子どもの王国

子どもの王国

作者 高橋秋

https://kakuyomu.jp/works/16818093084702332411


 読書が好きな八重は、気がつくと不思議な小舟に乗っていた。舟の中で過去を振り返り、幼馴染のカンちゃんとの思い出が蘇る。彼は明るく活発な男の子。二人は小学校で再会するも突然の死により、八重は深い悲しみに包まれる。友達のミカと過ごすようになり少しずつ心を癒していくが、彼を忘れることはできない。八重は彼との思い出の本を再び手に取ったことを思い出す。死後の世界で他の子供たちと楽しそうに遊ぶ彼と再会。たどり着いた世界の名前、あの本のタイトル「子どもの王国」を八重は口にする話。


 現代ファンタジー。

 五感と感情豊かな描写が魅力的な作品。

 八重の成長と内面の葛藤が丁寧に描かれ、強く共感できる。

 驚かされる展開が次々起きるのも魅力だ。

 

 三人称、八重視点と神視点で書かれた文体。現在過去未来の順に書かれている。


 生前は男性神話の、死後は絡め取り話法と女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 八重は漕ぎ手と二人、小舟に揺られながらなぜ自分がこの舟に乗っているのかを考える。漕ぎ手に話を聞いてもらいながら過去を回想し、幼馴染のカンちゃんとの思い出していく。

 八重とカンちゃんは幼少期からの友達で、カンちゃんは明るく活発な男の子。一方、八重は本を読むことが好きで、内向的な性格。二人は小学校に入ると同じクラスになるが、性格の違いからあまり関わることはなかった。

 ある日、八重は母親が先生と電話で話しているのを聞き、自分に友達がいないことを知る。この出来事がきっかけで、八重は本を読むことをやめ、隣の席のミカと友達になる。ミカとの友情は八重にとって大切だったが、カンちゃんの存在が常に心の中にあった。

 八重はカンちゃんに本を貸そうとするも、勇気が出ずに諦める。そんな中、カンちゃんが突然亡くなり、八重は深い喪失感に襲われる。カンちゃんの葬式で八重は彼に本を渡すことができなかったことを後悔する。

 卒業式が近づくと、ミカが八重に告白する。ミカは八重がカンちゃんを好きなことを知っていたが、それでも自分の気持ちを伝えたかった。八重はミカの告白を受け入れられず、その後ミカは引っ越してしまう。ミカとの別れに八重は涙を流し、再び孤独を感じる。

 八重は地元の中学校、高校と進学し、再び本を読むようになる。ある日、図書室でカンちゃんに貸そうとした本を見つけるが、手が届かず、他の生徒に取られてしまう。でもその生徒が本を八重に渡し、付き合って、結婚して、息子が生まれて人生が終わったと思ったが、まだ先があったことを知る八重の乗る船は陸にたどり着く。

 小舟から降り、霧の中を歩いていくとそこにはカンちゃんが他の子供たちと楽しそうに遊んでいる姿があり、八重は彼と再会。物語のような雄大な城をみて、あの本の名前、この世界の名を口にする。「子どもの王国」と。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場の状況の説明、はじまり

 八重が小舟に揺られながら過去を回想する。

 二場の目的の説明

 幼少期のカンちゃんとの思い出や、八重の孤独と友情の描写。

 二幕三場の最初の課題

 八重が母親の電話を聞き、自分が友達がいないことを知る。

 四場の重い課題

 八重が本を読むことをやめ、ミカと友達になる。

 五場の状況の再整備、転換点

 カンちゃんが亡くなり、八重が深い喪失感に襲われる。

 六場の最大の課題

 卒業式が近づき、ミカが八重に告白する。

 三幕七場の最後の課題、ドンデン返し 

 八重が再び本を読むようになり、図書室でカンちゃんに貸そうとした本を見つける。

 八場の結末、エピローグ

 八重が小舟から降り、「子どもの王国」にたどり着き、カンちゃんと再会する。


 船の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 死後、三途の川を渡る小舟に乗りながら、自分の人生を振り返る中でカンちゃんとの思い出を回想していく流れになっている。

 主人公の八重は、漕ぎ手に語りかけている話を、読者は読んでいく形式になっているので、聞き入るように物語を読んでいけるところがいい。


 遠景で、「八重は、小さな小舟に揺られていた」と状況を示し、近景で漕ぎ手と二人で、水をかき分ける音だけが聞こえると説明。心情で、陸たどり着くには三十分くらいかかると語る。

 しかも、あの陸がなんなのか、なぜ船に乗っているのか、なにもかもがわからないという。

 わからない特異な状況。でも不安にはならなかったとあるし、漕ぎ手がいるので孤独ではない。ただ不思議な状況に興味がそそられる。


 置かれている状況がわからないのなら漕ぎ手に「どこに向かっているのですか」と尋ねると考えるかもしれないが、そんな言葉が出てこないのは、不安に感じていないから。

 人は不安だから、何かしらの答えを求めて安心しようとする。不安のもとにあるのは恐怖。でも、主人公は恐怖すら感じていない。あるがままを受け入れている状態なのがわかる。

 結論を言うと、すでに死んでいるからなのだけれども、冒頭のなにげない部分や、船に乗っているシチュエーションから、主人公はすでに他界してあの世に向かっているところなのだろうと感じさせている書き方がいい。


「ちょっと話を聞いてもらっていいですか?」

 と漕ぎ手に聞くと、「はい」と感情が乗っていないけれど、返事が来る。

「八重は、断られなかったことに安堵する」ように、読者も孤独ではなくてよかったと安心して話を読んでいける。


 この段階では、主人公の年齢がわかりにくい。三人称で書かれているので、大人の目線で幼少期を語ることができるため、難しい表現ができる。

 でも、子供のときの感情を描く場面は、子供らしい表現を感じさせられる。自分に友達がいないと気付かされたときと、ミカと出会って以降とでは、若干の違い、成長したような感じがする。


 主人公が、カンちゃんとの幼児期の頃を語っている。かなり詳しい。幼い頃の記憶は消えてしまうので、大きくなってから、周りの大人たちが話をしているのを聞いて知ったことだろう。

 それでも、ミカやカンちゃんのキャラクターをもう少し深掘りすることで、物語にさらなる深みが出せるかもしれない。容姿や普段の様子など。

 あまり描かれていないので、遠い感じがする。

 昔話をしているので、現実味を感じさせるよう描かなくてもいいかもしれないので、このままでいいのかもしれない。


 元気のいいカンちゃんと、仲が良いという感じではない。

 夢中で本を読んでいるところを、彼の笑い声に邪魔されている。

「八重は眉毛を寄せて、校庭を睨めつける。すると、待ち構えていたように、カンちゃんが八重にブンブンと手を振った。面くらいながら八重は、誰もみてませんようにと願いながら手を小さく振る。八重は、そのあと少し嬉しそうに自分の世界に戻るのだった」

 一緒に遊ぶことはないけれども、近くにいるだけで安心できる、そんな関係だったのかもしれない。


 長い文は数行で改行。句読点を用いた一文は長すぎない。一文は短めで。ときに口語的。読みやすい。繊細で感情豊かな描写が特徴。八重の内面の葛藤や感情が丁寧に描かれているところが実にいい。過去の回想と現在のシーンが交錯する構成。五感を使った描写が多く、読者に強い印象を与える。

 孤独、友情、喪失、再生といった普遍的なテーマを扱い、幅広い読者層に訴えかけているところがいい。

 視覚、聴覚、触覚などの五感を使った描写が豊富で、物語に臨場感を与えている。

 視覚は、八重が小舟に揺られるシーンや、カンちゃんとの思い出のシーンでの風景描写が豊富。ラストの霧の中を歩き、真っ白な城の描写が印象的。

 聴覚は、櫂が水をかき分ける音や、カンちゃんの笑い声、電話の音などが効果的に使われている。

 触覚は、八重が本を抱きしめる場面や、ミカの手を握るところなど、触覚を通じて感情が伝わる。

 嗅覚はないが、八重が図書室で本の匂いを感じる場面などがある。

 味覚はない。

 視覚や聴覚の描写が多い一方、嗅覚や味覚の描写が少ない。増やすさらなる臨場感をあたえることはできるかもしれないが、主人公は死んでいるので、生を感じさせる表現は避けたと思われる。。

 ただ、八重の感情や記憶を通じて、読者にさまざまな強い印象を与えている書き方がされているから、胸に迫るものがある。


 主人公の弱みは、内向的な性格。八重は内向的で、本に没頭することで現実から逃避する傾向がある。また、自己評価の低さがあり、自分に自信が持てず、他人との関わりを避けることが多い。


 母親が学校の先生との電話で、自分に友達がいないことを知る場面が書かれている。

 主人公にとっては、よほどショックだったのだろう。

 その嫌な記憶とともに、粘土で笑顔を作ったのに、カンちゃんとぶつかって壊してしまったことを思い出している。

 嫌な思いをしたので、カンちゃんは友達ではないという認識だったのかもしれない。


「ピーター・パンと飛ぶキラキラした空は、気づくとただの陳列した文字になっていた。軽い体は、気づくとどこにもない。本は、自分は飛べないのだという現実を改めて実感させるだけだった。あんなにキラキラしていた本は、黄ばんで誰かの手垢がべったりついた――薄汚いモノとしか認識できなくなった」

 こういう表現が実に良い。

 自分の世界に浸り、信じていたものが色褪せ、現実を突きつけられていく。寂しさや悲しさを感じさせ、共感していく。


 彼が「実はさ…、母さんから本を読めって言われてて……。八重が前よく読んでた奴、面白そうだから貸してくれない?」といわれて、「八重の脳内に彼とぶつかって壊れた作品の物語だと、気づく」

 そのあと、物語の世界を粘土で作ったけれど、彼に壊されてしまったことが描かれていて、「八重は、この世界が大好きだった。子どもが和気藹々と暮らし好きなことをする世界が、この表紙に描かれた真っ白なお城が……」とある。

 主人公が読んでいた本は一冊しか登場していないので、ピーター・パンの話なのがわかる。


「八重は、倒れている人形をみる。笑っているはずが、無理して笑っているように見えた。八重は、なぜかその人形にカンちゃんを重ねた」

 伏線になっている。主人公にも、カンちゃんが無理して笑っているように見えていたのだろう。感覚的なものだっただろうし、このときは粘土を壊されたこと、友達がいないことを知らされたことから、彼を正しくみることができていなかったにちがいない。

 そもそも子供なので、そこまで考えが至っていない、ということもある。

 それでも、「やっぱり貸してあげよう」と思い至る。

「八重は、本棚から暗い赤の背表紙の本を手に取る。表紙には、平らなお城と子供たちがいる。人形のモデルになった男の子もいた。絵の中の彼は、とても幸せそうにわらっている」

 彼と重なってみえたことで、ピーター・パンのお話は彼には相応しく思えたのかもしれない。

 あとで「表紙で笑っている男の子はカンちゃんにそっくりなのに、あの倒れた人形が重なって見えた」と描かれていて、貸してあげようと思った理由が明らかになる。

 でも、素直になれず、臆病な主人公は貸してあげることができなかった。


 そして彼はなくなってしまう。唐突で予想外。主人公が驚くんも無理もない。なぜ亡くなったのか、理由もわからない。おそらく事故なのではと邪推する。

 友達がいるはずなのに、葬式には子供の姿はないことから、自分とおなじで彼には友達がいなかったことがわかる。


 きっと、主人公に大きく手を振っていた頃から、彼には本当の友達はいなかったし、ひょっとしたら主人公だけは友達だと思っていたのかもしれない。

 そんな彼が、本を貸してといい、主人公は貸すことができなかった。周囲の子達の後悔の言葉とともに、後悔するけど、「しかし、自己嫌悪に陥ることはなかった。漠然と、カンちゃんが今笑っている気がしたからだ」とある。

 遅れてしまったけれども、彼に本を届けられたからかもしれない。


 ミカが告白してくる展開は驚かされる。「ミカは、嬉しそうな声を上げている。しかし、目だけが悲しい色をしている気がした」とあるので予想はできる。

「八重がカンちゃんを好きなのは、わかってる。だけど、どうしても伝えたかった……」

 一方的に告げて、返事をし、「わかってた」と笑った彼女は引っ越してしまい、もう会うことはなくなる。今生の別れだった。

 幼馴染と友達をなくした主人公は、とにかく悲しかった。「勝手すぎると思っても、涙は一向に止まらなかった」

 告白して引っ越していったミカにというよりも、出会って仲良くなった相手と突然別れなければならない世界の理不尽さに、勝手すぎると思ったのかもしれない。


 彼の棺に入れた同じ本を探しているときに出会った相手と「付き合って、結婚して、息子が生まれて……このまんま人生が終わったと思っていたのだけれど、まだ先があったのね」という展開に驚かされる、というよりも、そうだったと思い出す。

 これまでの話は、主人公が漕ぎ手にしていたことだった。

 船は陸に到着し、そこに彼がいて、子供たちと笑い合いながら遊んでいて、その場所は主人公が大好きだった真っ白な城があり、「――こどもの王国」と、世界の名を告げる。

 彼に本を渡したから、永遠の子供でいられる世界で、彼はたのしく過ごしていたのだ。最後の最後まで意表をついてきて、いいしれぬ涙が出てくる。


 読後。

 タイトルの『子どもの王国』とは、ピーターパンのネバーランドのことなのかと、最後腑に落ちる。

 八重がカンちゃんに渡そうとした本は、彼らの絆を象徴する特別な本だった。八重が大切にしていたもので、表紙には真っ白なお城と子どもたちが描かれていた。八重はこの本をカンちゃんに渡すことで彼との思い出を共有、つまり仲直りをしようとしたのかもしれない。

 でもそれは生前には叶わなかった。棺に入れたのは、仲直りの印だろう。

 その後再び本を手にする。カンちゃんとの思い出を象徴する本を手に取ることで、彼女は過去の悲しみを乗り越え、心の安らぎを見つけることができた。だから、相手の人と付き合って結婚してという、自分の人生を歩いていくことができたのだろう。

 死後たどり着いた物語の世界「子どもの王国」で、カンちゃんが楽しく笑って遊んでいるのをみて、主人公は安心したに違いない。

 八重にとって、カンちゃんは安心できる存在なのだ。

 主人公の八重は子供の頃ばかりを回想しているのは、ラストで子どもの王国で、カンちゃんと再会するために、子供にならなくてはいけなかったからだと思えてくる。子供の頃を思い出すと、人は当時の思い出とともに子供だったときみたいな笑顔をすることがある。すでに死んでいる八重は魂だけになっているはずだから、陸についたときには子供の姿になっているのかもしれない。

 非常に感動できる作品。

 感情豊かな描写と五感を使った描写が臨場感を与え、物語の世界に引き込んでいるし、八重の孤独や友情、喪失感に共感し、彼女の成長を見守ることで、読者自身も心の成長を感じられる。


 ひょうきんで、クラスで人気者だった子のことを思い出す。彼はいつもクラスの中心で友達もたくさんいるように見えた。でも高学年になってくると、いつまでも遊んでばかりいられないし、勉強もしなくてはいけない。彼は勉強が苦手で苦労していた。そんな彼は、カンちゃんと同じように突然亡くなってしまった。

 彼もまた、カンちゃんと同じように子どもの王国で笑いながら楽しく遊んでいたらいいなと、本作を読んで思った。




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