魂削って書いたので

魂削って書いたので

作者 柑月渚乃

https://kakuyomu.jp/works/16818093080179019365


 スバルは、文芸部の部長である小鐘先輩に無理やり文芸部に引き込まれ、彼女の厳しい指導を受けながら小説を書くことに挑戦する。小鐘先輩は商業主義やありきたりなストーリーに対して強い不満を持ち、スバルに対しても厳しい批評を繰り返すが、その言葉には愛情と情熱が込められていた。スバルは次第に創作に対する興味を深め、自分の作品に魂を込める大切さを学ぶ。ある日、顧問の先生から過去の部員である御船の話を聞かされる。御船は部活を盛り上げようとしたが、突然学校に来なくなり、その影響で他の部員も次第に姿を消した。スバルは先輩の小鐘と共に部活を続けるが、小鐘もまた部活を引退することになる。小鐘の影響を受けたスバルは文芸部部長として、自分の作品を完成させる決意を固める話。


 現代ドラマ。

 今回で感想は三度目。

 物語の構造はよくできている。

 全体的にキャラクターの描写が丁寧で、先輩との対話が生き生きとしている点が魅力的。テーマも明確で、読者に伝わりやすい。

 

 主人公は、男子高校生のスバル。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 男性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 文芸部の部室。小鐘先輩はいつも思ったことを大声で叫ぶ性格で、スバルに対しても厳しい意見をぶつける。最近の物語が使い回された設定やありきたりなストーリーばかりで魂が感じられないと不満を漏らしている。

 スバルは小説を書いたことがないが、小鐘先輩に情景描写を学ぶように勧められ、『銀河鉄道の夜』を読むことになる。文芸部は幽霊部員ばかりで、部室にはスバルと小鐘先輩の二人だけ。小鐘先輩はスバルに合作を提案し、自分の作品のオチを書かせることにする。

 スバルは初めて全力で小説を書き、小鐘先輩に評価を求めるが、描写力やわかりやすさが足りないと厳しい講評を受ける。しかし、小鐘先輩はスバルの文章に魂がこもっていると褒める。その言葉がスバルの創作意欲を刺激し、彼は創作にハマるようになる。

 小鐘先輩は大学進学を控えており、文芸部もこの代で終わりを迎える。スバルは小鐘先輩に作家になる夢があるか尋ねるが、彼女は普通に会社員になるつもりだと答える。スバルはその答えに驚き、彼女が本当にやりたいことを諦めているのではないかと感じる。

 スバルは勇気を出して「それが大人になるってことですか?」と尋ねるが、小鐘先輩は答えず、気まずい空気が流れる。帰り道、スバルは先輩に褒められたことを思い出しながら、彼女の本当の気持ちを知りたいと思う。

 文化祭が終わった水曜日。主人公のスバルは、部室の鍵を持って文芸部の部室に向かうが、部室の扉が少し開いていることに気づく。中に入ると、普段はほとんど部室に姿を見せない顧問の先生が座っていた。

 先生はスバルに、小鐘先輩が水曜日には来られないことを確認し、スバルに部活が楽しいかと尋ねる。スバルは静かな部活の時間を楽しんでいると答えたが、先生はかつて文芸部にいた御船という先輩の話を始める。御船は小鐘先輩と同時期に入部し、文芸部を存続させるために熱心に活動していたが、突然学校に来なくなったという。 スバルは御船先輩のことを全く知らなかったため、先生の話に驚く。先生は、小鐘先輩が御船先輩を引き戻そうと必死だったことや、御船先輩と合作する予定だった作品を一人で完成させたことを語った。

 その後、スバルは教室にスマホを忘れたことに気づき、取りに戻る。教室では、クラスの中心的な男女が親密な様子で過ごしており、スバルはその光景に青春を独占された気持ちになる。

 再び部室に戻ったスバルは、小鐘先輩と静かな時間を過ごす。小鐘先輩は賞を取ったことを話し、スバルはその才能に感嘆する。しかし、小鐘先輩は東京の大学に進学するため、今日が文芸部に来る最後の日だと告げた。スバルは驚きと寂しさを感じながらも、先輩と一緒に帰ることに。

 踏切で別れる際、小鐘先輩は「私がいなくなっても作品は部室に残してあるから」と言い、スバルに「この列車をどう描く?」と問いかける。スバルはその言葉に胸を打たれ、先輩の存在の大きさを再認識した。

 小鐘先輩がいなくなってから、スバルは二年生になり、文芸部の部長として活動を続ける。彼は先輩の影響を受けながらも、自分なりの作品を完成させた。その作品タイトルは『大声でつまんないって言ってくれ』。スバルはこの作品を小鐘先輩に読んでもらいたいと願い、成長を続ける決意を固めるのだった。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場 状況の説明、はじまり

 文芸部の部室で、小鐘先輩がスバルに厳しい意見をぶつける。最近の物語に対する不満を漏らす。

 二場 目的の説明

 スバルが小説を書いたことがないことを明かす。小鐘先輩が情景描写を学ぶように勧め、『銀河鉄道の夜』を読むことになる。小鐘先輩がスバルに合作を提案し、自分の作品のオチを書かせることにする。

 二幕三場 最初の課題

 スバルが初めて全力で小説を書き、小鐘先輩に評価を求める。描写力やわかりやすさが足りないと厳しい講評を受けるが、文章に魂がこもっていると褒められる。

 四場 重い課題

 小鐘先輩が大学進学を控えており、文芸部もこの代で終わりを迎える。スバルが小鐘先輩に作家になる夢があるか尋ねるが、普通に会社員になるつもりだと答える。スバルが「それが大人になるってことですか?」と尋ねるが、小鐘先輩は答えず、気まずい空気が流れる。

 五場 状況の再整備、転換点

 文化祭が終わった水曜日、スバルが部室に向かうと、顧問の先生が座っている。先生が御船先輩の話を始め、小鐘先輩が御船先輩を引き戻そうと必死だったことを語る。

 六場 最大の課題

 スバルが教室にスマホを忘れたことに気づき、取りに戻る。クラスの中心的な男女が親密な様子で過ごしており、スバルはその光景に青春を独占された気持ちになる。

 三幕七場 最後の課題、ドンデン返し

 小鐘先輩が東京の大学に進学するため、今日が文芸部に来る最後の日だと告げる。踏切で別れる際、小鐘先輩が「私がいなくなっても作品は部室に残してあるから」と言い、スバルに「この列車をどう描く?」と問いかける。

 八場 結末、エピローグ

 小鐘先輩がいなくなってから、スバルは二年生になり、文芸部の部長として活動を続ける。スバルが自分なりの作品を完成させ、その作品タイトルは『大声でつまんないって言ってくれ』。スバルはこの作品を小鐘先輩に読んでもらいたいと願い、成長を続ける決意を固める。


 つまんないの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。


 導入部分は、客観的な視点から、ざっくりとつまらない作品についてから始まり、それらは魂削って書いてないと豪語する先輩と、無理やり入部させられた後輩との掛け合いを描いている。

 本編では、そんな文芸部を舞台に、主人公の主観で物語られている。結末は先輩が卒業後、自作を完成させた主人公は先輩に読んでもらいたいと願い、さらに成長を続けていく決意をもってフェードアウトしていく。客観、主観、客観の流れで書かれている。


 書き出しはインパクトのある会話文から。

 会話文は、誰かが話した言葉なので「~言った」と表現しなくても伝わる。小鐘先輩がどのような態度や仕草、動き、声のトーンなど、どれでもいいので添えると読み手も状況、場面を想像しやすくなるだろう。

 遠景で会話、近景で主人公の「これで何回目だろう」と説明し、心情で「この人はいつも思ったことをそのまま叫んでしまう人」と主観で人物を紹介してくれている。


 次に会話がきて「彼女の魂の怒号が部室全体に響き渡る」部室にいることがわかる。

 Q&Aという状況説明で、先輩との距離感を説明し、意外性を感じさせて、目の前で大声出されるなんて可愛そうだなと思わせる。

「本当に最近の物語は使い回された設定にありきたりなストーリーばっか。全く魂が感じられない! 意志が死んでるよ! 幽霊しかいないの?」

 まともに演技できる俳優がいないから安直な話に、ということはさておいて。

 二人のやり取りが進みながら、「先輩は三年だから今年で成人。これが今年大人になる人とはちょっと信じたくないけど」とくる。

 十八歳を成人に引き下げて随分立つのを思い出す。当事者はもとより、多くの国民も同じ気持ちを抱いているかもしれない。


「蚊の鳴くような消え入りそうな声で彼女は反論する。どうやら思っていたよりも刺さったらしい」

 蚊の鳴くという表現は紋切り型なので、ちがう表現を模索してもいいかもしれないと考えるも、「どうやら思っていたよりも刺さったらしい」の部分にかけているので、ここの表現は紋切り型でもアリだと思う。


 世の駄作論議の末に、

「ていうか、なら何で僕なんか無理矢理文芸部に入れたんですか。もっと世に駄作が増えますよ」

「本当じゃん。ハッとされられたわ」

 主人公は無理やり文芸部に勧誘されたことが明かされる。

 しかも先輩は強気で開き直っている。

 このやり取りは面白い。

 下げてから上げる。

「私、スバルくんの作品アイデア好きだよ。初心者なりのパワーがあって、ロックって感じで! でもさ、全力で書き切ってくれたことないから」

「実際スバルくんのみたいな作品を書ける人の方がのびしろあるしね。私はそういうの書けないし。一番つまんないのはありふれてたり妥協ばかりの作品だから、挑戦的な駄作つくんのはいいことだよ!」

 振り返って駄作と思える作品でも、一作一作挑んで書いていくことで、前回よりも少しは進歩しているもの。先輩としては、コツコツ頑張れと励ましているのだと思う。


 二人のやり取りを経て、三階の文芸部部室について描かれていく。

 ここからはじめてもいいのでは、と考えるも、扱っているものがちがう。ここでは「最近は、途端にエモに走る作品が多すぎる」とエモい作品を題材に話をしている。

 魂の削っていない、どれも似たような作品ばかりだと批判し、最近はエモい作品が多すぎると声を上げている。

 話の内容をより具体的にしている。

 だから、ここから始めると、ラストの魂削って作った主人公の作品にはつながらなくなるので、やはり、インパクトのある書き出しの導入部分は必要なのがわかる。


「最近の、共感性を追い求めるばかりで芸術性に手を抜いている作品は本当に気に食わない!」

 エンタメと純文学の違いを語っている。

 出版業界が斜陽となったときにラノベだけが売上を上げていたため、どの出版社もラノベに群がった。結果、下は児童ものの児童文庫から、上はライト文芸といった、純文学もエンタメよりでキャラ立てした作品が、作られるようになり、パイの取り合いを経てラノベは斜陽となり、現在に至る。

 純文学の定義は、人間のその時代にしかありえない最も最先端の書き方で書くものを指す。夏目漱石が、十九世紀の最先端のハードボイルドの書き方で書いたものを、純文学と言っているだけである。

 純文学には芸術性で個性的な作品が多く、人間関係が丁寧に描写され、内面の変がか描かれ、哲学的な比喩を用いられることが多い。

 純文学とエンタメの違いを明確に言える人は、出版関係でもあまりいないと言われる。純文学を出しているとこの作品が純文学、または作者が純文学と思って書いたものが純文学という認識かしらん。

 ちなみにエンタメは、最初から読者に「おっ」「面白そう」と思わせる定番のパターンに細かいアレンジを加え、キャラの魅力と台詞回しの面白さ、どんでん返しといった、オリジナリティーよりも面白さを求めた王道作品。

 先輩は芸術性を求めている。純文学が好き、もしくは純文学寄りのエンタメが好きなのだろう。


「エモはもう戻れないからエモなんだよ。鮮明に描写できてしまったらもうそれはエモじゃないの」

 一過性のもの、奇跡に近いのがエモだと語っているが、言いたいことはそうではない。

 エモい作品とは、泣けるライト文芸、ブルーライトノベルと呼ばれる作品のことを指していると考える。

 かつて時代劇などで「お涙頂戴もの」というジャンルが合った。 エモい作品とは、現代版のお涙頂戴ものである。

 読者の涙を誘う型とは、「苦しい状況→さらに苦しい状況→願望→少し明るくなる→駄目になる」という展開で描かれる。希望がないと読み進められないので、持ち上げては突き落とす落差が必要。

 こうした、定番のパターンに青春と恋愛を絡ませて、キャラの魅力と台詞回し、どんでん返しを盛り込んで大量生産する作品のどこがエモいのか、エモはそうじゃないんだと先輩は言いたいのだ。

 だから、「最近の、共感性を追い求めるばかりで芸術性に手を抜いている作品は本当に気に食わない!」と声を上げ、そんな作品は魂削っていないと冒頭から叫んでいる。


 どんな話にも型がある。

 前半は、ミステリー要素が原因で受け身なりがちな主人公。

 主人公にとっての「小さな殻を破る瞬間」を経て、後半につながる「主人公が行動に起こす瞬間」か「主事脳が意思決定する瞬間」を描く反転攻勢の場面を挟み、理性的ではなく感情的にハラハラしてくださいと読み手にメッセージを送ってから後半、積極的にドラマを動かしていく。

 主人公のスバルは先輩の指導を受け身になりながら、創作を学んでいく。ゆえに、エモはよくないと教えを受け、教室でエモいことをしている同級生を見ることで先に選択肢を潰しておくので、先輩との別れにエモさを持ち込まず、いつもの部活のように別れていく。

 読者としては、前半否定しても、後半はエモい展開になるのではと予想させて、そうではない展開がくることで驚きと興奮を与えているのだ。


「オチは大切! どんな最低な映画でもオチが最高に面白ければ文句なく星五つ付ける人も多いからね」

 確かにオチは大切だが、映画は少し違う。映画の場合、ラストは当たり前のことを言って終わらなくてはいけない。見るものを日常から非日常へと誘ってきたので、日常へ返す役割があるから。

 映画の話はともかく、オチとはなにかを知らないと、主人公のように「出来上がった小説のほとんどは僕のオチのせいで台無しになった」という顛末を迎えてしまう。

 先輩は、オチの説明をしたのかしらん。

 オチは必要なものではない。

 あったほうがいいとするのは、テーマや話の展開に寄る。

 関西だと、オチが付いていないと文句を言われる。聞いていた時間、損をしたみたいに感じる人が多いから。

 話の中にオチが潜んでいるので、話材から選ぶこと。

 そういうことを先輩は教えたかしらん。

「安易な着地の仕方も分からない相手に言うのはフォローになってないよな、と僕はちょっと思っていた」と主人公はぼやいているので、オチを書いていた時間、主人公は損をした気持ちになったことだろう。


 長い文は十行くらい続くところもある。基本は、数行で改行している。句読点を用いた一文は長くない。

 短文と長文を組み合わせてテンポよくし、感情を揺さぶるところもある。ときに口語的。主人公の内面描写が豊か。

 導入部分は、キャラクター同士の掛け合いがテンポ良く進み、読者を引き込み、ユーモアと真剣さが交錯するのが特徴。

 先輩との会話が多く、軽妙で親しみやすい語り口。対話が多く、生き生きとしており、小鐘先輩の情熱と厳しさ、スバルの成長が丁寧に描かれて、キャラクターの個性が際立っている。

 創作に対する情熱と魂を込めることの大切さが伝わる。 

 本編は落ち着いた語り口で、内省的な雰囲気が漂う。主人公の心情描写が丁寧で、共感を呼びやすい。細やかな描写と比喩が多用されており、情景や感情が豊かに表現されている。

 先輩や顧問のキャラクターが立体的で、物語に深みを与えているところがいい。

 

 描写が少し弱い気がする。部室の雰囲気や先輩の表情など、もう少し具体的に描写すると読者に伝わりやすくなるかもしれない。

 主人公スバルの性格だと思われるのだけれども、 表現が遠回しな印象があるので、もう少しシンプルで直接的な表現を心がけてもいいのではと、考える。


 物語の進行がスムーズで読みやすいのだけれども、本作は内省が多いので、テンポが遅く感じるかもしれない。

 冗長に感じる部分を削減し、テンポを意識する。先輩の講評セリフをもう少し短くまとめるか、読みやすくしたほうがいい。

 内省的な描写が続く場合、対話を挿入してテンポを変えてみるのはどうだろう。


「もっとさ、こう……本気で魂削って一文字一文字書けや!!」

 彼女の魂の怒号が部室全体に響き渡る。

「聞こえるわけないですから」

「だって、こんなに魂がこもってない作品なんて許せない!」

 Q.先輩とそんなに離れているんですか?

 A.いいえ。机を挟んで真正面に向かい合っています。


 内省的な描写を短縮して重要な部分だけを残し、テンポよくする方法もある。

「先輩はいつものように、ここにはいない作者に文句を言っている」


「本を盾のように扱っていた」という表現を、「本を手に持ち、顔を隠すようにしていた」と具体的に描写したほうがわかりやすい。

「銀河鉄道の夜」をオマージュする方法について、簡単な説明を加えると、彼らがなにをしているのかが読者にわかりやすく伝わる。

 全体的に内省的な描写が多いので、テンポが遅く感じるかもしれない。対話や動きを増やしてみてはどうかしらん。


 五感描写について。

 視覚的な刺激は、部室の描写「多くの本棚と大きな長机が置かれ、その面影を感じるのは黒板くらいだ」「静かでゆったりと他の部にはない時間の流れ方をする部室」「部室を隅から隅まで眺めていた」

 外の光景「青く晴れた空から強い日差しが降り注ぐ、外はまさに、青春って感じだ」

 先輩の表情「先輩は少し眉根にしわを寄せながらゆっくり上を向いた」「先輩はとんでもなく目を輝かせて頷いていた」「ほんのり冷たい金属のノブを強く捻り、扉を開くと、やはり明かりが先についていた」「淡い光が空からカーテンの繊維の隙間を縫って、銀河鉄道の夜に浸っている彼女の元へ届いた」「黒く艶のある髪に、長い睫毛」など描かれている。


 聴覚は、先輩の叫び声「彼女の魂の怒号が部室全体に響き渡る」「先輩は一度も止まることなく、出だしからそのままの勢いで講評を語る」

 音の描写「キーボードを叩いている先輩の顔」「野球部の大きな声が窓を貫通して聞こえてくる」「外からは運動部の大きな声」「放課後を知らせる音が鳴った」「一定周期で鳴る本をめくる音が、メトロノームのように二人の空間を組み立てる」「スピーカーからドヴォルザークの新世界より第二楽章が響いた」など。


 触覚は、エアコンの空気「空気はエアコンに乗っ取られ、本特有の匂いで満たされた空間は、心地良い息苦しさを感じさせる

 感触の描写「体の重み全てを机に預けたような姿勢」「柔らかな砂が足の裏に心地よく触れ」

 温度の描写「冷たい石の床に触れると、そのひんやりとした感触が手に伝わり」「ほんのり冷たい金属のノブを強く捻り、扉を開くと、やはり明かりが先についていた」「靴の紐が解けていくように緩やかに、僕は胸が苦しくなった」など。


 嗅覚は部室の匂い「本特有の匂いで満たされた空間は、心地良い息苦しさを感じさせる」

 味覚は特にない。

 他の五感描写と感情を組み合わせることで、臨場感がある状況を読み手に伝えてくれているところがいい。

 感情が伝わってくるので、先輩に対する憧れや不安が共感できる。


 主人公の弱みは、自信のなさ。

 スバルは自分の作品に対する自信がなく、他人からの評価を恐れている。原因は経験不足。無理やり文芸部に勧誘された主人公は、小説を書く経験が浅く、技術的な面での課題が多い。そのため、自己肯定感の低く、自分の才能や価値を疑いがち。

 先輩と二人きりで、他の部員は幽霊部員なため、先輩がいないと部活での孤独な時間を過ごすことが多いので、孤独感を抱えている。

 しかも、先輩が気に障るようなことをいってしまい、スバルには相談する相手もいない。

 なので、顧問の先生が語ってくれた御船先輩の話は、考える助けになったと思う。


 小鐘先輩は水曜日、どうしてこないのかしらん。受験勉強を優先させているのだろうか。それとも御船に会いにいっているのか。

 顧問の先生は、小鐘先輩にどんな用事があったのか。

 深みを増すために、キャラクターの背景や動機をくわしく描いてはどうだろうと邪推してみる。

 小鐘先輩が文芸部に入った理由や、彼女がどのようにして文芸に興味を持ったのか。彼女の家庭環境や過去の経験が、彼女の性格や行動にどのように影響を与えたのか。

 小鐘先輩がなぜ文芸部を続けているのか。彼女の内なる情熱や目標を明確にし、御船先輩との関係や、彼女が御船先輩を引き戻そうとする理由を深掘りしてみる。

 同じく、御船先輩がどのような家庭環境で育ったのか、彼の過去の経験やトラウマを描写。彼が文芸に興味を持ったきっかけや、彼の作品がどのようにして生まれたのか。御船先輩がなぜ突然学校に来なくなったのか、その理由や彼の内なる葛藤を詳しく描写。彼が文芸部を存続させようとした理由や、彼の目標を明確にする。

 顧問の先生がどのような経歴を持っているのか、過去の経験や教育理念を描写。文芸部の顧問になった理由や、他の仕事とのバランスをどのように取っているのか。

 先生がなぜ文芸部に関心を持っているのか、内なる情熱や目標を明らかにする。小鐘先輩や御船先輩に対してどのような期待を持っていたのか、くわしく描く。

 それらを物語に全部を書く必要はないけれども、作者側としては、ひと通り細かく作ってから創作すると、それぞれのキャラクターの各場面のセリフや動きに意味が現れてくるだろう。

「……まあ、これも勝手な想像になるんだが、小鐘はアイツをどうにか引き戻そうと必死だったよ。去年賞をとった作品なんてまさにそんな感じだった。御船と合作する予定だった話を少し軌道を変え、完璧な形で一から一人で書いてきてさ。今、文芸部の存続してるのもその功績おかげだ」

 先生も、思いも語っていのだが、モヤモヤする。顧問といっても掛け持ちで、形ばかり。だから、くわしくはわからないのも仕方ない。けれども、読者としてはスッキリしない。

 前半の、先輩との対話が生き生きしていたからかもしれない。


 一般的に、一次選考でみるのは文章力。一回読んでスッと相手に伝わるのがいい文章である。

 そして、みたい、ような、らしい、という、のこと、といった水増し表現を削ると意味が通りやすい。指示語「こそあど言葉」も減らせば、読者もわかりやすくなる。

 先輩と二人きりの場面が多いので、彼女と書いても相手が誰か混同することはないけど、次回作では、彼や彼女の使う頻度を考えてみてほしい。 


 読みやすいように、重複した部分を削っては、と考えてみる。

「――線路は複雑に分岐している。ほんと、人生みたいだ。乗客のほとんどが誰かと同じ路線に乗り、同じ駅を目指す。たまに目指す駅が違う人もいるが、同じレールを行く仲間がいる。例外として、同じレールを行く仲間すらいない場合もある。レールを自分で敷かないといけないことも。それはほぼ全員が避ける道であり、同時に行きたくても行けない道でもある」


 へぇーそうなんですか、と興味なさげに答えてみた。

「本当に?」先輩が疑わしげに僕を見つめる。

 ――嘘だ。興味ないはずがない。


 先輩は一瞬目を見開いて僕の顔を真っ直ぐ見たのち、目線を下げて、机の上のペンをいじり始めた。何か言おうとこっちを見ては顔を伏せ、口を閉ざした。


 自分の中ではかなり遠回しに言ったつもりだった。

 でも、先輩はその意味をすぐに理解したようで。


 帰りの放送が流れた後、一刻も早くその場から離れようと荷物を背負う僕に、先輩は「一緒に帰らない?」と誘ってきた。


「ねぇ、スバルくん。私、東京の大学に行くの」

 風にふかれてカーテンの開く音が聞こえた。

「そうなんですね」

 視線を本に合わせたまま、僕はそっけなく返事をする。

「……もっと寂しがるとかないわけ?」

 先輩は少し眉間にシワを寄せる。

「まあ、卒業式に泣くタイプでもないんで」と僕が普段通りそう言うと、彼女はただ、そっか、そっか……と呟いていた。


「じゃあ私、こっちだから」

「そっか……」

 僕が言葉を発そうとしたのと同時に世界を分断する音が鳴り始める。急いで僕は反対方面へ渡った。

 踏切が下りる。

 振り返ると、向こう側で必死に手を振る先輩。

 その姿が、大人に見えた。

 僕は小さく手を振り返す。

「ねぇ、スバルくん! 私がいなくなっても作品は部室に残してあるから」

 先輩は青春小説のワンシーンを再現しているかのように、大きな声をあげた。

「なんですか……それ。安易なエモに走らないで下さいよ」

 呟く僕の声は、踏切の音に掻き消されて届かない。


 先輩が卒業してから、季節がめぐり、僕は二年生になった。一年生が結構入ってくれたおかげで、文芸部は続いている。僕の努力も少しは役立っているかな。

 真面目な性格が災いして、部長に選ばれてしまった。前部長のように大賞をとれる先輩ではない僕が部長を務めていいのか、と日々悩んでいる。

 表現技法を後輩に教えては作品にアドバイスするなんて、僕には向いていない。教えるときは結局、先輩の真似事になっている気がする。

 そんな僕も、冬から書き続けていた作品を、この春ようやく完成させることができた。タイトルは『大声でつまんないって言ってくれ』。

 最初に読ませる人は、最初から決めていた。僕が唯一尊敬している小説家のあの人。

 きっと、あの人のことだ。わかりやすさが足りないとか、この文章が欠けているとか、的確に指摘してくるかもしれない。それとも脚色し過ぎ、と内容の文句を言われるだろうか。――ちゃんと最後まで読んでくれるだろうか。

 まあ、なんにせよ、最初に見せるのはあの人。それ以外は選択肢にない。

 僕は、生きる意味を見つけたんだ。したいことも何もなくて廊下をふらついていたあの頃とくらべて、僕は大きく変わった。読んでくれる人のために魂削って小説を書く、これこそが、最高の自己犠牲の形だと思う。

 今は本当の意味で生きている心地がする。誰のおかげでこうなったかは、言うまでもないだろう。

 ねぇ、先輩。

 どんな駄作にもその価値をわかってくれる人が必ずいるって僕は信じています。安っぽい言葉に聞こえるかもしれませんが、僕はただあなたに、これが刺さってくれればそれでいいんです。

 ……でも、ずっと駄作を書くつもりはありません。この作品が名作だとは言えませんが、いつか名作を書くために、僕は成長し続けます。

 だから、この作品の価値がどんなものであっても――。

 大声でつまんないって言ってくれ。


 余計なお世話だが、読みやすさと主人公の感情を少し考えながら、内容を変えずに修正してみた。ラストは先輩が卒業してから月日が経過し、成長した主人公を感じられるよう手を加えてみた。

 少なくとも、踏切の別れから半年以上経過しているだろう。

 主人公のスバルも部長となり、後輩の指導をすることで頼もしい先輩に少しはなっているはず。

 変化を感じたい。

 

 読後。

 前回から修正したからなのか、物語に深みが欲しくなった気がする。物語の内容は、魂を削って書かれているので、魅力を感じる。

 キャラクター同士の掛け合いは楽しく、小鐘先輩の情熱と厳しさが伝わり、スバルの成長も応援したくなる。創作に対する情熱や魂を込めることの大切さが伝わり、感動する作品だと思う。

 最初に読んだときの作品と比較すると、すいぶん良くなった。主人公のスバルのように、成長を感じる。

 もし、小鐘先輩がスバルくんの作品を読んだら、大声でつまんないといいながらも、嬉し笑顔を浮かべるかもしれない。

 そんなふうに思えた。

 

  

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