僕と彼女とあの夏と

僕と彼女とあの夏と

作者 儚キ夢見シ(磯城)

https://kakuyomu.jp/works/16818093084375126168


 夏野は他人の思考を読む能力を持っているが、能力のせいで孤立していた。高校二年生の夏休みに父の実家に帰省し、小泉楓との交流を通じて、自分の過去や記憶喪失の謎に迫る。楓は幽霊であり、夏野の能力で彼女を見えるようにしている。夏祭り、和泉日向も一緒に参加する中、楓が急に神社へ向かい、二人は追いかける。神社で楓は自分が幽霊であることを日向に告白し、夏野は天狗との出会いを通じて過去の記憶を取り戻す。楓は消えるつもりだったが、二人の説得で再び生きることを決意する話。


 現代ファンタジー。

 ミステリー要素もある。

 物語の構造はしっかりしていて、 楓のキャラクターも魅力的。夏野との対比が良くて面白い。


 主人公は男子高校二年生の夏野。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の夏野は、他人の思考を読む能力を持っている。中学生の頃に能力が芽生え、最初は周囲から称賛されたが、次第に孤立していく。高校に進学しても能力を隠しながら生活するが、世の思考の多さに苦しみ、二年になってから学校を休みがちになっていた。

 夏休みに父親の実家に帰省し、祖父母の家で過ごすことになる。ある日、縁側でそうめんを食べていると、同年代の銀髪碧眼の少女、小泉楓と出会う。楓の思考が読めない特異な存在だったため、主人公は彼女に興味を持つ。

 楓は毎日のように主人公の元を訪れるようになる。大事な何かと引き換えに願いを叶えてくれる天狗の話を聞きながら、主人公は楓に心を開いていく。ある日、玄関に訪れた和泉日向という少女が、主人公に怒りをぶつける。日向は主人公が自分の姉を助けたことを知っているが、主人公はその記憶がない。楓と話し合い、日向のことを調べることにする。楓と一緒に山に出かけた際、日向が猪に襲われるが、楓の指示で助けることができた。

 主人公は夢の中で和泉日向の幼少期の記憶を見る。夢から覚めた後、日向と再会し、彼女から記憶喪失のことを聞かされ驚く。主人公は自分が記憶喪失であることに気づき、過去の出来事を探り始める。五年前、姉さである和泉楓が居なくなった日に主人公も一緒に居なくなり、その後発見されたときには記憶を失くしていたいたという。また、楓が実は和泉楓であり、既に亡くなっていることを知る。主人公には他人の思考、本来見えてはいけないものみえる力があるから話すことができると楓は主人公に語り、すべては夏祭りの時に全てが明らかになると告げる。

 楓が主人公に都会に行きたいと頼み、二人は仙台に向かう。電車の中で楓は主人公に絡み、二人の距離が縮まる。仙台に到着し、デパートやポケモンセンターを巡り、楽しい一日を過ごす。帰りの電車で楓は主人公に感謝し、翌日の夏祭りの約束をする。

 翌日の十六時頃。主人公は楓とともに、日向との合流地点へ向かう。日向には楓は見えていなかった。祭り会場で、主人公と日向が歩いていのを見たおじさんが「おー、日向ちゃんおめでとう! いやぁ、ここの村の先も安泰だな!」といい、周りに人が集まってくる。田舎の人のあったかさ、自分の能力もいいと思える主人公が楓に話すと、周りの目を気にしすぎたんだよと言われる。

 そして彼女は「そろそろ行かなきゃ」といい、日向もつれてくるようにいって、楓が突然神社へ向かう。主人公と日向は彼女を追いかける。神社の空気が澄んでいる場所で、日向にも楓が見えるようになる。楓は日向に自分が幽霊であることを告げると、日向は驚き倒れる。

 天狗が現れたとき、主人公は過去の記憶を取り戻す。五年前、日向の病気を治すために二人で聖域を探し、伝承どおりに天狗に会い、姉である楓が妹を救う責任があると、自分の命と交換したのだった。

 楓が消えようとするが、主人公と和泉さんは彼女を引き止めようと説得し、三人で一緒に生きることを決意する。天狗の力で楓は再び生き返る。三日間、診療所で検査をした後、三人は再会を果たす。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場の状況の説明、はじまり

 夏野の能力とその影響、孤立した生活が描かれる。

 二場の目的の説明

 父親の実家に帰省し、楓との出会いと交流が始まる。

 二幕三場の最初の課題

 楓が幽霊であることが明かされ、夏野の記憶喪失の謎が深まる。

 四場の重い課題

 夏祭りで全ての謎が明かされることを予感させる。

 五場の状況の再整備、転換点

 楓さんが夏野くんに都会に連れて行ってほしいと頼む。

 六場の最大の課題

 仙台でのデートとその後の夏祭り。

 三幕七場の最後の課題、ドンデン返し

 神社での天狗との出会いと過去の記憶の回復。

 八場の結末、エピローグ 

 楓さんが再び生きることを決意し、三人での新たな生活が始まる。


 思考を見る能力の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 冒頭の導入部分は、主人公のモノローグによる客観的な状況説明からはじまる書き出し。

 遠景で「少し他人とは異なるところがある」と大雑把に語り、近景で「他人の思考を見ることが出来る」と説明し、心情では中学で能力に目覚めたときは、周りと違い、できないことができることに嬉しくなったことが語られている。

 特殊能力の持ち主である主人公に、読み手は憧れをもち、魅力的に感じるだろう。

 はじめはもてはやされるも、やがて嫌煙されたため、中学の同級生が来ない遠くの高校へ、能力を隠して入学するも、世間は思考に溢れすぎていたため、見たくないもの、聞きたくないもの、知りたくないもの、様々なものを知り、高校に年生から引きこもりになってしまう。

 可愛そうだなと思えるところに、共感を抱く。

 この頃に、「誰かが僕を『私に、会いに来て』と呼んでいる不思議な夢を毎晩見るようになってしまっていた」とあり、楓の呼びかけが聞こえるようになっていたことが示されている。

 

 夏休み、事情をしている両親から父の実家に帰省を勧められる。親としては心配なのだ。心配してくれる親の存在、愛されている感じがする。

「祖父母の家までの行き方など記憶になかったので、道に迷いかけつつもググール先生の力を借りて、三十分ほどかけて祖父母の家に辿り着く」

 久しぶりに父の実家へいくのだろう。子供の頃は連れて行ってもらえただろうが、一人で訪れるのははじめてかもしれない。

 そう考えると、行き方を覚えてなくともあまりに気にならないが、主人公は既往を失くしていることがあとでわかるので、本当にわからなかったのだと思ったけれど、

「善は急げとばかりにとんとん拍子に話は進み、今、僕は何本か電車を乗り継ぎ、中学に上がるまで住んでいたそこに立っている」とあるので、主人公は元々、父方の実家で暮らしていたことがわかる。

 だから、知っていなければいけないのに、わざわざわざわざ「記憶になかったので」と表現をしている。

 主人公にはなにかある、と思わせてくれている。

 

 自堕落な生活をする主人公。

「夏ちゃん、今日はどこか行く予定はあるの?」

 誰の台詞かしらん。おそらく祖母だと思われる。祖母は面だけを用意して出かけていく。

 主人公はそうめんを茹で、うるさいくらい鳴いている蝉、風に揺れて心地よい音を奏でる風鈴を聞きながら、縁側で食べる。

 田舎の、のどかな感じがよく出ている。


「昼ごはんを食べた後のこともあって、うとうととし始めたところで、僕の眠気を吹き飛ばすような大きな声が耳に入ってくる」

 どこで昼寝をしたのかしらん。

 縁側か、縁側に面した居間に寝転んでねているのかもしれない。

 声をかけてきたのは、主人公と同じ年齢くらいの女の子だという。

 高校二年生に女の子という表現はどうだろう。

 小柄だったのかもしれないが、「声の主の方を見るとちょうど僕と同じ年齢くらいの女の子がそこには立っていた」と、見た目で判断している。主人公と身長が変わらない感じだったと考える。

 主人公も背が引くのかもしれない。

 楓は五年前になくなっていて、幽霊という存在。

 つまり、中学生の容姿をしているはず。

 高校二年生の主人公がみて、「同じ年齢くらいの女の子」と表現されたということは、中学生時の楓は大人びた容姿をしていたのかもしれない。


 彼女は、縁側から家を覗き込むように話しかけているのかしらん。 庭に入り込んでいるのだろうか。

 おそらく車が出入りできるくらいの広さがある、通りに面した入口から入ると、玄関口とならんで縁側が視界に入るので、声をかけやすかったところに主人公は寝ているのが見えたのだ。それで縁側に近付いて声をかけたのだろう。

 

 彼女は「来て……くれたんだね」から、彼女は主人公を知っている。でも主人公は、「出会った記憶はない」知らない人なのだ。

 記憶を忘れているからだけど、初見では、どういうことだろうと興味を持っていく。

 しかも流れるように、「出会ったことがあるわけでもないのに感じた違和感? しばらく頭をひねって、そこで僕は遂に違和感の正体に気づいた。この人は思考が見えない。本能的に察せられるはずの思考が真っ白だった」思考が読める彼にとっては、こちらのほうが衝撃だったにちがいない。

「不思議な感じ。ちょっと怖くもあるようで、それでいて久しぶりにワクワクするようなドキドキするような高揚感。端的に言うならば、僕はその時楓さんに興味を持った」

 いままでとはちがう人であり、記憶がないとはいえ、かつて会っている人物。身体的感覚は覚えているはずなので、懐かしさが込み上がるのだろう。


 名乗っていないのに、名前を知っていたとある。

 ちなみに、父の実家の名字は「伏見」となっている。夏野は母方の姓かしらん。父方の姓ではないのは、楓と主人公が、以前会っていることを印象付けるためだろう。

 でも、中学までは暮らしていたはず。

 父方の実家に暮らしながら、母方の姓を名乗るのだろうか。

 ということは夏野は名字ではなくて、下の名前かもしれない。

 伏見夏野が主人公の名前なのかしらん。


 不思議な出会いに興味を抱かせて、物語がはじまっていく流れがよかった。

 このあと、和泉日向と出会い、覚えてないことに怒る場面がある。

 主人公は記憶がなくなったとは思っていない。

 つまり、彼がなくしている記憶は父の実家がある田舎の、和泉

楓にまつわることなのだろう。父方の祖父母のことや自分の両親、学校生活などには支障がなかったから、忘れていることにすら気づかずこれまで生きてこられたのだろう。また、母親が話さなかったことで、記憶を失っていることに気付くこともなかったことがのちに語られている。


 長い文ではなく、数行で改行。句読点を用いた一文は長くない。

 短文と長文を組み合わせてテンポよくし、感情を揺さぶってくるところがある。一人称視点で、主人公の内面描写が豊富。ところどころ口語的。軽快で読みやすい。会話が多く、登場人物の個性がよく表れている。

 日常の中に非日常が混ざる展開。幽霊との交流や記憶喪失の謎、思考が読めるという特殊能力、幽霊や天狗といったファンタジー要素が現実の中に自然に溶け込んでいるところが特徴。


 楓の明るくて独特なキャラクターが魅力的。主人公の冷静さとの対比が面白い。

「というか猪とかいるんですね」

「最近増えてきたんだよね。猟師の方の高齢化で人手不足が深刻になってきて」

「そうなんですか……」

「それでどう、夏野くん? 猪狩らない? 若い人募集してると思うけど」

「経験もないので遠慮させてもらいたいです」

 田舎暮らしと都会暮らしをしてきた差もあるだろうし、主人公は記憶がないとはいえ、なくしているのは一部。だから年齢どおりに生きてきた実感もあるので、高校二年生の思考や振る舞いができる。

 対して、楓は幽霊であり、五年前で止まっているはず。生きてきた年齢差もあって、二人にズレが生まれる。

「川で釣りするとか、山で蝉とかカブトムシをとるとか」

「どっちも暑そうだし、疲れそうだからいいかなと……」

「川なら涼しいじゃん。釣りだけじゃなくて泳げば気分もスッキリするし」

「……すみません。川はちょっと難しいんです……。なんというか水が苦手で」

 こうしたやり取りにも差を感じられて、面白いと思える。

 

 前半は、記憶喪失や幽霊の存在などのミステリー要素で、読者を引き込んでいるところが良い。後半は、天狗や幽霊といったファンタジー要素が深みを与えてくるのも魅力。

 くわえて、感情描写がいい。

 前半は夏野の孤独感や不安がリアルに、後半は楓の未練や主人公の葛藤が丁寧に描かれているのも、いいところである。


 五感の描写として、視覚では銀髪碧眼の楓の描写や田舎の風景、仙台の都会の風景や祭りの賑わいが鮮明に描かれている。

 聴覚は蝉の鳴き声や風鈴の音など、夏の風物詩、電車内の会話や祭りの喧騒がリアルに感じられる。

 触覚は風が肌を撫でる感覚や畳の感触、楓さんが夏野くんの腕に抱きつくシーンなど、触覚の描写も効果的に描かれている。

 嗅覚は自然の匂いや食事の香りが感じられる。

 味覚は食事の描写が少ないが、そうめんを食べる場面がある。


 主人公の弱みは、孤独感。人の思考がわかる能力のせいで孤立し、他人との関わりを避けている。そんな自分の能力や、記憶喪失に対する不安が強いため、前半は受け身がち。

 日向の登場や、彼女の話、久しぶりに見た夢などを経て、楓に尋ねることができたのだけれど、主人公の感情の変化をもう少し丁寧に描くと、共感しやすくなるのではと考える。

 楓によれば、「その力は他人の思考を読むことが出来る。ひいては本来見えてはいけないものが見える力」「当時から村では有名だったからね。神の子どもだって。それと見えてはいけないものっていうのは人が隠したい何かとか現世にまだ未練のある強い幽霊とかね、なんでもだよ」とあり、主人公の能力は、村の人が知るほど有名だったのかしらん。

 それとも、昔から村には、思考を読める人は本来見えてはいけないものがみえる力があり、神の子供と呼ばれているという、天狗の話と同じように伝承があって、楓はその話をしただけなのか。

 どのような言い伝えなのか。

「近くの山のどこかに心のきれいな人だけが入れる聖域があって、そこに神様、天狗が住んでいるって言われてるんだ。それで、その天狗はそこに入った人の願いを叶えてくれるらしいんだけど、代わりにその人の大事な何かを、まさしく等価交換」

 これだけなのか、それとも他にもあるのか。

 その変がはっきりすると、より深く物語を楽しめるかもしれない。

 

 楓も言われたように、主人公は人の目を気にしすぎるところも、弱みである。中学時代の経験から、人の目を気にしすぎる傾向がある。

 気になるのは、前半で「あまりにも世界は思考に溢れすぎていた。苦しい、憎い、辛い、悲しい、うざい、そんな負の感情を含む思考に。もちろん綺麗な感情、嬉しい、楽しいなども見えたけど、それらは負の感情によって容易に塗りつぶされてしまう」といっているのに、仙台へ楓と出かけたとき、たくさんの人がいて、あふれる思考に疲れたりした様子がないところ。

 電車内でも、他の人には見えないからと、楓と話すのを避けていた。彼女を避ければ、周囲の人の思考が聞こえてきたりしないのかしらん。

 楓といるときは、見えないものをみえる力が働く結果、周囲の思考を読み取ることに使う余裕がなくなるので、思考が読めなくなっているから仙台にいっても楽しく過ごすことができたのだと考える。

 主人公にしてみれば、楓は能力を抑え込んでくれる存在なのかもしれない。

 もし、思考を読む能力を意識的にコントロールできているなら、引きこもりになりはしなかっただろう。


 楓は、病気の妹を救うために天狗にお願いし、自らの命と交換した。交換したら死ぬわけで、幽霊として存在するはずがない。だけで楓は幽霊となっている。

 幽霊としてこの世に繋ぎ止めたのは、主人公の願いかもしれない。

 主人公としては、楓に死んでほしくなかっただろう。彼の願いを叶えると日向は救えないので、中途半端に願いがかなっているから、楓は幽霊になり、主人公は楓に関する記憶をなくしながら、見えないものが見えるという力を持ってしまったのでは、と考える。

 楓が幽霊であることや天狗との関係について、もう少し詳しく説明があると良い。神社に行ってお願いしたら叶えてくれる、神様的な存在なのかしらん。どうして願いを叶えてくれるのだろう。

 

 姉は妹を、妹は姉を、主人公は楓を思う。三人の相手を思いやる気持ちから二人の寿命を分けることで、三人の願いが叶えられて、楓は生き返る流れは素敵だった。

 記憶をなくしていたが思い出し混乱していた主人公に楓が、「こういう時はただいまでいいと思うよ。……おかえりなさい、夏野くん」教わったことを、生き返った楓を診療所へ迎えにいき今度は楓に「おかえりなさい」と返して終わるラストは、うまくまとまっていてよかった。

 

 しっかりした構造、記憶喪失や幽霊の存在などのミステリー要素とファンタジー要素が自然に溶け込んでおり、キャラクターの魅力も十分にあり、楓と夏野の関係性は心温まる。読後感もよかった。

 読後にタイトルを見て、あの夏とは五年前の出来事と、今回の出来事の両方を意味しているのだと考える。あの夏、主人公と彼女にはあんなことがあったんだよ、と振り返って語った話が、本作の物語なのかもしれない。

 彼らはその後、どう過ごしたのだろう。ちょっと気になる。

 



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