シャッター!

シャッター!

作者 雨乃よるる

https://kakuyomu.jp/works/16818093083605573535


 隣に住む幼馴染の茜は、引きこもりの淳の写真を撮り続け、彼の美しさを世界に伝えようとする。写真が受賞し、彼女は引っ越すが、手紙で写真を送り続ける。淳は茜の存在に救われながらも、自分の価値を見つけようとしていく話。


 私小説。

 自己認識や存在価値について深いテーマが描かれた作品。

 物語の描き方、見せ方にこだわりを感じる。

 読者も作品に入り込んで、主人公が見たアルバムを追体験できるところが、凝っていて凄くいい。


 主人公は、男子高校生の淳。十六~十七歳。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の淳が寒さに震えながらLINEの着信音で目覚める。隣に住む幼馴染の茜から夕焼けの写真を撮りに行こうと誘われ、淳は彼女と一緒に出かける。茜は写真を撮るのが好きで、淳も彼女に付き合う。

 夕焼けを見ながら、茜は写真を撮り、淳の写真も撮る。淳は自分の写真を見るのが恥ずかしいと感じるが、茜は彼の写真を大切にする。茜は「日常」をテーマにした写真を撮り続け、淳にその写真を見せる。

 ある日、茜は淳に「思い出」と題したアルバムを見せる。淳はそのアルバムを見て、茜の写真が日常の何気ない瞬間を捉えていることに気づく。茜は、幸せな時の日常はつまらないほど良いと語る。

 夏祭りの日、茜は淳を誘い、二人で祭りに行く。茜は淳の写真を撮り続け、彼の美しさを世界に伝えたいと願う。淳は自分がきれいではないと思っているが、茜は彼の優しさや美しさを信じている。

 茜は写真賞に応募し、淳の写真が入選。淳はそのことに驚くが、茜の視点から見た自分の姿に感動する。茜は引っ越すことになり、淳に手紙が送られ続ける。手紙には茜の新しい生活や友達の写真が添えられていた。

 十二月に、茜は彼氏ができたことを淳に伝える。淳は茜の幸せを願いながら、自分の日常を見つめ直す。茜の写真を通じて、淳は自分の存在が誰かにとって大切であることを感じるのだった。


 三幕八場の構成になている。

 一幕一場 状況の説明、はじまり

 主人公が寒さに縮こまりながら、LINEの着信を受ける。彼女(あかね)から夕焼けの写真を撮りに行こうと誘われる。

 二場 目的の説明

 夕焼けの写真を撮るために、あかねと一緒に外に出る。彼女の写真への情熱と、主人公の内面の葛藤が描かれる。

 二幕三場 最初の課題

 主人公が自分の写真を撮られることに対する抵抗感。あかねが撮った写真を見て、自分の姿に対する嫌悪感を抱く。

 四場 重い課題

 あかねが「思い出」と題したアルバムを見せる。主人公が過去の幸せな日常を思い出し、現在の自分とのギャップに苦しむ。

 五場 状況の再整備、転換点

 夏祭りに誘われる。主人公があかねと一緒に夏祭りに行き、写真を撮られる。あかねとの距離が縮まり、彼女の優しさに触れる。

 六場 最大の課題

 主人公が自分の視界を再現するために、あかねが写真を加工する。自分の内面の汚れた部分を見せることに対する恐怖と抵抗感。

 三幕七場 最後の課題、ドンデン返し

 あかねが写真賞に応募し、入選する。主人公が自分の写真が世界に認められることに対する戸惑いと喜び。

 八場 結末、エピローグ

 あかねが引っ越すことを告げる。手紙を通じて交流を続けるが、彼女の新しい生活と恋人の存在に対する複雑な感情。最後に、彼女の言葉と写真を通じて、自分の存在が認められたことを実感する。


 注釈がつけられているのは、サブタイトル『アルバムを開く→(茜色の遊び紙、和紙の手触り)』にもあるように、ある場面についてはアルファベットだけ、あかねが撮影したものにはアルファベットに「→」がつけられている。

 つまり、読者も主人公と同じようにアルバムを開いて、あかねが撮影した写真をみているかのように楽しめる作りになっている。写真でない部分もある。

 アルファベット順に印と矢印のものをセットとして表示。

 後者は「→」がついている方。


(*A)

 自分がカメラに成れたら、どんなにいいか。

 誰もいない校庭に向かってシャッターを切るような虚しさが胸を掠めた。


(*B)

 僕はとまって、藍色の濃くなった西の空をながめた。 カシャ。

 一枚目は、彼と夕陽を見に散歩に行った時の写真です。


(*C)

「写真の中の僕は」

 十月、大人びた少年が屈託なく笑っている。先月の写真で踊っていた男子だった。大学生みたいな体格と、服装をしていた。オーバーサイズのTシャツを着ている。「友達の本番前の写真です」。


(*D)

「あなたは、そのときまだ幸せだったでしょう」

  正確には僕はうつ病とは診断されていない。ただ、不登校が半年続いた。この生活に日々焦燥感を感じている。


(*E)

「幸せな時の日常って、いや、幸せじゃなくても、そんなに悪くない時の日常は、とっておくもんなの、それはつまんなければつまんないほどいいの」

 僕と君では時間の流れすら違っていて、昼間の世界を生きている人はたった半年が短編映画のように濃い。水で薄めて澱んだカルキ臭い僕の時間では一生分かけても集められないくらいの青春を送っていた。


(*F)

「十年後、またあのアルバム見せてほしい」

すでに毎日のように君に会っていた日々が懐かしくて、あの日常が恋しかった。『思い出』と題された日常のありきたりなカットを集めたアルバムを思い出した。


(*G) 

「私のカメラに付き合ってくれる人が、淳くんくらいしかいないからだよ」

 十二月、「彼氏ができました」。初めてのツーショットだった。以前より少しだけ濃いメイクをしていた。彼氏にもたれかかるように腕を組んでいた。君は口紅を塗って、メイクで余計に目がはっきり、透き通って見えた。「クリスマスの時の写真です。友達に撮ってもらいました」。


(*H)

 僕はりんご飴を落とさないように持ちながら歩き始めた。人通りが多い。必然的に、僕と君の距離は近くなる。君はカメラを構える。君の肩と誰かの肩が軽くぶつかる。君はカメラを構え直して、シャッターを切った。シャッター音は喧騒であまり聴こえなかった。「もうちょい絞りを開いて、シャッタースピードを上げる」君はカメラをいじってまた、構えた。カシャ。

 二枚目は、人混みが苦手な彼が夏祭りについてきてくれて、私のりんご飴を落とさないように持ってくれている写真。


(*I)

 りんご飴は結局君が美味しそうに平らげてしまって、唇はいつもより赤くなっていた。

 口紅で、りんご飴を食べて赤くなった君の唇を思い出した。


(*J)

 君は足が疲れたのか、立ち上がった。くるりと回転して、いきなりカメラを構えて、シャッターを切った。

 三枚目は、夏祭りで花火を見ている彼です。もっというと、花火を見ている私を見ている彼です。彼と花火の間に座っていた私が、振り返った瞬間に不意打ちで撮りました。ラッキーショットです。


(*K)

「だって私が言うんだもん。間違いない。いまに、世界中が、君に見惚れる瞬間が来るから」

 入選したよ、僕がね。


(*L)

 持ってきたSDカードを挿入して、写真の編集を始めた。

 四枚目は、パソコンばかり見ている引きこもりの彼の視界を加工で再現したものです。近視も乱視も入っています。視界も狭い。あと彼はいつもふらふら歩くので少し写真を傾けてあります。


(*M)

「うつなんて関わらない方がいい。僕みたいな、人間とも縁を切った方がいい。優しすぎるのは悪だと思う」

 審査員は、優しい世界に触れた気がしました、と一言添えていた。


(*N)

「そうだと、思うんだったら、僕を撮ってください。僕の視界なんて知らなくていい。僕の内にどんな汚いものがあるかなんて知らなくていい。君にとってきれいに見える僕を撮ってください。人並みの能力も、君みたいな表現も持たない僕にはそれしか、世界に認められて、存在を訴えられる手段がないんです」ひきつった頬で言った。自分で自分が気持ち悪いと思った。泣いてしまった。一眼レフを構える君はきれいだった。カシャ。

 五枚目は、私のことを本気で心配してくれた彼の泣き顔です。どうか、きれいな彼の姿が全世界に伝わりますように。


(*X)

 シャッター音をコピー&ペースト&並べ替えしたものと、その解説。

 文章と対応する写真を交互に見た。何度も画面をスクロ-ルで往復することになった。


 この注釈のおかげで、読者は主人公が見ているアルバムを追体験するようにみることができ、より深く物語を楽しめる構造になっている。こういう仕掛けは、実に素晴らしい。


 アルバムの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 本作は私小説であり、臨場感を表すために語尾が「~た」ではなく「~る」を意識的に多様しているところがいい。


 遠景で「乱れた掛布団を、手繰り寄せて、体を寒さに縮こまらせる」主人公の動きを示し、近景で「窓とカーテンは閉め切っている」状況説明し、心情で「LINEの着信が軽快に鳴るので、手を伸ばした」と動作を描く。

 寒い朝、ベッドから起きたくない様子が目に浮かぶ。同情し、共感する。

 主人公としては、出たくない。

 でもスマホがなるので、電話に出る。

 相手は幼馴染のあかね。

 眠かったのに、脳が覚醒して正座する。

 なんだかしつけっれたペットみたいな反応。

 暇か聞かれ、自虐を込めて返事をしても気づかず、「夕焼けが、すっごくきれいなの。写真撮りたいから、付き合ってくれない?」

と誘われる。

 反射的に起きてはベッドの上で正座する動作を先に描き、しかも自虐的で嫌味もいったのにスルーされ、付き合ってくれないと頼まれる。主人公には反論する余地もないので、「ありがとう。二分後に行く」と返事する。

 隣にすんでいる幼馴染は、寂しがり屋ではなく一人で撮影に出かける子なのに、わざわざ主人公を誘っている。


 玄関に出て「おっそーい」と言われたとき、主人公は「自分がカメラに成れたら、どんなにいいか」と思っている。彼女の側にいたい、好意的なのかもしれない。

「これだけ、大きなものでもとらえきれないのに、私の目は景色をきれいに映す」そんなふうに世界を見れる彼女だから、主人公は彼女に惹かれているのかしらん。

 

 長い文ではなく、こまめに改行。句読点を用いた一文は長くない。短文と長文を組み合わせてテンポよくし、感情を揺さぶってくる 

 繊細で感情豊かな描写が特徴。内面の葛藤や風景描写が丁寧に描かれている。写真を通じて感情や関係性を表現する手法が独特。淳の内面の葛藤や茜との関係がリアルに描かれているのもいい。

 日常の何気ない瞬間を通じて、主人公の内面の変化や成長を描いているところが、現実味をすごく感じる。

 風景や音、匂いなどの描写が豊かで、読者に臨場感を与える。

 視覚は、夕焼けの藍とオレンジのグラデーション、茜の黒く重いカメラ、涼しい風が髪の間をすり抜ける、ガスコンロの青い炎、部屋の中の薄暗い天井と家具類、夏祭りの屋台や花火の光景などが描かれている。

 聴覚は、LINEの着信音、シャッター音、小鳥のさえずり、クーラーの風の音、花火の破裂音、喧騒の中の声など。

 触覚は、乱れた掛布団の感触、和紙の手触り、涙が頬を伝う感覚、茜の熱い指先、りんご飴の冷たさ、エアコンの風など。

 嗅覚は、ココアの甘い香り、夏祭りの屋台の食べ物の匂い、部屋の中のほこりっぽい匂いなど。

 味覚は、甘いココアと牛乳の味、りんご飴の甘さ、涙の塩辛さなどが描かれている。


 主人公の弱みは、自己認識の低さ。淳は自分の存在価値に悩み、自己評価が低い。なぜなら、学生である主人公は昼夜逆転の生活で引きこもってネットばかりしており、社会とのつながりが希薄だから。

 そんな主人公は、茜の写真を通じて、自分の存在の価値を見出し、彼女との関係を通じて自己肯定感を高めていく。


 主人公の引きこもりの期間だが、物語の冒頭で、主人公が寒さに縮こまっている描写から、引きこもりは冬の始まり頃から始まったと推測。夏祭りの描写があるため、引きこもりは夏の終わり頃まで続いたと考えられる。

 主人公は、冬の始まりから夏の終わりまでの約半年間、引きこもっていたのだろう。

 つまり、あかねの撮影をするのに付き合うことで、引きこもりを解消していったのだ。


 物語の終盤、主人公がエアコンの設定温度をいじっている描写があり、季節は再び寒くなっているため、冬の始まり頃に入賞の報告があったと考えられる。

 物語を時系列に整理すると、

・冬の始まり

 主人公が引きこもりを始める。夕焼けの写真を撮りに行く。

・春

 彼女と夕焼けを見に行く。彼女が「思い出」のアルバムを見せる。

・夏

 夏祭りに行く。花火の写真を撮る。

・秋

 主人公が彼女の写真編集を手伝う。

・冬の始まり

 写真の入賞が報告される。彼女が引っ越す。


 茜が引っ越すとき、困った顔をしている。

 茜は主人公のことを非常に大切に思っていた。彼の優しさや美しさを理解し、内面の苦しみを知りながらも、その美しさを世界に伝えたいと考えていた。彼女は彼のことを「きれい」と表現し、彼の優しさや不器用さを愛していただろう。彼の写真を撮ることで、彼の存在を世界に認めさせたいという強い思いもあった。

 ゆえに、突然の引っ越しで戸惑っていたに違いない。

 でも主人公は、

「手紙、送るから。写真続けるから」

 という彼女に、

「いってらっしゃい」

 といって送り出す。

 きっと主人公も茜のことを大切に思っていただろう。でも内面の苦しみや劣等感から、茜の優しさや美しさを感じながらも、自分はふさわしくないと感じ、素直に気持ちを伝えることができなかったことだろう。それでも、彼女の存在は彼にとって大きな支えであり、いなくなったことで、大きな空白が生まれた。

 彼女からの手紙や写真は、彼にとって唯一のつながりであり、心の支えとなっていた気がする。

 それでも、「十一月、は何も送られてこなかった。ショックといえばショックだったし、それくらいでいいとも思った」としつつ、十二月で彼氏ができましたとツーショットの写真を見て、「口紅で、りんご飴を食べて赤くなった君の唇を思い出した」とある。

 主人公が彼女のことを好きだったことが伺える。

 彼女を思い出しながら、唇の赤さを思い出す描写は、彼にとって彼女が特別な存在であったことを示している。

 彼女との関わり合いで、自己肯定感を高めながら、どれほど大切だったのかに気づけるまでに変化したのだ。

 遅い、と突っ込みたくなる。


 十一月に彼女から手紙が届かなかったのは、告白されたのが十一月だからなのではと邪推する。


 全体的に、感情豊かで繊細な物語が描かれていて、青春の苦さも感じる。

 読後。タイトルについて考えてみる。

 シャッターは、特別な瞬間を切り取る行為であり、写真は思い出を保存する手段。彼らの思い出や感情が写真を通じて後で振り返ることができる。

 また、彼女に対して心を開き、彼女も主人公の内面を理解しようとする行為は、心のシャッターが開かれる瞬間とも言える。

 まさに最後、送られてきたツーショットの彼女をみたとき、かつて一緒に夏祭りに行ったとき、口紅でりんご飴を食べて赤くなった彼女の唇を思い出すという、心のシャッターが明けられた状態で終わっている。

 彼はこのあと、どういう行動を取るのだろう。

 自分の気持ちを伝えるのか、友情を続けるのか。自分も変わろうと努力していくかもしれない。

 茜との思い出を大切にしながら、新たな一歩を踏み出す勇気を持つようになってほしいと思った。



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