心臓が満ちるまで

心臓が満ちるまで

作者 熒惑星

https://kakuyomu.jp/works/16818093084423307285


 人類は「狂気」という病に対抗するために進化し、感情を失った「新人類」となった未来。僕は感情を持つ例外な存在。隣の部屋から聞こえる歌声に惹かれ、同じく感情を持つミツキと出会い、夜のベランダで会話を重ね恋心を抱くが、ミツキは大切な人をなくした経験のあり恋愛を避けてきた。排除されたと思われていた朔が、実は主人公だとわかる。未来に向かって一緒に進んでいく話。


 近未来SF。

 感情を持つことの喜びと苦しみを描きながら、未来の人類の在り方を問いかける作品。登場人物の心理が丁寧に描かれているのが魅力的。主人公とミツキの関係性が自然に描かれているところがいい。


 主人公は感情を持つ例外的な存在、生体番号9620717610の朔。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 絡め取り話法であり女性神話の中心軌道でもある。

 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場の状況の説明、はじまり

 人類は「狂気」という病に対抗するために適応進化し、感情を失った「新人類」として生きている未来。感情がある人間は狂気に侵されないように排除するのがルール。中学一年以前の記憶がなく、親族もなかったため施設に入れられた主人公の「僕」は、感情を持つ例外的な存在であり、感情を隠して生きている。

 ある満月の夜、隣の部屋から聞こえる歌声に心を動かされ、その歌声の主が自分と同じく感情を持つ人間であることに気づく。

 二場の目的の説明

 彼はその人物に「ミツキ」と名付け翌朝、主人公はミツキに声をかける。ミツキは中性的な顔立ちで、主人公と同じく感情を持っている。主人公はミツキと連絡先を交換し、もっと話したいと伝える。

ミツキは最初は警戒するが、次第に主人公との交流を受け入れる。

 二幕三場の最初の課題

 主人公はミツキに夜に会おうとメッセージを送り、ベランダでの会話が続く。ミツキの歌声に魅了された主人公は、もっと歌を聞かせてほしいと頼む。ミツキは最初は拒むが、主人公の熱意に応じて歌を歌うようになる。ミツキの歌声に魅了された主人公は、もっと彼の歌を聞きたいと願う。ミツキもまた、主人公の声を気に入っていることを告白する。

 四場の重い課題

 二人は定期的に夜に会い、歌を歌ったり互いのことを話ようになる。主人公はミツキに恋について尋ねるが、ミツキは苦しい経験を語る。恋が狂気に近いものであり、しない方がいいと忠告する。主人公はミツキの手を握り、恋を理解しようとするが、まだその感情には至らない。

 五場の状況の再整備、転換点

 主人公は新月の夜、孤独感に苛まれながらも友人のミツキに会おうとする。しかし、ミツキからの返事は「ごめん」ばかりで、ついに五回目の拒絶を受ける。怒りと孤独感から、主人公はミツキの部屋に強引に侵入する。ミツキは驚きながらも主人公を迎え入れ、二人は静かに話し始める。

 六場の最大の課題 

 ミツキは過去の出来事を語り始める。かつて、ミツキは感情を持たない人間だったが、ある人物(朔)との出会いで感情が芽生えた。しかし、その感情が原因で朔は警察に連れて行かれ、排除されてしまった。ミツキはその出来事から恋愛を避けるようになったが、主人公との出会いで再び感情が揺れ動く。

 三幕七場の最後の課題、ドンデン返し

 主人公は自分がその「朔」であることに気づく。記憶を消されていたが、ミツキとの再会で感情が蘇り始める。ミツキもまた、主人公が朔であることに驚き、涙を流す。二人は再び心を通わせ、共に未来を歩む決意をする。

 八場の結末、エピローグ  

 二人は新たな未来に向けて歩み始める。ミツキは主人公に手を差し伸べ、共にどこまでも行けると誓う。彼らは排除されることを恐れず、共に生きることを選ぶ。朝日が差し込む中、二人は新たな一歩を踏み出す。


 歌の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 客観的な表現の冒頭の書き出しがいい。

 遠景で「夜に溶けるような歌が僕の鼓膜を震わせた」いつ、だれが、どのようなものに、どう感じたかを描いている。視覚、聴覚に比喩を用いて感覚描写、鼓膜を震わせる(行動)受動で描いている。

 近景ではどのよな声なのか(思考)を説明し、心情ではさらに具体的に説明(思考)しながら「少年少女のような純粋さを秘めていた」と(感情)語る。

 行動、思考、感情の順で、突然聞こえた様子を描いている。

 聴覚的刺激である歌からはじまることで、遠くから聞こえていることを感じさせている。しかも夜という時間。当然空は暗い。視覚的にも遠さを感じさせる。

 導入は客観的状況で描くことで、読み手を物語の世界へと誘っていく。印象的で、インパクトのある書き出しは神秘的で、興味を惹かれる。

 季節は冬だとわかるのは、彼と話すところまで待たなくてはならない。冒頭で伝えてもいいかもしれない。そもそもベランダに出ていたから歌が聞こえたので、主人公は寒さを感じていたと思う。寒さが伝わるような文言をいれてもいいかもしれない。

 たとえば「凍えた夜に溶けるような歌が、僕の鼓膜を震わせた」としてはどうだろう、と余計なことを考えてみる。


 その後語られる、未来の世界での「狂気」についての説明も、客観的で、どのような世界観なのかを読み手に伝えている。

 人間が狂気に感染して発狂する状況が起き、「当時の技術では効果的な治療法を確立することもできず、感染は拡大。殺傷事件が多発し、人口は著しく減少」「旧人類のだれもが知らず知らずのうちにその中に狂気を秘めていた」ため、数百年かけて狂気を持たないよう人類は適応進化したのが物語世界に生きる新人類だという。

 狂気はなくなったが、感情を失ってしまったという。

「だから新人類はアンドロイドのように決まったレールをただ歩くだけのものになり果てている」ところに、読み手は同情するかもしれない。

 なんだか可愛そうだと思えるところに、共感を抱く。

 狂気や新人類の説明がやや長いかもしれない。物語の進行に合わせて小出しにし、分散させるのもいいかもしれない。


 主人公たちの性別、年齢がわからない。

「それは高校生になって、生物の内容と絡められながら説明される」とあるので、高校生以上なのは伺える。

 人称や会話から二人は男性だと思われる。

 本作で扱っている「狂気」は、はっきりと書かれていない。

 事件としては「確認されたのは五百年も前の話だ。とある女子高生が突然狂暴化し、持っていたスクールバックで周囲の人間を殴りだしたらしい。幸いにもこれといった凶器が周囲になかったため、死亡者は発生しなかった。けれど、警察官が取り押さえるも少女の狂気が収まることはなく、精神病院に閉じ込められ一生を終えたらしい」「少女が狂気に陥った正確な原因は未だに判明していない。ただ、少女の脳を詳しく調べてみると、どうやら一部に激しい損傷があったそうだ。それがいわゆる理性というものを機能させなくして、人間が生来持っている狂気を表面化させた、というのが当時の分析結果だった」とあるが、くわしく原因はわかっていない。

 同性愛が「狂気」だとする考えが根底にあり、それを食い止めるために恋愛全般を制限するよう適応進化した世界の話では、と邪推してしまう。


 本作での新人類は、感情を理性で押し殺した、社会主義や軍国主義の人々、または仕事人間のようにロボットのような立ち居振る舞いや考え方をし、自由もなく、束縛された生き方をしているのだろう。

 ただし、「どれだけ頭の中の知識を漁っても、新人類が決められた時間以外に起きていることなんて有り得ないという結論が出される。人類を繁栄させるという目的だけが魂に刻み込まれている新人類は、決められた効率の良い行動しかとらない」とあるように、国家元首や指導者によってではなく、生物的にそのような生き方を自ら選んだというところに特徴がある。

 のちに、感情をもった主人公が警察に連行されて排除後に記憶を失っているため、適応していない人間を間引き、進化した人種を交配して増やし、人工的に進化していったのかもしれない。あるいは、統治者が地球人を管理している可能性も考えられる。


 主人公は感情がある。中学一年以前の記憶はなく、親族もないため施設に入れられていた。感情がある人間は狂気に侵されないように排除すると知り、感情がないように振る舞ってきた。

 この辺りは同情し、共感する。


 五百年前に女子高生が狂気に発病した説明が描かれているところで、「らしい」と書かれている。おそらく、学校の授業で習った知識なのではと推測する。たとえば歴史の授業で起こったことを覚えたときは「らしい」という表現を使わない。史実としてあったのだろうと覚えていくはずなので、削るなりちがう言い方をするのがいいのではと考える。

「という」「のこと」「のほう」といった、水増し表現を使わないように。遠回しな表現となって伝わりづらくなる。また、「ような」も同様。比喩で「~のような」と使うときは、まだいいけれども、省いても意味が通じるところは削っていい。


 すでに娯楽が廃れているが、感情がある主人公には五百年前のラブソングが必要だという話辺りで、『時空要塞マクロス』のゼントラーディ軍のことが浮かぶ。きっと、新人類にとってラブソングはディカルチャに違いない。

 ちなみに、主人公が教えてミツキが歌っていたラブソングは、どんな曲だったのかしらん。『愛・おぼえていますか』だったら凄いな。

 

「こんばんは。今日は月が綺麗な夜ですね」

 夏目漱石がアイラブユーの翻訳云々のネタと思われる。実際は夏目漱石はそういうことはいっていないのだけれども、そういう意味あいがあるということが伝わることが重要であり、感情を持っている証につかうという発想は悪くない。主人公もそう思ったに違いない。


 自分と同じ感情を持った人に出会えたのに、一人取り残されてしまう。寂しさから脱したと思えば、また逆戻り。月見をしている人はおそらくだれもいないだろうから、主人公を見ているのは、同じく一つしかない冬の満月だけ。

 状況描写から寂しさが伝わってくるのと同時に、希望も感じられる。一話目の引きとしてはいい。


 長い文は五行ほどで改行。句読点を用いながらの長い一文もある。間に会話文を挟み、リズムよくしている。ときに口語的。登場人物のわかる会話文。繊細で詩的な表現が多く、感情の描写が豊かな描写が特徴。二人の会話が中心で、内面の葛藤や感情の揺れ動きが丁寧に描かれている。

 感情を持つことの孤独や喜びを丁寧に描写し、後半は感情の細やかな描写と、登場人物の心理描写が増えていき、深い共感を呼び起こしていく。

 独自の未来世界を描きながら、恋愛や孤独、自己認識といったテーマが深く掘り下げられているところもいい。

 人物描写も主人公の主観を交えながら描かれていて、想像しやすい。ただ主人公の年齢がわからないので、同い年くらいといわれてもわからない。主人公にしろ、ミツキにしろ、何をしている人なのだろう。

 

 全体的に、五感描写が豊富に書かれている。

 視覚と聴覚の描写がくわしく、情景やキャラクターの感情が伝わりやすい。

 臨場感を高めるために、五感描写を効果的に使って、物語の世界観やキャラクターの感情を豊かに表現している。寒さや歌声の描写が、物語のテーマやキャラクターの感情と結びついている点がいい。


 視覚は、「満月は胸中の寂寥感を代弁するように煌々と世界を照らしている」など、冬の夜空や月の光景が詳細に描かれ、情景が浮かびやすい。「ショートカットの黒髪は艶やかで、染めたことのなさそうな純朴さは反って穢したくなるような色をしていた」など、ミツキの外見が具体的に描かれている。

 新月の夜空「窓の外の夜空に僕の心を満たす光はなかった」など、視覚的なイメージが豊富で、読者に情景を鮮明に伝えている。

 部屋の様子、ミツキの表情「呆然としたミツキ」「ミツキの目は見開かれた」など、キャラクターの表情や動作が詳細に描かれており、感情の変化が視覚的に伝わえる。


 聴覚は、ミツキの歌声「夜に溶けるような歌が僕の鼓膜を震わせた」や「息が多めの高音は切なさを僕の胸に突き刺した」など、歌声の特徴が詳細に描かれている。

 夜の静けさが効果的に描かれている。会話のトーン「低く、絞り出すような声」や「ぶっきら棒な言い方」など、キャラクターの声のトーンや話し方が具体的に描かれている。

 音の描写:「ぱん、と銃声のような音が鳴って」や「小声で怒鳴るミツキ」など、音の描写が臨場感を高めている。他には、ミツキの声のトーンや震えが描写されており、感情の揺れ動きが伝わる。


 ミツキの声では、

「その声は果実のように自然な甘さで、それでいて噛み締めるとじゅわっと果汁が口の中に広がり、甘やかな香りが鼻を抜けるようだった。くどくないのに、しっかりと甘くて、もう一度齧り付きたくなるような中毒性があった。照れたような響きは熟れた果実の滴りのように、その声を魅惑的にしていた」

 と、嗅覚や味覚的な描写を用いて表現している。

 いささか、くどい。

 数行の中に、「甘さ」「甘やかな」「甘く」と同じ表現を使っている。

 味覚で「バニラアイスみたいで、なんか、甘そう」とまでいう。

 甘ったるくて胸焼けしそうな声だったのかもしれない。

 それだけ、ミツキの声は甘いことを強調させたいのかもしれない。


「その声は果実のように自然な甘さで、それでいて噛み締めるとじゅわっと果汁が口の中に広がり、芳醇な香りが鼻を抜けるようだった。くどくないのに、しっかりとした味わいがあり、もう一度齧り付きたくなるような中毒性があった。照れたような響きは熟れた果実の滴りのように、その声を魅惑的にしていた」

 としてから、

「バニラアイスみたいで、なんか、甘そう」

 台詞で伝えるのはどうかしらん。


 嗅覚は、 直接的な描写は少ないが、感情や状況を補完するために他の感覚と組み合わせて使われている。「冬のにおいが鼻を掠めた」「漂う寂しさ」というふうに用いて空気感などが間接的に伝わる。

 触覚は、冬の冷たさ「冬の鋭さを帯びた空気の中に一人取り残される」や「頬を撫でた寒風に、僕は手に息を吹きかけた」など、寒さが具体的に描かれている。ミツキとの握手の感触では、「骨ばった手はひんやりとしていた」など、触れた感触が詳細に描かれている。

 また、「ミツキの赤くなった目元を指で撫でる」や「強く握った手」など、触覚的な描写がキャラクター間の親密さや感情の深さを強調。主人公が感じる孤独感なども描かれている。


 主人公の弱みは、感情を持つことによる孤独感。

 現在の主人公の年齢がいくつかわからないが、中学二年から記憶があるということはつまり、十三年間の記憶がない。

 記憶がないということは、生きてきた時間間隔もないということ。

 その間の知識もないので、周囲が感情もなく理性的に生きているのを見たら、そのとおりに受け止めて理性的に生きることができる。

 むしろ、記憶がないという部分が周囲の人間との差を作るので、感情を持つこと以上に孤独感を感じる。

 ようするに主人公の中にある孤独は、記憶がないということで心に大きな大穴があいている状態。そこに他の人にはない感情を持っているため、さらに差異が大きくなり、孤独を広げてし待っている状態にある。

 過去のラブソングを聞くのは、感情を持っているからとある。もちろんそうなのだけれども、主人公は記憶がないので、ない部分を何かで埋めて補わなくてはならない。

 同い年の人と話しても、過去がないので話が合わない。だから自分と年齢が上の人、あるいは下の人となら、互いに初対面なので知らない者同士話せる。

 また、感覚としては十三歳年下の相手だとようやく同い年に思えるだろう。幼児を相手にする機会があればいいが、そうそうあるものでないので自然と年上と話すはず。

 話を合わせるために、古いことを調べるはず。だから「昔の文化調べるの、好きなんだよね」につながるのだろう。

 その延長で過去のラブソングへと行き着く可能性が考えられる。


 また主人公は恋愛の未熟さ、恋愛に対する理解不足がある。これも、記憶をなくしているからが考えられる。

 主人公の年齢がわからないので、たとえば二十歳とする。

 でも十三年の生きた記憶がない。つまり中身は七歳。

 七歳が抱くような恋愛感情しかできないのだ。性教育的なことを教わったり、自身で調べ知識を得たのなら、そういうことがあるのだと興味を持って抱ける。でも、精神年齢は子供なので、恋愛は自分には縁遠いものだという感覚が働く。しかも、物語の世界は感情をもたない理性的な人間ばかり。

「恋について調べまわって漸く気づいた。この世界では恋なんてできないんじゃないかって。当たり前だ。周りには感情のない人間だらけ、魅力を感じなくてもおかしくはない」

 恋はできなくとも、子孫繁栄や動物的本能を理性的に考えてパートナーを作ったり、家を存続させるために縁組をしたり、それこそ動物のパートナー選びのように歌やダンスなど技術的なものをみせて採点してもらって伴侶をえるというのが、この世界での恋愛の形になっているかもしれない。

 つまり、感情を主にした恋愛はできないけど、理性を主にした恋愛は存在しているのではと考える。

 体験から直感を養い、直感からモラルが作られるものなので、記憶がない主人公にはいろいろな体験がないので、感情を持っていたとしても、理性世界の知識を身に着けやすい。それでも感情をもっているから、理性の恋愛ではなく感情の恋愛を調べ、あこがれを抱くのは、自然な流れ。

 でもそれらはすべて知識なので、「でも、恋っていまいちわからんくて。例えば、お前のことは好きだけどさぁ、ドキドキするって感じではないんよ」というのは、自分の記憶も体験も経験もなにもかもが足らないから、出てくる言葉である。


 ミツキの手を重ね、握られる。

 主人公はこれまで、他人の手を握ったことがあるかわからないが、はじめてだったならば、その動作がどういう意味を持つのかもわからないので、反応がないのは当然。

 もし知識として、恋愛映画や動画をみているのなら、ミツキの行動に対して、「このまえセンターでみたことがある」みたいな反応が帰ってきてもいいかもしれない。

 どの道ここでは、恥ずかしがったり嬉しがったり、照れたり笑ったりという反応をしない限りは「わかんねぇなら、今のお前に恋は無理だよ」と伝えることが重要であり、十分果たしている。


 ミツキが自分語りをしてからの展開は予想外の連続なのでだけれども、記憶のない主人公の恋愛感情や自己認識に対する未熟さから、「……うん。思わなかった。だってミツキ、言ってくれないんだもん。――でもだから?」「それで僕らが変わるわけじゃないでしょ」がいえるのだ。

 いわゆる、子供っぽい。

 開き直っているのではなく、主人公には過去がなく今しかないからいえる言葉なのだ。

 ミツキは過去を気にしてばかりで今を見ていなかった、そのことに気付かされたのだ。

 

「お願い! 僕も恋したい!」

 とっても子供っぽい。

 ある意味、甘えである。

 かつて自分がミツキを助け、彼から告白を受けて排除されて記憶を失くしたことを知ったことで、空白が少し埋まった。

 しかも主人公はミツキが歌うラブソングが好きで、そのミツキは中学時の自分に告白している。

 主人公にとっては、心を支えてくれる柱になるかもしれない。

 そんな期待がこもっている言葉。

 言われたとき、「どくり、と心臓の鼓動が身体の中に響いた。今心臓が動き出したみたいに胸が痛い」と恋をする。

 これまで何もなかった主人公にとって、拠り所にもなる存在となったのだ。「きっと、溢れ出した感情で心臓がパチンと弾けて恋になりかけた何かを垂れ流しながら死ぬんだ」と思えるほどの衝撃でなければならない。

 ここの書き方は、記憶を失って止まっていた時間までも動き出したような感じがして、いい表現だと思う。


「宇宙の果てまで?」

「宇宙の果てまで」

「世界の果てまで?」

「世界の果てまで」

 スケールダウンしているので、反対にしたらいい気がする。

「世界の果てまで?」

「世界の果てまで」

「宇宙の果てまで?」

「宇宙の果てまで」

 そのあとで、「じゃあ、僕らの終わりまで行こう」と話をしてからの流れで、「そうだな、でもまずはコンビニ行かねえと」と急にショボく、現実的に持っていって、「朝飯、まだだろ」とミツキは、瑞々しく笑っておわるほうがいいのではと邪推する。

 

 読後、タイトルを読み直すと、二人の恋が凄く現れているように感じられた。主人公とミツキの関係がどう発展するかに期待が持ちながら、感情の揺れ動きに共感できたところもよかった。

 ミツキの過去の告白シーンは衝撃的であり、感動的でもある。

 ただ、どんなことをして助けてくれたかなど、もう少し具体的な背景を描いていると、よりわかりやすくなるかもしれない。他には、説明のバランスをとったり、テンポにスピード感を出したりしてもいい気もする。

 全体的には感情の描写やキャラクターの関係性が魅力で、物語の結末も希望に満ちており、読後感が良い作品だった。

 二人はどこまで行けるだろうか。

 どこまでも行けそうな気がする。






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