月下

月下

作者 冷田かるぼ

https://kakuyomu.jp/works/16818093082927840704


 眠れない夜に小説を書く主人公は、ある日「月明かり」と名乗る美青年と出会う。彼は文学に囚われた亡霊で、主人公を支えながらも共に死のうと誘う。しかし、主人公は生きることを選び、彼との別れを迎える話。


 現代ファンタジー。

 幻想的な雰囲気と現実の葛藤が交錯し、独特の魅力がある。


 主人公は、高校一年生。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在、過去、未来の順に書かれている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 眠れない夜に小説を書いている主人公の私は「月明かり」と名乗る彼と出会う。彼は主人公の小説を読み、優しく接す。主人公は彼に対して警戒心を抱きつつも、次第に心を開いていく。

 彼は毎晩、主人公が眠れない夜に現れ、彼女の小説を読み、励まし続ける。主人公は彼の存在により、執筆が捗り、彼との時間を楽しむようになる。しかし、夏が近づき、母親が主人公の部屋で寝ることになり、彼との時間が奪われることに。

 主人公は母親との関係に悩みながらも、彼との時間を大切にしようとする、だが母親に見つかり、執筆ができなくなり、絶望に陥る。そんなとき彼が現れ、主人公を連れ出す。二人は夜の街を走り抜け、森の中の崖へとたどり着く。

 彼は主人公に「一緒に死のう」と言うが、主人公は「死にたくない」と答える。彼は自分が、小説を書き続けて書けなくなって死んだ、文学に囚われた亡霊であることを告白し、主人公に生きることを勧める。主人公は彼に「さっさと生まれ変わって、それでいつか貴方の小説を読ませてくださいよ。その時は思いっきり年上ヅラして評をあげますから」と伝える。

 互いに愛していると告げ、彼は消えていく。主人公は彼の言葉を胸に刻み、生きていられるから貴方も生き直してと願う。裸足で帰路につき、はじめて、月が綺麗だと感じる。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場 状況の説明、はじまり

 主人公は眠れない夜、小説を書いている。ある日、窓から美青年が現れ、彼女の小説に興味を示す。

 二場 目的の説明

 美青年は「月明かり」と名乗り、主人公の小説を読む。彼は主人公を照らす存在として現れ、彼女の執筆を支える。

 二幕三場 最初の課題

 主人公の母が夏に彼女の部屋で寝ることを告げる。これにより、主人公は「月明かり」と会えなくなり、執筆もできなくなる。

 四場 重い課題

 主人公は執筆時間を確保するために生活を削り始めるが、次第に上手く書けなくなり、精神的に追い詰められる。

 五場 状況の再整備、転換点

 主人公は深夜にリビングで執筆を試みるが、母に見つかり叱られる。彼女は「月明かり」に助けを求め、彼と共に家を飛び出す。

 六場 最大の課題

「月明かり」は主人公に一緒に死のうと提案するが、主人公は生きたいと感じ、彼の手を取れなくなる。

 三幕七場 最後の課題、ドンデン返し

「月明かり」は自分が文学に囚われた亡霊であることを告白し、主人公に別れを告げる。主人公は彼に対する愛を告白し、彼もそれに応える。

 八場 結末、エピローグ

「月明かり」は消え去り、主人公は一人で帰路につく。彼女は初めて月が綺麗だと感じ、生きる決意を新たにする。


 月明かりの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 サブタイトルの月明かりは月光かと思っていたら、美青年の名前だと明かされて、なるほどと意表をつかれたところが良かった。

 

 遠景で彼と出会ったのは数か月前と示し、近景で、それから何度目かわからない眠れない夜を過ごしていることを説明し、心情で机に向かって小説を書いていると語る。

 彼と小説にどんな関係があるのか、興味が惹かれる。

 

 主人公が小説を書くのは、「唯一の逃げ道で、唯一の自己顕示の場だった」とある。普段は自分の気持ちを隠して生活しているのだろう。こういうところに孤独さやさびしさ、可哀想に思えて共感を抱く。


 きれいなお兄さんが、窓を開けてやってくる。 

 春先に出会ったのが最初なのだろう。

 それまでは冬の寒さから窓には鍵がかかっていたはず。それに寒い中、夜中に起きて執筆していたかはわからない。冬は控えていたのではと想像する。寒さが緩んできて、執筆するようになった春先に、きれいなお兄さんが現れたのではと邪推する。

 鍵を開けたのは、お兄さんだろう。

 不法侵入で、時間は夜中。泥棒かもしれない。

「何を書いてるの?」「

 といわれて、「ひ」と声を漏らして驚いている。

「ねーえ。何を書いてるの?」 

 深呼吸をして、なけなしの勇気を振り絞って「小説を、書いています」と返す。「刺激してはいけない。冷静になれ、私。睡眠不足で若干くらついた脳でもこういう時は落ち着いて対応すべきなんだって分かる」とあり、警戒しているのがわかる。

 不審者だと思っているからだろう。

 読み終わってパソコンを返し、「ああ、ごめんね。怖がらせちゃったよね。……でも俺、名前とかないし。ただの月明かりだよ」といわれる。

 怪しさしかない。

「わけのわからないことを言う人だ、と思ったけれど不思議とどこか受け入れている自分がいた。不審者のはずなのに彼から逃れようとも思えない」

 自分の小説を褒められて、気を良くしたからかしらん。

「そう、君を照らすための月明かり。太陽の光が苦手な君を、ちゃんと照らして導いてあげるための光」

 キザっぽい台詞。

 どこかの白いタキシードを着た怪盗なみに。

 しかも彼は「跪いて私の手を取り、そっと甲にキスをする。まるで漫画やアニメの中の騎士のような気障な仕草」をする。

 そんな相手に主人公は「だけれど彼がそうすると様になっていて、その輪郭や私の手を握るごつごつした男性らしい骨格に思わずどきりとさせられてしまう」と、逃げる様子もない。

 不審者だけど、自分の小説を褒めてくれるキザでイケメンだからなのか。  

「大丈夫、俺がついてるからね」

 妖艶な上目遣いでいう彼に対し、主人公は「危うく卒倒するところだった」と語っている。

 イチコロだったのだろう。

 特異な状況での出会いは、吊り橋効果のように、恋に落とさせる力があるのかもしれない。

 あるいは、誘拐事件や監禁事件などの被害者が、犯人と長い時間を共にすることにより、犯人に過度の連帯感や好意的な感情を抱くストックホルム症候群に近いものがあったのかもしれない。


 長い文ではなく、数行で改行。句読点を用いた一文は、長過ぎることはない。たまに一文が長いところがある。落ち着きや重々しさ、説明といった事を表現したいと考える。短文と長文を組み合わせてテンポよくし、感情を揺さぶるところもある。

 繊細で感情豊かな描写が特徴。主人公の内面の葛藤や感情が丁寧に描かれているところがいい。

「月明かり」というキャラクターを通じて、現実と幻想が交錯する独特の雰囲気が魅力的。

 視覚、聴覚、触覚など五感を使った描写が多く、読者に強い印象を与える。

 視覚は、「全開になった部屋の窓に座る、綺麗なお兄さん」「ふわりとした黒髪に長い睫毛、すっと通った鼻筋」「月光に照らされてそれは宝石のように輝く」などなど。

 聴覚は、「キーボードの音以外何も響かない部屋」「どこからか聞こえた声」「響く眠そうな怒鳴り声」など。

 触覚は「裸足に刺さる砂利が痛くて涙が滲んだ」「彼は私の手を取り、そっと甲にキスをする」「夏にはありえないほどひんやりとした身体」など。

 嗅覚は、「舌を撫でるような苦味が一瞬で広がってそのまま全身に広がっていく」「辺りには雨の残った匂いが充満していた」「自分から嫌いなコーヒーの香りがする」など。

 味覚は 「大嫌いなブラックコーヒーを空っぽの胃に思い切り流し込む」「舌を撫でるような苦味が一瞬で広がってそのまま全身に広がっていく」「吐きそうだ。でもこれで眠らないでいられるならそれでいい」など。

 読者に臨場感を与え、主人公の感情や状況を深く伝えている。

 ここが本作のウリの一つであり、読み応えのあるところだろう。


 主人公の弱みは自己肯定感の低さ。自分に自信がなく、他人の評価に依存している。そのため、月明かりが褒めてくれて、側にいると執筆も捗る。

 また、現実逃避も弱さ。

「相変わらずつまんない学校帰り。高校生になってから数ヶ月が過ぎたけれどまだクラスに馴染めていないし友達もいない。けど勉強はまだどうにかなっている。課題は学校でなんとか終わらせたから家でやる必要はない。執筆だけに専念できる」

 現実から逃避するために小説を書くが、それが逆に彼女を追い詰める原因となっている。

 主人公が眠れない理由は、いくつか考えられる。

 主人公は母親との関係に悩んでおり、母親からのプレッシャーや期待に応えられないことがストレスとなっていること。これが大きいのかもしれない。

 学校で友達がいないことや、家庭内での孤独感が心に影響を与えている可能性もある。

 小説を書くことが唯一の自己表現の手段であり、それに没頭することで現実から逃避しようとしているため、夜中に執筆を続けてしまう。

 眠れない理由も同じで、家庭環境のストレス、学校での孤独、執筆への現実逃避。

 おそらく主人公は、もともと生きたくない、死にたいと思っていた可能性がある。特に、母親との関係や孤独感が強調されており、これらが若者をはじめとして、多くの人が抱いている希死念慮に繋がっているのではと考えられる。


 母と娘の関係がストレスになっているのがよくわかるのは、母親が仕事の愚痴をこぼすシーン。

 主人公はそれを聞き流している。

 母親の話を聞くことがストレスになっていることが示されているのだが、他人の愚痴ほど聞いていても楽しくない。

 外で働く人は、家の中に愚痴を持って帰ってきてはいけない。そういう考えが、かつてはあった。男女雇用均等が叫ばれて、女性も外で働くようになってからは、いわれなくなった気がする。

 それでも外での不満を家の中に持ち込むと、家に不満がたまり、快適に過ごせなくなる。現代はスマホを持ち歩いているため、外も中も区別がつかなくなってきている。結果、ストレスを抱えやすい環境になっている。

 そこに加えて母親が愚痴る。相手を笑わせるためではなく、ストレス発散。悪くいえば八つ当たり。娘としても聞きたくないのは当たり前である。

 つぎに部屋の使用。

 母親が夏に娘の部屋で寝ることを決めた。娘はそれに対して不満を感じるが、母親に反論することができない。

 プライベートエリアを確保することは、ストレスを溜め込まないことに繋がる。災害で避難したとき、プライベートを確保できないため、さらなるストレスを抱えてしまうことを、体験や経験談、報道などで見聞きしているはず。親子であっても、一定の距離を保つのは必要。まして主人公は高校生。小学生ではないのだ。

 この状況が、娘である主人公にストレスであることがわかる。

 さらに、母親の指示がある。

 母親が娘に対して「早く寝るように」と指示する。娘はそれに従うが、内心では不満を感じている。

 たしかに家は親のものであり、子供は養ってもらっている身。

 でも、主人公にとっては自分の部屋である。部屋の使用権は主人公にあるのに、あとから来て、親だからといって仕切られるのは愉快ではないだろう。

 一番は、執筆の妨げ。

 母親が娘の執筆活動を理解しておらず、夜中に執筆していることを怒る。娘は自分の執筆時間を確保するために苦労しており、母親との関係がストレスになっているのがわかる。

 主人公にとってはストレス発散でもあるので、自由に執筆できなければ、精神的に参ってしまう。とくに、月明かりと一緒でなければ捗らなくなっているので、母親は邪魔な存在なのだ。


 でも、母親の気持ちもわかる。

 子供のために働いているのだから。夏はしっかり睡眠を取っておかないと、疲れが取れず、翌朝倒れてしまう。

 とくに三十路を過ぎ、四十を過ぎれば、夜更かしや徹夜ができなくなるばかりか、無理が効かなくなってくる。 

 これらから、母と娘の関係が具体的に描かれていなくても、ストレスを感じていることが伝わってくるのだけれども、母親との関係がもう少し具体的に描かれると、主人公の葛藤がより深く理解できるかもしれない。

「それに一階も荷物が増えて布団が敷けなくなったでしょう」とは何のことかしらん。


 月明かりがいないと書けなくなっている主人公。

 彼はなんなのか。

 背景や動機がもう少し詳しく描かれると、物語に深みが増すのではと考える。

 月明かりが主人公の前に現れた理由は、深い孤独と絶望の中で小説を書くことに救いを見出していたから。他の人間とは異なり、執筆を通じて自己を表現し、逃避することが唯一の生きる手段となっていた。

 そんなときに現れた月明かり。

 彼はかつて小説を書き続けて死んだ亡霊であり、同じく文学に囚われた主人公に共感し、彼女を救いたいと感じて現れた。

 自分と同じく、文学に対する強い情熱と執着を持っていたから、主人公の前に現れたのだ。

 手の甲にキスしたのは、同じ文学に囚われた者同士、敬意の現れかもしれない。

 主人公は「月明かり」と同じ苦しみを共有し、理解できる存在。

 だから彼は彼女の孤独と絶望に寄り添い、救う力を持っていたのだろう。

 そのへんはわからない。

 なぜ主人公に接触し、助けようとするのか。彼が主人公に自分の過去を重ねて見ているのか、彼女を救うことで自分自身の救済を求めているのか。

 そもそも、彼が「月明かり」として存在する理由や目的はなんだろう。未練を残して死んだためにこの世に留まっているのか、特定の使命を持っているのか。道連れが欲しかったのか。主人公に対してどのような感情を抱いていたのか、彼自身の存在に対する疑問や葛藤を描枯れているといいかもしれない。

 月明かりが生前はどんな人物、どのような人生を送っていたのかもわからない。どのような作品を書いていたのか、なぜ書けなくなったのか、その過程でどのような苦悩を抱えていたのか。彼が小説を書き続け、書けなくなって死んだという背景をもっと深掘りしてもいいのではと考える。

 彼との対話が多いようで少ない。

 主人公との対話を通じて、「月明かり」の背景や動機を自然に明らかにする。彼が自分の過去について語る場面や、主人公に対する思いを打ち明ける場面を追加する。

「ねえ、ここで一緒に死のう」

 といわれても、いえいえまだ死ぬ気はありませんとなるのは、当然かなと思えてしまう。

 彼のキャラクターが立体的に描けないのは、幽霊で実体がないからかしらん。そういう意味の立体的ではないけれども。


 読後。ラストは良かった。二人が気持ちを伝え合い、彼は幽霊だったのねとわかって月光の下で消えていく。「辺りには雨の残った匂いが充満していた」と、残り香を残して去っていったみたいな状況描写がとてもいい。

 そのあと、「私は生きていられるから、貴方も生き直して」と願いながら、「裸足の感覚をゆっくりと味わいながらわけのわからない帰路につく」

 ひょっとすると、睡魔が襲ってきているのかもしれない。

 あやふやで不確かな感覚。

 歩きながら「そうして初めて、月が綺麗だと思った」と、視線が夜空へと向かう。

 読後にタイトルを見て、月下のもとで起きた、怪しくも狂おしく、幻想的で不思議な出会いと別れをしたんだと感じさせてくれる。怪しげで儚く不確かな雰囲気が、とっても魅力的だった。

 母親との確執はなにも解決してないけれど、執筆する理由が逃避ではなくなったことで、大きな一歩を踏み出せるだろう。

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