自己愛美容整形外科医

自己愛美容整形外科医

作者 池田亜出来

https://kakuyomu.jp/works/16818093081666392091


 義務整形法により、整形を受けることが義務付けられ、容姿が点数化される未来の日本。美容整形外科医の池田亜出来は、整形を受けた患者の一人である前園香織から、整形後の顔を受け入れられず、元の顔に戻してほしいと依頼を受ける。彼女の依頼を受け入れるかどうか迷いながらも、反義務整形派のリーダーである石田鷹人と出会い、彼の話を聞くことで自分の考えを深めていき、自己愛美容整形外科医として新たな道を歩む話。


 数字は漢数字云々は気にしない。

 近未来SF。

 導入から結末までの物語の流れがスムーズ。自己愛や自己受容というテーマが深く掘り下げられていて、読者に考えさせる内容なのがよかった。

 個人的には、内容はぜんぜん違うのだけれども、私の好きな二〇二一年のカクヨム甲子園・奨励賞『かえるもってかえる』の作品を思い出させてくれる。

https://kakuyomu.jp/works/16816700427297719918


 主人公は、美容整形外科医の池田亜出来(いけだ あでき)。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。時代性を感じる。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 義務整形法が施行された未来の日本。この法案により、整形が義務化され、容姿指数第一政策という、容姿が点数化される社会が形成。点数が高いと混雑の列を並ばなくて済むというような小さなことから、税金が減るというような大きなことまで優遇されるようになった。主人公、美容整形外科医の池田亜出来は、この制度の中で成功を収めている。

 朝、義務整形反対派の集会に警察が突入するも、警察側の情報が事前に漏れていたのか、幹部たちに逃げられたニュースを見た池田は、すでに反対派は崩壊したと報道されていたため、違和感を覚える。

 ある日、池田の元に前園香織(まえぞの かおり)が訪れる。彼女は以前、池田の手術を受けて整形したが、元の顔に戻してほしいと依頼してくる。整形後の生活に満足していたものの、自分の顔を受け入れられず、元の顔に戻りたいと感じるようになったという。

 池田は彼女の要望に驚きつつも、彼女の話を聞く。前園は学生時代に容姿をバカにされた経験があり、そのトラウマから整形を決意した。しかし、整形後も自分自身を受け入れることができず、元の顔に戻りたいと感じるようになったという。

 彼女の話を聞いた池田は、義務整形法や容姿指数第一政策に疑問を抱き始める。

 その後、池田のもとに前園から電話がかかってくる。反義務整形派のリーダー、石田鷹人(いしだ たかと)と出会い、彼の話を聞くことで、自身の迷いを解消しようとする。

 石田も整形を経験し、顔が変わっても自分自身は変わらないことに気づいたと主張。整形が続くことで負の連鎖が続き、人々が自分を受け入れられなくなることを懸念する。池田は石田との対話を通じて、自分自身の迷いを解消し、義務整形法の問題点に気づく。彼は自分自身を受け入れることの重要性を理解し、反義務整形派の活動に協力する。

 石田と別れた後、池田は病院を辞め、自己愛美容整形外科医として新たな道を歩む決意を固める。作られた世界に対して、自分自身の信念を持ち、自己愛を大切にすることを選ぶのだった。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場 状況の説明、はじまり

 義務整形法が施行された未来の日本。容姿指数第一政策により、容姿が点数化される社会が形成される。美容整形外科医の池田亜出来は、この制度の中で成功を収めている。

 義務整形反対派の集会に警察が突入するも、幹部たちに逃げられたニュースを見た池田は、反対派が崩壊したと報道されていたため、違和感を覚える。

 二場 目的の説明

 前園香織が池田の元を訪れ、整形した顔を元に戻してほしいと依頼する。前園は整形後の生活に満足していたものの、自分の顔を受け入れられず、元の顔に戻りたいと感じるようになったと話す。池田は彼女の話を聞き、義務整形法や容姿指数第一政策に疑問を抱き始める。

 二幕三場 最初の課題

 前園からの依頼に対して、池田はどう対応すべきか悩む。前園の学生時代のトラウマや整形後の葛藤を聞き、彼女の気持ちに共感する。

 四場 重い課題

 池田は義務整形法の問題点に気づき始めるが、自身のキャリアや社会的地位を考えると行動に移せない。前園の話を聞くことで、池田の中で葛藤が深まる。

 五場 状況の再整備、転換点

 前園から電話がかかってきて、反義務整形派のリーダー、石田鷹人と出会うことになる。石田の話を聞くことで、池田は自身の迷いを解消しようとする。

 六場 最大の課題

 石田も整形を経験し、顔が変わっても自分自身は変わらないことに気づいたと主張。整形が続くことで負の連鎖が続き、人々が自分を受け入れられなくなることを懸念する。池田は石田との対話を通じて、自分自身の迷いを解消し、義務整形法の問題点に気づく。

 三幕七場 最後の課題、ドンデン返し

 池田は自分自身を受け入れることの重要性を理解し、反義務整形派の活動に協力する決意を固める。石田と別れた後、池田は病院を辞める決意をする。

 八場 結末、エピローグ

 池田は自己愛美容整形外科医として新たな道を歩む決意を固める。作られた世界に対して、自分自身の信念を持ち、自己愛を大切にすることを選ぶ。


 義務整形の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 デジタル版の新聞の一面からの書き出しから、世界観が伝わってくるのがいい。

 遠景で『都内で反乱集会 八人を逮捕 義務整形反対派か』の見出し、近景で目が行き、心情で「新聞がすべてデジタルになってからもう数年立つのに、毎日違和感を覚える」と語る。

 主人公は新聞がデジタルに変わってデジタル新聞を読んでいることに違和感を覚えるのか、それとも記事の内容なのかがわからない。

 紙の新聞のときと同じ大きさのディスプレイ、もしくはタブレット、あるいは壁や空間に映し出されるのか、VRメガネをかけて新聞をめくる仕草をしながら読んでいるのか。これだけではわからない。

「朝は怖いとわかり始めたのはいつからだったろうか」から、眠気をさらっていくような出来事に言及するような書き方をしながら、コンビニのパンを齧って記事に目を通していくので、違和感は記事の内容にあるのかもしれない。

 記事とパンについて交互に書いているのは、衝撃的な記事が突発的に目に入って落ち着かない状況にある主人公が、平静さを保とうするために普段のルーティーンに目を向けて落ち着かせている感じがする。

 それだけ動揺していることを表現しているのだろう。

 こういうところに共感を抱く。


 記事の内容に注目し、義務整形反対派は法案成立当初、大きくニュースになっていたが既に崩壊したと報道されていたのにどういうことなのか、と疑問を抱くも、出勤時間という普段のルーティーンに入っていく。

 その後も、前園が来店して元の顔に戻してほしいという、驚きの頼みをされては、主人公自身が落ち着きを取り戻そうとするかのように状況の説明がなされるといった、交互の書き方で物語は進んでいく。

 義務整形法の背景説明が、やや長く感じられる部分がある。LSSを開発した、端麗奈の説明を進行に合わせてスムーズにするとようなるのではと考える。


「インターネットが急速に発達し、様々プラットフォームが作られた時代になり、人と人との良くも悪くもある浅いつながりが増え、他人からの見え方に対する関心が若者の間で高まった。容姿もその一つ」というところは、現実と繋がっている。

 教育の歴史をみているようだ。

 日本はかつて、各家々で躾が行われていた。

 江戸から明治に入り、産業革命を導入したとき、民は国民となった。

 諸外国に負けないため、近代産業と兵隊のため、調和と国家のために全員に同じ考えや価値観をもたせる「国民教育」が生まれる。

 その結果、政治家、官僚、財界、産業人、軍人、知識層が社会に生まれ、国民を豊かに平均化し、レベルを上げていく。

 その過程で差が出てくる。

 戦後、偉い人がいなくなり、個性を使って稼ぐ「市民教育」が生まれる。幸せになれる方法を自分で見つけ、競争して勝ち抜く社会。

 個性とは他者との差別化であり、独自化をいう。

 競争とは、個性を生かした戦略で戦うこと。

 誰もが社長、政治家に慣れる時代。

 その後、フラタニティ(共生)教育に入る。ネットやスマホで繋がり、競争して自分をすり減らしたくない。つながり世代。

 資源の限界、経済の低体、縮小と現状維持の世界。消費するよりサブスク、奪い合って誰かが豊かになるのではなく、分け与えてインナで豊かになるしかない。分配と共生、友愛な社会だから、アイドルが社会資本になっていく。

 アイドルは恋愛を禁止し、隠す傾向がある。イケメンを優遇してあげる代わりに、人権の一部を剥奪し、恋愛するなという。とにかく美しい人でなければならず、ファッションリーダーや見た目至上主義と化しているのが現在のわたしたちの世界である。

 評価経済社会、ホワイト社会ともいわれ、他人の評価によって価値が生まれている。イケメン美しさを目指し、みんなにとっての有用性をあげるか、迷惑になっても可愛いと愛され許される存在に慣れるかが大切になっている。だからアイドルや政治家の不倫、知事の暴言や不適切行動に対して拒否反応を示す。

 そんな現代の状況をさらに突き詰めたのが、本作の義務整形法である。


「高校生の頃、様々なニュース番組、ワイドショーでひっきりなしに報道された義務整形法案。当時の与党が若い世代からの支持率を得るために発案したのがきっかけだった」

 主人公の年齢がいくつかはわからない。

 二十代後半から三十代。三十代前後と推測。

 若者に興味のある政策を打ち出すのは、票につながるからだろう。若者の人口が多い世界なのかもしれない。

 整形後の美形、LSSによって税の優遇処置をとっている。

 義務整形を促進しているが、無償ではないのだろう。

 ある年齢に達した人は、かならずどこかを整形しなくてはいけない、みたいなことかしらん。毎年の特定健診のように五百円でやってくれるのか、三割負担か、それとも全額自腹なのか。

 政府としては、税の支出額を抑えつつ税収入を高めたいので、軽い整形は安く、助成金も少しは出すが、その程度では大した優遇を受けられないようになっているはず。税の優遇処置を受けられるのは、医療費の三割負担の整形ではなく、全額自腹でなければならないレベルの整形でなければならない、という制度になっていると考える。

 若者の受けを狙って選挙公約で発表し、法整備されたら骨抜きだったことはよくある話。この世界では、どうなのかしらん。

 義務整形は全国民アイドル化計画といってもいいので、ますます脱恋愛、脱家族、彼氏彼女を作らない社会になっていると邪推される。それでは国家形成も危ぶまれてしまう。なぜなら国力とは国民の人口の数で決まるから。

 人口が減れば、国への税収入が減る。

 移民政策を打ち出していないのならば、税優遇処置には結婚して子供を養うことも含まれているだろう。

 若者受けを狙っては表向きで、政府が義務成形法を通したのは、若者の結婚義務化、出生率向上が狙いと邪推してみた。


 前園は、過去のトラウマから整形するも、元の顔がいいとし、「この顔が私の顔だと受け入れられないんです。せっかくお金を出して変えた顔を自分自身が自分じゃないと突き放しています。そして前の顔が言い張っています。二十年以上毎日見ていた顔がやはり私自身の顔なんだと。もう押さえつけるのは限界です」と訴えている。


 主人公にとっては最高傑作。元の顔に戻してくれと言われると、否定されたみたいで、気分は良くないだろう。

 くわえて、法案に賛成して上入れたが、疑問を呈して行動を起こす人いる。結局僕たちはどうなりたかったのか、どういう社会を作りたかったのかどう扱われたかったのか。

「人の価値とは何なのか。旧ルッキズムに負けた一人として答えを出さなくてはならない」とあり、気持ちが揺らいでいく。


 長い文は、基本はこまめに改行されている。五行ほどで改行されている。句読点を用いた一文は、それほど長いものではない。長い文は、落ち着きや重々しさ、難しさ、説明を感じさせている。主人公の内面描写が豊富。登場人物の感情や内面の葛藤が丁寧に描かれており、共感を呼ぶ。

 義務整形法という斬新な設定が読者の興味を引く。登場人物の心理描写が丁寧で、感情の変化がリアルに描かれているのがいい、。

 自己愛や自己受容という普遍的なテーマが深く掘り下げられているところも、本作の良いところ。 

 五感の描写として、

視覚は、新聞のデジタル化やデジタル新聞の見出しに目が行く描写や、繁華街の小さなビルや診察室の様子、前園香織の緊張した顔や重たい足音、石田鷹人の若く整った顔や夜の街の様子、整形後の顔や街の風景などが詳細に描かれている。

 聴覚は、朝の鳥の鳴き声、診察室での会話や電話の音、繁華街の喧騒やキャッチの声などが描写されている。

 触覚は、朝の口の粘っこさ、前園香織の緊張感や池田の戸惑い、緊張した足音などが描写されている。

 味覚は、卵蒸しパンの素朴な味が描写されている。

 嗅覚は特にない。


 主人公の弱みは、他人に受け入れられなかった過去の経験から、自分自身を受け入れることができない部分をもっていること。

 だから義務整形法の法案を受け入れ、整形外科医として成功している。でも同時に迷いも持っている。義務整形法に対する疑問や、患者の依頼に対する迷いを受けて、反対派のリーダーの石田鷹人と接触し、答えを得ようとする。

 前園香織や石田鷹人のキャラクターをもう少し掘り下げると、物語に深みが増すのではと考える。。


「義務整形法は他人に受け入れられず自分を受け入れられなかった人々を変化、努力の面で受け入れた。だからみんな法案を受け入れた。僕らはみんな受け入れられたかったんです。けれどそれと同時に政策が作られた。その政策は僕らをより受け入れてくれるものだった。だから僕らはそれを受け入れた」

 ようするに、他人や自分にも受け入れられないものを、法という力で無理やり受け入れさせられたのだ。

 この状態で法を変え、たとえば法を停止、破棄したとしても、受け入れられない問題は解決しない、「だから人の認識を変えるんです。自分だけは自分を受け入れられる存在でなくてはならない」と主人公は訴えたのだ。

 あるがままのいまを受け止める。

 足るを知る。

 日本人的な発想でいいと思う。

 

 主人公は、まず自分自身の認識を変えて、美容整形外科医ではなく元の顔に戻す人を相手に施術する自己愛美容整形外科医として、活躍していく決意をしていくという。


 読後。タイトルを見ながらなるほどと思い、義務整形法という斬新な設定が興味を引いたのがよかった。

 未来の社会設定や登場人物の心理描写が魅力的で、深い印象を与える。

 印象的だったのは、ディストピア的な設定。

 義務整形法や容姿指数第一政策といった設定が、現代社会のルッキズム(外見至上主義)を極端に発展させた未来なのだけれども、それほど突飛な発想でもなく、身近にある危機に思える点。いまは、十代、小学生の女子がプチ整形する子もいる時代なので、ありえない世界の話には思えないところが興味を引いた。

 キャラクターの葛藤も現実的。

 主人公や前園香織の内面的な葛藤が丁寧に描かれており、読者に共感を呼び起こすだろう。とくに、整形後の自分が受け入れられないという悩みは、実際にもあり得る話だろう。

 義務整形法や容姿指数第一政策を通じて、現代社会の外見至上主義やSNSの影響についての社会批判が、作品に込められていると感じる。この点が物語に深みを与えていて、身近に感じられた。

 物語の進行は比較的にスムーズで、物語の核心に迫る石田鷹人との対話が印象的。物語の運びはよかった。


 作者は、外見の美しさが必ずしも幸福や自己肯定感に繋がらないことを訴えたいのかもしれない。

 外見が重視されすぎる社会では、個人が自分の内面や本質を見失う恐れがある。

 外見を変えることで一時的に満足感を得ても、根本的な自己肯定感が欠如していると、結局は不満や不安に苛まれてしまう。整形以外で自己肯定感を上げる必要が出てくる。

 また、義務整形法という設定は、社会が個人に対して圧力をかけ、個人の自由や選択が奪われることの恐ろしさを描いている。

 現に、様々なものに課税を強いて、国民から徴収しようと次々に法案を通している現実がある。

 技術の進歩と倫理の問題にも触れていて、技術が進むことで可能になることが、必ずしも人々の幸福に繋がるわけではないという警告を発している。

 外見に対する過剰な関心がもたらす問題を鋭く描き出し、現代社会に対して深い問いかけをした作品。実に、着眼点が素晴らしい。それらがよかった。

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