風雲児、扇子を携えて

風雲児、扇子を携えて

作者 千桐加蓮

https://kakuyomu.jp/works/16818093083110762897


 夏休み、陽咲の愉貴が誤って通行人に水をかけた相手は侍にあこがれて日帰りでやってきた異星人リュウホだった。彼に姉・明菜話をしたことをきっかけに避けていた姉に電話し、わだかまりを解く話。


 現代ファンタジー。

 異文化交流と家族関係をテーマにした感動的な物語。

 リュウホとの対話を通じて、陽咲が成長し、家族との関係を見直す姿がよかった。


 三人称、高校一年生の宮川陽咲視点、弟の愉貴視点、姉の明菜視点で書かれた文体。口語的で読みやすい。


 絡め取り話法とメロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の高校生の陽咲には、現役で東京の難関美大に合格した姉の明菜と、六歳の弟の愉貴がいる。

 陽咲は愉貴と共に家で夏休みを過ごしていると、ある日、庭で遊んでいた愉貴が誤って通行人に水をかけてしまう。その通行人は、侍の格好をした異星人リュウホだった。リュウホは侍に憧れて日帰りで地球に来たと語り、陽咲と愉貴は彼と交流を深める。

 陽咲は、異星人リュウホと出会い、彼の目的や背景を知る。

 彼の祖父は王の座を継ぐ前からわんぱくであり、冒険家の素質があるような人だった。祖父は外交関係に興味を示し、他の星のことを知りたがるようになり、地球に興味を示した。

 リュウホは異文化交流のために地球に来たと語り、いずれは王を継承するため、『王になる前に他の星を見て来たらどうだろうか』と祖父から提案され、父の大好きな地球を見たいと思っていた。

 彼は陽咲が弟の愉貴を大事に思っている姿を立派とし、仁愛の精神、忠心、義侠心を持ち合わせた侍は滅んでなどいなかったと見ることができたと語り、陽咲は対話を通じて彼の人間性を理解する。

 陽咲は自身の姉、明菜との関係や自身の悩みをリュウホに打ち明ける。バレエをしていた姉は小学生の六年間、地元で開催されている芸術祭に出品された絵が賞を取り続けた。姉に憧れた陽咲は絵画教室に入って努力し続けたけれど、姉のような世界観や視点を持てなかった。友達に褒められても嬉しくなくて、東京に行って会えないことを理由に、姉から逃げている。憧ればかりにこだわらないほうがいい、理想は自分自身で積み上げた世界で見ないと気がすまないと話す。

「陽咲さんは立派です。素直に、自分のことを説明できているじゃないですか」 

 リュウホの励ましを受け、陽咲は明菜との関係を修復しようと決意する。リュウホが帰った後、愉貴に先に出てもらってから姉の明菜と電話で話す。「今までごめん、勝手にライバル視し過ぎていたんだと思う。一番憧れがお姉ちゃんだったから、『お姉ちゃんになりたい』が『そうならないと気が済まない』に変換されちゃっていた」と話す。

「私ね、『この子が悪い』『あの子が悪い子』っていう言葉は好きになれないの。だってさ、『あの子』も『この子』も、自分のために頑張っている。他の人のためかもしれない。その頑張りが空回りしてしまっているだけで」姉は「だから、陽咲は悪くないの」と付け足す。

 礼をいう陽咲は、宇宙人が来たことを話し、「また、電話するから。その時にする話として、とっておく」電話を切るのだった。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場の状況の説明、はじまり

 陽咲と愉貴の夏休みの日常が描かれる。

 二場の目的の説明

 愉貴が水をかけてしまった相手、侍の格好をしたリュウホの登場。

 二幕三場の最初の課題

 別の星から日帰りできたリュウホとの交流を通じて、陽咲と愉貴の関係が変化する。

 四場の重い課題

 愉貴と走り回るリュウホとの新たな友情の芽生えが描かれる。

 五場の状況の再整備、転換点

 走り回って疲れた愉貴をソファーに寝かせ、陽咲はリュウホに麦茶を出してもてなす。丁髷は作り物で、単発の赤髪は蛍光系のメッシュも入っている。地球人ではなく、遠い星から来た、侵略するわけではないと語り、祖父や父のすすめで地球に異文化交流をしに来た。侍には憧れていたと話し、陽咲も立派に侍の心、仁愛の精神、忠心、義侠心を持ち合わせていると話す。

 六場の最大の課題

 陽咲の悩み、絵のうまい姉に憧れるも、姉のような絵や見方ができなくて、逃げるように避けてしまっていることを話す。

 三幕七場の最後の課題、ドンデン返し

 陽咲がリュウホの励ましを受け、明菜との関係を修復しようと決意する。リュウホ、宇宙に帰る。

 八場の結末、エピローグ 

  陽咲が明菜に電話をかけ、関係修復の第一歩を踏み出す。


 渋谷駅周辺でインタビューを受けている子たちが映っているテレビ映像の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結末に至るか気になる。

 冒頭から、主人公の状況がわかる書き出し。

 遠景でテレビを見ている様子を描き、近景でどのような表情かを描き、心情で東京の便利さに憧れていることを吐露する。

 多くの人が抱き、憧れるようなことを書いて共感を抱かせている。

 同時に、本作がどういう話なのかを、さりげなく伝えている。

 東京の美大にいった姉に憧れるも、姉のような絵が描けず、距離を取っている主人公。侍に憧れて、日帰りで異文化交流しにくる宇宙人のリュウホ。そんな二人が、互いの話や思いをして、前を向いて歩き出す。そんな話の書き出しに適していると感じる。

 渋谷駅周辺や、家の庭のくわしい様子があると、イメージが広がる気がする。


 テレビを見ている姿勢から、退屈やだらしなさ、ダメさ加減が伝わってくる。朝顔に水をやる弟と対照的。まるで水をもらえていない植物のような主人公である。

 読者層の中には、主人公のような格好をしたことがある人もいるだろう。親近感を覚えるかもしれない。おまけに夏休みははじまって一週間、宿題もなにもしていないという。


 ビッグに憧れている主人公。弟は、世の中には悪い人はいないという。こういう考えが弟にあったから、リュウホと会って、走り回って遊べたのかもしれない。


 世の中の広さの話から、「着ている中学生の時に着ていた体操服のズボンのサイズ」を通して、彼女の小ささ、中学から変わっていないことを表現している。中学くらいから姉と距離を取るようになり、いまもその関係は継続していると表現していると考える。


 主人公に友達がいないことが書かれている。

「いるよ。けど、合わせてるだけで、本当の私で話してたら友達じゃなくなっちゃうから、多分友達じゃないよ」

 友達というよりは、ご近所付き合いのような感覚。社会に出る前に身に着けておきたい、クラスで過ごしていくための人との接し方。小学生になったばかりの弟と比較することで、本音と建前のような比較が自然とみえてくるところがいい。


 リュウホを見かけたとき、「陽咲よりも少し年上であろう若い男、祭りの開催日ではないというのに和装姿なのはギリ許容範囲。だが、髪型は丁髷。陽咲は『その格好はコスプレですか?』と聞いてしまいそうになっていた」「男の背は見た感じ男性平均よりも十センチくらいは大きく、迫力がある」

 コスプレと聞いているので、着物は一時間三千円のレンタルで着るような安い感じなのかしらん。普段着物を着ない、見ない人には違いはわからないかもしれないので、主人公の性格にあった描写の表現かもしれない。

 

「お姉ちゃん、この人ビッグだよ」

 軽く笑いを覚える。先程ビッグの話をしていたし、子供のくったくのない表現、言い方も現れていて可愛らしい。


 リュウホに対して、タイムスリップしてきたのかという発想をしている。「タイムスリップものの小説や漫画なんかは最近流行なのだろう。書店でよく見かけるようになったし、転生ものを扱った作品なんかは、書店でなくても、教室でクラスメイトが喋っているだけで聞こえてくるような話題である。有り得る話に、いつの間にか変わってしまっていたのかもしれない」そういう時代になったのだなあと、しみじみと、改めて思い知らされる。


「何!? 侍の時代は終わった……だと、真か?」

「真ですね。『今は多様性を呼びかける令和時代』って学校の先生が言っていました」 

 この切り返しが面白い。現代的、時代性を感じさせる。


 やや長い文。会話で八行ほど続くところあがる。読点のはいらない長い一文もみうけられる。句読点を用いて長い一文もある。

 数行で改行するか、推敲して冗長と思える箇所を削るかして、よみやすくできるのではと考える。

 長い会話文も同じで、会話中に動きを交えて、リズムを良くするといいのではと思う。

 会話が多く、キャラクターの心情が伝わりやすい。丁寧で詳細な描写が多く、登場人物の内面や感情が細かく描かれている。

 日常の中に非日常が入り込む設定が魅力的。キャラクターの対話を通じて物語が進行するところが特徴。 異文化交流や家族関係をテーマにしており、異星人との対話を通じて主人公が成長する様子が描かれているところが面白い。


 陽咲と愉貴の関係性が丁寧に描かれているところがいい。登場人物の感情や内面が丁寧に描かれており、共感しやすい。

 三人称は地の文がどうしても表現や言い回しが固くなって面白みにかけることがあるけれど、弟がいい味を出していて、柔らかく感じさせてくれているのが良かった。

 他のキャラに視点をずらすことができるけれど、読み手としては興味が薄れ、共感が薄まる場合がある。リュウホ視点では書かれていなかったように、弟視点と姉視点に切り替えないほうがよかったのでは、と考える。三人の視点で描いたのは、姉弟の話でもあるからかもしれない。

 ラスト、明菜視点で書かれて終わっている。導入、本編、結末の流れを考えたとき、導入と結末は客観的視点の状況説明、カメラワークのズームアウトしていく感じで描くので、姉視点で終わっていくのは理解できる。


 弟のやり取りはスムーズ。異星人リュウホとの対話も自然で、物語に新鮮さを与えている。彼との対話を通じて、異文化理解や自己成長がテーマとして描かれているのも着眼点がよく、物語に引き込まれる。

 五感の描写が豊富で、情景がリアルに伝わってくる。

 視覚は渋谷駅周辺のテレビ映像、庭の広々とした風景、リュウホの和装姿、リュウホの赤髪や陽咲の表情、麦茶の氷が溶ける様子などなどがくわしく描かれている。

 聴覚は蝉の鳴き声、素足で走る音、驚きの声、氷が溶ける音、電話のバイブ音など。触覚はテーブルに顎をつける感触、汗をかく感覚。陽咲がリュウホの汗を拭くシーンや、座布団に触れるリュウホの描写。

 嗅覚や味覚は特にない。リュウホが甘いものが好きだと語るシーンがある。麦茶の描写があるが、味覚に関する具体的な描写は少ない。ぬるくなったくらいかしらん。

 嗅覚や味覚の描写を増やすことで、より臨場感が出るのではと考える。夏特有の匂い、あるいは侍の姿をした異星人リュウホの匂い。また、リュウホは麦茶をはじめて飲んだはずなので、どのような味だったのかしらん。味の感想が書けたかもしれない。


 ただ、この麦茶の使い方はよかった。

 姉の話をするとき、「陽咲は、麦茶が入ったコップの面を人差し指でちょんと触れる」と言いにくそうな感じが出ている。

 話し終えたら、「そして陽咲は、氷が完全に溶けきっている麦茶の入ったコップを見て『もうぬるくなっちゃいましたね』と言ったのだった」と、心のなかで固まっていたものが溶けたことを感じさせてくれる。

「陽咲は、不意にリュウホの額の小さな汗を、近くにあったハンカチで拭いた。リュウホは、麦茶の入ったコップに伸ばしていた手をそのままにして固まる」

「リュウホは陽咲に半分ほどまで吸った麦茶を手渡する。そして余裕そうな態度の彼は手で大袈裟に顔を隠して照れてみせたのだった」

 麦茶は心を象徴していると考えると、リュウホの緊張したり、優しさだったりを感じる。

「しかし、確実に麦茶を飲んでいた空のコップはテーブルの上にあった」たしかに夢ではなかった証としても用いられている。


 主人公、陽咲の弱みは友達が少なく、本当の自分を出せないことに悩んでいる。また、弟の愉貴に対してもどこか距離を感じている。

 その根底に自身の姉、明菜に対する劣等感や嫉妬心を抱えていることに由来する。

 また、自分の感情を素直に表現することが苦手で、他人との関係に悩んでいる。

  陽咲の悩みや葛藤をもう少し深く掘り下げると、キャラクターに共感しやすくなるのではと考える。


 姉みたいになりたくて努力はするも、姉になれるわけはなく、勝手に葛藤した。でも、それなりに絵はうまいのだろう。同級生に絵を褒められて続けた。

 自分が理想とする絵ではないから、褒められても嬉しくない。鬱陶しく感じ、褒めてくれる同級生から距離を取る。姉とも同じように。

 だからといって、孤立して居るわけにいかない。

 見知った人のいる環境では、相手の顔色をうかがい、周りに気を使わなければ、下手に素直な自分を出すと変な目を向けられてハブられたりいじめられたり、孤立してしまう。だから日常はどこか窮屈に感じる。クラスの子達と仲良くやりながらも、友達がいないのは、姉がいじめられていたことも影響があったかもしれない。

 だからこそ、異星人リュウホという、互いに素性もしらない相手と出会い、それぞれの話をすることで、自分の中にあった感情を素直に話すことが出来たのだろう。

 彼が侍に憧れ、侍の持つ武士道精神に通じる弟を思う姿を主人公にみたおかげで、話す機会がもてたのだ。

「陽咲も明菜も共働きの両親に代わって、弟である愉貴のお世話をした。大人から、しつこく頼まれていたわけではない」姉との能力差があり、姉や現実から逃げるために弟の世話や遊び相手になっていたとあるが、嫌なことは自分から進んではしない。

 根は、姉弟思いの優しい子なのだと思う。

 だから、弟の力を借りつつ、あとで姉に電話をかけることができるのだ。


 リュウホの別れ際が、実に良かった。

 また明日会うみたいに去っていく。実に清々しい。

「また会う時も、無邪気で僕なんかにも優しくしてくれたそのままの君で僕に声をかけてほしい。いや、僕が愉貴くんを見つけて先に声をかけてしまうかもしれないな」

 王になったら、地球には来れないだろうから、ある意味今生の別れである。彼の理想像の侍であり、たしかに侍にかんじる。

 見習いたいものである。

 

 東京に行った姉は、寮暮らしをして数か月、寂しい思いをしているという。はじめて親元を離れたのならば、無理からぬことだろう。

 弟が宇宙人が来た話をし、主人公が昔の話を持ち出すことでわだかまりが溶け、最後に宇宙人の話で締める。そして、姉が描いていたキャンパスには、「描きかけの宇宙が広がっている」というつながりは、作品を綺麗に一つにまとめている感じがして、読後感がよかった。


 読後。タイトルは、リュウホのことを示していると思うのだけれども、潔さと清々しさが思い浮かんで、いい印象が残る。読みにくいところがちょこちょこあるので、そこがクリアすると、より素直に味わえると思った。


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