たとえば日常。

たとえば日常。

作者 蘇芳ぽかり

https://kakuyomu.jp/works/16818093073195327196


 ミスタネイビーと名付けた自転車に乗って登校するメイは、クラスメイトとの日常を過ごしながら、恋愛や将来について考え、日常の小さな出来事や夕日に感動しながらミスターネイビーに乗って帰る話。


 現代ドラマ。私小説。

 日常を切り取ったような、小さな出来事や感情を丁寧に描写されていて、深みを感じる。メイの日常がよくわかる。

 いや、上手い。


 主人公は女子高生の田村メイ。一人称、あたしで書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 絡み取り話法で書かれている。

 三月頃。主人公のメイは、「ミスターネイビー」と名付けた自転車に乗って学校に通う高校生。彼女は親友の菜実子やクラスメイトとの日常を過ごしながら、恋愛や将来について考える。メイは恋愛に対する疑問や妄想を抱きつつも、現実の中での恋愛を経験したいと願っている。

 部活に入っていないメイは四時過ぎに駐輪場に戻ってきて、だいぶ古くなったミスターネイビーにカバンを放り込む。歩道橋に上がると、空はオレンジがかった赤に染まっていた。日常の中での小さな出来事や風景に感動しながら、自分の気持ちや考えを整理し、相棒のミスターネイビーに行こうかと心のなかで声を掛ける。ローファーの靴底で音を立てながら階段を降りていくと、ミスターネイビーは、カチカチと音を立てながら静かについてくるのだった。


 四つの構造で書かれている。

 導入は主人公の日常の描写から始まり、学校への道のりや友人との会話が描かれる。

 展開は主人公の内面の葛藤や妄想が描かれ、恋愛や将来についての考えが深まる。

 クライマックスは夕焼けの風景を見ながら、主人公が恋愛に対する願望を自覚する。

 結末は日常に戻りつつも、主人公の内面変化が感じられて終わる。


 ミスターネイビーの謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結末に至るか気になる。

 なんだろうと思わせる書き出し。

 遠景で「ミスターネイビーに乗って、学校に行く」と示し、奇形で、どんな通学路なのかを描き、心情で、前に進む単純作業だけど、心地いいと語る。 

 主人公は自転車に乗って、通学しているのがわかる。

 自分の自転車にミスターネイビーと名付け、花粉症ではないから風を気持ちよく感じ、鼻歌を歌いながら進んでいく。

 花粉症の身としては、実に羨ましく感じる。自転車通学をしている、していた読者は、共感していく。あと、自分の自転車に名前をつけていた人も。

 登校すると遅刻寸前。ギリギリセーフで、クラスで一番かわいい親友の菜実子と会話し、かなわないなと思っている。そん仲の所から大人っぽい系が似合うといわれ、家に来たらいじってあげるといわれる。愛されてる感じがする。

 化学の教科書がロッカーに入れたままだと気づきながら、困ったら、そのときは隣に見せてもらおうと考えている。おおらかさというか、タフさというか、自分のペースを持っていると感じる。


 長い文。主人公の妄想は十行以上で書かれている。でも私小説だから、この書き方は悪くない。むしろ適しているといえる。それでも「たとえば~」で改行してもいいかもしれない。

 句読点を用いた一文は長くない。短文と長文を組み合わせてテンポよく、口語的で主人公の内面の独白が多い。日常の中での小さな出来事や感情を丁寧に描写しているところがいい。妄想だったり、なにを考えているのかだったり。シンプルでありながらも、細かい描写や比喩が豊富。主人公の内面の葛藤や妄想がリアルに描かれている


 五感の描写が豊富で、読者が情景をイメージしやすいもいい。

 視覚は学校への道のりや夕焼けの風景、菜実子の前髪のカーブなど、細かい視覚的な描写が豊富。

 聴覚はチャイムの音や菜実子の声、自転車のカチカチという音など、音の描写も効果的に描かれている。

 触覚は風の心地よさや髪をいじる感覚など、触覚的な描写もある。

 嗅覚は花粉症ではないことをラッキーと感じる描写があるが、具体的な匂いの描写は少ない。

 味覚は特にない。食べ物に関する具体的な描写もないが、ホールケーキやハンバーガーを食べたい妄想がある。その辺りで嗅覚や味覚の描写を増やすこともできるかもしれない。


 主人公の弱みは、恋愛に対する理解や経験が乏しいこと。だから、授業中に妄想をしては、「もしも学年内でかっこいいと噂されてる彼は、実はあたしのことが好きなんだとしたら?」と考える。

 

 恋愛と推しを絡めて考えているところは、実に興味深い。

 主人公は、「推し」とはすごくかっこよくても、日常から見れば電車の窓から眺める風景のようなもの。すごく美しいけど一瞬しか見えない風景。何も影響できないし、向こうも直接何かを与えるわけじゃなく、少しわあっと感動して、新しい流行りが来たら過ぎ去ってもう別のことを考えている。

 この考え方は、スマホやネットが普及した今の時代の感覚で、実に現代的。

 現実の人を「推す」というのと、恋愛とは一緒なのだろうか。

 悩む主人公に友人たちは、恋愛を言葉で説明するのは間違いだといわれる。

 恋とは、彼氏とは?

「適当に仲間内で喋って『わかる』とか『いいね』とか『かわいい』を連発しているうちに、学校にいる時間はあっという間に過ぎ去っていく。最高に楽しいというわけでもないし、別に味気ないとも感じない。友達がいて、そこそこの話題があって、まあそれでいいじゃん? と思う」

 ここの書き方が、リアル感があって実に良い。

 今も昔も、女子高生の日常はかわらない。


 また、自分の気持ちや考えをうまく表現できないことも弱みといえる。それでも、恋愛について友達に聞く辺りは、積極的に聞いている。親友たちは説明しているけれど、彼女たちは恋をしているのかしらん。おそらく、彼女たちは恋をしたことはあるだろう。

 部活に入っているので、異性をみる危機が、主人公よりも多いと考えられる。そうした、部活に入っていないことに対する周囲からの視線や、自分自身の葛藤も、主人公の弱みとして書かれている。

 だから、主人公の内面の葛藤や妄想が多いのだろう。

 適当に仲間内で喋って「わかる」とか「いいね」とか「かわいい」を連発して一日が終わるをくり返し、その調子で新年度を迎えてクラス替えがあって、友達も受験も、結局どうにかなるのだろうと思っている。

 遠くにあるものを見て「わあ」と感じるように、リアルの世界を生きていて、なんとかなるだろうと思っている。

 実際の出来事や対話の描写を増やせれたら、物語に動きが出てくるかもしれない。

でも、「もしも、あたしが何か部活に入ってたら? 多分『やめとけば良かった』と後悔していることだろう。うん、やっぱりあたしにとっては帰宅部が一番だ」とあるので、学校の中では難しいのかもしれない。

 だから、ミスターネイビーがいるのだろう。


「ミスターネイビーをぐいんと押してみた。どこからだかわからないが、カチカチカチと音がする」

 きっと、鍵についているストラップ的なものが揺れてぶつかり、カチカチ音がしていると考える。でも、ここの表現が良い。

 主人公が「あたしって多分気のいいヤツだ」と思ったときの、相づちみたいで。


 夕日のシーンが良い。

 夕日を見て、妄想し、恋がしたいと思う。

 言葉に合わせないほどの景色を眺めつつの語らいは、言葉も弾み、主人公たちがおぼえた共感は、読者の共感となり心に残る。

「叫び出しちゃうぐらいの、気が狂ってあたしがあたしじゃなくなるほどの、燃え上がるような、恋がしたい。眺めて満足するんじゃなくて、あたしの現実世界にいる人のことを、本当にもうどうしようもないぐらい好きになってみたい。あたしは恋愛を知りたい。身をもって知りたい。今、あたし、恋に恋をしている。ぎゅって胸が締め付けられるほどに。……なんて、ね。そんなことをちょっとだけ、ほんとにちょっとだけ思う。最近は思ってみたりする」

 読者層の十代の若者も、そうでない読者も、感情移入してそうだねと思ったことだろう。

 主人公が意識しているかどうかはわからないが、その想いを共有しているのは、ミスターネイビーである。

 だからラスト、主人公の靴音に合わせるように、カチカチとミスターネイビーは音を立てる。主人公の相棒みたいにうなずいているような、隣を歩いてくれる彼氏みたいに。


 読後。良いタイトルだった。高校生活を過ごしていて、特別感やイベントが起きなくても、そんな日常があってもいいと思わせるほど、日常の中での小さな出来事や主人公の感情を丁寧に描写されていた。

 主人公に春が訪れますように。


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