空舞うあなたへ
空舞うあなたへ
作者 明松 夏
https://kakuyomu.jp/works/16818093081536302402
洪水に巻き込まれた子供を助けたユミの父は命を落としてしまう。ユミが高校生の時、大雨で川が氾濫し家が流され、気づけば妖怪の世界に迷い込むが、龍神様となった父との再会、助けられる体験を通じて成長し、家族の絆を再確認する話。
現代ファンタジー。
ユミの成長や家族の絆が丁寧に書かれ、感動的で魅力的な物語。
希望を感じる。
主人公は高校生のユミ。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。行きて帰りし物語。現在、過去、未来の順に書かれている。
絡め取り話法とメロドラマと同じ中心軌道に沿って書かれている。
三幕八場の構成になっている。
一幕一場の状況の説明、はじまり
主人公のユミは小学一年生になったばかりのころ。父は帰宅途中に洪水に巻き込まれた子供を助けようとして命を落とす。ユミは父の死を受け入れられず、心に黒いしこりを抱えたまま成長する。
二場の目的の説明
高校生になったユミは目覚めると見知らぬ場所にいる。そこは現実離れした風景で、ユミは混乱しながらも進む。途中で河童のような妖怪に出会い、彼に助けられる。
二幕三場の最初の課題
河童に案内されながら、ユミはこの異世界について少しずつ理解を深める。ときどき人間が訪れることがあるらしい。龍様の下へ行くと、皆は助かったというそうな。途中で芝天狗という妖怪にも出会い、彼らと共にこの世界を探索する。
四場の重い課題
ユミは、妖怪の河童さんと芝天狗くんと共に山道を歩いている。彼らは妖怪たちが住む街を見下ろせる場所に到着し、河童さんが街の説明をする。ユミは豪華な建物に気づき、河童さんに尋ねると、それが龍様の家であることが判明する。龍様はこの世界のリーダーの中のリーダー、長の中の長。ユミたちの世界でいう神様のような存在だとおしえてもらう。
五場の状況の再整備、転換点
芝天狗くんが人間がこの世界に訪れたことを話し始めると、河童さんは焦り、芝天狗くんを水で縛り上げる。芝天狗くんは人間が龍様の力で元の世界に帰ったことを明かす。ユミは河童さんに元の世界に帰してほしいと頼むが、龍様がいないため無理だと言われる。河童さんはユミを水で拘束し、「きみは僕ら妖怪をちょっと舐めすぎたね。昔のニンゲンは妖怪という存在を異常なほど怖がっていたというのに。今のニンゲンは怖がるどころか、僕らをまるでマスコットキャラクターかのように扱っている。そのせいでどれだけの妖怪が姿を消したか……」川に落とす。「最後にいいことを教えてあげよう。僕らがニンゲンと仲良くなるのは、物語フィクションの中だけなんだよ」ユミは溺れかけながら、過去に川で溺れた経験を思い出し、助けを求める。小学生だった夏、川遊びをしていたとき、流されそうになったところ、仕事帰りの父が気付いて助けられていたことを思い出す。
六場の最大の課題
ユミは、川で溺れかけた際に龍様に助けられる。「ここに入れる時間は決まってるんだ。人によって変わってくるけれど、その一定時間を越えると二度とあちらの世界には繋げなくなる」彼女を元の世界に戻すために急いで空を登っていく。
雲の中を進んでいくと、青色と淡い紫色の境目に出た。かすかな輝きを放つその横には、決して無視できない大きさのまっしろな渦がギュルギュルと回っている。
三幕七場の最後の課題、ドンデン返し
渦の中に飛び込めと言われ、飛び込むと渦へと引き込まれる。龍様はユミの父親だと気づき、「ありがとう、お父さん」父は笑顔のまま手を振った。
龍様の助けを借りて無事に元の世界に戻ったユミは、体のあちこちに痛みを感じつつ、犬の鳴き声やたくさんのひとの声、泣きじゃくる母と再会する。周囲を見渡すと、公園やコンビニ、自宅が崩壊していた。大雨で川が氾濫し、家ごと流されてしまったことを思い出して気絶する。
八場の結末、エピローグ
数カ月後、隣町の小さな病院で目を覚ます。妖怪似合った時の話をすると、真面目に聞いてはくれなかった。そんな話を、祖母と母とユミの三世代女子会という名のおやつを食べて話す。祖母は河童を見たことがあるといい、母は犬のポンタに絡みに行く。龍の神様になった父にあったと話すと、祖母は昔話をする。
昔々、ここの近くを流れる川が氾濫したことがある。でも溢れた川の水は村まで流れてこなかった。「神社で祀っていた『龍神様』が守ってくれたの。雨上がりの晴れた空に舞う龍の姿を見た人がいるんですって」
ふと窓の方へ目を向けると、そこにはヤモリが一匹張り付いていた。何かを見守るようなあたたかいものだと感じとったユミ。きっと勘違いじゃないと思うのだった。
二〇二四年は、自然災害からはじまっている。災害に関連した物語が多く応募されてくるのではと考えていた。本作もそうした作品の一つだと思う。
父の死と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結末に至るか気になる。
衝撃的な書き出しからはじまっている。
全体の根底にあるものを、一言でうまくまとめ一文。
遠景で、父が死んだと示し、近景でそれがいつだったのかを説明し、心情で体感を交えた詳しい状況が語られていく。
洪水を経験した人は少ないだろうけれど、毎年のように大雨で被害がでた場所のニュースが報道されるし、突然の豪雨に見舞われた経験を持つ人は、読者の中にはいると思う。
そうでなくとも、洪水、地震、台風、津波などに対する避難訓練の体験しているはずなので、主人公の置かれた状況を想像することで、共感していく。
初見では、「小さな私の手を握り、降り続く雨のなか果敢に進む母の姿は、幼い私の目にはヒーローのように映っていたのだった。
その時、父はいなかった」のところは、少しモヤッとした。
きっと父がなくなった話をするのだと思っていたので、そのとき父はいなかったとあり、すでに亡くなっているから母がヒーローなのかなと思った。
でも読んでいくと、父は勤めているので、母と一緒に避難したからヒーローのように映ったのかと納得した。
そのあと、父はなくなり、黒いしこりとなって残る。
冒頭は回想。
つまり、妖怪の世界にいく前、女子高生だったユミが現在、過去を思い出している部分なのだ。
父はなくなり、黒いしこりとなっている状態だったから、亡くなった父を避けるために、意識的か無意識かわからないけれども、母をヒーローにたとえているのかもしれないと邪推した。
父をなくして可愛そうだというところからも、共感していく。
二話から本編。
遠景で「――じゃぽん」聴覚刺激からはじまる。近景で触感、体感を描き、心情で視覚描写を描く。
そのあとつかもうとする触感、体感からつかめず、水が邪魔していると気付く。そして、主人公は、水の中にいて、以前にも同じようなことがあった気がすると思い出しかけてはじまっていく。
のちに、川で溺れかけたことがあったと思い出すので、そこへ繋がっていく。
視覚や聴覚は距離感があり、触覚は身近に感じる。
そうした感覚描写の組み合わせで、朦朧としているところから、徐々に明らかになっていく臨場感が出ていい。
その後も、鳥の鳴き声の聴覚の後、温かい匂いの嗅覚、匂いから記憶を呼び覚ますというながらもいい。
全体的に長い文にせず、数行で改行している。
一文は読点を使わず長いところもある。冒頭や川に落とされたところなど。長文、三点リーダーやダッシュからは、落ち着きや重々しさ、弱い言葉に感じる。これらは主人公の気分や性格を表していると考える。少なくとも、冒頭は父をなくして気持ちが沈んでいる。全体的に覇気がない。そんなところが、文章からも感じられて良い。
キャラクターの個性がしっかりと描かれている。
河童や芝天狗との、ユーモアと緊張感が交互に描かれ、バランスが良い。やり取りが生き生きとしている。
ファンタジー要素と現実の要素が上手く組み合わさっていて、読者を物語の世界へ引き込む力を感じる。また、家族の絆や成長をテーマに描いているのが特徴。
ところどころ口語的。軽快でシンプル、読みやすい。
登場人物の性格を感じさせる会話が多く、キャラクターの個性が際立っている。描写が細かく、感情描写も豊かに書かれてる。主人公の気持ちに共感しやすい。
五感を使った描写が多く、読者に情景を鮮明に伝えるところがいい。
視覚では、洪水の様子や異世界の風景が詳細に描かれている。目覚めたときの描写、山道から見下ろす街の鮮やかな色、豪華な建物、河童さんのザンバラ髪、川の黄緑色。 川の底で光るもの、龍の青緑色の鱗、空の青色と淡い紫色の境目、まっしろな渦巻きなど、鮮やかな色彩が描かれている。
聴覚は雨音や小鳥の鳴き声、河童さんの声、芝天狗くんのツッコミ、川の音。水が揺れる音、龍の声、風の音、蝉の声、犬の吠え声など、環境音が豊かに描写されている。
触覚は、河童の手の冷たさや草の感触が描かれている。風に吹かれる髪、水の冷たさ、体にまとわりつく水。水中での浮遊感、龍の鱗の感触、瓦礫の重さ、母の手の温かさなど描写が多くある。
嗅覚はお母さんの夕飯の匂い。生臭い匂い、あんこの香りなど、
味覚は、饅頭の味わいがある。
嗅覚や味覚の描写をさらに加えると、さらに表現が増すかもしれない。主観的で生を感じさせる感覚なので、主人公が生きていることを実感する部分で取り入れるのがいい。
実際に作中でも、気がついたときにお母さんの夕飯の匂いを思い出し、現実に帰還して女子会で饅頭を食べるところでも表現されている。
主人公ユミの弱みは、父の死を受け入れられず、心に黒いしこりを抱えていること。彼女の弱みはそこにある。きちんとお別れができていないままでいるので、生きている実感というか、覇気を感じられない。
しかも、突然の異世界での出来事に混乱し、不安を感じている。
ユーモアな展開になるも、主人公がではなく、河童や芝天狗がユーモアを生み出しているのだ。河童や芝天狗に対しての信頼や親しみが、彼女の判断を鈍らせる。
芝天狗には驚くのに、河童には驚かなかったこと。
「きみは僕ら妖怪をちょっと舐めすぎたね。昔のニンゲンは妖怪という存在を異常なほど怖がっていたというのに。今のニンゲンは怖がるどころか、僕らをまるでマスコットキャラクターかのように扱っている。そのせいでどれだけの妖怪が姿を消したか……」
「最後にいいことを教えてあげよう。僕らがニンゲンと仲良くなるのは、物語フィクションの中だけなんだよ」
この辺は、昨今のご当地キャラをはじめとした着ぐるみ文化の影響が多分にあると考える。もちろん、科学の発展により、よくわからないものを妖怪のせいにする考え方もしなくなっているので、昔ながらの妖怪の存在が危ぶまれ、消えていく現状を行っていると思われる。
ただ、異世界の設定や背景についてもう少し詳しい説明があるとと、物語に入り込みやすくなるかもしれない。
ほかにもユミの弱みは、溺れかけた際の過去のトラウマ、恐怖や不安、そして父親との別れの悲しみがある。
冒頭で、小学生になったばかりの頃に、父をなくしていると書かれている。
でもそのあと、小学生の夏、川遊びをしていて溺れかけたときに父に助けられたエピソードが出てくる。
ここは矛盾に感じる。助けられた後、洪水で父はなくしたかもしれない。しれないのだけれども、「私が小学校に上がって間もない頃だった」とあるので、モヤモヤする。
川で溺れたのが、もっと小さい頃、三歳とか五歳とか、そのくらいだったら良かったのではと思う。
そのくらい幼いと、溺れて父に助けられていたことも、なかなか思い出しにくいだろうから。
水の中で溺れていきながら、達観して過去を思い出しているように感じる。死にそうな感じがしない。
父親が幼い頃になくなってから、心に黒いしこりが残ったとあるけれど、それが彼女の中でどんなふうに蝕んでいたのか、重みになっていたのか、そのあたりの掘り下げがあると、その後の感情や成長がより伝わりやすくなるのではと考える。
主人公は基本的受け身で、女子高生になり、気付いたら妖怪の世界にいて、河童と芝天狗についていき、川に投げ入れられて、龍様に助けられて空へ上がり、渦に飛び込めと言われて渦に飛び込み、気がついたら洪水で家が流された自分が創作してくれていた人達に助けられ、最後は三世代でおやつを食べるという話。
渦は自分で飛び込んでいるし、川で溺れ父に助けられたことを思い出し、龍様が父だと気付いて「ありがとう、お父さん」と自分から伝えているので、完全に受け身ではないけれども、主人公はなにもしてない。乱暴な言い方をすると、運ばれていった感じがする。
龍様との別れは盛り上がるところなので、龍様との会話がもう少し具体的であれば、物語の理解が深まるかもしれない。どうして父親は龍になったのかしらん。元々神様だったのか。父の献身的な行動をみて、竜神になったのかもしれない。
また、母親に自分の体験を信じてもらえないことも、心の負担となっている。現実的な母。だから祖母に話し、竜神の話を聞くことができた。
自分は父に見守らえてきた。
妖怪の世界に迷い込んだときも。
ヤモリの視線を感じ、勘違いじゃないとするオチのまとめ方は良かったと思う。
ヤモリは水の神様である龍神の使いとも言われ、昔から家を守るといわれているので。その姿と父の面影を重ねる主人公。微笑んでいるような顔が浮かんできて、黒いしこりもなくなり成長を感じられ、読後感は良いなと思った。
読後にタイトルを見て、父のことだったのかを納得した。はじめは、タイトルからでは想像がつかなかった。一行から父が死んで、暗い話がはじまるけれど、読み終わったときは晴れやかな気持ちになれて良かったと思う。
時代性もあって、いい作品だと思う。個人的には、『千と千尋の神隠し』が浮かぶも、誰が作っても水害には龍が出てくると思うから、別に問題ないと思う。父が竜神になったのも良かった。
龍は空を舞う。自然と、視線が空へ向くので顔が上がる。落ち込んでうつむいていないのだ。
このあと、龍神様にお参りへ行くかもしれない。
希望を感じる。ユミは、前を向いて歩いて行けそうだ。
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