手を染める
手を染める
作者 こたこゆ
https://kakuyomu.jp/works/16818023213571022445
作家・積希糸織である文野紡希は高校生のころ、自らが生み出したイマジナリーフレンドの結糸と心の中で対話していた。結糸は彼女の創造性の象徴であり支えでもあるが、「ママ」と呼ばれることに複雑な感情を抱く。進路に悩み受験勉強に苦しむ中、担任から受験生としての自覚を求められ、自分の夢と向き合う中で結糸を手放す決意をする。しかし、別れがもたらす痛みと罪悪感に苦しみながら、作家になった紡希は、新作で愛しい子である結糸との思い出を書く決意をする話。
疑問符感嘆符のあとはひとマス下げるは気にしない。
現代ドラマ。
ミステリー要素もある。
奥深く、層になっている。
物語は回想と現在の描写が交互に進行し、主人公の内面の変化が丁寧に描かれている。やわらかく繊細な文体。感情や風景が美しい。
五感描写が豊かで、情景を容易に想像できるところが魅力的。
主人公は作家・積希糸織、本名は文野紡希。一人称、私で書かれた文体。自分たがりの実況中継で綴られている。過去回想と思われる部分は、三人称の紡希視点と神視点で書かれた文体。現在過去未来の順に書かれ、過去と現在が交差する。
絡め取り話法と女性神話の中心軌道に沿って書かれている
主人公の作家・積希糸織となった紡希が、「ママ」と呼ばれることを心の底で楽しみにしていたことを思い出す。彼女は幼い頃から心の中に存在していた愛しい子・イマジナリー・フレンドを思い出しながら、春風に揺れる真っ白なカーテンや柔らかい太陽の光が照らすフローリングの部屋でタイピングをしている。
いつも好きなクッキーとチョコレートを用意してその子供を待つのが好きだった。クッキーの味はかじるまでわからないが、そのワクワク感が好きで、母に頼むのはいつもこのクッキーとチョコレートだった。その子供は、楽しそうに、そして少し幼くクッキーをかじる姿が印象的であった。
その子供は全てではなかったが、一部であり、その喜びや悲しみ、怒りはまるで自分のことのように感じられた。会える時にはたくさんの話をし、好きな人の話や最近の冒険の話、住んでいる家や家族の話を共有していた。
紡希は一度、死んでしまいたいと思ったこともあったが、その子供が止めてくれた。初めてその子供を見たのは中学校の最後の日で、将来の話や友人の話に疲れてしまった日だった。生まれてきたばかりのような光と共に、その子供は紡希の前に現れ、彼女の中で成長していたのだ。
生まれなければ、死ぬこともなく、幸せも不幸もない。しかし、紡希はその子供と生きたかった。彼女はその子供の幸せだけを願うことはできないが、辛い目にも合わせてしまうかもしれない。しかし、それでも生み出してくれたことに感謝し、幸せであることを願っている。
紡希が高校生の時、愛しい子である結糸と会話するシーンから始まる。紡希は勉強がうまくいっていないことを結糸に打ち明けるが、結糸は「ママ」と呼びながら甘えるように話しかける。紡希は「ママ」と呼ばれることに複雑な感情を抱きつつも、結糸との会話を楽しむ。
結糸は恋人や夢、日常の出来事について楽しそうに話し、紡希はそれに応じてうなずく。しかし、結糸が進路希望調査書を見つけたことで、紡希は現実に引き戻される。彼女は受験や将来について悩んでおり、担任の先生や元先輩との会話を思い出す。特に、元先輩から「ピーターパン症候群」という言葉を聞き、大人になりたくない自分に気づく。
結糸との会話の中で、紡希は「まだ大人になりたくない」と告白するが、結糸はそれを理解しつつも、紡希が一緒に暮らす気がないことに寂しさを感じる。結糸が去った後、紡希は結糸のいない現実の寂しさと苦しさを痛感する。
紡希が自分の手が赤い血に染まっているように感じる。彼女は結糸を失った悲しみと罪悪感に苛まれている。部屋は夕日で赤く染まり、その赤が彼女の罪を責め立てるように感じられる。
紡希はキーボードを打ち続け、愛しい子を思い出しながらも、止まることができない。彼女は愛しい子を殺してでも進むと決めた自分を責めている。最後の文字を打ち終えた後、紡希は自分のひどい見た目に気づく。髪は乱れ、唇には血が滲み、目は空っぽである。
紡希は愛しい子が消えたいという願いを振り払ってくれたことを思い出し、もう一度結糸の声を聞いた気がする。彼女は最後の物語を書き終え、唯一の希望を紡いだのだ。
作家の積希糸織先生は手元のチョコレートを食べながら、彼女の編集者である小野さんと新作について話をする。小野さんは積希先生のウェブ時代からのファンであり、彼女の作品の魅力を語る。
積希先生は、高校時代から好きだったチョコレートを食べ続けていることを告白し、過去の思い出に浸る。新作として「祈りの糸」の加筆修正を本にしたいと考えており、小野さんもそのアイデアに賛成する。
積希先生は過去のキャラクターたちとの再会を夢を見、愛情と感謝の気持ちを抱いていく。中でも愛しい子である結糸は特別で、救ってくれたから作家になれたことに感謝し、今度は結糸がくれた幸せを教えたいと願うのだった。
三幕八場の構成になっている。
一幕一場 状況の説明、はじまり
主人公の紡希が「ママ」と呼ばれることを心の底で楽しみにしているシーンから始まる。彼女は、幼い頃から心の中に存在していた愛しい子を思い出しながら、春風に揺れる真っ白なカーテンや柔らかい太陽の光が照らすフローリングの部屋でタイピングをしている。
二場 目的の説明
紡希は、いつも好きなクッキーとチョコを用意して愛しい子を待つのが好きでした。愛しい子は、楽しそうにそして少し幼くクッキーをかじる姿が印象的でした。紡希は愛しい子との会話を楽しみ、彼女の喜びや悲しみを共有する。
二幕三場 最初の課題
高校生のとき、紡希は勉強がうまくいっていないことを愛しい子・結糸に打ち明けるが、結糸は「ママ」と呼びながら甘えるように話しかけます。紡希は「ママ」と呼ばれることに複雑な感情を抱きつつも、結糸との会話を楽しむ。
四場 重い課題
結糸が進路希望調査書を見つけたことで、紡希は現実に引き戻される。紡希は受験や将来について悩んでおり、担任の先生や元先輩との会話を思い出す。特に、元先輩から「ピーターパン症候群」という言葉を聞き、大人になりたくない自分に気づく。
五場 状況の再整備、転換点
結糸との会話の中で、紡希は「まだ大人になりたくない」と告白するが、結糸はそれを理解しつつも、紡希が一緒に暮らす気がないことに寂しさを感じる。結糸が去った後、紡希は結糸のいない現実の寂しさと苦しさを痛感。
六場 最大の課題
紡希は自分の手が赤い血に染まっているように感じるシーンから始まる。彼女は、愛しい子を失った悲しみと罪悪感に苛まれている。部屋は夕日で赤く染まり、その赤が彼女の罪を責め立てるように感じられる。
三幕七場 最後の課題、ドンデン返し
紡希はキーボードを打ち続け、愛しい子を思い出しながらも、止まることができない。彼女は、愛しい子を殺してでも進むと決めた自分を責めていく。最後の文字を打ち終えた後、紡希は自分のひどい見た目に気づく。髪は乱れ、唇には血が滲み、目は空っぽだった。
八場 結末、エピローグ
作家の積希糸織(つむぎしおり)先生と彼女の編集者である小野さんの会話から始まる。積希先生は手元のチョコレートを食べながら、小野さんと新作について話す。小野さんは積希先生のウェブ時代からのファンであり、彼女の作品の魅力を語る。
積希先生は、高校時代から好きだったチョコレートを食べ続けていることを告白し、過去の思い出に浸る。彼女は新作として「祈りの糸」の加筆修正を本にしたいと考えており、小野さんもそのアイデアに賛成。積希先生は過去のキャラクターたちとの再会を夢見、彼らに対する愛情と感謝の気持ちを抱く。
愛しい子の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どのように関わり、どんな結末に至るのか興味が湧く。
主人公の内面、心情が強く、現在と過去が交錯して書かれている。
現在は一人称、過去回想は三人称と書き方を変えているが、冒頭に登場する主人公と本編に出てくる人物が同じ人なのか、いまがいつなのか、主人公はいくつなのか、その辺りがわかりにくく、混乱を覚えるかもしれない。そんな作りだから、作品を深く読もうと意思が働く。
遠景で『ねえ、ママ』と呼ばれ、近景で心の底で呼ばれることを楽しみにしていたと説明し、心情で、「幼い時から私の中にいて、苦労して生み出した愛しい子」と語る。
愛しい子とはイマジナリーフレンドだと、読者に説明している。
また、同時に子供でも生んだのかしらん、と読者にミスディレクションを起こさせようともしている。
情景描写で主人公がどこにいて、なにをしているのかを描きながら、愛しい子との思い出を思い出す。
その中で、「いっそ死んでしまったら、と思ったこともあった」「でも、彼女が止めてくれたから。初めて彼女を見た日。最後の中学校で、将来の話にも友だちの話にも疲れてしまった日」とある。
このあたりで、主人公は孤独で可愛そうだと感じ共感を抱く。
ただ、「幼い時から私の中にいて、苦労して生み出した愛しい子」とあるので、主人公の中にはもっと小さいときに、愛しい子はうまれているはず。
イマジナリーフレンドは、本人には見えている。
昔、イマジナリーフレンドの子には実際に見えているかどうかという研究があって、本人には見えていると認識されているとあった。
だから、中学の時にはじめてみたというのは、モヤッとする。
主人公にしたら、もっと前に見えているはず。
おそらく、これまでは主人公が呼びかけたら出てきた愛しい子が、自殺しようとしたときは、彼女である結糸から現れたのかもしれない。それ以降は、結糸から現れるようになったと想像する。
「ずっと前から好きなクッキーとチョコを用意してあの子を待つのが好きだった」とあり、イマジナリーフレンドはリラックスしているときに現れやすい。
しかも、なにかしら食べ物があると現れやすい、ということもある。
「あの子は、いつも楽しそうに。そして少し幼くこのクッキーを齧るのだ」とあるように、イマジナリーフレンドは二重人格ではないけれども、本人でもあり、インナーチャイルドの側面もある。
「少し幼くこのクッキーを齧る」のは主人公であり、幼い子供の心をもっている証でもある。
「あなたと会う時に、私がうまくいってた試しは数えるほどかな」
親に怒られたり、友達がいなくてさびしかったり、そうした辛いことの積み重ねから生まれた存在。
友達でもあるが幼いゆえに、主人公自身が親代わりとなって、心の中のもう一人の自分でもある友達と接することで満たされない思いを満たそうとしていく。
だから「ママ」と呼ばれる。
でも主人公はママと呼ばれるのに抵抗を感じている。
主人公自身が成長した証でもある。
それがよくわかるのは、進路希望調査書をみて、「ねえ、うまくいってないのはこれ?」といわれる。
先生や先輩に言われたことの回想を挟んでから、「つむぎは――ママは、わたしたちと一緒に暮らす気はないの?」
「…………うん、そうだね」
「そっかあ」
とやり取りをしている。
「わたしたち」とあるので、インナーチャイルドは一人ではないのかと迷ってしまう。
愛しい子は、主人公の創作した世界のキャラクターのことでもあり、その中でも結糸は象徴的、中心的な位置づけなのだと思われる。
大人になれない人のことをピーター・パン症候群という話を元先輩から聞いて、主人公は大人にならなくてはいけないと思い、結糸を手放すことを決意したのだ。
長い文は数行で改行。句読点を用いた一文は長くなく、一文は短め。読みやすい。短文と長文を組み合わせテンポよくし、感情を揺さぶるところもある。
文体は詩的で、感情の細やかな描写が特徴的。比喩や感覚的な表現が多用され、五感に訴える描写が豊富。特に、春の日差しやクッキーの香りなど、具体的なイメージが心に強く残る。また、内面的な独白が多く、主人公の感情に寄り添った視点で物語が進む。紡希の感情に共感しやすい。積希先生の内面描写が丁寧であり、感情の動きがよく伝わる。
全体的に紡希と結糸の関係性が丁寧に描かれており、読者に感情移入させるところがいい。キャラクターたちの魅力や、過去の思い出に対する感情がよく描かれているところも、共感を呼び起こす。
五感描写は豊かで、情景を鮮明に伝えている。
視覚は、春風に揺れるカーテン、太陽の光がフローリングを照らす様子、夕日が部屋を赤く染める描写が多く、感情の変化に合わせて環境が色彩豊かに描かれる。真っ白なカーテンが春風に揺れる様子、柔らかい太陽の光がフローリングを照らす光景。結糸の笑顔、クッキーの袋を開ける仕草、夕日で赤く染まる部屋、紡希の乱れた髪や血の滲んだ唇、紺色の夜空小野さんの無邪気な笑顔や、積希先生が涙を拭うシーンなど。
聴覚は、タイピングの音や会話のリズムが、日常の中の孤独感や温かさを感じさせる。部屋に響くタイピングの音、結糸の声や、カタカタと指を動かす音、キーボードを打つ「カタカタカタカタ カタカタ カタン」風の音など。小野さんの声や、過去の声が春の日差しの中を通り抜ける描写など。
嗅覚は、クッキーの香りやチョコレートの匂いが、結糸との楽しい思い出を呼び起こす。結糸がクッキーの匂いを嗅ぐシーンがあります。チョコレートのほのかな酒の香りが鼻腔をかすめる描写など。
触覚は、自分の手が赤い血に染まっているという感覚が、紡希の内面的な葛藤を強調する。春風の感触や、クッキーをかじる感覚。冷たい風に撫でられる感覚や、胸の痛みなどが描写。キーボードを打つ感覚、唇を噛む感覚涙を拭うシーンや、チョコレートを口に入れるシーンなど。
味覚は、クッキーの普通の味と特別な思い出が、紡希の感情と結びついている。クッキーの味がかじるまでわからないこと、クッキーとチョコの味。 結糸がクッキーを食べるシーンで、いちごジャムやアーモンドの味について触れられています。唇を噛んで血の味がする描写。チョコレートの味を楽しむシーンなど。
主人公の弱みは、紡希の「大人になりたくない」ことが物語の中心テーマとなっており、紡希の内面の葛藤や不安が描かれ、読者に共感を呼んでいる。
手放したことを、「走った後のように息が苦しく、手が石のように動かない理由が。彼女は、自分の手が赤い血に染まっているような気がした。それが幻なのは分かっている。あの子は、血の一滴も残さないまま逝ってしまった」身体的な比喩を用いながら触覚と感情を描いて、読者に追体験させる表現は生々しくドキリとさせられる。
「ぼやけて見える誰もいない部屋は、夕日で赤く染まっている。それは、紡希にはひどく恐ろしかった。まるで、罪を責め立てるようなその赤が、自分の体にまで乗り移るように思えるほど」
ここの表現が良い。
状況を説明してから、感情を添えている。そうすることで、主人公の心情が読み手により伝わってくる。
執筆に励んでいる姿が描かれている。
「カタカタ カタ カタリ」
このオノマトペがいい。
キーボードを叩いている大人のだけれども、カタリが語りとかけていて、主人公にとって執筆は対話をしているのを表しているのだ。
「止まってはいけない、と紡希は分かっていた。止まったら、全部を台無しにしてしまう。幸せだった頃を取り戻したくなる。いつまでも、ここで愛し子と話していたくなってしまう」
語ることは同時に、前に進むということも意味している。
創作する人ならわかるように、一つの結末に向かっていく。
「紡希にも分かっていた。彼女は、幼い自分の夢であり砦だった。小さい頃はただの友達で、大きくなって紡希に生み出されてからは紡希の命綱だった。けれど、その温かく優しい繭を紡希は切ったのだ。それは、最初(プロット)の時から決まっていたことで」
子供がいつかは親離れするように、主人公もわかっていたのだろう。
創造物は創造主に殺されるとはよくいったものだけれども、「ママはわたしのことを愛してくれた。ちゃんと知ってる。だから、ママが思っていたように、ちゃんと殺してね」といわれてしまうのは、たしかにショックだろう。
『わたしが死んでも、彼はしあわせだといいなあ。忘れ形見は遺せなかったけどね』
彼とは誰なのかしらん。
作家になってから、編集の小野さんが、「もちろんです! 私は、積希先生の、ウェブ時代からのファンですから」といったのに対して、「『ウェブ時代からの』それは、血に染めた手で、未来を掴むために足掻いていた時期だ」とあり、主人公が高校時代にカタカタとキーボードをならして執筆していた作品のことであり、「先生の『祈りの糸』の加筆修正ですよね! 私が一番好きなのは、あの物語です! 一途で純粋な結糸や、夫の不器用な風太! 幼い頃の夢の先で、大切な人を我が身を犠牲にして守る感動ストーリー!」と出てくる。
つまり、彼とは風太のことかもしれない。
また、「最初(プロット)の時から決まっていたことで」ところから、主人公は自分の小説の中で結糸が死んでしまう話を書いたのだろう。
主人公には、イマジナリーフレンドの結糸がいて、高校時代に結糸との別れの経験を元に、結糸が登場する物語をウェブ小説で書いたことがあるのだろう。愛しい子(下)は『祈りの糸』を執筆している様子を描いていたのだ。
作品を描くことで、また彼女に会える。以前のようにはいかないかもしれないけれども、「あなたを幸せにはできないかもしれない。辛い思いも沢山すると思う。それでも――あなたに生きてほしい。生きていれば、笑えるかもしれないのだから。少なくとも、あなたは私を救ってくれた。ここまで連れてきてくれた。あなたがくれた幸せを教えたい」という主人公の想いは、凄いわかる。
昔書いた作品のキャラクターには、思い入れがあるもの。
同じではないけれども、書くことで書いていた当時の感覚が蘇ってくるし、懐かしさも出てくる。同窓会でないけど、旧友との再会は込み上げてくるものがある。
「『このさきで、会えるならあなたと会いたい』私は声の主を探さなかった。だって、その声はもう過去のものだから」
イマジナリーフレンドの声ではなく、主人公の思い出の声だったのだろう。それだけ主人公は立派な大人になったことを暗示させている。それでいて憂いのある主人公の表情が目に浮かんでくるようだ。
キャラクターの深掘り、主人公と結糸の背景や感情の変化や内面の葛藤、対話がもう少し具体的に描かれると物語に深みが増すと考える。小野さんや積希先生のバックストーリーや内面の葛藤も同じく。場面の状況でなにが起きているのかをわかりやすくすると、物語全体の完成度がさらに高まるのではと邪推する。
読後にタイトルを読んで、結糸を消してしまったことで手が血で染まったみたいに途中で思う場面もあり、創作でキャラクターを殺していく様子を思い浮かべ、キーボードを叩けば叩くほど手が血で汚れていくみたいに思えたときもあったけど、そうではない。
結糸と手を繋いで歩いていくこともできたと思うけれども、いつか一人で歩いていく自覚をもったから、その手を離して歩き出した。そのおかげで作家になることができたのだ。
手を染めたのは、悪いことではなくて、作家の手になったみたいな感じがする。
子供のときはぷにぷにと柔らかい手だったが、働いていくと、硬くカサついたり傷ついたり、ゴワゴワになったりしていく。それは悲しいことではなくて、一つのことに従事していくと、仕事ができる手になっていく。大工なら大工の、料理人なら料理人の、作家なら作家の。
主人公の手も、作家という職人の手に染まったのだ。
それは自身が生み出した結糸との別れがあったればこそ。
かつて書いた作品をもう一度書くことで、再会もできるかもしれない。そのときは感謝を伝えようと胸を膨らませていく。読後感はよかった。
宮崎駿は自分がこれまで描いたキャラクターについて、いつまでも子供ではなく成長していると認識しているらしい。
どんな創作する作者にも思い入れのあるキャラクターはいて、物語を紡ぐことでまた会える。主人公が大人になった分、きっと結糸も成長しているに違いない。そんな彼女と出会うのもまた楽しみだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます