きみの世界は無限愛。

きみの世界は無限愛。

作者 おんぷりん

https://kakuyomu.jp/works/16818093080047734715


 小学六年生の落葉灯露唯は、小説家を目指すも親に反対される。自作『パイレーツ・キッズ』のキャラクターたちが現実化、設定の甘さから悪人となり、クラスメイトから笑顔を奪ってしまう。「編集者」として派遣された月垣零から「小説家」といわれ、デッドラインの五日後まで完成を目指す。物語のキャラクターたちと対峙しながら、自分の夢を再確認し、完成させる決意をする。零の助けを借りて完成させ、キャラクターたちに感謝の気持ちを伝える。零の夢を聞き、共に夢を追いかけることを誓う話。


 現代ファンタジー。

 児童文学、あるいは児童文庫のような作品。

 感情豊かで魅力ある作品。

 主人公の葛藤や成長が丁寧に描かれ、登場人物の個性や関係性がしっかり描かれていただけでなく、成長や友情も美しく書かれていたし、バトルシーンもあり、面白い。


 主人公は、小学六年生の落葉灯露唯。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。後半、ところどころに三人称の零視点で書かれたところがある。


 女性神話と、絡め取り話法の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の小学六年生、落葉灯露唯は、小説を書いていた。親が「小説家を目指すなんて可哀そう」と、こっそり話していたのを聞いてしまう。「もっとちゃんとした、社会に胸張れる仕事してほしかった」と。

 小説やめようと決めて、でもどうしてもなにか書きたくて、最後に一作だけ書いて終わりにしようと思い、書き始めたのが『パイレーツ・キッズ』。少しずつずっと書いていたが、親にバレてしまい、母には「やっぱり小説家になりたいの?」父には「もう小学六年生なんだから現実見ろ」と怒られてしまう。

 ベランダで星空を眺めていると、自分が書いた小説『パイレーツ・キッド』の登場人物たちが現実に現れる。「編集者」として派遣された月垣零によれば、彼女は「小説家」として、自分の書いた世界が具現化する力を持っていることを知る。しかし、具現化した世界にはデッドラインがあり、期限内に物語を完成させないと記憶もろとも消滅してしまう。

 デッドラインは五日後。書けるかと聞かれて、「書けないです」と答える主人公。「……本当にいいのか。小説って言うのは、小説家の魂をそのまま移したものじゃないのか? デッドラインを越えたら、お前が書いた小説は本当に完全に消えて、お前も俺も含めて、二度と誰も読めなくなるんだぞ。具現化してるってことは、お前が現実になってほしいって願ったってことだ。そのくらい大切な世界を、そんなに簡単に手放せるのか?」

「もし本当に、私の中から消えてくれるなら……むしろ、そうしてほしい」断った翌日、零が出迎えに現れる。

 デッドラインがくるまで、『小説家』周辺は一切油断できない状況にあるため、編集者である彼は二十四時間小説家追い込むべく、小説家併走体制としてつきっきりとなる。

 互いに夕墨先生のファンだとわかり、意気投合する二人。

 登校すると、いつもなら賑やかな教室が、恐ろしいほど静まり返っている。みんなから笑顔がなくなっている。零は主人公に小説の設定を尋ねる。「何をするって……海賊だから、宝石を奪うんだよ。でも本物の宝石じゃなくて、ワクワクしてる子どもたちの、心の宝石なの。それを千個集めたら何でも願いが叶うんだけど……」

「具現化した小説に矛盾があると、それを解消するために、新しい設定が付け加えられることがあるんだよ。この場合、心の宝石を取られたらワクワクする気持ちは消えるはずなのに、お前が考えた設定だとそれがない。だからそこを改変されたんだ」

 設定の矛盾により、自分が思い描いたキャラクターであるダイヤモンドたちが悪者になったことを知り、ショックを受ける。

 主人公は、一番ワクワクする場所である公園にやってきた。ここなら自分の心の宝石が輝くはず。そしたらダイヤモンドたちが見つけてくれる。そしたら、子どもたちに心の宝石を返すようお願いするつもりだったが、ダイヤモンドたちは、主人公から心の宝石を盗みとる。「最高の宝石をとるためなら、嘘だってなんだってつくよ。だって私。子どもの心とか、どうでもいいもん」

 主人公は自分を責め、自分で書いた物語を愛していなかった、自己満足だと思い、全部消えろと願ったとき、地面が揺れ、木が倒れ、重たい雨に打たれていく。何もかも消えろと願い続けたとき、零が現れる。「落ち着け、ヒロイ。お前はまだ、誰も傷つけてない。今から書き直せば間に合う。俺を、信じろ」

 彼の姿がまるでダイヤモンド。彼の手をつかみ取りたくなるが、自分は小説を書いては駄目だと言い張る。自分の作品が他人を傷つけることへの恐れから、書かなければ良かった、執筆をやめようと考えていた。その瞬間、零が勢いよく手首を掴んだ。

「――いいか! この世に存在しちゃいけない小説なんか、一冊もない! 小説は作者の努力と想いが全部詰まった魂なんだ! それを……書いた本人が、生んだ本人が、そんな簡単に否定するな! 編集者だってどうにもならないことがあって、本当に無力で……っ、それでも俺たちは小説が好きだから、消えてほしくないから、全力で向き合ってるんだよ! それなのにその小説家が、真っ先に自分の小説を捨てるんじゃねぇ!」例の顔を見たとき、自作を愛してくれる顔をしていた。「ふざけるなよ、甘えるな! 小説家が書いた世界が、どんなに苦しくても、辛くても、それを存在させるために、世に出すために、編集者がいるんだよ! 小説家なら、もっと編集者を頼れ! 一人で創造してると思うな! ――編集者だって、同じ重さの責任を抱えて仕事してるんだ!」

 小雨になり、少しだけ世界が明るくなる。小説家と呼ぶ彼に、小説を書くことを親に怒られたことを話し、友達も巻き込んでしまって、それでもまだ書いていいのかわからないと打ち明ける。

 これまで零は、小説家とコミュニケーションが取れなかったため、一人もデッドラインまでに書き上げられなかったと語る。

「一度、辞職しようと思ったことがあったんだ。だけど編集長に言われた。お前は編集することが大好きだから、続けた方がいいって。辞めてもどうせまたやりたくなるし、いつかは戻ってくる、編集を好きになった時点でそうなる運命だって。だから……辞めないでほしいって。言ってる意味が、あの時はあんまりわかんなかったけど……でも今、ヒロイを見てたら、なんとなくわかる気がする」

 彼に、胸張れる仕事はなにかと聞かれるも、主人公はわからない。

「俺の言葉の意味をよく考えろ。俺が聞いたのは俺が喜ぶ仕事じゃない、俺に胸を張れる仕事だ! 無理とか、親とか、社会とか、才能とか、責任とか、そういうの全部抜きにして、ただ自分の気持ちだけ考えろ! ヒロイが本気で目指したい仕事、俺に誇れる夢を教えろ!」 

「――っ小説家だよ!」主人公は、考えるより先に叫んでいた。「私はっ! 私は、ダイヤモンドも、サファイアも、ルビーもアクアマリンもエメラルドも皆絶対忘れたくない! だって――だってこの世界に、私の全部が詰まってるんだよ! 大好きなんだ! だから私は、デッドラインまでに、何が何でも作品を完成させる!」

 零はそれを受け止めて、答えた。

「そうだろ。やりたい、なりたい、好きっていうのは理屈じゃないし、許可じゃないし、我慢じゃないし、嘘じゃない。書いてもいいのかわからないなんて言ったって、ほんとは心の底はずっと、書きたくてたまらないだろ。だからお前は、小説家だよ。誰が何と言おうと、間違いなく立派な小説家だ。俺が保証する」

 雨が止む。雨上がりの空は、信じられないほど青かった。主人公は彼の言葉に励まされ、自分の夢を再確認し、再び執筆に取り組む決意をする。最後の最後まで、足掻いてやる。理由なんか、「書きたいから」ただそれだけあれば十分。それが、小説家だ。

 両親が出かけて、誰もいない日。自分の部屋で執筆をはじめる。過去最高速度で、キーボードの上の指が踊る。 

 いつの間にか設定ノートには、ダイヤモンドの過去編が追加されていた。そもそも、キャラクターの過去なんて考えてもみなかった。キャラクターにも過去があり、ページの中で生きている。いきなり生まれたわけじゃない。矛盾から産まれた設定と向き合い、今のダイヤモンドを形作る、ずっとずっと前の物語を探し出し、大好きな人たちを傷つけないよう、心の奥からあふれだして止まらない愛を全部こめて、キーボードの上に指を走らせていった。

 ベランダから飛び降りた零は、「悪いな。執筆中の小説家に、手を出させる編集者なんかいないんだよ」小説のキャラクターであるダイヤモンドたちと戦う。赤ペンを入れられたサファイアは動きが止まる。「キャラが平面的で作り込みが甘いほどよく効く」今度はルビーにバツ印が入る。零は彼らと戦いながら、ヒロイの小説を完成させるために奮闘する。

 次々にキャラクターが創りこまれ、完成していく。海賊全員が、瞳を閉じたまま動かなくなった。ふいにダイヤモンドの瞳が開かれ、花のように閃く。

「――『だって海賊は冒険するんだ。これからも、ずっと』」

 ヒロイは最後の一文を打つと、原稿を突き破って世界を貫いていく。「「入稿フィニッシュだ!」」零とヒロイの声が重なる。

 ヒロイは作品を完成させ、キャラクターたちに感謝の気持ちを伝える。「皆に出会えて幸せだった。話せて、触れられて、嬉しかった。私の世界に居てくれて、ありがとう。ずっとずっと言いたかったの。他の誰に何を言われても、私は皆が大好きだよって。ずっとずっと、一番好きだよって、伝えたかった。伝えられてよかった。本当に……生まれてきてくれて、ありがとう……」

 最後の句読点を打とうとしたとき、 ダイヤモンドが叫んで、拳を空に突き上げた。「ありがとう! 忘れないで。私たちはいつだって君の味方だってことを、君はちゃんと愛されてるってことを。その誰より眩しい宝石を、ずっとずっと忘れないで。――大好きだよ」

 小説が完成し、七色の光が画面からあふれる。眩む視界で最後に見えた海賊は、宝石みたいに笑っていた。

 海賊たちがいなくなった後、互いにお礼を言い合い、ヒロイは零の夢を尋ねる。

「俺の夢? 俺は――世界一面白い小説を出版だして、嫌な世界をぶっ飛ばす」

 ヒロイは自分がその夢を叶えるといい、「私がいつか、世界で一番面白い小説を書く。――だからそれまで、よろしくね」

 零の隣に立って、空を見上げるヒロイは、ふふっと微笑んで、ノートパソコンを抱きしめるのだった。


 会いたいなとつぶやく謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どのような結末に至るのか、非常に興味があり、ワクワクする。

 書き出しに、作者の思いが溢れているのがいい。

 遠景はセリフと主人公の紹介、いつ、どこで、なにをしているのかを描き、近景では「うっとり優しい夜の色と、満天の星を見ていたら、ぼろぼろになった心が、ふわっと少し夜空に浮かぶ」と記してから、心情で、「こんな夜は本当に、皆に、会いたい」と感情を描いている。

 近景での「ぼろぼろになった心が、ふわっと少し夜空に浮かぶ」は、比喩かもしれないけれども、おそらく実際に起っている。

 主人公ヒロイのぼろぼろになった心が、ふわっと夜空に浮かんでく。その心が、物語のキャラクターが具現化して現れるのだ。

 さらっと、さりげない表現に忍ばせる書き方をしているので、流し読みをしていると、なにが起きているのかわからなくなる。

 本作はファンタジーだけれども、どちらかといえばアドベンチャー。

 アドベンチャーは、ミステリー要素が入っているので、なにが起きているのか、気をつけて読まなくてはいけない。


「船頭だけしか見えていなかった空に浮かぶ船は、見えない向こう側の世界から入ってくるように、少しずつ全身を現す」

「入ってくる」ではなく、空想世界の向こうから現実世界のこちら側へと「やってくる」だと考える。


 自分の書いた作品のキャラクターが具現化して、眼の前に現れるのは、かなり凄い。ワクワクする。創作するものならば、自分が考えたキャラに出会えるなんて、羨ましく感じる。

 キャラクターたちが子供みたいで人間味もあって、生き生きしている。そして、海賊船はどこかへいってしまい、ヒロイは、口を開けた状態で、一人残される。

 何がおきたの? という状態。突然の出来事についていけない。

 これらから、読み手は共感を持って読んでいける。

 そのあと、クラスメイトで不良と呼ばれている月垣零。に階のベランダまで飛んでくる。次から次へと、理由のわからないことが起きていく。

 

 彼の説明によれば、この世界には『小説家』と『編集者』と呼ばれる存在がいて。「これが本当になればいいのに」と『小説家』が願うと、その人が書いた世界が具現化する。その瞬間、デッドライン、〆切が発生し、『小説家』は『編集者』と協力して、デッドラインまでに小説を完成させなければならない。間に合わなければ作品が消えてしまうという。

 タイムリミットが仕掛けられている。

 こういう展開は、ドキドキ・ワクワクさせてくれる。

「書けるか?」と聞かれたら、「書けないです」と返す。しかも、書かないと決めているという、訳ありなのだ。

 しかも編集者の零は「なら、いい」といって帰ってしまう。

 カードをめくるように、次から次へといろいろなことが起きては、スムーズに前にいかない展開は、まさに予想外。驚きと戸惑いと疑問で、どうなってしまうのかと、続きが気になる冒頭部分は、本当に面白い。

 翌朝、零が迎えに来ているのだ。

「なら、いい」と昨日帰ったのに、追い込むで小説家に張り付くことになったと話し、「うわ嬉しくない……」しかも会話が続かない。

 そのあと、互いの好きな作家で意気投合して、握手まで交わす流れは、実に上手い。AとおもったらB、BとおもったらA、という展開で、作家の手のひらの飢えで読者を転がしながら楽しませては読み進めさせる書き方は、褒めるところだろう。

 読者を楽しませるためになにをするのか、よくわかっている。


 長い文はなく、改行がこまめにされている。一文も句読点を用いて短く、短文と長文をテンポよく使って感情を揺さぶる書きkとぉしている。ときに口語的で、シンプルで読みやすい。登場人物の性格がわかる会話が多く、個性が際立ったキャラクター同士のやり取り、動きや感情が生き生きとしている。感情の起伏が激しく、内面的な葛藤や感情の変化が丁寧に描かれている。零とダイヤモンドたちの戦闘シーンもあり、アクションが多い。

 五感を使った描写が多く、読者に臨場感を与える。

 視覚では、星空や登場人物の外見、夜空に浮かぶ船、雨に濡れた月垣くんの黒髪や彼の金色の瞳の描写が鮮明。銀色の髪、眼帯、海賊帽、煌めく髪、ドレス姿、赤い短髪など、キャラクターの外見が詳細に描写されている。

 聴覚は、ダイヤモンドの明るい声や月垣くんの冷たい声など、キャラクターの声のトーンが描写されている。轟音の雨の中でも月垣くんの声が響く描写。銃声、破裂音、風の音、爆風の音など、戦闘シーンの音が描かれている。

 触覚は、ダイヤモンドに手を握られるシーンや、雨に打たれるシーン、月垣くんが灯露唯の手首を強く掴むシーンや、雨に濡れた感覚、零の傷や痛み、キャラクターたちとの接触が描写されている。

 味覚と嗅覚の描写はないが、感情の描写が豊かであるため、五感の不足を感じさせない。


 主人公ヒロイの弱みは、自分の創作に対する自信のなさ。

 原因は、親からの否定的な意見に影響され、自分の夢に自信を持てないことにあり、自分の作品が他人(親)を傷つけることへの恐れから執筆をやめようと考えている。

 そんな自分の作品に対する自己否定の中で、『パイレーツ・キッド』のキャラクターたちが具現化し、設定の甘さからクラスメイトの心の宝石を奪って笑顔を失わせてしまった。

 しかも、大好きなキャラクターたちを悪人にしてしまい、自分の書いた小説が誰かを傷つけることへの恐れや失敗、親に否定されたトラウマも重なっていく。


 自分のキャラが、クラスメイトから笑顔を奪い、設定の甘さからキャラクターたちが悪人になってしまい、作者自身も心の宝石を取られてしまう展開は、予想外な展開の連続に驚かされながら読み進めてしまう。

 自分の作品を愛していなかったと気づき、消えろと願うのは、ダイヤモンドに心の宝石を奪われたからだと考える。

 もちろん、自分が生み出したキャラクターたちを信じていたのに、裏切られたこともショックだっただろうけれど、楽しい気持ちを奪われたら、残りは悲しくてつらい、ネガティブな気持ちだけになったから、小説家の具現化する力によって、地面を揺らし、大木を倒し、激しく雨を降らすのだ。

 マイナスイメージの具現化は、凄まじい。


 零が助けに来て、いろいろ話して説得してくれる。

 少女漫画でよく見かける、なにかが壊れてから、内面に抱えていた気持ちや秘密が表に出ていく。

 ヒロイが小説家になりたい夢を親に反対されたこと、零がこれまでに一人もデッドラインまでに書き上げさせることができなかったこと、互いの秘密が明かされていく。

 そして零は聞く。「俺に胸張れる仕事はなんだ?」

「えっと……小説家?」

 でも違うと言われる。

「ヒロイが本気で目指したい仕事、俺に誇れる夢を教えろ!」

 と聞かれて、

「――っ小説家だよ!」

 と答える。

 小説家、と最初から言ってるじゃないかと思うのだけど、そうじゃない。零が聞きたかったのは、覚悟や生き方。

「なりたい仕事は小説家です」ではなく、「小説家として生きたい」という、心の発露だったと思う。

 

 三幕八場構成の、二幕五場の状況の再整備、転換点まで、読者をドキドキ・ワクワク・ハラハラさせて、楽しませながらグイグイと読ませてきた。面白かったのはここまで。

 あとは、デッドラインまでに二人で作品を書き上げていく流れが予測できる。

 それでも、一筋縄にいかない予想外の展開があると、驚きと興奮を覚えて、更に楽しく読めていく。

 その一つが、設定を作っていなかったのに、矛盾から産まれた設定が書き加えられているということだろう。


 キャラクターの個性が際立ち、五感を使った描写が豊富で、読者が物語に没入しやすく、主人公の内面的な葛藤がリアルに描かれているところが、本作のいいところである。 

 他にも、キャラクターの成長や変化が丁寧に描かれているところや、零とダイヤモンドたちの戦闘シーンは迫力があり、ヒロイの成長や決意が感動的に描かれているのもよかった。


 たしかに面白いのだけれども、そもそも読者は『パイレーツ・キッド』の話をよく知らない。ヒロイはキャラの過去設定を考えていないとある。ヒロイはどんな設定を考えていたのだろう。

 冒頭で書かれているような各キャラクターの設定「心の宝石の場所がわかるレーダーを持っているダイヤモンド」「お嬢様キャラのサファイア」「乱暴者のルビー」「大人っぽいアクアマリン」「めんどくさがりやなエメラルド」と、「ワクワクしてる子どもたちの、心の宝石なの。それを千個集めたら何でも願いが叶う」「とられる前よりワクワクする」といった、断片的なことしかわからない。

 ワクワクする子供たちの心の宝石を千個あつめて、彼らはなにを願うのか、心の宝石を奪われても、以前よりワクワクするのはどうしてなのか。完成させるのなら、どんな話を書こうとしていたのかを読者にも、ざっくりでもいいので伝えてほしい。


 どんな話だったのかを読者に示し田植えで、設定が勝手にできていて過去設定のさらに昔に目を向けて、キャラたちが子供たちを傷つけないような行動をするよう直していくことを綴ったうえで、その執筆する場面を「潜れ。進め。もっと深く、もっと奥へ。過去最高速度で、キーボードの上の指が踊る」みたいに書かれていると、読者も、ヒロイに共感しながら読み進んでいけると思う。


 ダイヤモンドたちが執筆の邪魔をしに来るのは、盛り上がる展開。

 ただ、ベランダから飛び降りるし、ダイヤモンドたちも地面に経っている。冒頭のように海賊船に乗って現れても良さそうだし、軽々と一階からベランダへ飛び上がった零も、空が飛べるはず。

 空中バトルをしないのはなぜだろう。

 空を飛べるのは、夜だけなのかもしれない。海賊船も夜にしかでてこない設定があるのかもしれない。執筆が終わったあと、ヒロイが駆けつけられる場所にいてほしくて、空中ではなく地面で戦っていたのかもしれない。


 ダイヤモンドたちとのバトルは零視点、執筆はヒロイ視点と別々の話を交互に書いていて、少々理解しづらい。

 ヒロイがなにをしているのか、大きな言葉で彼女がしていることが書かれているため、具体的にどういうことをしているのか、読み手は想像しにくい。

 頑張って執筆しているのだろう、ということしか伝わってこない。もう少し背景や環境の描写を増やすことで、物語の世界観がより豊かになるのでは、と考える。零の背景も同様に、もう少し具体的に描かれていると、物語に深みが増す気がした。

 デッドラインが五日とあったけれども、緊迫感がなかった。

 サブタイトルに「残り◯日目」と書いてもいいので、ヒロイと零が登校した日の場面では残り四日。公園に行ったのが残り三日。執筆を書く前に設定ノートを見て、知らない過去が尽き足されていたのに気づき、設定を考え直すのが残り二日。執筆が最終日。という具合にして、時間内に作品を完成させられるかどうか、緊迫感も加えられたら、最後はさらにもりあがったのではと考える。


 読後、小説家が思い描く世界には、無限の愛が必要なことが、本作を通して改めて気付かされた。

 児童文庫や児童文学の賞に応募する選択肢も持ったほうがいい。面白い作品を書ける力があると思う。

 実に面白い作品だった。

 

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