小心者のオカルティズム

小心者のオカルティズム

作者 不明夜

https://kakuyomu.jp/works/16818093082170324649


 一九九九年七月に世界は終わり、オカルトが現実になった世界。

 二〇✕✕年十一月都内某所、超有名オカルト情報誌『マー』の記者の斎藤四知は、大学時代の友人・東雲と法弦比叉と再会、謎のがま口財布を調査し、異常な状況に巻き込まれ、東雲の超能力を駆使して鬼達を撃退、元の世界へ帰還する話。


 疑問符感嘆符のあとはひとマス開ける等は気にしない。

 ホラーファンタジー。

 ユニークな設定とキャラクターの個性が光る作品。

 これは、面白い。


 三人称、斎藤四知視点と、東雲視点、神視点で書かれた文体。

 乗り物パニック構造で書かれている。①主要登場人物が集まり乗り物に乗る→②トラブル発生→③最悪の事態を想定しパニックになる→④状況を打開すべく作戦実行→⑤作戦が失敗し事態が悪化→⑥(④と⑤が何度も繰り返される)→⑦打つ手がなくなり絶望的状況→⑧リスクを伴う解決策発見、迷った末に実行→⑨策が成功し事態が収束→⑩主要人物は乗り物から降りる、の流れに準じている。


 それぞれの人物の想いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 一九九九年七月、破滅しなかったがオカルトが現実となった世界。超能力が当たり前になり、能力者は日本だけでも数十万人に及ぶ。

 主人公の斎藤四知は、超有名オカルト情報誌『マー』の記者として生計を立てている。二〇✕✕年十一月、都内某所のスーパームーンの夜、大学時代の友人であり警視庁公安部神秘第一課へとスカウトされた東雲と法弦比叉の二人と再会し、彼女が持ってきたオカルトにまつわる謎のがま口財布を調査することになる。

 斎藤たちは居酒屋で、この財布がどんな手段を使っても開かない異常性を持っていることを確認しようと開けようとするが、どうしても明けられない。法弦比叉が振動を操る超能力で破壊を試みようとするも、被害を考えて斎藤が止める。

 このやり取りが大学時代の頃を思い出させ、懐かしむ三人。深夜一時半をまわり、法弦は電話に出るや否や平謝りを繰り返し、予定が出来たと一言だけ告げ、おぼつかない足取りで夜の街へと消えていった。斎藤と東雲も店を出て、居酒屋の喧騒から離れて駅へと向かう。途中にある約一三〇メートルの橋の上は異様に静かだった。

 橋を渡る途中で異常な現象に巻き込まれ、渡り切ったと思った瞬間、再び橋の始点に戻されるというループに陥る。空にはなぜか月がなく、背後に見えるはずの街は霧に包まれているかの様にぼやけて何も見えない。

 橋の下に、必死にもがく人影の様なものが見えた気がした。斎藤は、東雲が持っていたがま口財布が原因であることに気付く。

「なんで!? あんなに色々やっても開かなかったのに……」

「開かないのにも、当然理由はありますよ。鍵が必要だとか、特定の人にしか開けられないとか。この財布も普通の扉と同じで、開けるのに条件が必要だった、ただそれだけです」

 財布を開けると、中には六文銭が入っており、これは三途の川の渡し賃であることが判明する。

「じゃあ、これは誰かが無事にあの世へ行く為の物だったのかな」

「恐らく。その財布は、都市伝説という尾ひれを付けて僕達の時代まで残ってしまった昔の誰かの祈りですよ。死者があの世でちゃんと三途の川を渡れますように、なんてごくありふれたものです」

 あの世に行くまで、財布を取られませんように。その祈りが、赤酢の財布を作った。

「財布が開く条件は簡単。その場所が、三途の川である事」「しかし因果は逆です。私達は六文銭を持ち歩いて居たのだから……死者と勘違いされた。そして一向に渡し賃を払わないものですから、当然行くも帰るも出来ません」

 痩せ細り青黒い布を纏った老爺が虚空からより現れ、六文銭ごと斎藤の手を握り、歩き始める。老爺は何も言わず、ただ渡し賃を払った者を連れていく。ただ業務をこなしているだけなのだから、一切責められる謂れはない。そんな老爺の頭を東雲の超能力で打ち抜くと、二人は全速力で橋の始点まで駆け出す。

 虚空より現れ続ける異形の鬼の大群が迫ってくる。

 東雲の超能力、背中から羽の様に漏れ出る白い光で鬼の攻撃を弾き、数体の鬼によって形作られた肉の壁を切り開く。

 鬼たちを撃退し、二人は無事に橋の始点に戻ることができた。目の前は、霧に包まれているかの様にぼやけて見えたが、目を擦ると、はっきりとありふれた飲み屋街が目に入る。

 夜空には、月が堂々と煌めいていた。


 なんだろうと思わせるタイトル。オカルトの話くらいしか想像がつかない。しかも小心者とついている。非常に興味が湧く。

 あらゆるオカルトが現実となった謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな解決に至るのか、興味が惹かれる。


 冒頭の導入部分は、客観的状況の説明からはじまっている。

 遠景で、世紀末に恐怖の大王は現れず、世界は破滅しなかったが、たしかに世界は一度終わったと描き、近景でその年月の一九九九年七月を示し、心情で、「その日、あらゆるオカルトは現実となった」と語る。

 これからはじまるお話は、そういう世界の物語なんですよと読み手に落とし込んでいく。

 その後、遠景で主人公のセリフ「東雲さん、お久しぶりです。ところで、今日は月が綺麗ですね」を出し、近景でそれがいつで場所を示し、心情で居酒屋の風景を描きながら、主人公が電信柱によりかかって、ヘラヘラ言葉を紡いでいく様子を見せていく。

 カメラワークで概要から物語へと、クローズアップするように描きながら、登場人物をさり気なく紹介していく。


 主人公は大学時代の友人の女性、東雲に「今日は月が綺麗ですね」といっては、「久しぶりに会っての第一声がソレの人間に、私はどう対応すればいいの」と返されている。彼のいつもの挨拶で愛嬌を感じるとはいえ、軽くフラれている。東雲や法弦比叉に慕われているところなどからも、主人公に共感していく。


 主人公の斎藤よりも先に、東雲の名前が出て来る。誰が主人公か読み手が迷う気がする。主人公だけでなく、東雲視点が入ってくるからかもしれない。三人称は視点ブレが起きやすいので、三人称一元視点で描くといいのでは、と余計なお世話なことを考えた。


「超能力者の数は日本だけで数十万人に及ぶという」

 本作品の日本の人口がどれくらいかわからないが、仮に一億二千万人、超能力者が三十万人とすると、四百人に一人の計算になる。

 都道府県別で見ると、日本で最も人口の少ない都道府県の鳥取県の人口は約五十五万人。全体の人口に対して「数十万人」は少ないが、特定の地域や都道府県の人口と比較すると、決して少なくはない規模といえる。


 主人公たちは、大学の同期、あるいは部活や研究室仲間だった刀子だけれども、くわしくはわからない。また、卒業後に公安の神秘第一課からスカウトされことや、居酒屋でのオカルト談義など、断片的に語られているけれども、オカルトが現実となった背景や、超能力がどのように社会に影響を与えているのか、オカルトが一般化した世界はどのように変貌しているかなど、もう少し詳しく説明されていると、物語に入り込みやすくなる気がした。

 

 長い文にならないよう五行で改行し、一文も長くない。句読点を用いて、短文と長文を組み合わせて、感情を揺さぶってくる。

 軽妙で読みやすい文体が特徴。会話が多く、テンポよく進むため、読者を飽きさせないところがいい。

 後半は落ち着いた語り口で、詳細な描写が多い。会話文が多く、キャラクターの性格や感情がよく伝わってくる。

 登場人物たちの個性が際立っており、キャラクター同士の掛け合いが魅力的。主人公は超能力を持っていないが、考えることだけは昔から得意で、怪異絡みになると「それなりに」優秀になる。

 二幕六場の最大の課題辺りで語られるが、主人公の「それなり」の優秀さは、居酒屋で法弦が超能力を使って開けようとするとき発揮されている。

 酒で頭が回っていなかったとはいえ、常人並みの気付きである。

 でも、「それなりに」の優秀さの表現としては文句ない。

 オカルトや超能力といった非現実的な要素を現実的に描写することで、物語にリアリティを感じさせている。

 怪異や異常現象に対する冷静な分析と、緊迫感のあるアクションの場面も本作の特徴、見せ場である。

 東雲の超能力はなんだろうと、すっと気になっていたので、橋から逃げる際、主人公をかばいながら発揮するところは、この子は天使なのかなと思った。

 地獄に連れて行かれそうになる主人公を、天使が救い出すようなイメージが浮かんで、盛り上がるし、絵になる場面だと思って、非常にワクワクした。


 本作のいいところは、やはりキャラクター描写。

 それぞれ登場人物たちの個性がしっかりと描かれている。とくに、斎藤と東雲の性格や関係性が作品を通してよく描かれており、親しみを感じさせてくれる。

 なにより、会話が多く、テンポよく進むため読みやすい。前半の面白さが、後半の異常現象に巻き込まれる場面や、鬼たちとの戦闘シーンから緊迫感を感じる。

 老爺は仕事をしているだけなのに、東雲に頭を殴られてしまう。だけど、斎藤たちにしてみれば、連れて行かれてはあの世行きなので、抵抗に必死。逃げる二人と、仕事のために連れて行こうとする鬼たち。恐ろしさと緊張、シリアスな場面はドキドキする。

 オカルトが現実となった世界という設定がユニークで、興味を引くところもよかった。

 五感を使った描写が、臨場感を与えているところも良かった。

 視覚ては、月の美しさや居酒屋の雰囲気、登場人物の外見、霧に包まれた橋、異様に静かな橋の上、虚空から現れる老爺や鬼たちの描写が鮮明。

 聴覚は、居酒屋の雑音や爆音、二人の足音、老爺や鬼たちの動き、クラクションの音などが描かれている。

 触覚では、斎藤が手を擦り合わせる描写や、東雲が財布を掴む場面、斎藤ががま口財布をポケットに突っ込む感触、老爺に手を引かれる感覚などが描写されている。

 飲み屋街や居酒屋での飲食、橋を渡る際に包まれる霧など。嗅覚や味覚の描写をもう少し具体的にすることで、臨場感をさらに高めることができると考える。


 主人公である斎藤四知の弱みは、面倒事を避けたいと思いつつも、好奇心旺盛で面白そうなことには首を突っ込んでしまう性格だろう。

 そもそも、友人たちとは違って超能力者ではなく普通の人間であり、異常な状況に巻き込まれると恐怖を感じる。

 それなのに、彼はオカルトに関する知識や経験は豊富で、プライドが高く、考えなしで動いて失敗することもある。

 東雲と再会したときに、「月が綺麗ですね」と声をかけたのも、彼のプライドと、考えなしの行動だったのかもしれない。


 月の使い方がいいなと思った。

 はじめは、また夏目漱石のアイラブユーネタかなと思い、夏目漱石はそんなこと言っていないのに、と思って共感が外れるも、スーパームーンのことだとわかると、気にせず読み進め、橋が渡れず怪異に囚われたことを表現するのに、月が見えないという展開は、使い方が上手いと思った。

 冒頭部分と、ラストに同じ書き方「年に一度、月が最も大きく見える日。今夜は幸いにも雲一つない夜空であり、月は堂々と煌めいている」がされていて、元の世界に戻ってきたことを強調するとともに、書き出しのころよりも二人の距離が近付いているように感じられて、読後感が実によかった。

 

 読後、タイトルを見て、主人公を表していたのかと感じた。読む前は、興味を引くけれどどういう作品なのか、想像がつかなかった。

 本作は、シリーズ化してカクヨムコンや、ホラー小説の募集に応募してみるのも選択肢の一つとして考えてもいいのではと思った。




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