夜の忘れ物
夜の忘れ物
作者 葉名月 乃夜
https://kakuyomu.jp/works/16818093081293522202
十六歳になった妹の海月は、「夜に忘れ物をした」と出かけ行方不明になった姉を探しにいく。海辺で再会した姉の忘れ物とは、十年前海で亡くなった妹の身体。妹の魂は身体に戻り、姉に感謝を伝えて消えていく夢を見た望海の話。
現代ファンタジー。
明るめのホラーともいえる。
感情の描写が豊かで、強い印象を与える物語。
回想と現在の時間軸が交錯する構造が深みを与えている。
どんでん返しがいい。
主人公は、海月。ラストは姉の望海。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在、過去、未来の順に書かれている。
絡め取り話法と女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
主人公の海月の、幼い頃の回想から始まる。主人公の姉、望海は夜になると散歩に出かける習慣があり、主人公はその理由を尋ねる。姉は「夜に忘れ物をした」と答えるも、詳細は語らない。ある日、姉は夜の散歩に出かけたまま行方不明になる。
およそ七年の時が経ち、主人公は十六歳の誕生日を迎える。姉との約束を守り、夜に出歩かないようにしていた主人公は、ついに夜の散歩に出かける決意をします。十年ぶりの夜の海岸で、姉と再会し、姉が探していた「忘れ物」が自分自身の遺体であることを知る。主人公は幼い頃、大波に飲まれ、助けようとした両親は溺れた。主人公は海で亡くなっており、その魂が現世に留まっていたのだった。
主人公は自分の身体に戻り、姉に感謝の言葉を伝えながら消えていく。
夢から覚めた姉は、妹の靴が玄関に揃っているのを見つけ、妹が自分の元に戻ってきたことを感じ取る。姉は微笑み、妹も笑ってくれていたら嬉しいと思うのだった。
四つの構造で書かれている。
序章は幼い頃の回想。姉が夜に出かける理由を尋ねる。
中盤は主人公が十六歳の誕生日を迎え、夜の散歩に出かける決意をする。
クライマックスは夜の海岸で姉と再会し、自分の遺体を見つける。
結末は主人公が消え、玄関で姉が妹の靴を見つける。
姉が夜に出かける謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どのような結末を迎えるか気になる。
過去回想から始まる書き出し。
遠景で、姉はよく日が沈むと出かけていたと示し、近景で問いかけ、いつ頃のことかを説明し、心情でなにをしている姉にどんな主人公が尋ねるのかをくわしく示す。
主人公は、幼い。「まだ小学校に入学したばかりの私は、高校生である姉の考えなど全くもって読めなかった」とあり、主人公に寂しさを感じ、かわいそうに思えてくる。
一番好きな姉。「姉は、この世に残る唯一の家族だから」がより一層共感を生んでいく。
「夜に忘れ物をしちゃったの」
「お姉ちゃんのは特別だから、夜じゃないと見つからないんだ」
謎を投げかけ、必ず戻ってくるといって出かけて、行方不明になる。
長い文ではなく、数行で改行。句読点を用いて、一文も長くない。 短文と長文を組み合わせてテンポよくし、シンプルで読みやすい。感情の描写が豊かで、共感を呼び起こす。
回想と現在の時間軸が交錯する構造。五感を使った詳細な描写が特徴的で、物語の雰囲気を引き立てている。
視覚は夜の暗闇、満月の光、波打ち際の風景などが詳細に描かれています。聴覚は秒針の音、波の音、鈴の音などが効果的に使われている。触覚は姉の手の温もり、冷風、砂浜の感触などが描写されている。嗅覚は潮の香り、夜の香りが描かれている。
主人公は、すでに死んでいるので嗅覚描写がモヤッとする。また触覚描写で、幼い頃の主人公は姉に頭を撫でられている。姉には魂だけになった妹が見えていたのかしらん。
主人公の弱みは、幼い頃の姉への依存心と不安感。姉がいなくなった後の孤独感と不安。自分の死を受け入れることの難しさもある。
高校生の姉と小学生の妹が二人で暮らしていたので、依存は高くなる。実際は姉一人だったのだろう。寂しい思いをしてきたのはむしろ姉のほうだろう。
姉と妹は対になっていると考える。主人公の寂しさ、依存心、不安、孤独は、すべて姉の抱いていたものだと邪推する。
姉は妹が見えていた。
「十六歳になるまで、決して一人で夜を出歩かないこと。夜に足を踏み入れないこと」姉はどうしてそんなことをいったのかしらん。
夜に外へ出ると、魂の妹が消えてしまうと思っていたのかもしれない。
「本当はね、少しだけ、見つからなければいいのになって思った。身体が無ければ、海月みつきがどこかへ行くこともないんだろうなって」
「だけどね、そんな奇跡は起こらないだろうし、身体が無いといつか海月が困るかもしれない。そう思うと、探さずにはいられなかった」
そもそも、姉はどうして妹の体を探していたのだろう。
「砂浜に打ち上げられたのは、お父さんとお母さんと、そして私の身体」とあるので、両親とともに、亡くなった妹も見つかっている気がする。
でも姉は見つけているので、十年前の事故のとき、妹の遺体は見つからなかったのだろう。
「幼い少女だった。正確には、遺体。小学校に上がったばかりであろう、幼い身体」
亡くなって十年は経過している。妹自身の遺体は腐敗し、骨だけになっているのではと考える。でも、幼い身体とある。魂が抜けた状態だったため、身体だけ変わらず残っていたのかしらん。
死者のたましいのことを魂魄という。
魂は陽気の霊で主に精神を表し、死後に天上へ昇るとされる。
魄は陰気の霊で主に肉体を指し、死後に地上に残るか地下へ向かうと考えられている。不自然な死を遂げた人の魄は強いエネルギーを持ち、悪鬼になる可能性があるとされたと考えられている。
姉は妹を鬼にしたくなくて探していたのかもしれないし、成仏させるためには魄が必要だったのかもしれない。
だから身体を取り戻した主人公は、この世界から自我が消えようとしていくのだ。
姉は七年も帰ってこなかった。
夜に出ていったのが十六だとすると、二十三になっている。その間、どこでどう暮らしていたのかしらん。
「穏やかな目覚めが、とても久しぶりに感じる。身体も重い。なんだか、長い長い夢を見ているような気がした。眠っている間に別の世界で暮らしていた、と思うほどに」
すべて、姉の夢だったのだ。
家族を亡くしてから十年の歳月が過ぎている。ひょっとすると、姉はこの日、誕生日だったかもしれない。もしくは、妹の誕生日。
十年前なくした妹の靴が玄関に揃えられていることで、妹がやってきて夢の中で出会い、「ありがとう。さようなら」を残してお別れできたのだ。
読後。タイトルを読んで、姉の忘れ物は妹、妹は姉にお礼とお別れをすることだった。お互いに、夜の忘れ物を見つけられて、新しい朝を迎えられた。だから、悲しくも温かな読後感なのだろう。
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