太陽よりも欲しいもの
太陽よりも欲しいもの
作者 藤咲雨響
https://kakuyomu.jp/works/16818093083917224110
陽葵は突然訪れた高校時代の友人あめに驚きつつも、再会を喜ぶ。二人は高校時代の思い出の喫茶店『ひぐらし』を訪れ。過去の出来事や現在の状況について話し、互いに謝罪し合う。 二人は花火大会を見に行き、六年前に主人公が告白してくれたことに感謝の言葉を述べ、結婚することを告げる彼女は一緒に花火を見たかったと涙ながらに告げ、二人は別れる話。
現代ドラマ。
感情描写が豊かで、内面の葛藤が丁寧に描かれている。
五感を使った描写が物語に臨場感を与えており、陽葵とあめの感情に共感しやすいところがいい。
主人公は日向陽葵。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。全体的には涙を誘う型、苦しい状況→さらに苦しい状況→願望→少し明るくなる→駄目になる、の流れに準じているようにみえる。
日向陽葵は女性神話、紫苑天はそれぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。
◆現代
主人公日向陽葵が夏の暑さに苛立ちながらも怠惰な日々を過ごしている。ある日、突然高校時代の友人である「あめ」が訪ねてくる。あめの名前を聞いた瞬間、主人公は驚きと共に急いで玄関へ向かう。あめは深々と頭を下げ、突然姿を消したことを謝罪する。主人公は戸惑いながらも、あめとの再会に心を揺さぶられる。
二人はぎこちない会話を交わし、あめは主人公に、高校時代通っていた喫茶店へコーヒーを飲みに行こうと誘う。主人公は支度するからと即答。あめは先に行って待っていると言い残して去っていく。主人公は夢のような出来事に戸惑いながらも、あめとの再会に胸を高鳴らせる。
◆過去回想
主人公の陽葵は、夏休みの宿題に追われている高校生。彼は、久しぶりに連絡を取った友人のあめに数学の問題を教えてもらおうとするが、緊張してしまう。あめとの電話で、彼女が来訪を提案するが、母親の存在や部屋の状態を理由に断る。翌日、喫茶店であめと会い、宿題を教えてもらうことに。そこに、他の友人たちも偶然現れ、賑やかな勉強会が始まる。陽葵は、あめとの時間を楽しみながらも、彼女に対する気持ちを再確認する。
勉強会の途中で友人たちが眠ってしまい、陽葵とあめは二人きりになる。陽葵はあめに感謝の気持ちを伝え、あめもまた陽葵に感謝の意を示す。
その後、あめが陽葵を土曜日のお祭りに誘うも、結局四人で行くことに。祭りの日、陽葵はあめに対して特別な感情を抱いていることを感じつつも、なかなか言い出せない。祭りの途中で雨が降り出し、花火は中止。二人は古い駄菓子屋の庇の下に避難する。そこで陽葵はついにあめに対する気持ちを告白するが、あめは驚きと戸惑いの表情を見せ、雨の中へと飛び出していってしまった。主人公は彼女を追いかけようとしするも、足が動かず、その場に立ち尽くしてしまう。
◆現代
主人公は、友人「あめ」と再会するために、六年前に通っていた喫茶店「ひぐらし」へ向かう。彼は過去の記憶に浸りながら、あめと再会。二人はお互いに謝罪し合い、過去の出来事を振り返る。
◆過去回想
あめが去ってから、雨に降られながら帰宅するとスマホが着信音を鳴らす。友人から、あめが親の転勤でアメリカにいくことを告げに喫茶『ひぐらし』に来たという。聞いていない主人公は、彼女は伝えようとしたが自分が告白したらから機会を奪ったことに気づく。苛立ち玄関の鏡に八つ当たりし怪我をする。
◆現代
あめから、友人たちが結婚する話を聞く。その後、主人公はあめと共に花火大会に行くことを提案し、二人は花火を見に行く。二人は川沿いの土手に座り、花火を見上げながら過去の思い出に浸る。主人公はあめに対して長年の想いを抱いており、花火を見ながらその感情が高まる。花火が打ち上がる中、主人公はあめの手を握ろうとしますが、あめはその手を振り払い、六年前に主人公が告白してくれたことに感謝の言葉を述べ、結婚することを告げる。主人公はその言葉に衝撃を受け、言葉を失う。
あめは結婚相手が自分を「シオン」と呼ぶことに違和感を感じていることを打ち明けますが、それでも彼を愛していると語ります。
花火を見ながら、あめは結婚することを告白し、主人公はその事実にショックを受ける。あめは、自分の名前を「シオン」と呼ぶ婚約者のことを話し、涙を流す。最後に、あめは主人公と一緒に花火を見たかったと告げ、二人は別れを迎える。
三幕八場の構成になっている。
一幕一場の状況の説明、はじまり
現代。陽葵があめと再会する。
二場の目的の説明
二人が過去の思い出を語り合い、友情を再確認する。
二幕三場の最初の課題
六年前の高校時代。電話でのやり取りから、喫茶店での再会、勉強会へと展開。
四場の重い課題
勉強会から始まり、祭りへ。雨の中での告白。あめは走り去っていく。
五場の状況の再整備、転換点
現代。喫茶『ひぐらし』にて、あめと再会、過去の謝罪。回想で、あめがアメリカへ行くとしってショックを受ける。
六場の最大の課題
あめから、友人たちが結婚する話を聞く。その後、陽葵が花火大会に行くことを提案し、二人は花火を見に行く。
三幕七場の最後の課題、ドンデン返し
花火大会を見に行き、六年前の告白の感謝と、あめが結婚する話を聞く。
八場の結末、エピローグ
一回でいいから一緒に花火が見たかったと泣きながら告げる彼女。二人の別れ。
春を追い越していた夏の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。
二話から過去回想が唐突に始まるので混同しやすく、過去と現在が混在している。現在、過去、未来の順に書いたほうが、読み手側もわかりやすいと考える。
主人公があめと再会し、支度をするからと彼女が先に喫茶店へ行ったあと、主人公がシャワーを浴びて全身ずぶ濡れになりながら右手の痛みを覚えるまで書く。
そこから過去回想に入り、高校生の主人公の日常である喫茶店の様子を描き、花火大会が中止になって告白し、彼女が走り去って追いかけられず、ずぶ濡れで帰宅して友人からの連絡を受けてアメリカ行きを知り、ショックで八つ当たりして怪我をするまでを回想。
現代に戻って喫茶店で再会、二人で花火を見て結婚の話を聞き、二人は別れていく。
こんな流れのほうが、読み手も物語の世界へ入りやすいのでは、と考える。
書き出しが意味深でいい。主人公にとっての春が過ぎ、ラストの展開を暗示しているかのようである。
遠景で今が夏だと示し、近景で具体的に描き、心情で部屋の暗さの中で蝉のうるささを感じ、音量を上げていく主人公。しかもお菓子を食べながら、怠惰な様子をうかがわせている。
夏の暑さにだらけてしまっている様子から、共感を抱きやすい。
「珍しく、廊下の向こうから騒がしい足音が近づいてきた。勢いよくドアが開く。ノックも無いらしい。キラキラと埃が舞い上がる」
聴覚から描くことで遠さを感じ、視覚を加えて描写に臨場感を出している。
ホコリが舞い上がるところから、随分と掃除していないことを連想させている。そうした描写から、主人公が引きこもっているのを感じる。
母親が呼びに来た。しかも高校時代の友達がみえたという。
来訪があることから、孤独ではないかもしれないと思える。
「飛び出しかけた罵倒の言葉は、自然とどこかに消えていった」
普段、母親に対する態度が感じられる。
主人公が身だしなみを気にしている様子が描かれている。異性だろうと想像する。ここまで主人公の名前や性別もでていない。
「この家の玄関には鏡がないらしい」
六年前に主人公が割ったからだろう。新しい鏡を買わなかったのかしらん。初見ではそういうことはわからない。それよりも、なぜ「らしい」なのかしらん。引きこもっていて、家の内情に関心がないことを表しているのかもしれない。
主人公はあめとの再会に驚いている。
「間違いない。あめだ。かなりメイクは濃くなっているものの、その顔は、記憶の中のあめとぴったり重なった。大きな瞳で下から見上げるような癖も変わっていない。乱れた髪を耳にかける姿がひどく眩しく映ったのは、きっと久しぶりに対面した太陽のせいだけではないだろう」
このあとで、
「湿っぽい瞳が、彼女との間を満たす虚空へ向けられる。肩に触れるか触れないかの長さで切り揃えられた金色の髪が、ふわりと揺れた。タイトなジーンズ、黄金色に輝く肌。足元にはこちらが心配になるほど高く細いヒールを従えている。ふと、どこからか寂しさが込み上げてきた」
具体的な容姿が描かれている。
彼女の見た目は、おそらく主人公が知っている昔の彼女とちがう。だから「……うん、もちろん。全然、変わってないね」歯切れが悪いのだろう。
昔の彼女の容姿を読み手は知らないのでなんともいえないが、黒髪から金髪になっていたら驚くし、変わったと思うだろう。
見た目の変化に驚いたことを先に描いてから、よく見て、言葉をかわし、自分の知っている彼女と思えて「……うん、もちろん。全然、変わってないね」と言えるのだと思う。
長い文は、十行以上続くところもある。本作は、どちらかといえば純文学よりなので、長めでもいいかもしれないけれど、怪魚など行って読みやすくできる気もする。
句読点を用いた一文は長過ぎることはない。長めの一文は落ち着きや重々しさ、説明を表していると感じる。
短文と長文を組み合わせてテンポよくし、感情を揺さぶっているところもある。
繊細で感情豊かな描写が特徴。登場人物の内面の葛藤や感情が丁寧に描かれている。過去と現在が交錯する構成。五感を使った描写が多く、読者に情景を鮮明に伝え、登場人物の感情や状況をリアルに感じられるようになっているので、共感しやすい。
陽葵の成長が物語を通じて描かれており、彼の変化を感じ取ることができるところがいい。主人公やあめの感情に共感しやすい。
視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚を使った描写が豊富で、物語に臨場感がある。
視覚は、扇風機の風に揺れる髪、真っ赤に塗りつぶされた日本列島、カーテン越しの蝉の声。あめの金色の髪、大きな瞳、タイトなジーンズ、ヒール。夏祭りの提灯、屋台の賑わい、浴衣姿のあめ。太陽が西に傾く様子、歪んだミラーや赤信号の細い道。喫茶店「ひぐらし」の外観と内部。あめの金色の髪やコーヒーカップの静かな水面。花火大会の光景や花火の色とりどりの光など。
聴覚は、扇風機の音、蝉の声、リモコンのボリュームを上げる音。あめの謝罪の言葉、喫茶店の穏やかな音楽、友人たちの声。祭りの音頭、町内放送、雨の音。カランカランとベルの音。花火の音。あめの声や主人公の呼びかけなど。
触覚は、ひんやりとしたドアノブ、汗で湿った額、寝癖だらけの髪。あめの手の感触、リュックサックの重み、雨の冷たさ。右手のひらの刺すような痛み。滴る汗や手の甲で拭う汗。花火の音が身体の芯を打つ感覚。あめの手に触れる感覚。
嗅覚は、湿った匂い、エアコンの生ぬるい風、淡い花のような香り、祭りのむせかえるほどの濃い臭気。ピーチティーの芳醇な香り。
味覚は、チップスの味、喫茶店でのピーチティーの甘さ。
主人公、 陽葵の弱みは、自己肯定感が低く、自分に自信が持てない。自分の感情をうまく表現できず、あめに対する気持ちを伝えるのに苦労している。
それでも、自分の気持ちを伝えるも、彼女はあめの中飛び出してしまい、アメリカ行きの話を伝える機会をなくさせてしまった。
しかも告白したタイミングが、親の転勤で引っ越すことになったときだったので、自分だけでなく彼女にもつらい思いをさせたことに対する自己嫌悪、自分を責めてしまい、鏡に八つ当たりをしてしまう。その後、 過去の出来事に囚われたことで、六年経過しているので大学へ行ったのかどうかはわからない。
少なくとも彼女は、「……実はさ、一応、大学、受けたんだけど、どこも受からなかったんだよね」「浪人するか迷って、結局フリーターになったんだけど、どうしても、全然仕事続かなくて。半年前に、最後のバイトがクビになって、今は親の脛齧りニートをやっているという次第です」と、引っ越したその後を語っている。
主人公と彼女は対になっていると考えるので、主人公も同じ状況、大学には受からず、いまは引きこもりになっていると推測。
ゆえに、 自分に自信が持てない状況にあった。
そこに、過去の象徴であるあめと再会を果たし、未清算だった過去と向き合う、友人が結婚し、彼女が結婚する話を聞き、「……一回でいいから、陽葵と一緒に、この花火が見たかったんだ」と涙を流して彼女もまた、思い出を精算し、主人公ともどもそれぞれの道へと進んでいく。
あめの結婚相手について、もう少し具体的な情報があると、物語に深みが増すかもしれない。おそらく、カフェでバイトしていたときに知り合った相手と結婚することになったのでは、と想像する。それ以外に、接点が思いつかない。
結婚相手は彼女のことを紫苑と呼ぶとある。結婚すると、海外ではどの様になるのかしらん。夫婦別姓でいくのかもしれない。
登場人物の名前がわかりにくいかもしれない。
主人公日向陽葵。紫苑は名字でいいのだろうか。紫苑天という名前かしらん。蘭堂鈴乃。郡司が名字だとすると、名前が桜なのかしらん。
友人たちに付いての背景をもう少し掘り下げると、物語に深みが増すと考える。
友人がツーショットの写真とともに、「紫苑帰ってきてんの! 会いたかった!」「うちらひと足先にハネムーンなう。行けなくて悲しい(泣)」とあめに、送っている。
それでいて、「あのふたり、結婚するそうです。冬辺り、式挙げるって」とある。
どもやら友人たちは、婚前旅行をしているらしい。新婚旅行もいくのかしらん。
ラスト、主人公の内面がよく描かれていて、引き込まれるし、彼女の複雑な心情も理解しやすく、二人の関係に感情移入できる。 花火の描写が美しく、臨場感を味わえるし、状況描写で 結末が切なくも美しいため、読後に深い余韻も残る。
もう少し行動描写があると、主人公の成長と変化が感じられ、さらに感動的な物語になると想像する。
「初めて、あめのあんな顔を見た。僕も一緒に見たかった、なんて言ったら野暮だろうか。まだここに居て、なんて言ったら卑怯だろうか」とあるけれども、おそらく二人が出会うことはこれが最後。今生の別れみたいなもの。
「僕も一緒に見たかった」と絞り出して、それ以上のいうべきセリフ、好きだという気持ちは飲み込んで、二人で泣きながら花火を見て終わってもいいのにと、余計な邪推をしてみた。
読後。タイトルを見直して、実に切ないなと感じ入る。
感情豊かな物語で、引き込まれやすい点が魅力だった。陽葵の成長や感情の変化が丁寧に描かれており、彼の変化を感じ取れる。
止まっていた時間が、ようやくひとメモリ前に刻んで進めることができそうな、そんな気配をかんじる。現実的な感じがあるけれども、もう少しテンポ良く、主人公の成長や変化が描けていたら、もっと感動できる作品になるかもしれない。
郡司たちが結婚する流れがあるところが、前に向かって進んでいくのを感じさせてくれていて、良かったと思う。
陽葵も、これからは前に進んでいくだろう。彼の人生に幸多くあらんことを願う。
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