全てがプレリュード

全てがプレリュード

作家 オレンジ

https://kakuyomu.jp/works/16818093083177805874


 台風の日に土屋文一が経営する小さな不動産会社に長髪の男と少女が訪れる。彼らは「隠れ家」を探していると言い、山奥の古い一軒家を購入。その後謎の男たちが現れ、長髪の男の居場所を問い詰め、土屋に彼を殺すよう命じる。土屋は悩みながらも長髪の男に接触し、彼の過去と事情を知る。長髪の男は自らの髪を切り、偽の証拠を作り出して逃げ延びるが、土屋は謎の男たちに殺されてしまう夢をみた土屋は台風の日に店を閉める決意をする話。


 三点リーダーはふたマス云々は気にしない。

 現代ドラマ。

 テンポが良く、サスペンス要素も強くて引き込まれる。

 ファンタジー、夢オチというより正夢。

 独特な世界観を描いているのも本作の良いところ。


 主人公は、不動産会社に務める土屋文一。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在過去未来の順に書かれている。


 男性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 台風の日に主人公・土屋文一が経営する小さな不動産会社に、長髪の男と少女が訪れる。彼らは「隠れ家」を探していると言い、山奥の古い一軒家に三千万を出す。土屋は驚きながらも、彼らに家を売る。

 翌日、土屋の元に謎の男たちが現れ、長髪の男の居場所を問い詰めます。彼らは土屋に、長髪の男を殺すよう命じ、さもなければ土屋の家族を危険にさらすと脅す。土屋は恐怖と混乱の中で、長髪の男に接触することを決意。

 土屋は長髪の男の家を訪れ、彼の過去と事情を知ります。長髪の男は、かつて暗殺者として働いていたが、家族を守るためにその仕事を辞め、追っ手から逃げていたのだ。彼は土屋に、自分の髪を切り、それに血をつけて偽の証拠を作るよう提案する。

 土屋はその提案を受け入れ、長髪の男の髪を切り、血をつけて偽の証拠を作る。翌日、土屋は謎の男たちにその証拠を渡すが、彼らは土屋を信用せず、彼を殺してしまう。

 土屋は布団から体を起こし、夢から目覚める。自分が殺される夢。テレビを付けると、『明日から台風の影響で、一日中警報級の大雨が続くと思われます。傘の準備を忘れないようにしましょう』と流れる。正夢だと思い、長髪の男と関わると殺されると思った彼は台風の日に店を閉める決意をし、長髪の男と関わらないようにするのだった。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場の状況の説明、はじまり

 親の家業を考えもなく継いだ土屋文一。田舎の小さな個人経営の不動産会社に客は来ず、金は底をつき彼一人で経営している。明日から台風の影響で大雨がふるとニュースがいっている。

 二場の目的の説明

 台風の一日目。長髪の男と少女が訪れる。

 二幕三場の最初の課題

  長髪の男が山奥の一軒家を現金三千万で購入。金だけ置いていく。書類には土屋が買ったことにする。

 四場の重い課題

 台風二日目。謎の男たちが現れ、長髪の男の居場所を聞いてくる。家族に危害を加えると脅し、三日の猶予を与えられ、殺して死体をもってこいという。

 五場の状況の再整備、転換点

 土屋が長髪の男に接触しに、包丁を持って山奥の家を訪ねる。

 六場の最大の課題

 かつて暗殺者として働いていたが、家族を守るためにその仕事を辞め、追っ手から逃げていたのだ。彼は土屋に、自分の髪を切り、それに血をつけて偽の証拠を作るよう提案する。

 三幕七場の最後の課題、ドンデン返し

 三日後。男たちに、血のついた彼の長髪を見せ、殺して死体は埋めたと告げると、土屋は殺されてしまう。

 八場の結末、エピローグ 

 夢から目覚め、正夢だと知る。ニュースから台風が近づいていると知り、長髪の男に関わり合わないよう早めに店を閉める。


 台風の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 冒頭の導入は、印象的なワンシーンからはじまっている。非常に興味深く、引き込まれるところが良い

 遠景で、雨の日の出来事と示し、近景で台風の予報から一日中雨が降っていたと説明し、心情で「こんな大雨で客なんて来ないだろうと思っていた時だった」と語る。

 たしかに、と思わせることで共感を抱く。

 そこに訪れる客。主人公の日常が壊れ、非日常がはじまっていく。

 客観的状況を描いた導入。いわゆる前フリ。

 次からが本編。

 時間が戻って、主人公の日常が語らえる。

 考えもなく家業の不動産会社を継いだが、田舎では経営がむずかしく、従業員も雇えない状況。本人も転職を考えているという。

 状況描写は台風が来て、翌日には「線状降水帯が発生し、歴史的短時間大雨情報が発表」される。

 日常から非日常に入ったことを表している。

 大泣きするほどの経営状況は赤字なのかもしれない。

 そんなときやってくる真っ黒いコーデの高身長で長髪の男。手をつないでいるのは黒いレインコートを着た小学生。

 見るからに怪しい。

 

 隠れ家を買いに来たと語り、「山奥にある一軒屋があるだろう。格安の。そこに住みたい」友人から知ったという。

 この友人は、誰なのだろう。男の妻かもしれない。あとで合流しようとしていたとあるので、可能性はある。


 三千万を現金で払われて、主人公は「いいでしょう」と書類も書いてもらわずに売ってしまう。よほどお金に困っていたのだろう。

 どう考えても怪しい。

 怪しいけれど、お金を前にして目がくらんでしまったのかもしれない。


 長い文はこまめに改行。句読点を用いた一文は長くない。むしろ、一文は短く読みやすい。短文と長文を組み合わせてテンポよくし、感情を揺さぶってくるところもある。ときに口語的。シンプルで読みやすい文体。会話が多く、テンポが良い。登場人物の性格が伺える会話文がいい。

 日常と非日常が交錯するストーリー展開。リアルな描写と幻想的な要素が混ざり合っているのが特徴。

 日常の描写がリアルで、読者が共感しやすいのもよかった。

 なにより謎の男たちや長髪の男の過去など、サスペンスが強く、読者を引き込んでいるのが本作の良さ。

 五感の描写

 視覚は、雨の描写や長髪の男の外見、古い扉の描写など、視覚的な描写が豊富。

 聴覚は、雨音や扉の音、心臓の鼓動、銃声など、効果的に使われている。

 触覚は、雨に濡れる感覚や煙草を吸う感覚、包丁の冷たさなどが想起される。

 嗅覚、味覚はない。

 人物や風景、状況描写にしても、最小限に描かれている。本作の出来事の大部分は主人公がみていた夢なので、リアルに書く必要がない。そうした世界観にあった描写がされていると感じる。

 嗅覚や味覚がないのも、そうした理由からだと考える。この二つは主観が強いので、生の印象があるため、夢で描くとリアリティーが増してしまう。触覚も最低限に抑えているところもいい。


 主人公の弱みは優柔不断なこと。土屋は優柔不断で、なにをすべきか迷うことが多い。理由は一人で経営しているため、孤独感が強いと考えられる。

 一人になったら、あれこれ考えて迷う。

 客と対面しているときは、即時対応しなければならないので、反応が早いのと同時に、短絡的。大金を目の前に出されたら、要求を飲むし、「個人情報なので」と断り、「警察呼びますよ」と、脅されてありふれた対応をしている。 

 土屋のキャラクターをもう少し深掘りすると、物語に厚みが出るかもしれない。彼らの背景や内面の葛藤をくわしく描けば、感情移入しやすくなる。

 年齢もそうだし、どういった田舎なのか。妻がいるけど、家族経営をしているわけではなさそう。住居と職場は別にあるのだろう。


 後半、重要な場面はテンポが良すぎるかもしれない。

 長髪の男と接触して対話する場面は、裏稼業の彼らの関係性や緊張感を高めるために、長髪の男の過去や謎の男たちの背景をもう少し詳しく説明されていると理解しやすくなると考える。

「ある会社に勤めていたが、殺害が仕事だった事。大切な家族が出来たから辞めた事。追っ手から逃げていた事。妻とここで再会しようと約束し別れた事」

 要点はわかるけれども、長髪の男がなぜ追われているのか、彼の家族の状況などはわからない。子供がいたはずだけど、家を訪ねたときには出てこない。妻は殺されていることがのちにわかるので、追手の男たちを雇っている会社の関係者ではなかったのだろう。裏稼業の人間は、足抜けさせるわけにはいかない掟があるのかもしれない。


 殺された後、布団で目覚める展開は予想外で驚かされて、夢オチかと思いきや正夢で、これから起きるかもしれない出来事だった流れは、意表を突かれた。

 殺されないために、主人公は男に関わらない選択をする。

 それでも「彼はこのまま逃げ切れるのだろうか。妻が亡くなってしまった事は知れるのか。あの女の子は……」と心配して、扉を開けるのは、主人公のもっている弱さでもあり、情かもしれない。

 ラストの「だが、そこには誰も居らず、雨の姿しか、見えなかった――」の一文が、一抹の寂しさを残しながらも、日常に戻ってきた感じが漂っているのがいい。

 男がいった、「人々は何故か常識を当てはまらないものをおかしいと捉える。非常識だ、と。どうして非常識になっているか、と考えた事はないのだろうか」

 主人公には、この言葉がぐるぐると回っているかもしれない。

 

 読後。タイトルを読みながら、たしかに全てが導入部分だったとしみじみ思わされた。すべてが正夢だったが、その未来を選ばなかったという導入が描かれていたのだ。このあと、謎の男たちが不動産会社を訪ねてきて、男の行方を聞きに来るかもしれない。そのときもまた居留守をつかうと考えられる。たとえ応対しても、どこへ行ったのか知らないのだから、答えようがない。そういった、寂れた不動産の日常がはじまるのだろう。

 とにかく、物語の展開がスリリングで最後まで一気に読んでしまった。長髪の男や謎の男たちの登場が興味深かった。

 全体的に、楽しめる作品だった。

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