魂削って書いたので
魂削って書いたので
作者 柑月渚乃
https://kakuyomu.jp/works/16818093080179019365
小鐘先輩に出会って文芸部に入部したスバルは、彼女のお陰で小説を書くことが生きがいとなり、いつか名作を書けるようなろうと誓う話。
誤字脱字等は気にしない。
現代ドラマ。
感情豊かで繊細な描写が魅力的な作品。
壮大なラブレターだ。
主人公は、高校の文芸部に所属しているスバル。一人称、僕で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。
男性神話の中心軌道に準じて書かれている。
入学してすぐの頃、したいことも何もなくて廊下をふらついていた主人公のスバルは、文芸部部長の小鐘先輩に半ば強引に部室へ連れて行かれる。幽霊部員ばかりだったが、他人を必要としない部活だった。話し続ける先輩に観念し、小説の知識はないけどいいですか、と文芸部に入部することになる。
小鐘先輩は率直に意見を述べる人物で、スバルに対しても厳しい指摘をしてくる。スバルは小説を書くことに自信がなく、先輩の意見に対して反論することもできないでいた。
「ねぇ、スバルくん。合作しようよ。合作といっても今回は少し違って。まず、私の既にある作品の中からオチを省いたものをスバルくんに渡します。そしたらスバルくんにはその作品のオチを書いてもらいます。元のオチと一緒でもいいからスバルくんの言葉で。ね? 普通の合作よりは簡単でしょ?」先輩の指導を受けながら少しずつ成長していく。
週に一度は部室に顔を出す先輩は大学進学を控えており、文芸部も終わりを迎えようとしていた。「先輩の夢って……やっぱり作家ですか?」「大学では文芸やらないんですか?」スバルは先輩の夢や将来について尋ねるが、「……んー、どうだろうね」「……まあ、普通に会社員やるつもりだしね」先輩は曖昧な返事をする。
スバルは先輩の本当の気持ちを知りたいと思いながらも、自分の意見を言う勇気が持てずにいたが、考えた結果「なら、言いますけど……それが大人になるってことですか?」と口に出すも、先輩は
顔を伏せて黙ってしまった。
十月のとある日の放課後、スバルは教室でカップルを目撃し、これが高校生かと見せつけられ、青春を独占された気持ちになる。みんなが期待している青春の姿なのか、正しい青春なんてない。大人が期待する青春じゃなくても、と思いながら部室を訪ねるも、その日は誰もいなかった。
その後、部室で小鐘先輩と過ごす日々。「……そういえば先輩、賞とったんですよね」「そうそう。ちなみにね、大賞だよ! 賞は二年連続!」先輩はピースするように指を二本立てて見せて笑う。それでも、大学では文芸をやめてしまうのかと思っていると、先輩が東京の大学に進学することを告げる。しかも先輩が文芸部に来るのはその日が最後であり、スバルは驚きとともに寂しくなる。
先輩と一緒に帰り、踏切を越えようとした辺りで先輩は足を止めた。世界を分断する音が鳴り始める。急いでスバルは反対方面へ渡った。「ねぇ、スバルくん! 私がいなくなっても作品は部室に残してあるから」青春小説のワンシーンを再現するように大きな声で叫ぶ。「安易なエモに走らないで下さいよ」スバルの声は踏切の音にかき消されて届かない。
「ねぇ、スバルくんならどうする? この電車を、――どう描く」最後見た彼女の顔は複雑そうに笑っていた。大学でも文芸続けてほしいと言っておけば。そんな後悔はもう意味がない。スバルは、この景色を言葉なんかで美化せず、ほんとうの気持ちと世界を、そのままの形で残したい。大人になっても忘れず、二人の青春を安易にエモくさせてやるものかと思うのだった。
先輩がいなくなった翌年、二年生になったスバルは文芸部の部長となり、後輩たちに指導する立場になっていた。
一年の冬から書き始めた小説がついに完成。タイトルは『大声でつまんないって言ってくれ』最初に見せるのは先輩と決めている。
いまでは小説を書くことが生きがいになっていた。魂削って小説を書く、これこそ最高の自己犠牲の形。先輩に感謝の気持ちを抱きながら、いつか名作を書けるよう成長することを強く誓うのだった。
タイトルがいい。
作者は魂を削ってこの作品を読んだのかしらん、と読み手側は思うはず。思ったら、どれどれと、興味を持って読もうとするだろう。
そう思わせてくれる。
つまんない、私のほうが上手くかけると叫ぶ謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どんな関わりをして、どのような結末へとたどり着くのか、果たして本当につまらないのか気になりながら読んでいく。
遠景で、小鐘先輩の発言が描かれ、近景で、思ったことをそのまま叫ぶと説明し、心情で「突然叫ばないでください」スバルのセリフが来る。
真正面に向かい合っていながら、怒号が響き渡るほどの大声を出される先輩を前にしている主人公は、なんだかかわいそうに思える。これで何回目だろうとあるので、叫ばれるのはいつものことだとわかる。
ほとんど幽霊部員で、実質二人だけの文芸部員。三年女子の先輩と一年男子の後輩。実に興味が湧く。
交わされる会話の内容は、創作するものならば興味があり、共感するようなことが書かれている。読者層である十代の若者、しかも小説を書いている相手との共通点ともなれることばかり。
本当に最近の物語は使い回された設定にありきたりなストーリーばっか。全く魂が感じられない! 意志が死んでるよ! 幽霊しかいないの?」
「確かに最近のドラマは記憶喪失の主人公がとか、すごい多いですね。あれ、小説もですか」
「そうなの! なんなのあれ!」
二〇二四年のハル、記憶喪失設定のキャラクターが登場するドラマが五本もある。ちなみに、この傾向は数年続いている。
ドラマを作る際、「記憶喪失」「双子」「整形」の設定は外すようにといわれてきた。
作りやすいため、古今東西使い古された設定で、既視感があるためだ。それでもなぜ、乱発し続けるのか。
二〇二〇年代初頭、ネットフリックスなどの動画配信サービスで韓流ドラマが世界的ブームになった。韓流といえば古くは『冬のソナタ』に代表されるように記憶喪失が鉄板ネタで、近年でも非常に多くの作品で使われている。そんな韓流の影響が、今頃になって日本のドラマ界に表れてきたと指摘する声がある。
かつての日本のテレビ制作であれば、臆面もなくベタな展開を繰り広げる韓流ドラマを模倣することはしなかった。でも、ネットフリックスなど海外の大資本に圧倒され、テレビ業界に余裕がなくなっている。
理由の一つとして、日本テレビの冬ドラマで起きた漫画原作者の悲しいニュースがある。
そのため、本来なら漫画原作のドラマ制作が進んでいたが、急遽オリジナル作品をすることになった可能性だ(上記五作品の内、漫画原作は「アンメット ある脳外科医の日記」だけ)。
脚本家やテレビ局側は、ドラマチックな展開を生みやすく、視聴者の興味を引くために、使い古された設定で安直な「記憶喪失」に手を出したと推測される。
長い文はなく、長くとも数行で改行している。一文も句読点を用いて、短文と長文を使ってリズム良くし、ときに口語的。会話が多く、テンポが良くて読みやすい。キャラクターの心情や関係性が丁寧に描かれている。
先輩とスバルのやり取りが中心で、先輩の率直な意見やスバルの成長が描かれているのが特徴。とくに、キャラクターの個性が際立っているのがいい。先輩の率直な性格と、スバルの内向的な性格や葛藤が現実味を感じさせている。スバルが少しずつ成長していく様子が丁寧に描かれているのも良かった。さりげなくも、青春の儚さや切なさがよく表現されている。
五感を使った描写が豊かで、情景をイメージしやすい。視覚では部室の様子や先輩の表情、外の風景、教室のカップル、部室の様子、先輩の表情、教室の光景、先輩の黒くつやのある髪、夕日の赤い光などが詳細に描写されている。
聴覚は、先輩の大声や部室に響く声、外の運動部の声、チャイムの音、放課後のチャイム、ページをめくる音、踏切の音、部室の静けさなどが描かれている。
触覚では、スバルの体が震える描写や肩を組まれる感覚などが表現されている。
本作は文芸部を扱っているので、嗅覚や味覚の描写を加えた五感描写をすることで、より臨場感が増すと考える。
主人公の弱みは、スバルは自分の小説に自信がなく、先輩の意見に対して反論することができないこと。先輩に対して自分の意見を言う勇気が持てず、曖昧な態度をとってしまうこと。自分の感情を素直に表現できないや、他人の期待に応えられないことへの不安、分の青春が他人と比べて劣っていると感じることがある。
そもそも、主人公は入学当初、したいことも何もなくて廊下をふらついている。自分の感情を素直に表現できない弱みがあって、他人に期待に答えられず、他の人と比べて劣っていると思ってしまうとかんじていたので、部活に入るつもりはなかったのだろう。
だけど、小鐘先輩に出会い、文芸部へと連れて行かれた。
小説を書いたこともない主人公が入部するのは、先輩の強い勧誘があったのではなく、他人と関わり合わなくてもいい部活だったあらだろう。
はじめは受け身で、自分を言い出せなかったが、大学では文芸部に入らず、会社員になると語った先輩に対して、「なら、言いますけど……それが大人になるってことですか?」と意見をいえたのは、主人公にとっては、大きな一歩だっただろう。
読んでいて、すごくモヤモヤする。
先輩の過去や夢について、もう少し詳しく描くとキャラクターに厚みが出るだろうし、スバルの心情や葛藤、主人公の成長過程をもう少し具体的に描き、先輩との関係性をもう少し掘り下げと、別れのシーンがより感動的になるのではと想像する。
「僕らの青春を安易にエモくさせてやるものか」という思いはよくわかるのだけれども、アクセルとブレーキを踏んでいるような感じがして、もう一つ盛り上がりが欲しい気もする。
階段を上るシーンや教室での光景を目撃するシーン、部室での先輩との会話シーン、踏切での別れのシーンなど描写が冗長的な感じがするところがある。もう少し簡潔にするとテンポが良くなり、読みやすくなると考える。重要な場面や感情の変化に焦点を当てるなどすれば、物語の流れもスムーズになる気もする。
どうしてこういう書き方なのだろう。
ひょっとしたら、主人公がまだ小説を勉強している途中だということを表現しているのでは、と邪推する。
そう考えると、煮えきらないようなモヤモヤしたところや、スッキリしない部分も、主人公らしさがよく出ている気がしてきた。
読み終えて、タイトルとサブタイトルを見る。
タイトル『魂削って書いたので』の返句が、サブタイトルかつスバルが書き上げた小説のタイトル『大声でつまんないって言ってくれ』であり、スバルが先輩に伝えたい言葉なのだと思った。
作中、先輩の書いた作品のオチをスバルが自分の言葉で考える話がある。まさにタイトルとサブタイトルは、先輩が合作をしようと持ちかけたことと、符合する気がする。
そもそも、タイトルの『魂削って書いたので』は先輩のセリフ。
たしかに小説は、作者が魂を削って心血注いで作り上げる全身全霊をかけた傑作である。
もし、スバルなりに考えた返しが『大声でつまんないって言ってくれ』であり、自作タイトルにつけたのだとすると、これってラブレターなのでは、と思えてきた。
先輩は彼に自分の気持ちを作品で伝え、その返事としてオチを自分で考えて合作にと持ちかけた。実際、どんなものを作ったのかはわからない。
また、踏切の別れ際でも、「ねぇ、スバルくんならどうする? この電車を、――どう描く」と投げかけ、答えを求めている。
このときも、明確に先輩に返事をしていない。
先輩の投げかけはすべて、スバルに対する告白。
だとすると、ようやく書き上げた小説は、先輩からもらったラブレターの返事にちがいない。
なぜなら、「最初に読ませる人は書き始めた時から決まっている。僕が唯一尊敬している作家のあの人に。僕に小説を書くきっかけをくれたあの方に」とあり、先輩に読んでもらうために書きあげたのだから。
「僕らの青春を安易にエモくさせてやるものか」とあるけれども、十分エモいことをしてるよと、エールを送りたくなった。
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