口ほどに物を言う、といわれるほど感情が現れる部分。

 容姿や描写をするときは目を描くといいと言われるのも、相手の心情や性格、どんな思いなのかが読者に伝わりやすいから。

 彼の目はキラキラ輝いているし、自信に満ちている。

 疑ってもいない。主人公ならできると思っているのだ。


 また、状況としては、照明がついていないので辺りは暗い。

 主人公がショックを受け、動揺しているのが状況描写でわかる。


「あんまり眼差しが曲がらないものだから、ついつい彼の目にあった視線は彼の胸にいって、彼の手にいって、とうとうつま先まで下がってしまった」

 動きを示す書き方がされているので、読者は追体験できるから、俯いていく主人公の様子や気持ちが伝わってくる。ここの表現は実にいい。


 ノートを渡され彼が出ていくと、「途端に、野球部のランニングの掛け声がよく聞こえるようになる」周囲の音が聞こえてくる。

 客観的状況を描くことで、主人公が冷静になったことを、状況描写で描いている。だから、「どうして私なのぉ……?」と言葉が出てくる。

 たしかに、実に疑問である。


 彼は高校生でありながらピン芸人としてすでに活躍している。

 それなのに、ネタを書いてくれと頼んできた。

 主人公は演劇部では脚本を担当しているが、コントは書いたことがない。

 なぜ彼女でなければならなかったのか。

 

 帰宅して断ろうとして寝るときに、

「『そういうところだよ』って、言われなくてもわかってるよ」と独り言、もしくは胸の中で自分に呟いている。

 そういうところとはどういうところか。

 読んでいくと、かつて演劇部のステージに立つ機会があったが、失敗や緊張から立てず、裏方に回ったことが語られる。

 主人公はお笑いが好きで、人を笑わせたくて演劇部に入ったのに、人前で演じるのが怖くて逃げた過去があった。

 彼は、そのことを知っていたのかしらん。


 ノートを返しに行って断ろうとしたとき、「僕は、君ならできるって、言ったよね。お世辞でもおだてでもない、本心だよ。だから、できるかできないかなんて関係ない。君が本当に“やりたく”ないんなら、もう一度このノート、返しに来て」といわれる。

 できるできないじゃなく、やりたいかやりたくないか。

 理性でなく感情、頭でなくハートに聞いているところがいい。

 人の脳は死なないことが優勢事項なので、不安や面倒の妄想をみせてくる。脳は必要なことしか見えないから、夢を叶える情報は入りにくいし、体験記憶に影響を受けやすいため、体験していないこと尻込みしてしまう。

 脳の判断は妄想、緊張して失敗するとか上手くいかないといったことは虚構であり存在しない。

 彼の言葉を聞くことで、脳の判断に反応せず、心の中にある状態「やりたい」を言葉にされたから、ネタ帳を手にしたまま戻って来る。


 過去回想で、失敗した体験を思い出す。

 クラスメイトに声をかけられるまで、脳が見せる体験記憶にとらわれてしまっていた。

 弦川以外のキャラクターがやや薄い印象がある。彼女の背景など少し描くと物語に厚みが出ると考える。主人公と弦川の話なので、それ以外のキャラを強く描く必要はないけれども、主人公を引き立てるのは周りのキャラがあってこそ。なので、作中ですべて説明する必要はなくても作者は、次の授業は地学だと伝えに来たキャラクターがどういう子で、どの様な性格なのかは作り込んでおくといいと思う。


 ネタ帳を見て、天才だと思われていた彼の本当の姿の一端をみる。 ノートには努力の跡があった。

 天才になれなくとも、努力なら自分にもできると思えたから、「……書かないと、私……!」と行動する。

 偶然見かけた弦川に「弦川くん、私、頑張ってみる」「“やりたい”の、本当は」声を震わせて言葉にする。


 これまでは受け身になりがちだった主人公だったが、小さな殻を破る瞬間が描かれ、次の行動、意思を決定する瞬間以後は、積極的にドラマを動かしていくことになる。


 動画サイトのコントを見漁り、彼のノートや自分のこれまでの脚本も見返して作っていく。

「次の日が平日なことだけ確認して、何日経っているのかは数えないようにしてベッドに潜った。思えば、学校をズル休みしたのはこれが初めてだった」

 数日間、ずっとネタを作っていたのだ。

 主人公の思いの強さ、お笑いをやりたかった情熱が、この数日には込められているのだろう。 


 長い文は五行で改行。句読点を用いた一文は長くない。一文は短い。短文と長文を組み合わせテンポよくし、感情を揺さぶってくる。ときに口語的。登場人物の性格がわかる会話文で書かれており、全体的に読みやすい。内面的描写が豊かで、心理描写が深い。感情の揺れや成長過程を繊細に描写している。

 演劇やコメディに関する具体的な部分が盛り込まれており、リアリティがある。キャラクターの対話が生き生きとしているのが特徴。

 弦川と増谷の対比が鮮明で、二人の関係性がストーリーを引き立てている。主人公の成長が感情的に描かれており、読者が共感しやすいところがいい。

 増谷がコントを書く際の焦りや緊張感、舞台上での空気感など、五感を通じて感情が伝わる描写が豊か。例えば、観客のざわめきや緊張した息遣いが臨場感を生んでいる。

 五感を通じた描写が豊かで、読者に臨場感を与えている。

 視覚は、体育館の広さや暗さ。弦川くんの目のハイライト。照明が焚いていないステージの様子。黒髪が日の光に透ける描写。ノートに書かれた鉛筆の跡やバツ印など。

 聴覚は、体育館の中での野球部の掛け声。授業中のクラスメイトのざわめき。チャイムの音。演技に対する心の声や内面的な独り言。

 触覚は、手に残るノートの感触。硬い机や布団の感触。指先の冷たさや、心臓の鼓動を感じる描写など。

 嗅覚と味覚はとくにない。

 緊張や不安に伴う汗の匂いや口の乾き、昼食での微妙な感情の変化なども加えられると、さらに感情的な深みやキャラクターの内面を強調するのではと想像する。


 増谷の弱みは、は自己疑念や他者の期待に対する恐れが強く、最初は自分の才能に対して非常に不安を抱いている。本当は人を笑顔にしたい、芸人になりたいと思って演劇部に入った。

 でも、一年生の最初の公演で、失敗を恐れ、緊張のあまりステージに立つことができず、顧問に裏方に回らせてもらえるよう自分からお願いした。

 つまり、逃げたのだ。

 この弱さが彼女の成長の鍵となっている。

 

 書き上げた台本を見せると、「これ、コンビのネタ?」と聞かれている。五分尺のコントのネタとはいったけれども、コンビとは頼んでいなかったので驚いたのだろう。

 のちに、彼は主人公に「あのコントはね、増谷さん。君が演じるために書いてもらったんだ」と語っているので、はじめから主人公を一人でステージに立たせるつもりだったのだろう。

 素人を飛び入りでステージに上げるなんて、無茶が過ぎるのではと考える。たとえば、日頃から教室内でコントを披露して、面白いことを言っているのならば、彼が声をかけるのも理解できる。

 主人公は演劇部で裏方をしていて、脚本を書いていた。

 彼は、主人公が書いたお話の舞台を見たことがあるのかもしれない。でもコントは書いたことがないので、面白い舞台ではないと想像できる。それでも人を笑わせたいと思いは主人公にはあっただろうから、舞台のお話は面白かったのかもしれない。

 そう考えれば台本をお願いするのは理解できる。

 でも、台本が書けてもコントができるとは限らない。

「増谷さん、僕が言ったこと忘れたの。できるかできないかなんて関係ない」「僕は、君ならできると思ったから声を掛けたんだ。……もう一度聞くよ。“やりたく”、ないの」

 つまり彼は、主人公ならコントができると思ったし、コントをやらせてみようと思ったら声をかけたのだ。

 理由や理屈ではないのだ。

 

 主人公の目標を明確にし、性格や価値観、過去にどのような行動を取ったか、直面している問題や葛藤を描写されてきたので、読者は主人公がネタ台本を書き上げ彼に渡すのは予測できた。「……構成作家とか、も、いいかもしれない。どうせ、舞台には立てないんだし……」と思うのも理解できる。

「新宿ポラーホール。午後六時。来て」

 といわれたときは、ネタを披露するから見に来てということだと、主人公と同じように読者は思っていた。どんなネタを書いたのかしらんと興味を持って読み進めていくと、「裏口に来て。スタッフさんには話通してある」といわれる。

 特等席でみせてくれるのかなと思う。

 裏口で、「増谷さん、あの台本は頭に入ってる?」「あのコントはね、増谷さん。君が演じるために書いてもらったんだ」といわれる展開は、主人公ともども予想外で驚きと興奮を覚える。

「僕は、君ならできると思ったから声を掛けたんだ。……もう一度聞くよ。“やりたく”、ないの」

 再び聞かれて今度は、

「……“やりたい”よ、弦川くん。私、コントやりたい……っ!」

 と答えるのだ。

 ここの「ダメだよ、そんな聞き方したら。だって、それは呪文だから。弦川くんだけが使える、無敵の魔法なんだから」という表現が良い。

 主人公はお笑いが好きで、笑わせたいと思っていたけどできなくて、それを実際にやっている彼に憧れを抱いていた。

 ステージの前まで来て彼から「“やりたく”、ないの」といわれたら、「やりたい」と答えるに決まっている。


 彼が綺麗に見えたのは、舞台に立つためにメイクをしていた、もしくは心酔しているところもあったかもしれない。

 結末は客観的に描かれていて、どの様なコントを披露したのかはわからない。だけど、主人公の克服と成長が感じられる。


 読後。

 タイトルを直訳すると「夢見る人たちの孵化」。夢見る人たちが新たな可能性を見出し、自分の夢を形にしていく姿を上手く表している。

「Hatching(孵化)」は、卵から生まれる瞬間や新しいアイデアが芽生えることであり、主人公が自身の創造性を解放し、成長していく姿と重なり、夢を持つ人々が互いに影響し合い、支え合って可能性を引き出していく感動的な作品だった。

 舞台に立つ緊張感も伝わり、全体的に夢を追いかける勇気や、自己表現の重要性を改めて教えてくれる素晴らしい物語だった。





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