少しだけ世界に魔法をかけて

少しだけ世界に魔法をかけて

作者 ぐらたんのすけ

https://kakuyomu.jp/works/16818093084074517515


 上司の叱責からユミは、幼馴染のサキと昔していた魔法少女ごっこを思い出し、再び魔法少女になりたいと願い、SNSでの活動がエスカレート。上司に暴力を振るおうとするもサキに止められ、自分お未熟さと向き合い、魔法少女の夢を捨てる話。


 疑問符感嘆符のあとはひとます下げるは気にしない。

 現代ドラマ。

 現実逃避も程々に。

 なかなか着眼点がいい作品。


 主人公は社会人のユミ。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。

 

 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 小学五、六年生のとき、ユミは幼馴染のサキと魔法少女ごっこをしていた。「また世界の危機が訪れたら、一緒に変身して戦おうね」と約束して魔法少女は封印。いつの間にか約束も忘れて大人になった。

 主人公のユミは、上司からの厳しい叱責に耐えながらも、心の中で魔法少女としての自分を思い出す。同僚のサキと居酒屋で過ごす中で、子供の頃に流行った魔法少女ごっこを懐かしむ。

『――また魔法少女になれたらいいのにね』

 ふと淋しくなってサキにメールを送る。

『――なればいいじゃん』

 ユミは、魔法少女としての自分を取り戻すために、実家で鍵付きの可愛い箱を引っ張り出す。鍵が見つからず、サキに相談。鍵は先が持っていた。箱の中には思い出が詰まっていた。乱雑に詰め込まれたありとあらゆるグッズ達。種類もこだわりもなく集めていたのを思い出す。その中から一つ桃色の手鏡を手に取った。

「変身!」

 大きな声を出して手鏡を天井に向かって突き出してみる。昔は確かに不思議な力があった。ユミは魔法少女ラブリージュリア、サキはキュートティアラ。二人揃えば世界を脅かす悪を倒せると本気で信じていた。

「ユミはさ、あの人のことが嫌いで、ウザくて仕方ないんだろうけど。でもそれって全部ユミの為を思って言ってると思うよ」

 いい加減おとなになりなよと言われ、部屋を飛び出す。誰もいない公園のベンチで涙を拭き、「変身!」天高く手鏡を掲げた。

 再び魔法少女として活動を始め、パトロールのために会社を休む。

 ガタイの良い男が一方的に、ひ弱そうな男に怒鳴りつけていた。止めたかったができず、SNSに登校しただけで翌日は出勤した。

 昨日の投稿に、ありとあらゆる罵詈雑言が、怒鳴りつけていた男に向かって放たれていた。

 ダイレクトメールには本人らしきアカウントから『――投稿、消していただけませんか』と届いていた。

 苛立ちで頭が一杯になったが、ふと冷静になり、そのメッセージをスクショして、そのまま投稿。結局その動画の炎上は収まらず、アカウントはいつの間にか消えていた。

 動画に映っていたひ弱な男は、何度も見知らぬ人に迷惑行為を繰り返すような男であったことを。炎上した男はその男に向かって叱りつけていただけだった事を、その時は知らなかった。

 路上喫煙、ポイ捨て、立ちション。魔法少女をやめたばっかりに、世界はこんなにも汚れてしまったのかと思い、すべてくまなく動画に収め、SNSに投稿。その行動は次第にエスカレートしていく。

 無断欠勤を続けていたユミの家に、上司とサキがやってくる。

 主人公は不法侵入だとカメラを向け、無抵抗になった上司の姿を見て包丁を手に取り、「皆さん誤解しないでほしいのが、これ、正当防衛ですから。先に手を出してきたのは向こうですから」といって、上司の背中めがけてミラクルビームという名の包丁が振り下ろされる。

 それをサキに止められる。「魔法少女なんて! なれるわけないじゃん! あんたは、いっつも自分の気に入らないことから逃げて、自分が正しいと思ってるだけの子供だよ!昔から、昔からあんたは何も……」ビンタされ、サキの手が手鏡に直撃。割れた鏡には、ラブリージュリアなどおらず、ただ醜い悪者だけが映っていた。

 

 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場 状況の説明、はじまり**

 主人公ユミが上司に叱責されるシーンから始まる。反論できず、ただ頭を下げる。

 二場 目的の説明

 同僚のサキと居酒屋で飲みながら、昔の魔法少女ごっこを思い出す。ユミは再び魔法少女になりたいと感じる。

 二幕三場 最初の課題

 ユミが上司に反抗しようとするが、結局何も言えずに終わる。サキとの会話で、再び魔法少女になることを決意する。

 四場 重い課題

 ユミが実家に戻り、昔の魔法少女グッズを見つける。サキと再会し、再び魔法少女になることを提案するが、サキに否定される。

 五場 状況の再整備、転換点

 ユミが魔法少女としてパトロールを始める。SNSで悪者を見つけて投稿するが、思ったような結果が得られず、自己満足に終わる。

 六場 最大の課題

 ユミがSNSでの活動を続ける中で、上司が自宅に訪れる。上司との対立がエスカレートし、ユミは包丁を持ち出す。

 三幕七場 最後の課題、ドンデン返し

 サキが現れ、ユミを止める。サキとの取っ組み合いの中で、ユミの手鏡が割れる。ユミは自分が魔法少女ではなく、ただの子供であることを認識する。

 八場 結末、エピローグ

 ユミは自分の過ちに気づき、涙を流す。手鏡にはラブリージュリアではなく、醜い自分が映っている。


 魔法少女の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか気になる。

 会話文からの書き出し。

 遠景で上司の叱責、近景で頭を下げる様子。心情で「反論できるものならしたかった。でも何を言えばいいのか私には分からなかった。ただただ噛みしめる唇が、ひたすらに痛かった」と語る。

 仕事のミスを、上司に怒られている場面からはじまっている。

 主人公は会社員で、辛い状況。かわいそうで共感する。


 場面が変わり、同僚と居酒屋での会話。サキから、魔法少女に返信しないのか聞かれる。

「今はもう出来ないんじゃない? 純粋な心を持った人じゃないと変身出来ない設定だったじゃん」 

「もう出せないの?ミラクルビーム」

「うーん、急にミラクルビーム打ったらみんなビックリしちゃうからダメかな」

「でもさ、ミラクルビームだったらさ、あんな奴一撃だよ……」


 ここまで読んできて、ひょっとしたらこの二人は本当に魔法少女なのかもしれないと思った。

 でも次で、「当時、私達の学校では魔法少女モノのアニメや作品が大流行りしていた。学校の帰り道、雑誌の付録に付いてくる魔法少女風の手鏡やステッキを大量に集めていたものだ。むしろその付録目当てで雑誌を買い漁った程である。その中でも流行の最先端にいたのは、私達二人だった。二人で近所のパトロールをしたり、架空の悪者を協力してやっつけていた」と、魔法少女ごっこして遊んでいたことが語られる。

 子供の時の、楽しいような恥ずかしい思い出である。

 こういうところに、親近感が湧くし魅力を感じ、共感を抱く。


 長くない文。こまめに改行され、句読点を用いた一文は長くない。長い文は、説明だったり、落ち着きや重々しさ、弱さといった主人公の性格が現れていると考える。ところどころ口語的で、シンプルで読みやすい。ユミの内面描写が豊富で、感情の動きが細かく描かれている。過去と現在の対比が効果的に使われており、ユミの成長と葛藤がリアルに描かれているのが特徴。

 ユミの感情の動きが細かく描かれており、共感しやすいところがいい。読者層の十代の若者も、ヒーローやヒロインに憧れて、ごっこ遊びをした経験はあるだろう。

 男子ならヒーローに憧れて、警察や消防士、自衛隊、医者とか、誰かを守るための職業を選ぶかもしれない。女子が魔法少女に憧れたら、職業として選ぶ先があまりない。たとえばプリキュアで、主人公が医者やパティシエ、動物が好きとかなら、そっちの方面へ夢を抱けるかもしれない。でも、キラキラしたヒロインに憧れた場合は、アイドルくらいしか選択肢がない。

 主人公の魔法少女ごっこは、「二人揃えば世界を脅かす悪を倒せると本気で信じていた」とあるので、キラキラした可愛い服を着た魔法少女というものよりも、悪いやつを倒して平和にするところに夢や憧れを抱いていたのがわかる。

 そんな子供時代の夢と現実のギャップ、成長と未熟さという普遍的なテーマも本作では描かれている。

 ユミとサキの関係性がリアルで、二人のキャラクターが立っているところがいい。

 夢見がちな主人公と、現実的で大人にしようと手を引っ張っているサキ。この組み合わせだったから、子供のときも仲良く遊べたのかもしれない。

  五感の描写としては、魔法少女グッズや居酒屋のシーンなど、視覚的な描写が豊富。

 聴覚は上司の叱責やサキの酔った声など、音の描写が効果的。

 触覚はユミが手鏡を握りしめるシーンなど、触覚的な描写がある。

 嗅覚は居酒屋の匂いや実家のホコリの匂いなど、嗅覚的な描写が少しある。

 味覚は居酒屋での酒の味など、味覚的な描写がある。

 魔法少女ごっこをしていた自分を思い出し、SNSの投稿に活躍の場所を見出してのめり込んでいく非日常部分では嗅覚や味覚の描写を抑え、大人の日常部分では嗅覚や味覚の描写を増やすと、よりリアルな世界観を作り出せる気がする。

 

 主人公の弱みは未熟さ。これに尽きる。

 小学高学年のころ、魔法少女ごっこに浸っていたくらいに、子供っぽい。

 プリキュアが放送された当初は小学生向けで、高学年くらいから月9ドラマをみるようになって、ファッションやメイク、恋愛に興味をいだいていく。いまはプリキュアは幼稚園児がみるもので、小学生に進学すると卒業していくといわれる。ファッションやメイクも早い子は小学生からたしなんでいく。

 高学年で魔法少女を見てもいいし、ごっこ遊びをしても問題ないけれども、子供っぽいところがある子だった。

 その後、「子どもの流行というのは目まぐるしいもので、あれよこれよと適応するうちに大人になってしまっていた」とあり、年齢を重ねて大人になったのは見た目だけで、中身は昔のまま。だから、ユミは現実と理想のギャップに苦しみ、仕事においても未熟さが目立つ。

 大学も出ているだろうし就職もできているから、そこまで子供っぽくなくてもいいはず。なのに幼いのは、サキに依存してきたところがあるのだろう。彼女は大人なので、彼女にいつも引っ張ってもらっていたに違いない。だからユミは、自分の意志で行動することが難しい、苦手なのだ。

 結果、現実から逃避し、魔法少女の夢にすがる姿が描かれている。


 SNSに投稿するのだけれども、「動画に映っていたひ弱な男は、何度も見知らぬ人に迷惑行為を繰り返すような男であったことを。炎上した男はその男に向かって叱りつけていただけだった事を、その時は知らなかった」とあり、状況も把握できずにネットに上げるのはよくない。

 魔法少女らしからぬ行動で、「路上喫煙、ポイ捨て、立ちション」が悪い、正義の行動していくことが、公園で困っている女の子を助けたところから、過激になっていっている。

 さらにサキが酔った男性が路上で迷惑行為をしている動画を見たときの言葉で、主人公の行動が決まってしまう。

「だんだんと一日に成敗する悪者の数も、いいねやフォロワー数も、私の中での満足感も指数関数的に増えていった」

 正義の味方である魔法少女の行動ではなく、ただ単に、フォロワー数といいね稼ぎをして、自己欲求を満たすための行為に成り下がってしまっている。


「仲間たちの情報提供のお陰で、私は家から出ずに彼らを裁くことが出来た。居ないと思っていた魔法少女達は、ここに居た。皆私の意見に賛同してくれる。やっぱり世界のほうがおかしかったのだ。嬉しかった。報われた気がした。世界に、魔法がかかっているような感覚だった。いや、違う。私が魔法をかけて綺麗な世界にしたのだ。だから私には心地の良い意見しか届かないし、悪者は皆で倒そうという雰囲気が出来上がっていた。一つずつ、理想に近づいていた」

 ここまでくると、行くところまでいってしまった感じ。

 だから、このタイミングで上司と幼馴染のサキが現れるのだ。


 主人公にとっては、この展開はある意味予想外だけど、悪を成敗してきたと思いこんでいる主人公にとっては、新たな敵が現れたくらいにしか思っていないのだろう。やっていることは、迷惑系のユーチューバーみたいなもので、主人公は動画とネットという暴力を振るっていることに気づいていない。

 

 サキや上司のキャラクターをもう少し深掘りすることで、物語に厚みを持たせることができるのではと考える。人物描写が少ないので、上司やサキの容姿が想像しにくい。

 上司が女性だとわかるのは、ユミの部屋を訪ねたときに彼女と表現されているからであって、読んでいてもわからなかった。

 

 主人公には、心配して止めてくれる上司と幼馴染がいた。でも実際は、ほっとかれる。だれも止めてくれないし、もし止めてくれるのだとしたら、犯罪行為に抵触して通報され逮捕されるときだろう。


 読後。魔法少女の夢と現実のギャップがリアルに描かれており、共感しやすい作品だったと思った。

 他人の迷惑帰りみず、正義の味方気取りでネット利用する人も、主人公みたいな感じなのかしらん。

 魔法少女になって困っている人を助けたかったのではなく、魔法少女という生き方に憧れたのだろう。

 自分が神様みたいに、気に食わないものは悪として成敗していくのは気持ちがいいかもしれない。でも、ある一方で悪く見えても、別の方向から見たら正しいかもしれない。その逆だってある。

 彼女の行為は愉快犯と変わらない。

 だから、「いつまで子供でいるつもりなの?」と言われてしまう。

 いまの世の中、そうした大人は多いかもしれない。

 子供っぽい考えを引きずってこじらせたユミを悪い手本、反面教師にして、十代の若者は大人になってもらいたいと願う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る