心霊スポットで花魁を拾った。

心霊スポットで花魁を拾った。

作者 ハチニク

https://kakuyomu.jp/works/16818093084632397339


 大学生の嶺紀彗が心霊スポットで江戸時代の花魁・百合を拾い、現代の生活に戸惑いながらも、共に生活を過ごすことになる話。


 現代ファンタジー。

 テンポの良い会話とキャラクターの魅力のある作品。

 現代と江戸時代の文化のギャップを楽しむ要素があって、ユーモアとシリアスのバランスがいい。 


 主人公は大学生の嶺紀彗。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしささを感じることで共感するタイプと中心軌道に沿って書かれている。

 冬。大学生の嶺紀彗は湯川先輩と同期の田臥と共に「花魁トンネル」と呼ばれる心霊スポットに訪れる。怖がらない主人公に先輩は、いたずらを仕掛ける。財布をトンネルに置いてきたと言われ、取りに戻ると佇む女性、百合を見つける。彼女は江戸時代の花魁だと主張し、嶺紀は彼女を警察に連れて行こうとするも、百合は怖がって拒否する。

 嶺紀は百合を自分のアパートに連れて帰り、一晩預かることに。百合は現代の生活に戸惑いながらも、嶺紀の生活に少しずつ馴染んでいく。彼女はスマホやテレビに興味を示し、特にマッチングアプリをしてみたいといい出す。

 心霊スポットで拾った花魁の百合がマッチングアプリに挑戦するために、百合の写真を撮り、プロフィールを作成し、マッチングアプリに登録。彼女の美しい顔立ちのおかげで、すぐに文学部史学科所属、江戸時代の歴史を研究しているイケメン大学生の大地くんとマッチングする。主人公がメッセージ【はじめまして! マッチングありがとうございます! 百合って言います、よろしくね!】を打ち込むと、【大地です! こちらこそマッチングありがとうございます! 花魁みたいな雰囲気で素敵ですね!】と返信が来る。その後は百合が自分でやりたいといい、会話はスムーズに進んで明日、デートが決まる。

 デート当日。百合は緊張しており、主人公に付き添いを頼みます。ハンバーガー屋での食事中、百合はハンバーガーを知らず、毒味を要求するなど、時代錯誤な行動を見せる。大地くんは優しく対応するも、百合の奇妙な行動に困惑する。

 その後、映画デートに行くも、百合は映画のクライマックスで大地くんの手を振り払い、「――今じゃ!! 斬ってたもれ!!」と叫んでしまう。大地くんは用事ができたからといって、デートは解散となる。

 帰り道、主人公は百合に元の時代に戻るべきだと説得するも、百合はまだ戻りたくないと答える。朱印校には大学お課題が山積みで、バイトをして来学期の学費を稼がねばならない。彼女は自分の過去を語り、花魁としての努力が報われず、死を覚悟していたことを告白。彼女の話を聞いた主人公は、彼女の面倒を見ることを約束。百合は涙を流し、安心して感謝するのだった。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場の状況の説明、はじまり

 心霊スポットでの肝試し。

 二場の目的の説明

 花魁・百合との出会い。

 二幕三場の最初の課題

 百合を警察に連れて行こうとするが拒まれる。

 四場の重い課題

 嶺紀のアパートでの共同生活の始まり。

 五場の状況の再整備、転換点

 百合がマッチングアプリに挑戦する。

 六場の最大の課題

 プロフィール作成とマッチング成功。

 三幕七場の最後の課題、ドンデン返し

 デートの様子と百合の過去の告白。

 八場の結末、エピローグ 

 主人公が百合を支える決意をする。


 勿忘里の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 怪談話からはじまる書き出しが興味深い。

 遠景で「江戸時代の忘れられた谷間、勿忘里」を示し、近景で「身体が衰え、心身を病んだ者たち。あるいは才能を咲かせることなく散った者たちがかつて送り込まれた場所と説明し、心情で「かつて栄華を誇った花魁たちが、その運命を受け入れ、ただただ死を待った」と語る。

 その跡地には、トンネルができていて、花魁の霊も住み、迷い込んだものを誘い込むという怪談である。

 なんども可愛そうな場所である。

 トンネルがあるということは、勿忘里は丘や山の麓にあったと推測。まるで姥捨山のようであり、近い存在だったのかもしれない。

 

 先輩の怪談に怖がるのは主人公と同期、ビビリの田臥。

 先輩にからかわれていえ、実に可愛そう。

 でも主人公は幽霊を信じないので怖がらない。だから、トンネル内に財布を置かれるという、いたずらをされてしまう。

 ここにきて、可愛そうだなと思い共感する。

 誰かに盗まれる可能性もあっただろうに。幼稚ないたずらにしては、度が過ぎている。

 

「トンネルの反対側は薄暗く、街灯もほとんどないせいで、ぼんやりとした影しか見えない」

 心霊スポットを訪れたのは、いつなのかわからない。

 夜だったのかしらん。しかも歩いてなのか、乗り物を使ってかもわからない。かりに夜だとしたら、ぼんやりとした影も見えないだろうから、日が沈む前かもしれない。

 でも、景池のフラッシュライトで和装の百合を確認している。夜、あるいは周囲の木々などで日が当たりにくい場所なのかもしれない。


 怪談だから、季節は夏なのかと思っていると、「息を吸い込むたび、喉に痛みが走るほどの冷たさが肺に染みわたり、寒気がする。ただ、これは霊の仕業とかではない。冬だからだ。冷たい風が吹き抜けているだけだ」と財布を取りにきたときにわかる。

 最初に心霊スポットのトンネルを訪れたときに、示してくれる作品世界に入っていきやすくなるのではと考える。


 百合を前に、「もしや、幽霊か? だが、幽霊なんて非科学的な存在、いるはずがない――」と頬をつつけば、温もりと柔らかさに生身の人間とわかる。

 つまり、百合は幽霊ではなく実体があるということ。

 タイムスリップをした、と認識すればいいのだろう。

 本人も、「……まだ死んでおりんせんよ」といっている。


 はたして、江戸時代に生きていた人は、自分たちを「江戸時代の人間」という認識、意識を持っていたのかしらん。

「めんどくせえ。警察に連れてくから、立て」

「警察……? とはいったい何でございましょう?」

 警察には、このように反応しているのだから、江戸時代のと耳にしたら、「千代田の御城のことですか」みたいな返しがあってもいいのではと邪推する。

「花魁と言えば、吉原とかか?」

「そうでございますね。ただし、わらわはそこではありんせん。少々、複雑な事情がございますの」

 別の岡場所で働いていたのかもしれない。

 警察がどこかわからないのに、「その、ケイサツとやらには連れて行かないでおくれ〜! わらわ、怖いのでございます〜!!」「そうでございますよ! それなのに主さんは、ケイサツとやらいう怖い所に連れて行こうとされていたではありませんか!」といっている。

 よくわからないものに対する恐怖は誰しも抱くもの。

 百合が警察を怖いものといったのは、知らないことに対する不安だったかもしれない。

 主人公と百合とのやり取りには、心を広く持って温かい目で読めばいいかもしれない。


「彼女を肩に担いで、近くの交番に預けることにした」

 百合の体重は軽かったのか。それとも、主人公には腕力や体力があったかもしれない。


 長い文ではなく、こまめに改行。句読点を用いた一分で書かれている。軽妙でユーモラスな語り口。軽快で読みやすい。登場人物の性格がわかるような会話が多く、テンポが良い。

 現代と江戸時代の文化のギャップを楽しむ要素が強い。ユーモアとシリアスがバランスよく混在しているのが特徴。

 百合の古風な言葉遣いと現代の常識に戸惑う様子が魅力的で、ギャップが面白い。 百合の行動や言葉が笑いを誘い、主人公とのやり取りがコミカルで、読んでいて楽しいのが実にいい。


 五感の描写として、視覚はトンネルの暗さや百合の着物の色など、視覚的な描写が豊富。百合の着物や表情の描写が豊かに描写されている。

 聴覚は百合の声やトンネル内の静寂など音の描写も効果的。 百合の古風な言葉遣いが印象的に書かれている。

 触覚は百合の頬の温もり、百合の頭を撫でるなど、触覚的な描写もある。


 主人公の弱みは、心霊現象を信じていない無関心さ。ゆえに、怖がらない。だから先輩にいじめられ、タイムスリップをしてきた百合と出会うも、百合を無理やり警察に連れて行こうとする。

 他には、優柔不断なところ。

 百合の世話をするかどうか迷っている。

 家に招いた翌日、「普段なら、学食で昼飯を済ませてからのんびりと帰るところだが、今日は百合のことがなんだか心配だったので即帰宅ルートを辿った。まるでペットを飼って初めて留守番をさせた時みたいな気分だ」とあり、不安な感じが現れている。

 その後、空腹からパジャマ姿で河川敷にいるところを見つけたときは、児童相談所か動物保護団体に、と思案を巡らせていく。

 迷子なら警察だけど、相手はタイムスリップしてきた花魁。実際、こういうときはどうしたらいいのか、誰しも迷うと思う。

 そもそも、百合が現代に来た理由はなんだろう。背景がもう少し詳しく描かれると良い気がする。

「お前さ、元いた場所に戻んなくていいのか?」と、主人公に聞かれても、どうしたら戻れるのか百合にもわからないだろう。

 困っている女の子がいたから助けたのはわかる。でも、主人公にしても、とりあえず家につれきてどうしたいのか、もう少し内面がわかると深みが出てくる気がする。

 

 スマホのマッチングプリをみつけ、「……わらわも、したいのう……まっちんぐあぷり」という展開は、予想外で興奮と驚きとともに、面白い。

「いや、イヤらしくはないけど……これは恋愛とか結婚相手を探すための道具で、お見合いみたいなことがこの光る画面でできちゃうってわけ」

 主人公の説明を聞いた百合は、「花魁として咲くことなど叶わず、どれだけ身を粉にしても、わらわの努力は虚しく散っていったのでございます……」花魁になりたかった人。

 マッチングアプリで素敵な殿方を見つければ、花魁になれると思ったのかもしれない。どちらかといえば見受け話を成立させるものだけれども、江戸時代の百合が誤解しても仕方ない。

 百合の過去や、主人公の背景をもう少し掘り下げると、物語に深みが出てくると考える。

 それにしても、マッチングアプリで出会った大地は、いい奴だった。それだけに、なんだか可愛そう。

 将軍でもないのに、花魁が毒見を求めるのかが引っかかる。

 花魁を含む遊女たちは、通常毒見を行う必要はなかった。

 毒見は主に権力者や貴族のために行われる慣習で、遊女たちにそのような習慣はあない。客から危害を加えられるリスクはあったものの、毒を盛られる可能性は低かったと考えられる。

 大奥で働いていたことがあったのかもしれない。

 基本は、旗本か御家人の娘が大奥に入れることになっていたが、例外として町人の娘でも旗本の養女になることで大奥へ奉公することができた。この場合、お金を積んで養女にしてもらうため、コネと財力のある豪商の娘に限られたと考えられる。

 また、コネや財力のない娘でも確かな身元保証人さえいれば、御末等の最下級職員として直接採用されることもあった。

 百合が大奥で働いていたかまでは、わからない。


 読後。百合の古風な言葉遣いや行動が面白かった。もっと花魁言葉で話させてもいいのではと考えたけど、彼女は花魁になれなかった娘だから、古風な感じがでていればいいのかもしれない。

 嶺紀とのやり取りは、笑えて楽しめた。

 このあと、二人はどうなるのかが気になる。



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