ラムネ色の傷痕
ラムネ色の傷痕
作者 夜賀千速
https://kakuyomu.jp/works/16818093081866238117
同性の涼音への恋心を抱えながら異性との恋愛を試みるも愛せず、同性を愛することを受け入れ、涼音への思いを海へ投げ捨てる藍の話。
誤字脱字等は気にしない。
現代ドラマ。
同性の恋愛を扱っている。
内面的な葛藤や感情の揺れ動きが丁寧に描かれており、素晴らしい。
主人公は、藍。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。恋愛ものでもあるので、作品全体が出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の流れに準じて構成されている。結末は、卒業だと思う。
男性神話の中心軌道に沿って書かれている。
主人公の藍は中学生のとき、同級生の石内涼音と仲良くなるも、自分が同性愛者だとは気付いていなかった。やがて藍は涼音に恋をするも、叶わないものだった。
卒業式のとき、涼音の初恋の男性への告白が玉砕に終わる。そのとき藍は内心喜び、同時に好きな人の不幸を喜んだ自分自身に、死ねばいいと思った。
涼音との思い出を胸に抱えながら高校生になった藍は、夏に中原絢人から告白を受けて付き合うことになる。一年後の夏祭り、一緒に花火をみる。彼が藍の顔を見つめ、頬を触る。藍は「ごめん」といって走り去る。追いかけてきた彼に、「あのさ。ごめん、私、女の子が好きなんだ。だからさ、ごめん、もう無理だと思う」と打ち明ける。彼とはその後、話さなくなる。
七月十七日、朝。涼音のことを思い歩いていると、藍とは違う制服を着た彼女が背の高い男の人と手を繋いだまま、駅の喧騒に消えるのを見た。
気づけば、四番線の駅のホームにいた。地方都市とはいえ、ホームドアはない。駅員さんもいない。ここはあまり大きな駅ではない。いける、大丈夫だ、そう思ったが無理だった。藍には飛び出す勇気はなく、ドアの合いた反対方向の電車内に乗る。
無断欠席をしたら生徒指導にひっかかり内申に響くんことを考えるも、もっとロックに行こう、せっかくの最期の旅なんだからと、イヤホンを耳に入れて、プレイリストをスクロールし、液晶をタップ。流れてきたのは彼女が好きな、無機質な声色のしんみりとした音色。好きな曲が心に刺さらない。「勝田、勝田。大洗鹿島線、阿字ヶ浦行きの電車は一番線からの発車になります」アナウンスの声を聞いて、最期に一目、もう一度海を見たいとおもった。
末続で下車すると、海が見え、夏の匂いがする。波の方へと歩るいていく。気が付くと、頬に水が伝っていた。乾燥した唇をなぞりつつ、海から一旦砂浜の方へと戻る。すると、遠くにひとつ、ガラス瓶が転がっているのを見つけ、涼音を思い出す。どうして忘れられないのかと叫ぶ。堤防の上に転がっているガラスの球体に気付く。ラムネ瓶の中に入っているのは未完成のビー玉じゃなくて、完成しきったエー玉。つるつるとした感触を確かめ、空に掲げて光に透かす。エー玉をじっと見つめていると、涼音がそこにいる気がしてならなかった。藍はそれを持って走り、海へ投げる。
「すずね、ありがと」
これが青春。
青春の傷口は、どこまでも青かった。
三幕八場の構成になっている。
一幕一場 状況の説明、はじまり
主人公(藍)は涼音に抱きつかれ、海辺での思い出を振り返る。涼音への恋心を抱きつつも、それを伝えられないでいる。
二場 目的の説明
涼音との最後の思い出を作るために海に行く。夏の魔法のような思い出を美化し、心に残そうとする。
二幕三場 最初の課題
涼音への恋心を諦め、過去の思い出として胸にしまい込む。しかし、涼音の告白が失敗し、藍は内心で喜んでしまう。
四場 重い課題
高校生になった藍は、異性愛者ではない自分に気づき、涼音への恋心を忘れられないまま生きている。新しい恋人(中原絢人)との関係を築こうとするが、心から愛せないことに苦しむ。
五場 状況の再整備、転換点
夏祭りで中原絢人と一緒に過ごすが、彼とのキスを拒絶してしまう。自分が異性愛者ではないことを認め、彼に告白する。
六場 最大の課題
涼音への未練を断ち切れず、心の中で葛藤する。涼音の存在が藍の心を縛り続ける。
三幕七場 最後の課題、ドンデン返し
涼音が他の男性と手を繋いでいるのを見て、藍は絶望する。自殺を考えるが、最終的に思いとどまり、海へ向かうことを決意する。
八場 結末、エピローグ
海でラムネ瓶を見つけ、涼音への思いを再確認する。ラムネ瓶を壊し、エー玉を海に投げることで涼音への未練を断ち切る。藍は青春の傷痕を抱えながらも、新たな一歩を踏み出す決意をする。
「藍、大好きー!」の謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どのように関わりを見せ、どんな結末に至るのか、興味を持って読み進めていく。
タイトルと書き出しから、失恋する話なのかもしれないと思った。
ある程度、作品内容を想像させるタイトルは興味が惹かれるので、付け方がいいなと思った。
遠景で叫び声を描き、近景で、涼音が抱きつき、心情でそのときの体感を説明して最後に感情をそえる。「好きだよ愛してるなんて、言えるわけがなかった」の部分だけで、もう切なさがにじみ出ている。こういうときは一緒になって叫ばなきゃ駄目だと思うのだけれども、それをしたらお話にならないじゃないか、と言われてしまいそうなので、そっと飲み込む。
思い出を作るために海に来ているという。好きと言ってくれる友達の涼音がいる。でも主人公が求めている好きはそれとはちがう。それでも涼音が可愛く思っているところなどから、共感していく。
本作の良さは繊細で詩的な文体で、主人公の感情描写が豊かに書かれているところ。
長い文が多く、改行まで七行以上あるところもる。それでも読めてしまうのは、一文が短いこと。句読点を使い、短文と長文でリズムを作って感情を揺さぶるような書き方をしているし、口語的で、読みやすい。
なにより、比喩を多用しながら、その比喩がわかりやすく、主人公に適した言葉や表現、作品にあったものを用いているところが実に良い。
どの部分でもいえるので、たとえば「諦めたはずの恋だった。過去形にして小さく折りたたんで、胸の奥の引き出しにしまい込んで、いつか忘れなければならない恋だった」。動作もふくまれた比喩なので、引き出しにしまうことを読者もしたことがあるだろうから想像しやすく、主人公の気持ちを追体験しやすい。
しかも、面白いところは面白くかかれているし、悲しいところは悲しく書かれているのもいい。
「きみがいるなら、煩い蝉時雨も倒れそうな暑さも、瓶に詰めて飾りたいと思ったの」「きみのやわらかな肌が私の腕に当たった時、わずかに触れた体温。そこから、絶え間なく広がっていった血の海。日川浜で望んだ、あの瞬間の夕暮れの色。いつまでも残しておくべきじゃない」
主人公はかなり感情、思いが強い。そんな性格が表現から読み取れる。
とにかく、表現が具体的に書かれているのがいい。
ただ気持ちを吐露していくのではなく、主人公の動き、動作を示した書き方がされている。
大きな言葉を使わず、読み手に作者が思い浮かべているものを届けようと、言葉を一つ一つ選んで、追体験できるように書かれているところが素晴らしい。だから、主人公の気持ちがよくわかる。
風景描写もつかって、主人公の心情も表しているのもいい。
告白されたとき、
「耳を疑った。放課後の教室、カーテンが揺れる。窓から覗く空は薄っすらと赤みがかっていて、小説の中に入り込んでしまったみたいだった。目の前にいるのは、ただのクラスメイトだったはずの男子。何が起こっているのか、よく状況を掴めない」
最初に、主人公の行動から始まっている。そのあと、「放課後の教室、カーテンが揺れる」時間と場所を描きながら、カーテンが揺れることで、主人公の驚いている様、思考を表現し、「窓から覗く空は薄っすらと赤みがかっていて、小説の中に入り込んでしまったみたいだった」ここでも風景と比喩を用いて、主人公の思考を描き、そのあとで、眼の前のクラスメイトの男子について、感想や感情を述べている。
緊張や突発的な状況を表すときに、行動からはじまる。
だから、いかに主人公にとって驚くことが起きたのかがよく分かる。「ドキッとした」などと触接的に書くのではなく、動きで示していくことで、読み手に伝わる書き方をしているのが素晴らしい。
本作は恋愛の話で、内面を主に描いている。しかも現代ドラマなので、ファンタジーやアクションものと違い、派手な動きが描きにくい。だからこそ、心の動きを主人公の動作や風景、情景の動きを描いて示していくのが大切なことを、本作は教えてくれる。
もちろん、五感を使った描写は多く、情景が鮮明に浮かび上がる
視覚では海の風景、花火大会、ラムネ瓶の描写などなど、鮮やかに描かれている。聴覚では波の音、蝉の声、電車のアナウンスなどがリアルに描写されている。嗅覚は潮風の香りや梅雨の酸素、雨や夏の匂いなど。触覚は涼音の肌の感触、砂の感触、冷たい海水などがくわしく書かれている。
味覚の描写はとくにない。感覚や感情で味覚的な描写はできる気がする。
主人公、藍の弱みは、自分の感情を抑え込むことと、異性愛者として生きようとする葛藤。
涼音への恋心を忘れようとするも、心の奥底では忘れられず、その痛みと向き合うことができないでいた。
本当に同性しか愛せないかどうか読み手にはわからないけれども、素直に読むと、涼音といっしょに思い出作りした夏の日が、主人公にとって忘れられないものになってしまい、いつまでたっても忘れられないから次の恋に行けないのだと思う。
簡単にいえば、藍の心は涼音の想いをこぼさないようにコップに水が満たされた状態なのだろう。それでは、誰とも好きになれない。
駅の雑踏で、異性と歩く涼音をみて、想いが溢れてしまったのだろう。でも報われないし、追いかけることも出来ない。彼女の弱みでもある感情を抑え込むことで、自分を傷つけることしかできなくなって、電車に飛び出そうとする。この流れは主人公の性格や価値観、感情を抑え込んだ過去、直面した問題や葛藤が描けているから予測しやすい。
踏みとどまってくれる展開は、予測できるできないではなくて、素直にほっと胸をなでおろして良かったなと思える。解決はしてな いのだけれども。
海へ行く流れは良かった。
涼音と一緒に行った海ではないけれども、初心に帰るように思い出の地に行き、見つめ直す展開はありきたりかもしれないけれど、だからこ大事で、自分を見つめなおし、涼音にありがとうとさようならがいえたのだ。
冒頭から、涼音はラムネみたいな人とあったので、ラムネやエー玉が、いい味を出しているのもよかった。
おそらく主人公とは正反対の性格のキャラだと思われるので、涼音は感情を抑え込まず、明るく行動していたと想像する。
涼音との関係性や背景について、もう少し具体的なエピソードがあると、キャラクターの深みが増して、ラストが盛り上がったかもしれない。
全体として、非常に感情豊かで素晴らしい。藍の内面的な葛藤と成長が丁寧に描かれていて良かった。欲を言うなら、「水中を漂う私の手には、何も握られていなくて、でも、きっと大丈夫だと、そう思った」がモヤッとした。
主人公はエー玉を海に投げ、ありがとうといって、沈んでいった海を見ている。そのあと、主人公の心象風景が語られて、真っ青な青春の傷口がどこまでも青かった。
ラムネ(涼音)なんか、私に必要ない。なにも握られていなくても、きっと大丈夫、だと思う。
「水中を漂う私の手には」はなんだろう。
これも心象風景、もしくは比喩だろう。
きっと、海の青が青春で、青春という水の中を漂う主人公の手に、誰かの手を握っていなくても(一人でいても)、きっと大丈夫という意味かもしれない。
最後がわかりにくいので、読後の余韻が冷めてしまう感じがしたので、くどくど書かず、わかりやすくあっさり終わったほうがよかったのではと、余計なことを思った。
エー玉がいい味を出していた。
エー玉とは、ラムネの瓶に入っているガラス玉のこと。瓶のフタとして使用できるほど歪みのない玉を指す。玉入りラムネ瓶が製造され始めたころ、規格に合格した玉を「A玉」、フタとしては使用できない規格外の玉を「B玉」と呼んでいた。
生産の過程で傷が入ったりして規格外となったB玉は、当時ラムネを売っていた駄菓子屋などで子どもたちに配られ、それが遊び道具としての「ビー玉」になったという。
涼音は、歪みのない、いい子だったのだ。
異性を愛せるという点も含めての表現だったのかもしれない。
だとすると、主人公はビー玉になるのかしらん。
読後にタイトルを見直して、いいタイトルだったと思った。
読む前は悲恋ものだと思ったし、そうだったけれども、けっして悲しいだけではなく、青春の鮮やかさを感じた。
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