冷蔵庫 in インベンター
冷蔵庫 in インベンター
作者 酒麹マシン
https://kakuyomu.jp/works/16818093083996937870
十七歳のジュンは祖母を亡くし、一人暮らしをしている。ある日、冷蔵庫の中に引き込まれ、夢の中で植物が頭に生える。いとこのリコと再会し、研究所の被験体であることを知る。二人は研究所から脱走し、警備隊を倒しながら逃走。ジュンは自分がクローンであると知るが、逃げ続けるリコと共に幸せを感じる話。
SFホラーサスペンス。
ジュンの祖母を亡くした感情描写や五感の描写が非常に優れており、読者に強い共感を呼び起こすところがいい。
主人公は、十七歳のジュン。一人称、僕で書かれた文体。途中、リコこと川崎良子の一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。泣ける話の、喪失→絶望→救済の流れに準じている。
女性神話とメロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。
十七歳のジュンは、祖母を亡くし、築百年の家で一人暮らしをしている。ある日、冷蔵庫の中に引き込まれ、暗闇の中で漂うことになる。そこで彼は、自分の頭に植物が生えていることに気づき、その植物に引っ張られるようにしてどこかへ向かう。
目が覚めると、再び軒下に戻っていたが、祖母の悲しみに沈む。
いとこと名乗るリコに声をかけられ「また明日」と去っていく。
とある施設で、リコは男と話している。
男はジュンのことを『被検体1435』と呼び、毎日彼の『いとこ』を演じ、カウンセラーとして通っていたリコこと川崎良子に、肉親の死の影響で人間の形を失うのもそう遠くないと語る。彼女の「彼は果たして『真実』にたどり着くことができるのでしょうか」の問いに、男はわからないとしながら、真実にたどり着くために君がいると彼女にいう。
ジュンの祖母は、リコの祖母でもある。両親のいる彼女と違い、一人で孤独と悲しみに耐えなくてはならない彼。彼を引き取ることを両親に提案するも、彼の父親と彼女の両親は双子であり、その間には角質があるため拒否された。それでも彼には幸せになる権利があると思っている。
研究所では、心的外傷を負った一般人をとあるガスが充満する部屋に入れ、その患者が最も「いつも通り」に過ごせる環境を再現。
現実と精神世界との区別をする能力を失わせ、心の傷と向き合わせ、心の深淵に向かわせる。そこに「真実」があるとし、研究を続けている。ジュンのいる部屋は、負った心の傷の深淵に落とし込め続ける最悪の代物。どんどん闇に堕ちていくジュンくんを見ると、心が折れていまいそうになる。
気がつくと、リコは懐かしい軒下したにいた。ジュンはシャボン玉を吹くことで、空にあたって弾けるのを見て、部屋の壁に気づき、扇風機のコードが切れているのに動くことから、ジュンは自分の意思で部屋を操作できることに気づき、リコを呼び出したら冷蔵庫からでてきたと説明する。
彼が研究について気づけば、カウンセラーの責任。懲戒免職は免れない。研究所の連中に捕まり、トラウマを植え付けられて患者とされてしまう。
リコはジュンに、研究所の被験体であることを知らせる。二人はを研究所から脱走する計画を立てる。ジュンが部屋で武器を生成し、リコをつれて部屋をぶっ壊す想像をする。研究所からの脱走を試みる二人は警備隊を倒しながら逃走し、地上へとつながる扉の前に来たとき、ジュンのオリジナルが現れる。自分がクローンであることを知るが、「まぁ、そんなこと、どうでもいいんで、そこ、どいてください」テーザーガンを構え、ぶっ放した。
リコの運転する車で逃げ続ける。二人は遠く離れた道の駅で夜を明かし、ずんだ餅を分け合い、ジュンはリコと共に幸せを感じる。
三幕八場の構成になっている。
一幕一場の状況の説明、はじまり
ジュン、祖母を亡くし、一人暮らしを始める。
二場の目的の説明
冷蔵庫の中に引き込まれ、暗闇の中で植物が頭に生える。
二幕三場の最初の課題
夢の出来事が現実に影響を及ぼし、ジュンがリコと再会する。
四場の重い課題
リコから研究所の被験体であることを知らされ、脱走計画を立てる。
五場の状況の再整備、転換点
ジュン、自分の意思で部屋を操作し、武器を生成する。
六場の最大の課題
二人、警備隊を倒しながら研究所から脱走する。
三幕七場の最後の課題、ドンデン返し
ジュン、自分がクローンであることを知るが、リコと共に逃げ続ける。
八場の結末、エピローグ
遠く離れた道の駅で夜を明かし、ジュンとリコが幸せを感じる。
冷蔵庫の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。
遠景で「張り付いたシャツ」と触感を描き、近景で「ふと畳の香りがし、目を覚ます」嗅覚と視覚、心情で「見回すと、僕の部屋の前の軒下」にいることを確かめる。
書き出すなら遠くにあるものから順に書いていくと良いので、「ふと畳の香りがし、目を覚ます」からではと考える。
だが、なぜ「張り付いたシャツ」なのかに思いを馳せれば、暑くて寝汗をかいたからだろうと想像される。
つまり外気温、熱気という遠くにあるものを感じさせてから、身近な畳の匂いがして目を覚まし、居場所を確認したという流れなのだ。「張り付いたシャツ」から第三者的な視点を感じる。動きを加えたい。あるいは、暑さを感じる音や、日の光を感じさせてもよかったのではと、アレコレ考える。
いつもどおりと確かめた主人公は、築百年の家で一人で暮らしている。祖母がなくなり、孤独で可哀想な感じがして共感する。
時刻は夕方。ますます寂しさを感じさせている。
祖母をなくし、「僕はきっと、唯一の親族を失った喪失感と先が見えないことによる絶望感で悶えるに違いない」「あれから僕は世界だけを見るようになった。自分の内面には目を向けず、目の前のことだけを淡々とこなしていく生活をしていた」というところは、現実味を感じる。
自意識と向き合えば、悲しみと孤独、寂しさ、絶望しか見えてこないのがわかっているのだ。ますますもって共感を抱く。
扇風機が壊れ、水を飲み、冷蔵庫を開けようとすると、祖母が作って残っているしば漬けのタッパが引っかかってしまう。そこに冷蔵庫が「移送します」「ターゲット・ロックオン、確保します」といって飲み込まれてしまう。
なにが起きたのかわからず、興味を持って読み進めていく。
「光のない宇宙のような空間で、ただぼんやりと横たわりゆっくりと回転しながらどこかへと向かっている」冷蔵庫の中は異次元空間のように、広がっているらしい。
なにもない空間に漂い続けていると、結局は自意識と向き合うこととなる。
「僕がばあちゃんに命をあげられたらよかったのに。もっと愛されたかった。これからもずっとそばにいて欲しかった。身寄りのない孤独な僕にはあなたの『終わり』はあまりにも早かった。日常を奪い去った犯人を恨めばいいのか、僕が強くなればいいのか。ばあちゃんはきっと後者を望むだろう。けれども今の僕にはできっこなさそうだ」
非常に人間味を感じ、主人公に共感する。
突然、頭の軋みに襲われ、植物が生えてる。植物が右を示し、遠くに見えた光をゴールと呼び、照らされて喜ぶ主人公。
気づけば夕方の畳の上。目を覚ましたときと同じ状況。
扇風機は回るも髪の毛が絡みつく。停止ボタンが作動せず、コードを引き抜こうとするも、途中で切れている。
とにかく髪の毛を引っ張り難を逃れる。
不思議なことが起きている。
祖母がよく吹いていた、シャボン玉の容器を目にし、シンでから動かしていないことに気づいて、無邪気にはしゃいでいた幼い頃を思い出しては、祖母が死んでしまった悲しみに打ちひしがれていく。
そんな姿に感情移入していく。
長い文は少なく、こまめに改行されている。句読点を用いた一文は長くなく、長い文は落ち着きや説明を表現していると思われる。短文と長文を組み合わせてテンポよくし、感情を揺さぶるところがある。
口語的で、読みやすい。一人称視点で、主人公の内面描写が豊富。感情の揺れ動きや五感の描写が細かく、読者に強い共感を呼び起こしてくるのが特徴。
主人公の喪失感や絶望感がリアルに描かれ、リコちゃんの登場で物語が動き出し、主人公の成長が描かれていくのがいい。
畳の香りや夕日の熱さなど、五感を通じた描写が豊富で臨場感がある
視覚は、夕陽に照らされる扇風機の金属製の網蓋、汗で額に張り付く前髪、赤く腫れ上がった腕と足、闇の中で漂うジュンの姿シャボン玉が弾ける様子、研究所の冷たい廊下と高い天井などが描かれている。
聴覚は、扇風機のスイッチを押す音、冷蔵庫の機械音声、闇の中でのジュンの叫び声、研究所のサイレン音、リコの優しい声など。
触覚は、汗ばんだ背中が木の床に張り付く感覚、頭に生えた植物を触る感覚、扇風機のプロペラに引っ掛かった前髪の痛み、武器を生成する際の手触り、リコの手を引く感覚など。
嗅覚は、畳の香り、夏の夕暮れ感、研究所の無機質な空気など。
味覚は、具体的な表現は少ない。恐怖心を「機能的で単純な味ではない」「もっと複雑で、こびりついて離れない醜い味」と味覚的に表現している。
主人公の弱みは、喪失感と絶望感。祖母の死による深い喪失感と絶望感であり、自分の弱さや無力感に苛まれている。
むしろ、研究所は絶望感に落とし入れて、真実という名の力、自分の意思で思うように創造したり動かすことができる能力を発現させようとしていた。
研究施設内に設けられた部屋の中という限定空間でのことだけれども、「とある特殊なガス」が、力を発現させるものであり、肉親をなくすというトラウマ体験はきっかけに過ぎないのだろう。
頭の植物や冷蔵庫は、主人公の心象風景や精神状態を象徴しているのだろう。冷蔵庫に閉じ込められた感覚は、過去の記憶、悲しみに囚われていることを表しているのかもしれない。
頭に植物が生えたのは、能力が発言したというイメージだと想像する。
悲しみにくれる中、少しずつおかしなことが起きていき、いとこのリコが現れた後、物語が大きく展開するところは、驚きと興奮をおぼえる。
リコはジュンといとこなのだから、祖母を亡くした悲しみは彼女もあるだろう。一緒に住んでいなかったことと、すでに大人になっていることから、ストレスを感じづらいのかもしれない。
研究所で男と話していた。
この男は、後で出てくるジュンのオリジナルかしらん。
オリジナルだと仮定すると、「思ったよりも早いな…いや、最初から彼が祖母の死を乗り越えることができないとは思ってたさ。にしても、やはり肉親の死の影響は凄まじい」ものすごく他人行儀に感じる。
オリジナルのジュンも、祖母を亡くした悲しみをもっているはず。
この男はジュンのオリジナルではないのかもしれない。
もし、オリジナルなら、ドライな考えを持っていることになる。彼の親も同じようにドライで研究所の所長をやっているのだとしたら、リコの父親と仲が悪いのも想像できる。
二人にとっては実の母親。人間を道具のように捉える考えややり方に賛同できないから、リコの父親はジュンの父親と隔絶しているのだろう。
ジュンは自分が被験者になりたくないから、クローンを使って実験をしているのだと考える。そもそも、なぜそんな研究をしているのだろう。研究所の設定や実験の詳細がもう少し具体的に説明されると、物語の理解が深まり、読者の興味も引きづつけると思う。
ジュンが気づき、「ははは、そういうのリコちゃんが一番理解できてると思ったんだけどなぁ」と思って、呼び出している。
元々二人は、仲が良かったのかもしれない。
「すっかり人間を取り戻したジュンくんを見て、泣きそうになる心を抑えた」とあり、人間らしい姿を喜んでいる。
「ジュンくんが幸せになってくれればそれでいいんだから。私が犠牲になるだけでそれが守られるのなら私は自分の人生なんて手放してもいい。むしろ、くれてやる。『よかった、ジュンくんがだんだんらしくなってきた』」
悲しみに沈んでいた状態のことを指しながら、いまのオリジナルのジュンは人間らしくなくなってしまっている、そのことも含んでいるだろうと想像する。
やはり、話していた男はオリジナルのジュンかもしれない。
オリジナルが現れたとき、一瞬驚きつつも、「まぁ、そんなこと、どうでもいいんで、そこ、どいてください」とテーザーガンを構え、ぶっ放している。リコから実験のことは聞いているので、自分が自由になるには遮るものをぶっ壊していくしか道はない。
ずんだ餅を二人で分けて食べるところに、一人じゃない、孤独からの解放を感じられてよかった。
読後。
インベンターとは、発明家、考案者、創案者を指す。新しいアイデア、製品、プロセス、または技術を考え出し、開発する人のこと。
『冷蔵庫 in インベンター』とは、「発明家による冷蔵庫」または「発明家が考案した冷蔵庫」という意味になる。
ジュンの、意思の能力で自由に創造できることを意味し、またそうしたジュンを閉じ込めていた研究所をも表したタイトルだと考える。
前半の祖母を亡くした感情描写と五感描写が素晴らしく、物語の世界に引き込まれる。後半は、言葉の表現が大きく感じる。そのせいか、B級映画のような印象を覚えてしまうのが、なんだかもったいない。研究所の設定や実験の詳細がもう少し具体的に説明されると、物語の理解が深まり、さらに楽しめる作品となれるのではと考える。
ラストの星空は、冷蔵庫の中で見た光、ゴールと重なって見えたかもしれないと思うと、ようやく抜け出た感がより感じられ、道後館の幸せが伝わってきてよかった。
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