そしてあなたへ、あの頃終わった物語を。

そしてあなたへ、あの頃終わった物語を。

作者 おとも1895

https://kakuyomu.jp/works/16818093081054970314


 幼馴染のハルとシリアは勇者と魔王という形で再会し、ハルはシリアを殺し、世界を呪った。死後二人は再会し、思い出を語りながら新たな思い出を作ることを近い、あの頃終わった物語を一つずつ振り返っていくために、未来への希望を持ち続けて歩いていく話。


 ダッシュや誤字等は気にしない。

 ファンタジー。

 SFっぽさも感じる。

 あの頃終わった物語をもう一度、今度は二人で一緒に歩き続けていく願いと祈りのこもった素敵な話だった。


 三人称、ハルとシリア視点、神視点で書かれた文体。 叙述的で、感情の描写が豊か。対話が多く、キャラクターの内面がよく描かれている。恋愛ものでもあるので、出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末に準じている。ラストはハッピーエンドでもあるし、卒業でもある。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

◆前編

 ハルとシリアは、十歳まで兄妹のように毎日を共に過ごした幼馴染だった。人類により敵対する立場に立たされ、勇者ハルと魔王シリアという立場で再会する。

 ハルはシリアを倒すために来たものの、彼女との再会に心を揺さぶられ、彼らは戦いを避け、話し合いを試みる。が、世界はそれを許さない。最終的にハルは自らの命を差し出し、シリアを自由にしようとするも、シリアはそれを拒否。彼らは互いに対する思いを語り合い、世界の理不尽さに対する怒りを共有していく。

 種族や生まれの違いで大好きな人を殺さなければいけないなら、世界を呪ってやる。「それが俺と君を敵対させた、全世界の人間たちへの、せめてもの復讐だ」

 ハルは世界を呪った。大陸一つが沈み、人類の実験失敗によって半分が消し飛び、全人類が一度滅んでしまうまで。ハルたちの生きた時代が、神話の時代と呼ばれるようになるまで、ずっとずっと。

◆後篇

 狂気が世界を舞う中、たった一つだけ世界に安息の地が存在した。

ハルが聖域とみなした場所は、幼馴染と過ごした大切な場所だった。

 ハルは死後の世界でシリアと再会する。彼らは過去の思い出を語り合い、新たな思い出を作ることを誓い、再び一緒に歩む決意を固める。

◆If story

 勇者と魔王が存在しない世界で、戦時下に陥るかどうかの瀬戸際にある王都を男女二人、ハルとシリアは手を繋いで歩きながら、過去の思い出を語り合う。かの大英雄の呪いで人類は死に絶え世界は一度終わったはずなのに、今ここに人類は存在した。彼らは、この先に光があるのかわからない世界でも、明るく振る舞い、あの頃終わった物語をきちんと一つずつ振り返っていくために、未来への希望を持ち続けて歩いていく。

◆終章

 勇者宛のお悔やみの手紙には、戦争を望んでいないことを知りながらシリアを敵対関係に仕立て上げたことについて許してくださいと書かれてある。王都に帰ってこなかったことを不思議に思い確かめると、幸せそうに傷ひとつなく不恰好な棺の中で眠るシリアをみて、勇者がしたとわかった。二人を分かつことになった世界を、止められなかった自分たち配下をお許しください。慈悲が残っているのなら、同じ過ちを繰り返さない弓間降り続けてくださいと懇願する内容が書かれていた。


 誰かに当てられた手紙文の謎と、主人公たちに訪れる様々な出来事の謎が、どう関係し、どのような結末を迎えていくのか気になる。


 冒頭は手紙文からはじまる。

 遠景で『――へ』と、誰かに宛てられていることを示し、近景で相手にどんな世界が見えているのかを問いかけている。心情ではたった一つの思い「幸せになれる道を選びなさい」が届くように願われている。

 十歳までまるで兄妹のように毎日を共に過ごした大切な人であった二人は、注目されるような権力やカリスマのある勇者と魔王となって最後の戦いをすることになるハルとシリアが可哀想に思え、共感していく。


 文書は長くなく、こまめに改行されている。ハルとシリアの感情が爆発する会話で、長いところが一部ある。一文も、句読点を用いて長すぎないようにしようとして書かれている。 軽やかで親しみやすい。会話が多く、短文と長文を組み合わせてテンポよく、ところどころ口語的で、読みやすい。全体的に、感情の描写が豊かで登場人物の内面描写が丁寧に描かれているのがいい。

 戦いのシーンより、幼馴染との再会テーマが中心で、感情の交流が重視されている。

 後編後は過去と現在の対比が効果的に使われ、物語に深みを出しているところが良い。

 対話形式が多く、登場人物の関係性が自然に描かれているのも特徴で、戦時下の緊張感と、二人の明るい会話の対比が効果的。特に後半は、ハルとシリアのキャラクターが生き生きと描かれていて、親しみやすい。 過去の思い出や未来への希望が織り交ぜられていて、戦時下の暗く重たい雰囲気の中にあっても魅力的に感じられる。

 五感の描写が豊富で、物語の雰囲気がよく伝わってくる。

 視覚的な刺激では広間の大門、茶色のチリチリになった髪の毛、摩天楼のように聳え立つ大きな門、王都の華やかさが失われた様子や、シャンデリアが消える場面、景色が鮮明になる瞬間や、懐かしい匂いが流れてくる描写が効果的に描かれている。

 聴覚では、ギィという音、静かな音が広間に反響する描写、戦鬪音や隙間風の描写が緊張感を高めている。銀鈴のような透き通った声や、無邪気な話し方、軽やかなステップの音や二人の会話、笑い声が印象的。

 触覚では、剣の柄を握りしめる感覚、震える手など、触覚的な描写がキャラクターの感情を伝えている。 手を繋ぐ感覚や、男が女を優しく小突く場面などが描かれてる。

 嗅覚は懐かしい匂いが流れてくる描写が、過去の思い出を呼び起こす効果を持っている。


 主人公の弱み。

 ハルの弱みは、シリアへの強い思いと、世界の理不尽さに対する怒り。シリアとの再会に心を揺さぶられ、彼は勇者としての使命と、幼馴染としての感情の間で葛藤し、彼女を倒すことができない。

 後半では過去の出来事に対する後悔と、シリアとの再会に対する不安。彼はシリアを殺したことを悔やみ、彼女との再会が幻想であることを恐れている。再会後は、過去の思い出が薄れてしまったことに対する罪悪感も抱えてる

 そんなこともあってなのか、『Ifstory』でハルは、過去の苦い思い出や戦争の影響を受けている状況の中、明るく振る舞おうとする姿勢が見られる。

 シリアの弱みは、ハルの犠牲を拒否し、彼との再会に感情を揺さぶられること。また、ハルに対してイタズラする癖があり、無防備な瞬間を狙ってしまうこと。


 後編の後、『Ifstory』がはじまるのは、正直予想外な感じがして驚かされる。でも、三幕構成のお話全体の作りから考えると、このタイミングで入ってくるのは頷ける。

 この場面のために、これまで語られてきた話が必要だったのだ。

 お話の作り方に関して、よく考えて作られているのがわかる。

 

 本作は三人称で書かれ、シリア視点ではじまりながらハル視点へと移ったり、シリアになったりまたハルになったりしながら、いわゆる神視点と呼ばれる全体を俯瞰する視点で書かれたりしている。

 舞台演劇をみているような、そんな錯覚がして、楽しめた。

 再会して話をしているとき、ハルとシリアの過去話がもう少し挿入、説明ではなく具体的に二人で語り合うとあると、彼らの関係性がさらに深まった気がする。シリアの内面がもっとあれば、感情や動機がよく伝わったのではと考えるも、本作はハルの物語なのかもしれない。

 世界観の説明が少ないため、背景情報をもう少し詳しく描写してあると、物語がより深みがましたかしらん。最後のお悔やみの手紙を書いた、配下とはだれだったのかしらん。パーティーメンバーなのかな。

 味覚や嗅覚、触覚の描写をもう少し加えて臨場感を出しても良かったのではと考える。ハルとシリアの会話の一部、感情的になって反すところは冗長に感じられるため、もう少し簡潔にまとめるか、登場人物の動きなどを描いた地の文を挟んで読みやすくしてもいいのかと思った。


 前編のはじめと、後編の終わりには、手紙文が書かれている。文章の表現を見ると、シリアが過去の自分宛てに書かれた手紙だと思える。後編には追伸と書かれているので、前後編の内容はシリアが書いた物語だと考えられる。『――』の部分には、名前でもいいけれども、『わたし』が入るのかもしれない。

 そう考えると『Ifstory』が本作の本編に思えてくる。

 でも、読者が自分ごとのように受け取ってもらうために、あえて『――』と伏せられているのでは、と思える。

 未来の自分から「選択を間違えないでくれてありがとう」と言われるような行動を今しよう、読者へそんな思いに至るように。この物語を自分の人生に役立てほしい、そんな作者の思いが感じられる。

 SF小説『未来からのホットライン』を思い出した。

 過去へメッセージを送り、未来を変える。『シュタインズゲート』でも同じようなことを描いていた。

 本作のシリアは、未来から過去の自分へと手紙を書き、その手紙を受け取った過去のシリアは『幸せになれる道を選びなさい』の言葉を聞いて、ハルを殺さず、彼の手で殺される選択を選び、再会を願った。その選択の結果、二人は再会し、勇者と魔王ではなく中の良かったハルとシリアに戻って、再び共に歩き続ける未来を手に入れたのだろう。

 物語の裏でそんなことが行われていたのかもしれない、と読み終えてタイトルを見ながら思った。


 


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