閃冰奏でる幻想曲

閃冰奏でる幻想曲

作者 もかの@NIT所属

https://kakuyomu.jp/works/16818093080172876210


 過去のトラウマから「氷姫」と呼ばれる一条唯は、似た境遇の涼風凪の力を借りたことで、自分を隠さずに生きる決意をする話。


 現代ドラマ。

 感情豊かで心温まる物語。

 唯の成長と凪のサポートがよかった。


 主人公は、一条唯。一人称、私で書かれた文体。一条唯の独白は敬体(ですます調)で、自分語りの実況中継で綴られている。途中、三人称の三浦穂乃香視点。また、涼風凪の独白では、凪の一人称、僕で、口語的に書かれたところがある。

 恋愛ものなので、出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の流れに準じて書かれている。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 一条唯は中学時代にクラスの中心的存在だったが、クラスの出し物を決めるとき、女子派のピザトースト屋の意見が生徒会に通らず、男子派のアミューズメントパーク風の出し物で再提出し、可能な限り望みを聞くとも約束したが、女子派の意見であった出し物を唯もやりくなかったのではと疑われ、いじめに遭い、不登校になった。

 高校ではいじめられないよう人との関わりを避け、目立たないように振る舞い、「氷姫」と呼ばれるようになる。

 そんな唯に、隣の席の男子・涼風凪が声をかける。

 凪に唯の本当の姿に気づかれ、翌日は熱を出してしまう。休んでいると、凪が学校の手紙を届けに来る。見ると、『何か困ったことがあったら、いつでも僕を頼ってほしい。凪』と書かれてあった。

 唯は美術部に所属している。とはいっても、部員は唯を含めて二人。もう一人は唯の秘密を知る唯一の友達、三浦穂乃香。

 最近、凪との距離が近いことを聞かれ、「私の事情に勘付きはじめただけで、好きとかそういうのでは」と否定する。唯も凪の優しさに心を開き始めるが、過去のトラウマから完全に心を許せない。

 中学生だったときの凪は、いじめられていた訳では無いが、休み時間は自習と読書を続けてきたばかりに、一人は寂しくて悲しくて怖いことを体験していた。だから高校になって、唯をみたとき、同じものを感じて助けたいと思うようになる。

 でも唯は自ら孤独の道に経ったことを知り、人とのトラブルを起こさないために心を閉じながらも、さりげない優しさを持っていることに気づいた凪は、唯の心の氷を溶かす存在になることを目指す。

 唯と凪のクラスは学園祭の準備で盛り上がっている。

 出し物を決める際、唯は過去のトラウマを思い出す。

 黒板を見ると、ピザトースト屋の票が一番多く、次に喫茶店となっているが、最後の二人が喫茶店を選んだとしてもピザトースト屋に勝つことはない。喫茶店の料理として、ピザトーストを出すのはどうだろうと考えるも、自分が関わって失敗すれば、また嫌な思いをするかもしれないと思うのだが、「──それじゃあ、最後。一条さんお願いします」凪に呼ばれ、唯が最後の一人になったことに気づく。声が出なくて困ったとき、凪と目が会い、何か困ったことがあったら、いつでも僕を頼ってほしい。凪』を思い出す。彼に視線を向け、「喫茶店のメニューとして、ピザトーストを出してみてはどうですか? ピザ、とはいえもとはパンですし、コーヒーや紅茶との相性もそこまで悪くないと思いますが……」クラスに笑いが起こる。みんなが笑顔だった。クラスメイトは唯の提案に賛同し、唯は過去を乗り越える。

 帰り道、唯は凪に感謝し、過去の出来事を打ち明ける。凪も自身の過去を語り、二人はお互いに理解し合う。

「今日、一条さんが勇気をだして自分の意見を伝えたあとの、クラスの反応はどうだった?」

「……はじめは、私の意見を言っているときは、とても怖かったです。でも、みなさんが笑顔になってくれたこと。それは、本当に嬉しくて……自分を隠さなくていいんだ、って、そう思えました」

 唯は自分を隠さずに生きる決意をし、彼に抱きつき礼を述べて「……大好き」と伝えるのだった。


 大抵のことは乗り越えることができる謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関わり、どんな結末に至るのか、非常に興味がある。

 主人公の独白からはじまっている。

 自己分析による客観的な視点で俯瞰しているのと同じ。おかげで、主人公はどんな性格を持ち、これまでどういう生き方をして、現在はどのような考え行動をしているのかがよくわかる。

 遠景で、大抵のことは乗り越えられると思っていることが描かれ、近景では具体的に「やろうと思えば」こんなにすごいことだってできるんですよと説明し、心情で、そんなことがいえる状況が過去にあったと語っている。

 読者層の中にも、「本気を出せば僕、俺、私だってこれくらいできる」と思ってみたり、実際「昔の自分はすごかったんだから」と自慢げに語る人はいるだろう。

 そういう、誰にもありそうで共通点となることから書き出すことで、共感を持つことができる。

 昔はこんなにすごかったけど、今では「クラスである程度の地位に落ち着いて」「風の噂では『氷姫』とも呼ばれている」状況にある。

 可愛そうなのか凄いのか、カッコいいのか残念なのか、むずかしいけれども、いじめられないように高校生活を過ごしているところで、読者層である十代の若者をはじめとする読者は、共感を抱くだろう。


 本編は、常体で書かれている。

「真夏だと言うのに、セミは鳴いていない日のことだった」とある。地域によって、鳴く時期が違うので一概にはいえないが、六月はまだだし、七月に入ったばかりも聞こえてはこないので、その辺りかもしれない。


 長い文にはしないよう五行くらいで改行し、句読点を用いて一文を短くし、ときに口語的な表現を用いて、会話が多く自然で、比較的シンプルで読みやすい。感情の描写が豊かで、登場人物の心情や状況が細かく描写されており、内面が丁寧に描かれていて感情移入しやすいところがいい。

 キャラクター同士のやり取りが、物語進行に大きく影響している。

 過去の出し物を決める出来事と、現在との対比が上手く描かれており、唯の成長が感じられるところが感動的。また、凪の優しさやサポートが重要な役割を果たしていて、温かみを感じるのもよかった。

 五感の描写が豊富で、情景をイメージしやすく感じられる。

 視覚的な刺激では、窓から見える空や風景、唯のノートの綺麗さ、穂乃香の絵の光の当て方などが詳細に描写されている。

 視覚では、学園祭の準備で賑わう教室の様子や、夕日に照らされる唯と凪の姿が鮮明に描かれている。

 聴覚は、セミの鳴き声がない夏の日、すずめの鳴き声、インターホンの音。小鳥のさえずりやクラスメイトの笑い声、蝉の鳴き声などが描写され、臨場感を高めている。

 触覚では、穂乃香が唯に抱きつくシーンや、唯が布団に潜るシーン、凪が唯の手を握るシーンで手の温かさが伝わってくる。凪に抱きついたときの温かさと同時、嬉しさや様々な感情も合わせて感じるびょうしゃがされていて、臨場感が出ている。

 嗅覚は、穂乃香が唯の匂いを感じるシーンがある。


 主人公の唯の弱みは、過去のいじめの経験から人間不信に陥っており、人との関わりを避けるようになっていること。

 中学時代の出来事が原因で、彼女は自分の意見を言うことに対して恐怖を感じており、そのために自分の本当の姿を隠し、目立たないよう振る舞うことで、心の中に孤独感を抱えている。

 それを知るのは、唯一の友達の三浦穂乃香。

 彼女の登場場面は、美術室だけしかない。

 凪のことを知っているようなので、同じクラスの可能性も考えられるが、出し物を決めるときにも登場しない。

 唯には、同性の友達が必要だったからというのも考えられるけれども、彼女の存在は「光の当て方上手い」ことと関係していると考えられる。

 唯は自分を隠している、つまり自ら光に当たらないようにしているのだ。そんな主人公が光の当たる方へと成長していくためには、彼女の助けが必要なのだろう。

 事実、チャットアプリで(えぇーっと……凪くんに……「もう一押し♡」っと)凪にメールを送っている。

 そもそも、隣の席にだからといって、自分が中学時代に孤独な時間を過ごしたから唯も自分と同じと凪が気付けるものだろうか、疑問だった。

 成績で上位三十以内にいて、凪は十位以内。「自分でも笑っちゃうくらい失礼だよね」といっているが、正直余計なお世話である。

 他の生徒だって頑張って勉強をしているし、中学と高校の勉強はちがう。自分と似たような成績の人達が高校に入学して、勉強に励んでいくので、唯は頑張っているように思える。

 彼の経験から考えと、唯の友達である穂乃香からの情報があって、高校二年になって半年して「──学校生活、面白くないの?」と唯に声をかけることに至ったのだと想像する。

 そう思うと、納得がいく。

 凪がどうやって穂乃香と親しくなったのかはわからないけれども、少なくとも彼はクラスでは中心的人物なので、接点があったのかもしれない。


 ピザトースト屋と喫茶店で競い合っていたとき、「組み合わせたらいいのに」という発想は良かった。

 これまでの彼女の性格や過去にどのような行動を取ったか、直面している問題や葛藤を描写されていたので、彼女がどんな行動を取るのかは予測は着く。

 声が出ないのは変化の兆しで、変わろうとしている感じがすごく伝わる。

 凪の手紙を思い出し、助けてくれると思ってからの展開が、予想外だったので驚いた。しかも、クラスメイトは彼女の意見に賛同し、まとまり、凪が助けてくれる場面がでてこないのにも、これで良いのかなとびっくりした。

 誰かの助けを借りるのではなく、自分の力で乗り越えたのだ。

 もちろん、彼が側にいてくれたことが、唯にとっては何よりの支えになったのだろう。

 物理的な支えでなく、精神的な支えは成長には大事だなと感じた。とくに唯が過去のトラウマから、関わらないように自分の心を閉ざしていたので、自身で開け放つためには精神的な支えが欠かせなかったのだ。


 学園祭の準備や出し物の具体的な内容を、もう少し詳しく描いて、物語の舞台背景をはっきりさせても良かったのかもしれない。美術部で絵を書きながら、美術部として今度の学園祭になにを出すのかを話題に出しても良かったのでと考える。 

 唯の過去のいじめエピソードをもう少し詳しく描くことで、彼女のトラウマの深さを強めてから、乗り越えると、より深みがますのではと想像する。そうすることで、ピザトースト屋を口に出すことに逡巡する彼女の気持ちが、より表現できるかもしれない。

 でも、中学のときの話であり、少なくとも三年は経過している。ずいぶん経過しているので、あまり書きすぎるのも良くない気もする。

 それよりもラスト、唯が克服し、出し物が決まって、凪と一緒に帰って互いに昔の話をし、最後に抱きついてお礼を言って告白までいく。これでもかという怒涛の展開は、読んでいて良かったなと思う。


 読後、『閃冰奏でる幻想曲』のタイトルを見て、閃冰とは唯のことであり、彼女が自分を隠さずに生きる決意をすることを意味していると考える。非常に、作品にあったタイトルだ。

 うがった味方をするならば、穂乃香が凪にメールを送ったときの「小鳥のせせらぎの大合唱の中、一通のメールがその歌にのって凪に届けられたのだった」とあり、凪のスマホに届いた着信音のことかと邪推してみる

 すると、唯がいつまでも昔のことを気にしている心を閉ざしていることを気にかけていた穂乃香は、凪の力を借りて、なんとかしようと画策していたのかもしれない。

 影の功労者は、穂乃香かな。

 唯の成長と凪との関係が温かく描かれていて、読後がとっても素敵だった。


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